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百 万 回 は 死 ん だ ザ コ  作者: yononaka
歩廊:残影群舞

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196/200

196_継暦141年_冬/04

 栄光あるカルザハリ王国が男爵、ダン・エメルソンが記す。


 ちなみにダン・エメルソンのダンは(ダン)爵のダンだ。

 今は無職の魔術士に過ぎないが、心は錦。いつまでも貴族としての誇りを胸に。


 ……そうした書き出しから始まる手記。


「西の山には魔術を極めたと自称する(ドラゴン)の話を聞きに行こう」

 だとか、

「南の洞穴に誰も見たことがない請願の石塊(モノリス)があるらしい」

 だとか、

 前者はまだしも後者など眉唾以下の、誰も見たことがないそれがなぜ噂になっているのか、貴族として高等教育を受けているはずのダンは正しい理屈を抜きに歩き出す。


 大抵の場合はドラゴンだと思ったら強面のおばあさんだっただとか、洞窟の中に刻印聖堂の隠れ教会があっただけだっただとか、冒険にはキッチリとオチがついている。

 読み物として十分に楽しめる冒険譚の数々。


 なるほど、確かにこれを幼少期に読めば大いなる刺激にもなるだろう。実際にダンは魔術士としても一廉の人物だったようで、自分が魔術を修得するために行ったプロセスなども記述されていたりと教科書代わりにすらなるところもある。


『人の心を犯す呪いを晴らすための力。それを得るためにはそもそも呪いを知らねばならない』

『魔術を使い、インクによる束縛を行う必要だけではなく、請願が行う力を与える方法のように、浸透させる何かが必要』

『忌道の呪い。その枠組で語られるにはあまりにも複雑なもの』


 そのように語る。

 そこからダンの手記はいかにして魔術と請願を兼ね合わせるかに専心する。

 呪いを示す言葉。エメルソンを知っていればそれが隷属に関することであろうのは推察ができる。しかし、それに関する記述は不自然なほどに欠けていた。

 読み物としては完成してはいた。スムジークが憧れたダンの冒険譚として、明確に終わりまでが記述されている。


 ───────────────────────


「なあ、スムジークさんよ。ここからここと、それにここ。ページが抜けてるよな」

「ええ。元から抜けていたんですよ。彼の行動の記録として抜けはないから何かの研究のメモだったんだろうと思っています。呪いというキーワードに興味がないわけではないのですが、私は彼がその呪いそのものをどうにかしようとして作らんとしていた技術……融合に興味がありまして」

「……そうか」

「しかし、それが、呪いが……先程のお嬢さんに関わることでしょうか」


 言いにくそうな表情を見たスムジークは小さくかぶりを降る。


「言ったはずです。ケチがついた程度で歩みを止めはしないと」

「……わかった」


 とはいえ、専門的なことはわからないニグラム。彼が話すことは端的に、クレオの身に降りかかる忌道・隷属に関することであり、それを晴らすための道中であったことを話す。


 そして、ダン・エメルソンという男が、その隷属を強いるような人物であるかどうかについて、スムジークはどうであろうかということにも行き着いていた。


「呪い。ダンが書いていた呪いとは」

「隷属だろうな」

「つまり破られたページは、隷属について記述したもの……」


「険しい表情の理由はわかりました。あのような表情をお嬢さんにさせるのは紳士として失格」


 ですが、それをおしてとスムジークは続ける。


「無神経に踏み込んでしまいました。その謝罪をしたい。

 その上で何か手伝えることがあれば、とお伝えしていただけますか」


 ───────────────────────


 少し酒を飲むと言って残ったスムジーク。

 間違いない。今、悪逆を尽くしているのはダンの子孫であろう。冒険譚にあった呪いが隷属であり、その隷属についての研究が記述されていたものだけを破って捨てて、数奇な運命をたどりスムジークの家に流れてきたのか。


「……ふー……」


 酒精を飲み干す。グラスを少しだけ強く置いてしまったことを恥じる。

 自分の憧れを押し付けることが違うのはわかっている。

 だが、これほどの冒険譚を生んだその血統は無意識に素晴らしい一族であると、勝手に考えていた。彼の嫌いな押しつけを、無意識でしていた。それも恥じる。

 だが、同時に。


「手記を読んだのだろうか」


 そう思ってしまった。

 彼が『呪い』を晴らすことに血道を明けていたのは事実であり、その必死さは十分に伝わってくる。それを読めば他人であればまだしも、血統にあるのであれば思うところがあったのではないのかと。

