191_継暦141年_冬/04
よっす。
旅を始めたオレだぜ。
一人じゃあない。三人旅だ。お嬢との二人旅も楽しかったが三人での旅ってのもいいもんだ。
こんな時代だ。道中襲われることは少なくない。といってもクレオやワズワードを狙うような連中ではなく、普通に賊だ。三者三様で気がつく方法が違うので今のところ不意打ち対応は完璧。賊を撃退し、ちょっとした小銭稼ぎまでさせてもらえている。微々たるもんだがな。それでも路銀はいくらあったって困らないからな。
え? 同族、いや、同賊に心が傷まないのかって?
賊に期待しすぎだぜ。それに、助けてやったらその直後に不意打ちをかますのが一端の賊ってもんだ。助けるだけ無駄なのさ。
ともかく、防衛というべきか、戦いについてはそんな感じ。傷一つない。安定ってやつだ。
それじゃあ、他に最高なことはないのかっていうと、ある。
会話だ。
意外なのはワズワード。
「ふむ。……確か、この街道沿いに……」
「街道沿いに?」
「いい甘味処があるはずだ、記憶が確かならだが」
妙に旅路のでの知識というか、ちょっとした観光スポットに強いのだ。
この先の甘味処という今の発言だけではない。この先に名所にもされた花畑があるだとか、いつの時代からあるかもわからない石像があるだとか、解説も交えたりすることもある。
「甘味処か」
「クレオは甘味が苦手か?」
「いや、好きだ。好きなんだが、その、なんというかな」
口をもにょもにょとさせるクレオ。
オレは何となく察しが付く。
「カシラ張ってたらナメられるわけにもいかないもんな」
オレの言葉に苦笑を浮かべたクレオ。そういうことだ、と返してくれた。
「だったら今は気楽な三人旅、寄って行ったって文句は言われないだろ」
「……ああ! そうだな!」
嬉しそうに微笑むクレオ。少し幼さが見えるような、可愛らしい笑顔だ。
「では寄ろう。是非寄ろう」
それ以上に嬉しそうなのはコイツだ。ワズワードがぐいと押し込むように。
間違いなく自分が食べたいだけだな。
妙な気を回さなくてもいいのは助かるけどさ。
そんなこんなで甘味処に入る。というか、正確には一応は旅籠らしい。が、ここまで進めば街まで行こうとなるくらいの距離なので別の強みを打ち出して、それが成功したケースのようだった。
「いらっしゃいませ!! 唄うヒヨドリ亭にようこそ!」
元気一杯の看板娘が出迎えてくれた。対応ばっちり、と。
「甘味のおすすめを三つ頼むぜ、お嬢ちゃん」
「はいな!」
席に座るなり勝手に注文をするオレ。
短い期間だが、こういう仕事はオレの分担であるということになっている。
今回は三人とも求めているものが同じだから困らないが、夕食などになれば互いに好き嫌いがあり、短い期間でなんとなしに把握したそれをベースに注文をする。
ワズワードは野菜があまり好みではない。クレオは逆に野菜が大好き。オレはまあ、うまけりゃなんでもいい。
大雑把にこういう情報をベースにして、あとは食事中の反応なんかで情報を補強している。
この辺りの経験はお嬢との旅で強くなった部分でもある。旅慣れたお嬢でも案外苦手なものもあったりして、しかし表情には出さないようにしていた。つっても、オレからすると結構わかりやすかったりして、それを避けたりしているうちにモリモリとこの手のノウハウをゲットしていった。
とまあ、そういう感じだ。うーん。お嬢は元気だろうか。ホームシックとも違うが、似たような焦燥感がちりちりと胸を灼くような感覚があった。
「おまちどうさま!」
看板娘が運んできたのはよく冷えたフルーツ、そしてシャーベット。特別な力や装置でも保持しているのだろう、その冷たさは少し灼ける胸によく効くような気がした。
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しばし甘味を楽しんでいる。
クレオも厳しい表情を解いていたが、すぐにその表情が引き締められた。
それに気がついたオレとワズワードが視線を向ける。彼女はそれとなくスプーンを動かし、方向を知らせる。
少し離れた席に数名の客。見た目はそれほど粗野ではない。急ぎ働き専門だとかって賊の類でもなさそうだ。
