199_継暦141年_冬/04
「アークマスター……──いえ、ルカルシ様でしたら先ほどまではおられたのですが」
魔術士たちの憧れ。魔術の学舎たる果ての空。
そこは魔術ギルドの総本部も位置している。果ての空の最高責任者は魔術士ギルドの頂点でもある。
それをグランドマスターと呼び、直下に位置するものをアークマスターと呼ぶ慣例があった。
ただ、そんなことを外部の人間が知ることもなかろうと受付の人間は言い直したのだった。
「入れ違い、ですか」
魔術士ギルドの所属者と果ての空の学士には大きな差がある。
スムジークがルカルシの名を出したクレオたちを頼ったのはそこに事情もあった。
「ええ。申し訳ございません」
ギルドの認識票を見せたスムジークに対して、ルカルシの動向などを伝えることはできない。
普段であれば手詰まりであろう状況も、
「すまないが、」
ワズワードが一歩前に出る。
「この学籍番号を確認してもらえるか。必要ならインク経絡学のソルシン先生にも問い合わせてもらって構わない。何か聞かれたなら精力剤の支払いはまだか、と伝えてくれ」
「え、あ、は、はい。すぐに」
受付がその言葉に焦って何かを対応し始める。
しばらくお待ちくださいとその場を辞した。連絡を取るには炉を利用せなばならない。誰もが簡単に使えるものではないために責任者の元へと向かったのだろう。
それを見ていたクレオが、
「……経絡どうこうというのは、東方から来た商人から聞いたことがある気がする。
もしかして果てのツボがどうのというのは本当だったのか?」
思わずそれを問うてしまった。
「果ての空の学問は果てがなく広がっているのさ」
ワズワードの言葉にスムジークはツボのことなど知らずに、おお……流石は果ての空、などと感銘を受けていた。
一方のクレオは果ての空がキラキラとした学者たちの楽園というイメージから奇人変人が集まるアブない坩堝であるようなものになりつつあった。
そして実際、奇人変人の坩堝であることは正しく、またキラキラとした青春の舞台であることも間違いではない。
棲み分けがされているだけだ。
ワズワードもルカルシも前者の中で学んでいったため、キラキラした学園生活を語れるものは彼女の前に現れそうにもないのだが。
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ややあって、受付では対応できないとして責任者の部屋に通されるが、
「申し訳ない。正直、トライカの魔術士ギルドは学士殿をお迎えできるような状態ではなく」
「いや、果ての空の権力を振りかざしたいわけではないのだ。すまん」
責任者もまたトライカの正式なギルドマスターではない。
あくまで本格的な運用が始まるまでの繋ぎの人事であるらしい。
「アークマスターは現在、少々込み入った用件で動いているそうで、そちらの内容を精査してから対応したいと果ての空から返答がございまして」
「隷属の忌道に関わる研究を共同で進めたい。内容としては解除について。特定のものに対する研究を独自に進めているが頭打ちになっている。
そこで忌道のエキスパートに話を伺いたい。エメルソンという人間について調べれば何かしら思うところが出てくるかもしれない……と伝えてもらおうか」
語られたことは側に待機していた受付をしていた人物が筆する。
語りが終わると責任者は「承りました」と言って受付が書き記したものを受け取った。
「しかし、隷属……ですか」
「隷属と一つとっても膨大に枝分かれてしているものだからな、全ての錠前を回せるようなものにはなり得ないが」
「それでも一種でも手繰れるなら凄まじいことですよ。確かにそれは急ぎ調べるべきことですね」
責任者は知的好奇心のみで言葉を絞り出したようには見えなかった。
「何か思うところがお有りですか」
スムジークの言葉に責任者は、
「私の姪も、人材商に攫われまして……他人事ではなく……いえ、公私混同はいいわけがないですね。失礼しました」
そうして去っていく。
またしばらく時間がかかるだろう。
受付をしていた人物が飲み物を運んできてくれた。
軽食はいかがですかと問われたのでついつい全員、空腹だと告げるとややあっておそらくは受付の手料理であろうものが振る舞われ、待つ時間は心地よい時間として消化されていった。
果ての空の関係者であるから、というサービスではないのだろう。
