189_継暦141年_冬/04
よっす。
指針を定めたオレだぜ。
宿から一夜明けて出発。
目的地はそれなりに離れているらしく、幾つかの街を経由することになった。
都合がいい。
運が向けばオレが求めている人物を探すタイミングを図れるだろう。
そうでなくとも聞き込みはできる。賊のオレだからこそ入れるような質のよろしくない場所もあるだろう。
数時間歩き通して、街に到着。
流石にここまでの移動で追加の襲撃はないと判断。いつまでも上司である自分とひっついて歩くのも疲れるだろうからとクレオ隊長から街中での自由を与えて頂いた。へへへ。
この街は都市ってほど広くはないにしろ、一般的な大きさと比べてもかなりのものだ。
元は迷宮でそれなりに潤っていたが、迷宮が踏破され、支配者が消えてからはそうした『観光資源』は消えてしまった。が、それまでに発展した冒険者たちの行き所としてはそのままで、ここを機転として周辺から集めた冒険者の仕事で潤っているらしい。
冒険者ってのは職能を持っている人間の集まり。
で、職能の中にはオレのように斥候と判断されるものもいる。そしてその斥候って連中の大半は出自明るくない連中だ。
そういう連中は冒険者ギルドと盗賊ギルドなどにも入っている『二足履き』が少なくない。
オレは盗賊ギルドではないからギルドに入れないが、盗賊ギルドがあるってところは大抵治安が悪い。その手のところにたむろしている連中はスジの悪い裏側の人間。
まさしくオレが探している人間がいるかもしれねえポイントだ。
とはいってもクレオ隊長を残して死ぬってのは今はまだ具合が悪い。命の張りどころには気をつけないとな。
……などと考えながら裏通りへ。
湿っている。たむろしている連中の顔つきの悪さ。なんとも言えない薬と反吐の混合臭。これこれ。これだよ。
さーて、チャレンジタイムとしゃれ込もうじゃねえか。
あんまりにもチンピラっぽい奴はターゲットにはなり得ない。狙うは横の繋がりを持ってそうな奴。売人でもいいし、群れの頭でもいい。
「見ない顔だな、兄ちゃん」
幸運は続くね。
悪事の仲介者って感じの男が声を掛けてきた。
「ここは初めてでね、ちょっとご挨拶に伺ったのさ」
「お坊ちゃんお嬢ちゃんが来る場所じゃないってのを理解しているってわけだ」
「このツラの通り、裏街道ばっかりでね」
「賊上がりってところかい」
「ご明察」
裏路地の悪党どもも話し方と態度次第で危険度は薄くなる。
まるまる平和な場所になることはないが、会話くらいはできるようになる。
「で、探しているのは仕事か? それとも薬か……女か?」
「どれも魅力的だが、今回はちょっと違ってな」
まだ白髪親父からもらった分の小銭と、宿で襲ってきた奴の財布の中身もある。
そこから袖の下をちょいとこの男に渡すことにした。
「付与か儀式か、忌道辺りに詳しい御仁を探していてね」
袖の下を懐に入れながら、
「俺は学がないんで求めているお人かまではわからんが、この辺りで一等頭のいい学士様ならいるぜ」
「話を聞いても?」
「そうだな」
と、言いつつ袖をちらり。はいはい。喜んでお支払いしますとも。
「あそこに草干してる建物あんだろ、ほら、二階に草。わかるかい」
「ああ、あれか」
「あそこにいきゃおられるさ。ただ、手土産があったほうがいい」
そう言いながら彼は懐から怪しげな薬を取り出す。
「商売が上手いね」
こうして手土産込みで情報を得るに至った。
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ノック。
ノックノック。
反応なし。
感覚からすると室内にはいる。寝ている感じでもないようにも思える。
「話だけでも聞いちゃもらえませんかね」
反応なし。
ここは先ほどの男からもらったものを餌にするか。これで見当違いのことをさせられていたとしても掴んでいるのは藁である自覚はあるからな。悔し涙で枕を濡らすくらいで済む。
「手土産も持参したんですが、どうですかねえ」
暫くしてから扉が開く。
無精髭にどろんとした瞳の男。年齢はまったくわからない。若いってことはないだろうが、年寄りってわけでもなさそうだが。
「……」
じろりとオレを見てきたので例の薬をちらつかせる。
「入れ」
首をくいっと動かして中へと誘導してくれた。
ありがたく案内されよう。
室内にはオレでは使い途がわからないものが並んでいる。
外の草から薬学士の類いかと思ったがそれだけってわけでもないようだ。
ぼろぼろだが底は抜けていない程度の椅子。怪しげな瓶が並ぶ机。
奥の席に彼は腰掛けた。
「ここいらで見ない顔だ」
「流れ者でしてね」
「その流れ者が俺にどんな用事だ」
「兄さん目当てじゃあないんだ。他の連中に付与か儀式か、頭がいい奴はいねえかって聞いたら」
「俺にお鉢が回ってきた、か」
「ま、正直オレも誰に相談すればいいかすらわかってない。よかったらそっからの相談からしたいんだが、どうだろう」
