192_継暦141年_冬/04
よっす。
唄うヒヨドリ亭に泊まっているオレだぜ。
クレオ隊長の作戦は決まった。
こっちの人数が少ないってのと、相手が何者かわかっていないってのを加味したものだった。
宿に極力迷惑を掛けず、自分たちの安全を加味する。
そして、何よりオレは元よりワズワードは裏通りの学者先生、クレオはヤバいものを運ばされる隊商の長。正義と秩序からはかけ離れた一党。
であればこそ、取った手段は。
「これで二人目、と」
隠密襲撃だった。
相手の数は五人。宿の周りに仲間がいないかは確認済みで、それもなし。
五人さえなんとかすりゃ平和を取り戻せる。
それも既に二人抑えた。
トイレに出たのを一人。湯浴みから戻ろうとしたものを一人。
隊長の手並みは恐ろしく冷静で確実なものだった。ちょっとした暗殺者レベルというか、なんというか。
ううむ。記憶で叫ぶ声からすると彼女はお嬢様だったはずなんだが。それがかえって彼女の道程の過酷さを伝えてくるようで、助けたい気持ちは強くなるってもんだ。アーレンさん、何とかするから。大丈夫だ。任せとけよな。
やがてもう一人も湯浴みに向かったので抑える。これ以上は出てこなさそうだった。そして、湯浴みが長すぎるのも怪しまれるだろう。
それじゃ、オレが残りはと動こうとしたところで、
「少しくらいはこういうこともやれるってところを見せんとな」
ワズワードが言う。手には何かを転がしていた。
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「失礼いたしますゥ。旅のあん摩でございますゥ」
オレは笑いを堪えていた。
学者然としたワズワードが妙な笑みを浮かべながら、やはり妙なイントネーションでマッサージの押し売りをはじめたからだ。
「あん摩ぁ? いらんいらん。他の客を探せ」
「お客様以外にゃここの客は私たちしかいないもんでしてェ。どうにか掴まらせていただけませんかねェ」
「うーむ」
「いつもならこちらの、私の弟子なら金額がこれくらいで……と言うところなのですが、今回ばかりは私がやらせていただきます。金額は弟子のときのものでェ」
「……ふーむ」
「腕には自信がありますよォ。私、こう見えましてもあん摩の成り手が集う果てのツボでみっちりと学んで中退した身分でございまして、かの学舎で数多の技を盗んでまいりました」
「果ての、ツボ」
「例えば、ちょっとお手を拝借」
「うむ」
「この辺り、どうでしょう」
「おおっ、いいな!」
「この心地よさの十倍、いや、二十倍はお約束しますよ。それが果てのツボの技術でございます」
「む、うむ」
「それほどなら安いのではないか」
「だな。……荷物番も暇だしな。よし、あん摩、やってみろ。ほら、前金だ」
「おありがとうございます。では、こちらのお客様はお待ちの間はリラックス効果のあるお茶でも」
「料金内か?」
「もちろんでございますゥ」
茶を飲んだものの意識はそのうち遠のいていくようだった。
あん摩されているものはといえば、
「むお、これは、効くな!」
「そうでございましょう、そうでございましょう。それではもう少し強くしますねェ」
「むおおッ おっ」
首を絞めるような指圧。直前まで苦しさすらなかったのだろう。そのまま眠るように意識は刈り取られた。
「これが果ての空の力だ」
「本気にしていいのか?」
「……まあ、半分程度にはしておいてくれ」
ルカルシ先生とやらに会ったら本当にあん摩を教えるところがあるのか聞いてみるとしよう。
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こうして、襲撃予定者は全て捕らえた。
彼らのではなく、こちらの部屋に集めた。もちろん、荷物は没収。身動きが取れないように縛り上げた。ロープワークもお手のものだぜ。特に人質関連に使うものなら賊の手並みの範疇ってもんだ。
身につけているものなどを含めて検分したが、特に目立つものはない。
「状況はわかってるよな。騒げば」
舌でぱっと跳ねるような音を立てながら指で首を切るジェスチャー。彼らも状況はわかっているので小さく頷くに留まる。
尋問はオレの担当。何かあったときの武力制圧は隊長とあん摩の先生にお願いする。
一人を選び、そいつに噛ませている猿ぐつわを外す。
「質問に答えてくれ。繰り返しになるがでかい声はナシだ。あの看板娘ちゃんを驚かせちゃ可哀想だからな」
「あ、ああ……」
「雇い主は誰だ」
