190_継暦141年_冬/04
よっす。
隷属についてあれこれと話しているのを見ているオレだぜ。
当事者の隊長と推定専門家のワズワードはしっかりと意見交換している。
オレは門外漢もいいところなので何も言うことはねえ。
お湯を沸かしてお茶をいれるだとか、小腹を満たすためのものを買いに行くだとか、そういうので場を繋いでいるぜ。
隊長が背を晒し、隷属の紋を見せる。
ワズワードは渋面を隠していない。
「どうだろうか」
「……聞き取りからも思っていたが、難物だな」
忌道ってのは土地であったり文化であったり倫理であったりする側面から禁止されている代物だ。
たとえ便利だとしても罰せられることが明確であれば継承者は減っていく。
技術ってのは継承を繰り返して成長していくものだろう。
だが、その継承が途絶えることが多いとどうなるか。
その答えの一つが隷属だそうだ。
多くの悪党どもが隷属とその使い手を求める。
しかし、隷属の使い手は様々な組織から懸賞金が掛けられることになる。隷属が何かの拍子に組織や貴族にでも掛けられればとんでもないことになるからだ。
その天秤は基本的に首を刈り取る方に傾いている。
が、需要がある限りは供給はどこからかされるもの。
いつからか隷属の初歩そのものは闇深い勢力まで足を向ければ獲得できなくないものとなっていたそうだ。
勿論、魔術をはじめとしたそうした力は相性問題もかなり激しいので覚えられるから覚えましたとはいかない。
だが、入り口が広くなっていて、その使用回数も多くなれば一代限りの発展を遂げることがままある。
隊長の背にある隷属もまた、そうした歪に成長した隷属の力であるとワズワードが語る。
「効果そのものは正直、取るに足らない。強制力は強いが、その強制力を発揮させる命令は少ないんだろうな」
紋に刻まれた点をいくつか示すようにして言う。
インクを当て、何かを聴診しているかのようにして、
「主の荷物を守れ、自分たちが運搬しているものがバレそうになった場合は殺せ。
それに、定期的な主への謁見。
主からの直接的な命令に対して拒否できない。主の肉筆とインクを与えられている命令書にも同様の効果がある……そんな辺りか」
隊長は悔しさを滲ませて小さく頷く。
「厄介なのは隷属の強制力じゃあない」
「何が厄介なんだい」
オレが問う。どうにもこのワズワードという男は問えば返るというか打てば響くというか、質問されて答えることが好きなようだった。学者肌の一種なのかね。
「解除のしにくさに異常に執着している。そもそも隷属は解除そのものが難しいものではあるが、ここまでのものは偏執的とすら言える。
物理的な損傷は勿論、一時的に効力を失わせる紋の上書きであろうとも即座に元の形に癒やそうとする」
覚えはあるか、とワズワード。表情を曇らせたまま隊長は、
「ああ。傷を付けても強力な治癒の請願のように治してしまう」
「……試した回数も少なくなかろう」
古傷がそれを語っている。
治すといっても当人の肉体を治すためのものではない。紋の修復が主たるもので、肉体が癒えるのは副次的なものであって、だからこそ古傷が残るようなことになっているわけだ。
「で、どうだい。先生。なんとかなるのかね」
「先生は止めろ、チンピラ。そんな尊称で呼ばれるような力はない」
「じゃあ」
「手がないわけじゃあない」
残念ながらここまでです、とはならなかった。
希望を持たせるじゃないか。
「何かやり方が?」
隊長は務めて冷静にいようとしているが、声には救いを求める色が含まれていた。
「俺よりも忌道の扱いに詳しいお人がいる」
「それは?」
「先輩であり、師匠であり、……かつて俺が目指したお人だ」
「かつて?」
よもや死んだとか言うんじゃないよな?
いやいや、であればあんな希望を持たせるようなことは言わない……よな?