ここにいる誰もが、少なからず人材商によって人生を狂わされていているのかもしれない。
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「お待たせしました。アークマスターには連絡をするよう各方に手配を」
責任者がそう言いかけたところで責任者と受付が同時に顔を一瞬しかめる。
「どうしました」
クレオが心配そうに駆け寄る。
「施設内に侵入者がいることを伝えています」
「防犯用の結界ですか、珍しいものを……」
「このギルドのために土地と施設を用立ててくださった御方が準備していたと」
この場にいる誰もがわからないことだが、ウィミニアがその『御方』であった。
トライカは厄介な状況にあった。
今までは支配者であるビウモード伯爵がいたからこそ庇護されていたトライカであるが、トライカ市長のメリアティはその支配圏から少しずつ離れようとしていた。
露骨なものではないにしろ、それでも当然察知はされる。
だが、ビウモードはそこに何も対策を打たなかった。
むしろ、独立するならばすればいいといったスタンスを無言で呈している。
そのことを知っているのは伯爵の周りで支えるものたちのみ。
苦言の一つも呈さなかったのには理由がある。
トライカ独立の動きの裏にかつてカルザハリ王国を支えたという管理局という組織が暗躍していることを知っていたからだった。
管理局の正体について、本当の意味で知るものは現代においては数少ない。眉唾な噂話や伝承であれば掘れば余るほどに出てくる。つまりは、実存には足らず、しかし突くには危険すぎる存在でもあった。
現在の管理局の長であるウィミニアに関しての実力だけは本物であった。
ビウモードを辞して拠点をトライカに移すことをわざわざ報告に来たウィミニアに食ってかかった騎士の一人は彼女が視線を向けると立っていられなくなるほどの恐怖に包まれる。単純な実力差を見せつけられたのか、何らかのインクの作用かは今もわかっていない。
ともかく、強大な力を持つ個人に加えてどれほどの勢力を備えているかもわからない管理局と正面から殴り合うような真似をビウモード配下の中の過激派たちも取ることはできなかった。
だが、現在のトライカにはウィミニアがいない。
放たれていた密偵によってその情報はビウモードに持ち帰られ、我慢の限界に来ていた配下たちが動き出している。
それに関してもビウモードは止めることもしなかった。
その程度を跳ね除けられなければ支配者たる資格がないと考えているのだろうと配下たちは考えていた。実際にその心を問うたものはいない。
都市内で暴れ出すような真似はしないものの、放たれたものたちはトライカの能力を削ぐために行動を始めていた。
「きな臭い状況だということだけは知っていたのですが」
責任者が苦い顔をする。
「一飯の恩義がある」
それを見ながら立ち上がるクレオ。
「ワズワード、自衛能力にそこまで期待するわけではないが、それでも荒事の尽きない場所で店を開いていた程度の実力はあるだろう」
「覚えがある程度だが、」
責任者と受付を見ながらワズワード。
「同胞を守るために全力は尽くそう」
クレオの申請を承ったと頷き。
「前衛はどうする?
「打って出る役目、このスムジークにもお任せあれ。
この後のための恩義ではなく、四人で歩む旅路の一人として、その友誼を我が『融合』で示すとしましょう」
「無論、私も」
クレオとスムジークが見合い、
「では、行くか。スムジーク」
「ええ。行きましょう。クレオ殿」
頷いた。
互いの意思は確かに確認された。
「クレオでいい」
「承知しました、クレオ」
二人が部屋から出ていく。
「安心していい」
ワズワードが部屋に残されたギルドの人間に安心させるように。
「何者かに恩恵を受ける騎士であろうと、あの二人を取れるものはそう多くはあるまいさ」
人の実力を測れずして裏路地の商いなどできようもない。
彼の観察眼は紛れもなく一流である。
「我らができるのは」
「戻ってきたときに茶を出す準備、……も必要だが、少し借り受けたいものがある」
そういうワズワードの視線の先には
『触媒の使用に関してはギルドマスターまで申請すること』
そのように書かれた札が下がる扉があった。
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