 自分の憧れが汚されているようで、それが悔しくて、


「すまない。もう一杯……もらえるだろうか」


 おかわりを所望する。酒だけが壊乱しそうな心を繋ぎ止めてくれるような気がしていた。


 ───────────────────────


 宿に戻ったニグラムはあったことはすべて報告する。

 それを聞いた二人は疑いや納得よりも、


「それは……辛いな」


 まずぽつりと呟いたのがクレオだった。


「きっと、憧れを否定されたような気持ちだったんじゃないか。ああ、ニグラムが悪いわけじゃない。悪いのはエメルソンだぞ」


 呪いは人の心を蝕み、堕落もさせる。

 隷属させられているものはエメルソンのみならず、その血統や、血統に影響を受けたものすら恨んだとて不思議ではない。


 クレオには怒りはあった。

 だが、それはダン・エメルソンやスムジークに対してではない。


 かつて存在した魔術士ダン・エメルソン。彼が遺した手記によって魔術士を志し、ダンが成し得なかった融合の技術を現実にしようとしているスムジーク。


 スムジークが憧れていたダンとその血統。

 羨望を勝手に持ち、勝手に失望するなどよくあることではあったろうが、その血統の末孫がただ普通の人間であったというわけではなく、隷属を扱う非合法の商人になっていたことがスムジークにどれほどの悲しみを与えただろうか。


「数百年越しの血への裏切り……と断定はできずとも、エメルソンの行いによって縛られた私のように、その呪いが誰かを今日も不幸にしていることはわかった。

 彼が本当の意味で、どんな人物かは私にはわからない。けれど、彼の表情はどうだった、ニグラム」

「大切な宝物をガキ大将にぶっ壊されたがきんちょみたいにしょげていたよ」


 精一杯のお為ごかし。

 実際には、隠していた絶望が表情から漏れ出ていた。ただ、それは伏せた。伏せてなおクレオは察していた。


「そう……」


 怒り。

 クレオの怒りは、自らの立場におけるものだけではない。

 他者が持っていた夢が自分を苛むエメルソンによって傷つけられたことへの義憤だった。


 かつてのクレオであればこうした感情を揺り起こす元気はなかったかもしれない。

 彼女がそうした感情を発露できているのはニグラムとワズワードのお陰であることを改めて認識し、


「まだ、何者かはわかっていない。けれど、私はスムジーク殿と共に進んでみたい。呪いに縛られているもの同士なのかもしれないから」


 甘い考えかもしれない。

 だが、自分が救われるための旅路に、他の人間も同じ目的の途上で救われるならそれ以上のことはない。クレオはそう考えていた。


(アーレンさん。安心していいぜ、本当に隊長は……望んだ通りに育っているはずだ)


 一拍の後にワズワードが、


「少し、出てくる」


 そっと立ち上がる。


「クレオの心は熱すぎる。少し夜風で涼んでくるとする」


 ───────────────────────


 鍛えているのは肉体のみではない。インクの循環を強化して高効率に魔術を行使するための練習と修行を行う。つまり、臓器や血管などに至る全てがスムジークにとっての鍛錬の対象であった。

 それ故に酒の周りも緩やかである。激しく酔いたいというのに。


「隣、良いか」


 ふらりと現れたのは馬車に同乗していたあの三人組の一人。

 ワズワードであった。


「貴方は確か」

「ワズワードだ。マスター、彼と同じものを二つ」


 そうして運ばれてきたグラスの一つを自分に、もう一つを彼の前に。


「因果よな。我らが求めているものは誰かにとっての正しさであっても、それを悪心に従って扱うものもいる」

「ニグラム殿から話を?」

「一通りは。ただ、お前に話させるばかりでは悪いと思ってな」


 自分のことも話したくなった、と。


「ワズワード殿。貴方は果ての空に?」

「ああ。芽が出ずに出ることになったがね」

「果ての空に入れるだけで十分な実力でありましょう」

「未来に進むための理由を見つけられなければいかに実力があろうとな」

「どのような研究をされていたのです」


 出された質問には顔を横に振った。

 なんとなくスムジークも察することができた。魔術士たちが目指す偉大な学び舎、果ての空。


 そこに至ることは素晴らしいことだが、多くの才能と先進的、先鋭的な魔術の研究が行われているが、その一方で自らの才能がそうした研究者たちに及ばぬことを理解し、心折れて去ることは少なくないのだと。