しかし、ワズワードは別の何かに気がついているようだった。オレもそれから遅ればせながらに気がつく。
気がついたのが彼と同じものかはわからない。
ただ、敵愾心にも似た注意がこちらに向けられているのは全員が察知しているだろう。
「そういや、ねぐらのことだけどさあ」
普段と変わらぬ感じで会話を切り出すオレ。
「物音がすんだよなあ。猫ならいいけど、鼠だったら嫌だよなあ……。戻ったところで同居するのはちょっと、なあ」
道中で話したのはワズワード先生による『るんるん気分、なんでもない旅路を楽しくする百の名所』特集だけではない。符牒を決め、周囲にバレないように会話をするためのアレコレを決めていた。
オレは賊なのでそういうのがそもそも得意。
クレオ隊長も経歴柄から慣れている。
ワズワードは持ち前の頭脳で記憶してくれた。
今回であれば、物音はこちらを狙っているかもしれない予兆。猫はこちらとは関係のない人物、ネズミはこちらの敵。その後のことは、このまま旅を続けると面倒があるかもとかその程度の意味だ。
「今から戻れば業者も呼べん時間になるか。それなら、」
隊長が手を挙げると看板娘が飛んでくる。忙しそうにしているのがよく似合っていた。
「宿を借りたいのだが、いいだろうか」
「え、珍しいお客様……じゃなくって、もちろんですよ!」
「二人は歩けるというのだが、長らく引きこもっていたせいで歩き慣れてなくてね」
クレオの宿泊希望に合わせるようにワズワード。やりやすいね。これぞパーティプレイって奴かもだな。
「お部屋はどうしましょうか?」
「三人同じ部屋で」
「かしこまりました!」
そういうことになった。
……のだが、少しの後に『猫かネズミ』かの集団も宿を取る。はい、ネズミ確定、と。
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「宿の名前は、唄うヒヨドリ亭、だったな。おかしな名前ではなかったが」
「賊のセンスじゃあないのは確かですな」
以前のことをしっかりと記憶している。だからこそこの店の名前も記憶していたのだろう。看板娘が言ってくれなけりゃオレから聞いていたが、その辺りはしなくとも隊長がやってくれたんだろうな。
今の自分の能力にあぐらをかいてないってのは、うん、いいね!
と、内心で隊長を称えていると、
「さて、どうしたものかね」
ワズワードは荷物を纏め直しながら言った。
悠長にしているわけではない。荷物の中から戦闘に使いそうなものを取り出しやすくしているのだ。
荒くれた場所に住んでいただけあって、話が早い。
「宿の中でドンパチするのはご迷惑だからなあ」
「といっても、あのまま旅を続ければ隙を見せていたからな」
「狙っているのは誰だろうなあ。やっぱ隊長かね」
「雇い主から離れたから消しにきたって? そこまで自分の手下に執心するタイプじゃないと思うけど」
腕前や頭の速さだけではなく、見た目だっていい。クレオを手元に置きたいと思うのは自然な気もするが、彼女の前の仕事、つまり荷運びの仕事を考えれば雇い主側にそういう意思がないのは理解できた。
「となると」
オレとクレオの視線がワズワードへ。
「……ううむ。そう恨まれるような人生ではないはずだがな。ただ、確かにクレオの隷属は自由裁量が多い。その上で追っ手を差し向けるのは不可解だ。しかし、連中からも微かにクレオに似た匂いは感じたのだがな」
「察した部分はやっぱオレとは違うんだな」
「お前は何を察した?」
「見てくれ、態度、それに視線かな」
「視線? こちらには向いていなかったと思うけど」
「窓の反射だよ。うまく視線を隠してたようだけど、オレみたいな小悪党は人様の視線に敏感でね」
「注意していたはずだが気がつけなかったのは無念、いや、見事な観察眼だ」
肩を叩き誉めそやしてくれる隊長。
「察するくらいはね。ただ、こっからは」
「ではここからの対応は任せてもらおうかな。二人にはすっかり観察と事前行動の部分で水を開けられたし、少しは役に立つところを見せなきゃね」
自信ありげに。
以前、今回と少し似た状況で宿から逃げたときのことを思い出す。見事なもんだった。
今回はどうするのか。
答えは夜に明かされることになった。




