019_継暦141年_春/09
ん。
あー。
ああ……。
よっす。
オレだぜ。
……。
あー、賊だな。
賊の、オレだぜ。
うん、体が重いね。
なんとなしに顎に触れるとざりざりした感触。無精髭ってやつだ。
頭の中にある記憶を辿ると、ここの賊はつい最近に村を襲って支配した一団らしい。
規模は二十名程度。
結構な規模だが、まあ、村を抑えるってならこのくらいの人数は必要だよな。
オレは支配したあとに来た外様らしい。
そんで、被害者の家に入り込んで、木製の揺り椅子に腰掛けて、ゆらゆらとその感覚を楽しんでいる真っ最中だ。
馬鹿げた話だと思うが、なんとか我慢しようとはしても、涙が溢れてきた。
だっせえよなあ。
自分で選んでおいて悔やんでんだ。
もっと何かあったんじゃないかとか、もしも今も生きてたらどうなってたかとか。
そんな選択肢無かったろ。
わかってる。わかってんだよ。
それでもどうにも、涙が溢れて止まらなかった。
もう手に入らないあの日々が、未来があると思えてしまった日々が恋しくて仕方がなかった。
馬鹿げてるよなあ。
賊だぜ、オレは。
幸せになれっこなんてない。いっときの夢を見せてもらえただけで感謝するべきだろうに。
「ほら、おっさん」
だばだばと泣いていて気が付かなかったが家に誰かが入ってきていた。
賊仲間の少女だ。
衣服の切れ端を渡してくれる。
「みっともねえ。賊がそんな泣くなんて聞いたこともねえよ」
くすんだ赤色の髪に、強気そうな目付き。
布を何枚か巻いただけの服らしきものを纏っている。なんとも不思議な出で立ち。
腰には細身の剣が下げられている。
盗賊というよりかはどこかの部族の剣士、といった感じにも見えた。
「ああ、その、すまん。
大切なものをなくしたことを認識してさ」
「認識ぃ?」
彼女はなんじゃそりゃと反応する。
どうにも心に思ったことはそのまま口に出てしまうタイプらしい。
「ふうん。なんだ、おっさんは賊子供じゃねーのか?
この一団の殆どはそうだって聞いたけど」
「あー、ああ。オレは中途採用さ」
「なあんだ、俺と同じってことか。
話の通じねえヤベえ賊ばっかでビビってたんだよ、内心」
快活そうに笑う。
賊だってのに、この娘は随分と、なんというか、真っ当だ。
この笑顔がオレを励ましていることが伝わってくる。
「中途採用って、いつからだ?」
励ましてくれてると感じるなら、こっちも真摯に対応するべきだろう。
オレ自身は記憶の上では村が占領された後に来た。
賊たちは村を確実に制圧し続けるためか、戦力になるのならなんでも構わないと言わんばかりに受け入れた。
好きなところにいろということでこの家に来て、それからオレの意識になる。
あとはずーっと泣いていたわけだ。そう考えると不気味なおっさんそのものだな。今のオレ。
「アンタはいつから来たんだ?」
記憶にある顔に彼女のものはない。
となれば、
「ついさっき来たところだ。
人員が欲しいって言われてな、まさか村を制圧してるとは思わなかったけどさ。
皆殺しするタイプの賊かあ……って一緒に来た連中はボヤいてたよ」
やはり彼女も似たようなものらしい。
好きにしていろと言われてここに来た。大の男がギャン泣きしているところに来るなんて怖いもの知らずか、
好奇心が猫の二倍くらいあるのだろう。
「賊子供上がりってのは容赦がないからな、それくらいはするだろう」
「おっかないよなあ。
正直、俺たちはそんな大掛かりなタイプじゃないんだよ。
こう……『この辺りは賊が出るから護衛してやる、だから金をよこせ』とかそういう感じの」
「タカリか」
「そういうこと」
賊と纏めても、その中身には色々な種類がある。
そこらで歩いてきた奴を襲うオーソドックスなタイプ、
拠点を持っていて襲撃をするタイプ、
この娘のようにタカリで済ませるタイプ、
そして村をまるごと襲って支配するような野心タイプ。
勿論それ以外にも色々ある。
国をまるごと奪っちまったおとぎ話の王賊だの、
めっきり見なくなった龍族と共に暴れ回った空賊、拳で改宗させようとしてくる教賊なんてのもいるんだったか。
まあ、賊のことなんていいだろう。
「他の連中はもう逃げちゃってさ、俺もどうしようかなーって思ったら」
「オレがギャン泣きしてて笑いに来たと」
「そうそう、笑いに……ってちげーよ!気になって見に来てやったんだろうが!」
「ははは、悪い悪い。
いや、助かったよ」
「ったぁく……」
本当に助かった。
心がどうにかなりそうだったが、それでも彼女のお陰で少しばかり平静を取り戻した。
「名前は?」
「スオウ。あんたは?」
名前、名前ね。
……まあ、そうだな。
何もかもなくしちまったなら、ああ、何もないけれど、少しくらいなら引き継いだっていいよな。
「ゼログラムだ」
「い、いかちぃ名前だなあ……闘技場のチャンピオンだっつっても通るぜ、それ」
「音の響きは確かにそうかもしれねえけどな、空っぽって意味さ」
それを聞いたスオウは「ふぅん」と返す。
深くは踏み込まないほうがよかろうなと判断した、そんな相槌だ。
「で、ゼログラムは……長ったらしいな。うーん。
ゼログラ、グラム、……ゼログ。うん、ゼログでいいよな?ゼログはどうすんだ?」
矢継ぎ早。
まだ頷いてないが、別になんと呼ばれても構わないからそのことに言葉を差し挟むことはしない。
「どう、って?」
「正直、村なんか支配する賊なんてやべーだろ。
すぐに伯爵付きの騎士団か、腕っこきの冒険者が来るに決まってら」
実際、その通りだ。
こういう大掛かりなことをするやつは大体潰される。
稀に生き残ったり、成功したりするのもいるにはいるが……。
「おらあ!酒だあ!もっと探してこおい!!