「憧れるには偉大すぎたのさ。才能の器が違いすぎた。そして、その器を埋めるための努力の量もな。
……ああ、変に不安にさせるような言い方をしてしまったか。
安心しろ、存命のはずだ。ただな……」
無精髭をざりりと撫でてから、
「どこにいるかわからんのだ。そのお人は」
「果ての空ってのは魔術だのを学ぶ学校なんじゃなかったか。アンタの先輩だってならそこにいないのか?」
「果ての空を継ぐかもしれないお人でな、そのために冒険者となって各地を巡って見識を深め、魔術ギルドの視察もやっている。今どこを歩いているのか、俺ではとてもじゃないが知る由もないんだ」
「でも、その人ならなんとかできるってことだよな?」
「間違いない。確実にできる。先輩の偉大さをなめるなよ」
「隷属の紋がどんな代物か鑑定できるアンタが絶賛すんだから、すごさも伝わるさ。
けど、どこにいるかもわからんのか……」
問題はそれだけではない。
定期的な報告をすることを隊長は隷属によって求められている。
それに今は『問題があって隊商からは離れているが、合流するために動いている』という大義名分もある。探すためにルートから外れたとき、隷属からどんな仕打ちを受けるかもわからない。
「チンピラ。……いや、ニグラム」
「なんだい」
「俺を探した手腕、惜しまず使えるか」
「そりゃ幾らでも」
「わかった」
無精髭はオレと隊長を見やる。
「この街でやり残したことはあるか?」
立ち寄っただけの場所だ。オレにはないし、隊長にもないようで顔を横に振る。
ワズワードが分厚いコートに、ここが襲われたり燃やされたりしたときのためにでも用意していたのか、持ち出し袋的な背嚢を背負う。
立て掛けてあった、おそらく長い間使われていなかった杖の埃を払って掴む。
「ならば、探しに行こう。俺は人捜しが不得手だ。
先輩の居場所の情報は集める、実際に探すのはニグラム。お前の仕事になるぞ。いいな」
「そりゃあ、勿論」
いいねいいね。物事が動いてきたって感じがするぜ。
って、思っていたところに、
「ま、待って欲しい」
彼女の声にオレとワズワードは「どうした」「なんです、隊長」と声を重ねてしまった。
「何故そこまでしてくれる? 払えるものがないとは言わない。多少なりとも金銭はあるが……」
ここまでの学識を持つ人間を雇うってのは基本的にえらい金額になるもんだ。
ここから数ヶ月雇い続けるとなると貴族でもない限り難しいだろう。
「久しぶりに悔しい思いを与えられた」
クレオ隊長を、いや、おそらくはその背にある紋を見ているのか。
「それが嬉しかった。俺はまだ果ての空の学徒なのだとわかった。ここで燻っているのも悪い気持ちではないが、着いた火を放っておけるタイプではないんだ。俺は」
杖を一撫でしてから、
「先輩にあって、再び教えを乞おうと思う。それが叶わずとも果ての空に戻るための口添えを頼めないかを願う。
俺にとってもその紋を何とかすることにはメリットがある。これが答えでは不満か」
隊長が何かを言う前にオレはワズワードの手を取る。
「んだよお! 無精髭このやろ! 見た目からわからんくらいアツい奴じゃねーか!
頼む。頼むぜ! オレも全力で探すからさあ!!」
語ったことの殆どは本心だろう。私欲もあるだろう。だが、わかる。
こいつの根底には誰かのために何かをしたいって気持ちがあることを、何故だか直感した。白髪親父が言っていた、誰かのために死んだ奴の話を聞いたときにも思った。
善性ってものをオレは感じ取れる妙な力でもあるのかもしれない。それとも、賊のオレに善性ってのが欠片ほどもないから他人のそれに敏感なだけだろうか。
ま、それはどうでもいい。
「あ、……ああ。お前も暑苦しい奴だ。だからこそ、期待している」
小さな微苦笑を浮かべる無精髭。お前も同類だと言いたげだが、善性があるわけじゃねーぞとは言えなかった。場の空気を悪くしたくないからな。
「じゃあ、隊長。早速行こうぜ。っと、オレの理由は大したこっちゃない。いい女を助けられるかも、なんて機会はそうそう転がっちゃいない。それだけさ」
ワズワードにもアナウンスするように。
格好つけたいわけじゃあない、ありのままさ、と言いたいところだが、隊長とワズワードの二人に少しでも「悪くない答えだ」と思ってほしいって気持ちは少なくないってのが本音だ。
どうだろうかと彼女を見る。隊長は何か言葉を返すことはなかった。
彼女は声を殺して泣いていたからだ。
それが少し収まってから、彼女はまっすぐにオレたちを見る。
「すまない。……二人とも、これからも頼らせてもらう。私にできることがあったら何でも言って欲しい。そして、……ありがとう」
その涙は喜びのものなのは違いない。
だが、それは隷属が何とかなるかもという希望のものよりも、荒野に獣が彷徨うのみとすら思える荒んだ時代や、彼女の隷属されている悲壮な境遇には与えられなかった、他人の暖かみを受けたからなのだろう。
───────────────────────
街を出る。隊商がいるであろう目的地からずれないように、しかし可能な限り情報が集めやすそうな大きな街を通る。
そうしたルートの策定をする。
決まれば次は乗合馬車を探し、搭乗した。
「その先輩についてのこと、今のうちに聞いておいてもいいか?」
「ああ。そうだな。偉大なあのお人の名を心に刻めよ」
「はいはい。アンタほどの知恵者が心酔しているんだからな。しっかり覚えとくよ」
おほん、と咳払いをしてから仰々しいとすら言える声でワズワードは言う。
「名はルカルシ。『不言』のルカルシ様だ」




