193_継暦141年_冬/04
都市、街、宿、それ以外。
幾つも幾つも巡る旅、
「ああ。ルカルシ様ですか? ええ。最近まではおられたのですが……」
「どこへ?」
「緊急の案件だとかで──」
あるいは、
「ルカルシ様ですね。ええ。つい先日まではおられたのですが、ギルド……、ええ。魔術士ギルドです。その問題が出たと──」
もしくは、
「あー。ルカルシさんか。ああ。昨夜まではいたんだがな。どうにも少し離れた都市で問題が出たとか」
とにかく、彼女は忙しいようだった。
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「なあ」
「……なんだ」
「その、なんというか、魔術士ギルドって……」
「言うな。言わんでくれ。俺もまさかここまでハードな職場だとは知らなかった」
ニグラムとクレオはルカルシと会えないことそのものに対して文句があるわけではなかった。
(ワズワードの先輩であり、頼みの綱があまりにも激しい労働環境で偉い目にあってそうだったのが心配になった。人として)
というのが二人共通の思いではある。
それ故か、次にルカルシに会えそうな場所への移動手段を探したり、今日の宿を得るための移動中に都市の中で、
「……なあ」
クレオがふと足を止めていた。
「これとか、どうかな」
露店で手に取ったのは『元気百倍!! 危険性は一切なし!! 天然成分のみ!! 長期保存可能!!』とラベルに書かれた瓶だった。天然成分以外だと魔術由来であったりとかそういうものだが、それを怪しいとして取り込むのを苦手だと考える人もいる。そうしたことへの配慮なのだろうが、
「怪しいだろ、どう考えても……」
とニグラムは言いたかったが、クレオの瞳はキラキラと輝いている。自分を診てくれるかもしれない相手への感謝をする準備、といった雰囲気があった。そこにはほぼ善意だけがあった。
「……」
「……」
ワズワードとニグラムは彼女が手に取っていたものを見て、怪しいものではなさそう(目視ではだが)ではあったので幾つかを購入。
その日は遅く、追いかけたくとも向かう先の都市への馬車もないということで一泊。
購入した怪しげな飲み物を試飲することに。
(誰がと言われれば、まあ、オレだよな。賊なので胃腸には自信がある。いざってときはまあ、担架にでも乗せて運んでもらうか)
そう覚悟を決めつつ、
「……ぐびっ」
喉が鳴る。
「ど、どうだ?」
一応、ということでワズワードは自家製の胃腸薬を水薬にして持っていてくれている。なんだかんだで気の回る男であった。
クレオも最初こそ善意だったが確かに浮かれていた、としょげていた。それを試飲していいものであれば渡し、ヤバければ無かったことにしようということで納得し、彼女が飲む気満々であったが前述の通り胃腸の丈夫さに自信がある賊が半ば強引に自ら飲むことを決めたからだ。
そこには
(こんなことで何かったらアーレンさんに顔向けできん)
という気持ちもあっただろう。
「む、……う……?」
味は……。フルーティ。
のどごしは……。すっきり。
何らかの薬効は……。とくに感じない。
不調は……。なし。
「こ、これは」
「これは?」「これは?」
二人が声を揃えてオレへと。
「フルーツジュースだな」
そうとしか言いようがなかった。
結局、翌日になっても特に不調もなかった。結論的には何らかの調合手段で長期保存できるジュース。それはそれですごい気もしている一同だった。
──ともかく、彼らの旅はこんな感じで進んでいる。
三人共に、
(悪い気はしない。段々と三人旅に慣れてきている)
そんな評価を持っていた。
謎のジュースを飲んだ翌日。
「悪気はなかったが、好奇心に負けていないのかと言われれば、その、すまん」
基本的には悪気はないというか、善意が殆どを占めており、行動に至った理由が好奇心であったということなのもわかっている。
(アーレンさん、アンタが探していた人はちゃーんと善人だぜ)
ニグラムは目的の中枢にある男を思い出しながら微笑み、頷き、
「クレオ隊長〜。そんな顔しないでくれよ」
そう慰めた。
あえて雑なやり方で留めるのは、深刻にしないためのニグラムなりの心遣いであったし、それをわからぬほど二人も子どもではない。
「そうだぞ。いざとなったなら果ての空に伝わる胃腸薬もある」
「ホントにそれ伝わってる奴か?」
「少なくともこれを教えてくれた同室の学友はそうだと言っていた。其奴は薬学だの霊薬だのと関係ない学科だったが」