「妙な客だ」
自己紹介をするべきかどうか。
普通ならするべきであろうが、こういう場所だと他人であるということが互いを守ることもある。
相手も求めていない以上はそのようにしておこう。
そんな彼は指をくいくいと向ける。先払いと言いたいんだろう。
机を滑らせて渡すには障害物が多すぎるのでぽいと投げ渡す。彼は中空でそれをキャッチした。案外シャッキリしてんだな。
「役に立つ保証はないが、時間はこいつで売ってやるさ。言ってみろ」
「オレの恩人が隷属の忌道か何か喰らっちまってな。そいつをなんとかしたい。端的に言えば、それだけさ」
今までにない記憶が取り戻される経験を与えてくれたんだ。恩人でも間違いではないだろう。
ため息を吐く。
「端的に言ったことがどれだけ難題かわかっているのか」
肩を竦める。それしかできない。
「……だが、できることがまるでないってわけでもない。その恩人とやらをここに連れてこれるか?」
「相談してみる。嫌がられちまったらオレの空回りってことで──」
「一般的な隷属なら紋が刻まれているだろう、そいつをこっそりメモってこい。相談はまたそっからになる」
思わずオレは無精髭の男を見る。
「……なんだ、見つめるな。気持ちの悪い」
「いや、随分と親身になってくれるなって」
「久しぶりに真っ当な話を持ち込まれた、それに、……忌道の類いは専攻していたこともある。たまには過去に浸って学問をするのも悪くない。それだけだ」
話は終わりだ、帰れ。
そういって立ち上がって背を向ける。
首の辺りに傷が見えた。……もしかしたなら、この男も隷属でイヤな思いってのをしたのかもしれない。
「恩に着るよ」
「まだ着なくてもいい。上手くいったら厚着しろ」
「はいよ」
そういうことになった。
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宿は相変わらず同じ場所、同じ部屋。
いっそ『そういう関係だ』と思われる方が勘ぐられない。
勿論、隊長とそのような甘い関係ではないが。
が、甘い関係ではないにしても、関係そのものを変化させねば話が前に進まない状況には来た。
「今日は何をして過ごしていたんだい」
「それは……ええ。おいおい話しますが、隊長は?」
「隊商がどうなったかをそれとなく調べてみた。あの後も何度か妨害にあったらしい。思った以上にドップイネスの手は長いようだ」
「ドノバンさんたちは無事ですかね」
「殺しても死なない連中だ、きっと大丈夫。……で、おいおい話す、その中身は?」
おっと。フックに案外食いついてくれる。話しやすくて助かるね。
「聞くまでもないことだとは思いますが、隊長」
一拍置く。
演技ぶっているわけじゃない。これで断られるとオレが自分の中で聞いたアーレンとの約束をどうするかでまた悩まなきゃならなくなる。
「隷属、なんとかするあがきをもうちょっと試してみませんか」
「今日やってたことって」
「裏街道突っ走ってた人間なりの調べ方をしていました。なんとかなる保証はありませんが、何もしないよりは気分はいいかもしれません」
欺瞞だな。
それで何もできなかったときの無力感はきっと当人を打ちのめす。
だが、
「ありがとう、ニグラム。是非頼らせてほしい」
隊長は打ちのめされても立ち上がる。そんな強さがあるのだと態度で示してくれた。
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翌日。
例の無精髭の家に来た。今回は隊長も一緒だ。
手土産はいるだろうかと隊長は仰ったので「薬とか好きそうですよ。多分非合法の」とは言えなかったので、「上手くいったときにその分まで金を払う方が喜ぶでしょう」と伝えた。
実際そうだろうしな。
ノック。
ノックノック。
応対は──
「来たか」
同じノックだったから、今回は出てくれた。
無精髭に目元まで隠れるほどに伸びた野放図の髪。その奥から見える瞳は昨日よりも意思力があるようにも見えた。
「入れ」
その辺りは昨日と同じだった。
隊長と共に入り、適当な席に座ると無精髭が、
「そこの女がか?」
「クレオ。話は軽くではあるけどニグラムから聞いたよ」
「こちらも軽くだが、求めているところの理解だけあれば十分だろう」
つまりは、隷属からの解放。自由だ。
「そいつはニグラムっていうのか」
その言葉に隊長は胡乱な目をオレに向けた。
「自己紹介もしてなかったのか……?」
「いや、まあ……」
とオレが言い訳をするよりも先に、
「こういう場所じゃ自己紹介しないってのもよくあることなのさ。だが、名を聞いた以上は俺も名乗るべきだろうな。
果ての空、忌架守りのワズワード。忌道について多少の知識はあるが、先輩のような専門家じゃあない。こんなところで燻っている人間に過度な期待はしないでくれ」