「追いつきたいものはあった。だが、追いつきたいという気持ち程度で追いつけるものではない。俺には情熱がなかったのさ。

 だが、お前はそうじゃないらしい。ニグラムからも聞いたよ。

 多少ケチがついたからとて夢を諦めるようなことはしない、と」


 魔術士にとって最も大事なこと、それは自分を見失わないこと。


「どうだ。多少のケチではすまなかったか?」

「ええ。……正直、大いなるケチでしたよ」


 くい、と酒を飲み干す。

 ワズワードも殆ど変わらないタイミングで飲み干していた。彼がおかわりを再び二杯。


「諦めるかね」

「……」

「諦めるわけがないよな、自らが正統な後継者であると認めさせるためにも」


 魔術士にとって、重要なものは血統である。その血や魂とも呼ばれるものには自分や父祖が蓄積してきた魔術の、一種の適性のようなものが溜め込まれる。

 炎の魔術を得意とした一族であれば、行使した魔術の効率化がその血に自動的に刻まれていく。

 それに並ぶものがあるとするならば、その血統よりも優れた効率性を与えるための研究。


「手記の一部だけ持っていったものと、大部分を読み続け、憧れ続け、位階を得て組織を作り上げ、未だ歩くもの。

 どちらが正統であるか、その競争についてまだ勝敗はついていなかろうさ」


 置かれたおかわり分の酒を飲み干す。


「融合、本当にできると思うか」

「限定的には。ただ、本当の意味で魔術と請願を『一つ』にするのは不可能だろうというのが現段階の答えです。結局のところ、ダンが求めていた融合が行き着く先は」

「呪い──隷属の忌道を打ち破るための手段か。であれば、むしろケチなど付いてはいないのではないか」

「……それは?」

「ダンの子孫がどのようにして隷属をクレオに刻んだかなど、重要ではない。今、お前にとって重要なのはダン・エメルソンが求めた技術を使う先がお前の前に転がってきたことではないのか。

 ダンがやりたかったことをお前が達成すれば、エメルソンの血統など取るに足らぬ。

 魔術師として正統なダンの跡取りはお前になる。……ケチどころの話ではあるまい」

「ふ、ははっ。口がうまいな、貴方は」

「大した薬効のない小麦混じりの薬を妙薬と称して売るような生活をしていたものでね。人を騙すのは得意なんだ」


 三度、酒を頼む。二人の前に酒。グラスを持ち上げる。


「隷属を晴らすために、どうだ」

「貴方たちの赦しがあるなら、我が名誉のためにも」

「なら、決まりだな」


 約束を定める言葉の代わりに、グラスの乾杯の音が響いた。


 ───────────────────────


 翌日。馬車。

 四人が旅を始めた。トライカへと向かうためにはまだ幾つかの経由地を辿る必要がある。

 長旅とまでは言わないが、決して短時間ではない。


「お嬢さん」

「クレオでいい。年齢もそう変わらないのではないか」

「それは失礼。クレオ殿」


 実際、クレオは年齢不詳であった。幼くも見えることがあれば、大人びて見えることもある。

 一方でスムジークもまた年齢不詳のケはあった。鍛えているからか、インクが全身を効率よく巡っているかはわからないが、二人ともにそうした外見と実年齢が判然としないもの同士で共感する部分があるのかもしれない。


「魔術の練習とのことですが、」

「難しいか、私には」

「いえ、むしろインクの内包量はおそらく人一倍のものと存じます。簡単なものから始めれば案外すぐに使えるようになるかもしれませんな」


 と、いった具合に暇な馬車の道中はスムジークは率先して魔術を教えていた。


「なるほど……。そういう方法があるか……」


 よほど教え上手なのか、スムジークの授業に対してワズワードも興味深げに首を突っ込む。

 ニグラムは三人を暖かく見守っていた。アーレンの代わりにでも言うように。


 しばらくの時間の経過の後、馬車は目的地であるトライカへと辿り着いた。

 幾つかの検査などはあったものの、魔術師ギルドの青色位階と果ての空の出身者の身分のお陰もあり問題なく都市内へと入ることができた。


「それじゃ、こっからは手分けになるかね」


 ニグラムの言葉に一同も頷く。

 今までの経験から忙しくしているルカルシと入れ違いになる可能性は大きい。

 冒険者、魔術士ギルドなどで伝言を頼んだとしてもそれよりも急がねばならない用件があれば留まっているわけにもいかなくなるだろうということもある。

カクヨムの方での更新はそのうち書きおろしが始まるって話だぜえ、兄弟。

よかったら読んでくれたら嬉しいぜえ!


勿論、こっちはこっちで最新話を書き溜めたら更新するから待っててくれよな!

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― 新着の感想 ―
げへへっ、よう!兄弟……?オレだよ、オレ! 兄弟……だよなぁ?なんかスッキリしてるというか……肉付きが悪くなったっていうか……軽くなったっていうか………… ……まぁ、こまけぇいいかぁ!ガハハハ!! …
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