「……効くのかよ、それ」
「抜群に効く。学科は違ったが実家は薬師だそうだからな」
「果ての空関係ないじゃない!」「果ての空関係ないよね?」
ともかく、友情は確かに育まれていた。
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楽しい時間を過ごせば過ごすほど、自分の今までの行いを振り返る。
クレオは一人になると、空を見上げていた。
「どうしたね、隊長」
「こんな日があるとは思ってなかったんだ」
「フルーツジュースの日……じゃないよな」
へらりと笑いながら言うニグラムに苦笑で返すクレオ。
彼女の凶行の全ては隷属させられて行ってしまったこと。彼女の意思は一つもそこにはない。
だからといって、殺した感覚が消え失せるわけでもない。
殺した。その感覚が今も手にべっとりと残っているのだろう。
「できることなんざ、決まってるよ。隊長」
「できること?」
「復讐さ」
「隷属させたものを殺す、か?」
「それも一つの復讐だな。でもそればっかじゃない」
「……わからないな。他に何がある?」
「エメルソンよりすげえ商人になるとか」
クレオは想像していない復讐にきょとんとする。
「やりかたはいくらでもあるってことさ」
「殺す殺さないだけではない、か……」
殺しの感覚が染みついてしまっていた。だからこそ、復讐を考えても殺すまでできるかの自信はなかった。
「その復讐は……」
淡く笑う。
「楽しそうだな、ニグラム」
戦いとは別の目的を見つけたような、そんな表情だった。
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翌朝。
現在は馬車に入り、
「ルカルシさんが向かったってのはトライカ……だったね」
クレオが目的地を口に出す。
現状、クレオにかけられた隷属が彼女を苛むことはない。目的地に進んではいるということがきいているのだろう。
だが、トライカは目的地からは若干事情の違う方角となる。何もなければいいのだが、と一同も考えるが、それに加えて、
「ああ。だが、……トライカに、か」
ワズワードは少し悩むような口ぶりだった。
「どうしたね」
「いや、トライカが目覚ましい発展を遂げているというのは聞いているが、魔術士ギルドはまだ確たる勢力に至っていない。そんなところでの問題というのが想像できなくてな」
ワズワード曰く、魔術士ギルド、その支部には幾つかの形質が存在するという。
一つ目は冒険者ギルドとの繋がりが強い商売っけの強いケース。
次が研究に没頭してその都市の他の組織や人間との接続を求めないケース。
そして最後に問題児たる権力志向が強いケースで、現在の魔術士ギルドのグランドマスター、つまりはギルド全体の主の座を狙っているもの。
主に問題を起こすのか三つ目の『問題児』で、ルカルシが忙しくしているのもこうした連中が引き起こす事件の後始末に奔走せねばならないためであった。
そして、例外的なのが今回のケースなのだとワズワードが続けた。つまりは、確たる勢力になっていない。
これには理由が幾つかあるそうで、
ギルド施設ができたばかりで、支部として未成熟だから方向性が決まっていない。
あるいは、ギルドの長がいなくなってしまって方向性を失ったか、何かの問題で長が不在のケース。
長がやる気がなくて仕事をしないって場合もあるかもしれないが、と。
「今回はどれだと思う」
「先も言ったがトライカは発展目覚ましい。ギルドもまだ配置されて日が浅いと聞いた」
「ふむ。であればどのケースもありうる、か」
馬車がガタガタと揺れている。
移動の時間は暇だ。会話をするには打ってつけ。
「面白そうな話をしてらっしゃいますね」
ふっと、会話に切り込んできた余人が一人。
お久しぶりです。
なんとか戻ってまいりました。
消えている間に書籍版の二巻の発売も決定いたしました。ひとえに兄弟たちの愛のお陰だぜえ。
げへへっ、ありがてえ!
予約だとか購入だとかしてくれりゃあ……へへへ、頼むぜえ。へへっ、へへへっ(うすぎたない賊笑顔)
他にもどこぞの百万回は死んだザコのことはXかMisskeyで発信する予定なので時折チェックしてくれればとっても嬉しいぜえ。書籍一冊分に相当する文量の何かもあったりなかったりしてよお。
今後もちゃーんと更新は続けるから安心してくると嬉しいぜえ!