「フルトーンさんだ」
二人を見るが顔を横に。オレもフルトーンってのには聞き覚えがない。
「そいつは誰だ?」
「俺らみたいな冒険者崩れのチンピラを抱えているお人だよ」
そういう手合いはどこにでもいる。冒険者ってのはオレの憧れで、憧れだけじゃなく手が届きそうなこともあるし、実際にこの周回じゃ冒険者にもなれた。そう。賊でもなれちまうんだ。
受け入れ先次第ではあるが、都市であれば入れた時点で身分は認められたようなもんで、冒険者にはあっさりなれる。
問題はその後だ。傲慢やら暴力やらの問題を起こせば即座にクビ。
問題の大きさ次第ではちょっとした処刑部隊が送られることもあるなんて噂すらある。冒険者ギルドの名誉が保たれているのは冒険者になって即急ぎ働きをするような連中を弾くだけのノウハウはあるってところらしい。
であれば、彼らのような冒険者崩れはどう生まれるかと言えば、依頼の失敗だ。
特に功名心に駆られて身の丈に合わない依頼を受けては失敗して、しかし誰でもできるような仕事は受けたくないと膨らんだ自尊心が暴走。
結果は冒険者ではないような行いをする。彼らが認識票を持っていないのはおそらく、一度何かをやらかして捕まったのだろう。
連中のような冒険者崩れのせいで下位の位階を持つ冒険者をチンピラやゴロツキ、つまりは賊と変わらないと考えている市民は少なくない。悲しい話だね。
オレがいままで後ろ指をさされずに冒険者ができたのは冒険者崩れの存在で下がった評判を、依頼の達成で押し上げた先輩方がいたからこそだろう。
オレは、どうにも冒険者のことになるとダメだな。
思う言葉ですら多弁になり、目つきすら冷たくなるようだ。相手は苦々しい表情を浮かべてオレから視線を逸らす。
「お、俺たちだってやりたかなかったんだよ」
「まあ、湯浴みに行こうって時点でわかるよ、そりゃあ」
それでも先手は取る。最初に捕まえた奴が全部ゲロってくれたお陰で心置きなく捕まえる気持ちになれた。これで最初の奴が情報を吐いてくれなかったら敵愾心を向けたってこと一つで捕縛するところだ。今の状況はそれくらいシビアになりたくもなる。クレオ隊長の隷属、その中身が完璧に明かされない限りは。
「……フルトーンさんも、俺たちチンピラを使うにしても仕事は選んでくれたんだ。強烈な汚れ仕事を回すようになったのは」
「おい、やめとけって」
「言わせてくれよ」
仲間内で声こそ荒げないもののやいのやいのとしてから、しかし全員の意思は固まったようだ。続けることが選ばれたらしい。
「ドップイネス。知ってるかい。裏じゃあ有名な商人さ。フルトーンさんはアイツに関わってから変わっちまったんだ」
出たよ。ドップイネス。よくよくオレの人生に関わってきやがるな。それともそれだけのビッグネームってことなのかね。
「お前らの仕事内容は?」
「そこの姐さんを捕まえて来い、紋が刻まれているから傷つけるな、って。フルトーンさんはそう言ってた」
「……サンプルが必要だとか言ってたが、ドップイネスの手下がそんなことを言ってたっけか」
サンプル。クレオがサンプルになるとするなら思いつくのは一つ。隷属のそれだろう。何をするかまではわからないが、エメルソンが裏側の商人である以上はシェアの奪い合いをしようとしているのかもしれない。
「あんまり関わり合いになりたくない話だな」
ぽつりと漏らすと、二人も小さく頷く。商人同士の睨み合いに関わるなんて命知らずにも程がある。今のオレたちが求めているものが金ではないなら余計に。
「お前ら、死にたくないよな」
「そりゃあ勿論……!」
「じゃあ、オレらからのお願いは」
「聞きます、聞かせていただきます!」
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翌日になり、出発する。
フルトーンとやらの手下から他にオレらを狙っている連中がいないかの情報を聞き、彼らだけであることを確認。
彼らも
「人の生死がかかるような汚れ仕事はまっぴらだ。故郷に戻る」
そう必死に訴えかけてきたので信じることにした。
どうにも冒険者崩れになったものの、あくどいことはしていないようだった。
彼らには引き続き数日、宿で休んでいてもらうことに。
下手に行動されたらオレらを逃がしたことが露見するかもしれないしな。
甘いやり方かもしれないが、流石にナイスな甘味処を血みどろにしたくはなかったし、残虐な手段をクレオと共に取り続けるのは心の中のアーレンが悲しみそうな気がしたからだ。