あー、苛つくぜえ!なんで女子供までブッコロしたんだあ?お楽しみがねえだろ!お楽しみがよお!!」
「女子供殺したのはカシラですぜえ」
「っるせえ!!!」
カシラの声が響く。
少なくとも、ここの賊はダメそうだ。
「よーし、逃げるか」
「お、そんじゃあ俺も行くかな」
こそこそと家から出ると村の外へと向かう。
村の境界線を示す柵の辺りには流石に見張りを立てていた。
結構年を取った賊。どうやらオレと同じ中途採用組らしい。腰には村から奪ったであろう果実が幾つか吊るされている。
「どうする?」
スオウが小声で聞いてきた。
どう、というのは「何をしようか」というよりも「どっちが片付けるか」という意味らしい。
彼女が腰にある剣に触れていることからそれを察することができた。
「任せとけ」
オレはそこらの石を拾う。
なにか、体の内側が妙な感じだ。
この肉体の調子でも悪いんだろうか。
……いや、それに構っている場合でもない。
「オッホエ」
大きな声にならないように、しかし気合を込めて投擲する。
賊の頭にめり込むと、一撃でその頭を潰すことに成功した。
「……?」
「お見事。……なに自分の手見てんだ、上手く行き過ぎたか?」
「あー、なんつうか、そうだな」
今までにない、手応えのようなものがある。
技巧の精度が上がったような。
いやいや、有り得ない。
今までそんなことは一度もなかった。死んでしまえばそのまま、元の通りだ。
これまでの相手が強かったから賊相手に気持ちよくなっちまっただけだろう。
「ま、さっさとおサラバしようぜ」
「だな」
スオウと共に村を後にする。
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スオウはよく喋り、よく笑う少女だった。
賊でいるのが信じられないくらいに、いい奴だ。
「スオウはなんで賊なんかやってんだ?」
「ん?あー……流れてきたときにタカリすんのが一番早かったんだよ。
あとは、身分を示すものがねえから都市にも入れてもらえなかったってのが大きいかな」
賊増加の理由の一端がこれである。
身分。
何かしら自分を示すものがなければ都市に入ることができない。
身分は村やら街やら、都市以外で手に入るケースもある。紹介状という形で。
『なにがし村でこんな貢献をしました。だからこの人は信頼できますよ』
そんな紹介状があれば都市に入れる……可能性もある。
が、そもそもとして村も街もよそ者に警戒するところが多いので信頼を勝ち取るまでが難しかったりもする。
そういう意味では冒険者であることを示す認識票は身分を示すには最適なものだ。
冒険者ギルドは各地にあるし、見てくれが不審人物でも調べれば信用をギルドが担保してくれたりする。
彼女は目端が利くらしく、このあたりの地理情報もしっかりと頭に入れているらしい。
曰く「カシラが持っていた地図を盗み見た」とのこと。
「あの村からは離れておきたいよな」
「だあな。
俺もゼログもツラが割れてるからなあ。
別の場所でばったりあそこの賊と出会っちまって、逃げやがった奴だとか絡まれてもなあ」
相談の結果、小さな街が街道を進むと見えてくるそうなのでそちらを目指すことになった。
距離は結構なものだが、それでも村を制圧する気合の入った賊とカチ合って戦いになるよりはまだマシだろう。




