187_継暦141年_冬/04
これまでの『百万回は死んだザコ』
(前回の「これまでの『百万回は死んだザコ』」はEP183参照)
グラムの死と、己の窮地、手を伸ばした先にあった力。そうした状況から熟練の戦闘屋とも言えるペルデとフォルトを文字通り『始末』するカグナット。
その様子と心情に寄り添ったのは同病相憐れむとでも言うのか、同じ男を想うレティレトだった。
……などということはグラム当人はしるよしもない。
その当人──復活したグラムは、都市ビウモードのどこかで妙な仕事に従事させられていた。
バタバタと同僚が死ぬような危険な仕事のようであったが、その同僚の補充がきかず、グラムはその補充──つまりは人材の確保をする仕事を手伝わされることになった。
手伝うことになった仕事の発注元である人物、エメルソンの名前を聞いたときに、忘却したはずの過去の記憶が急浮上。
記憶から垣間見たものは、
【エメルソンから『お嬢様』を助けろ】というものだった。
こうした経験を珍しいものだと考えたグラムは逃げるではなく、ドワイトから命じられた仕事を受け、延いてはエメルソンに関われば半端に浮上した記憶の答えを得られるかもしれないと考えていた。
ちなみに、この『お嬢様』はグラム視点では何者かわかっていない。作中では【隷属によってヴィーを殺すことを強制させられたクレオ(EP047)】である。
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時系列:今回の賊生は始まったばかりなので省略。代わりに人物+αの説明を付記。
ドワイト:
ビウモードの譜代の騎士。今回のグラムには『白髪親父』と呼ばれている。
無形剣を扱う凄腕の男。先代より忠義を以て仕えていたはずだが……。
息子にベサニールという人物がおり、息子は息子で何かを記した手帳をルルシエットに(カグナットづてに)渡している。
エメルソン:
黒い取引をする商人。つまり人材を扱ったり、もしかしたら他にも人倫的にアウトな商売をしているかもしれない男。
同じような商材を扱うドップイネスとは睨み合う間柄の様子。
ドップイネスが関係している三領同盟に介入しようとしている。
三領同盟の一角であるビウモード、その譜代の騎士であるドワイトと深く繋がっているなど、じわじわと動いている模様。
三領同盟:
イミュズ、カルカンダリ僻領、ビウモードの三領からなる同盟(表沙汰にはしていない)。
あんまり作中で語られていない。登場頻度が増えたら【これまでの『百万回は死んだザコ』】で纏めたいと思います。
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よっす。
何かを思い出したような、思い出していないようなオレだぜ。
思い出しかけたことを放っておくわけにもいかない。
座りが悪いからな。
それに、仮に無視したとしてあのおっさんから逃げ回ってまでお嬢にあったとして、迷惑をかけそうな気がしてイヤなんだよな。
「集まったね」
女性がオレを見て声を掛ける。
「言われて来た……けど、よくわかったな」
「ドワイト氏に言われていたからね」
この手回し。やっぱりあのおっさんを裏切るってのはヤバそうな気配がするな。
「ニグラム。逃げ場も行き場もないんでここに来た。腕前は期待しないでくれ」
「クレオ。この隊商を任されている。よろしくね」
握手を求めてくる。
おっさんや糸目みたいな見るからに悪党でございって感じの連中の部下にしてはなんというか……随分と善良そうだ。
握手を返して、
「何かしら聞いておいたほうがいいことは?」
こちらからあれこれと聞くのはヤバいだろう。
どう考えても後ろ暗い商品だ。これで困民救済のためのものだったら申し訳ない限りではあるが──
「賢明な聞き方ね」
そういうことらしい。
繰り返しの人生経験……といっても覚えていることは少ないが、それでも直感は役に立ったらしい。
「馬車の中身は見ない。中身のことは聞かない。戦いは消極的でもいいけど、警戒をして問題があったらすぐに声を上げて知らせる。求めることは以上」
「簡単で助かるよ」
「他に何もなければ出発しましょう」
「あ、一つだけ」
「何かしら」
「なんて呼べばいいかな」
「呼び捨てでも、隊長でも好きに呼んで」
「了解したよ、隊長」
馬車は三台。前方後方には冒険者崩れといった連中が詰めている。
真ん中が恐らくは触れるべからずの荷物があるってことだろう。
彼女は前列の御者席へ。
オレは徒歩でその横に付くことになった。休憩するときには馬車の中で休め、とのこと。うーん、濃ゆい臭いがしそうでなんとも気が乗らない。
オレは元気で、集中力もあるからと休憩をスキップした。
一応、隊長には体力と意識の確認めいたことをされたが許された。隊長も馬車の中が快適ではないことを理解しているらしい。
都市の門を抜けて進み始める。
オレ以外に徒歩で馬車を守るのは五人。一台当たり二人が付いている。
それぞれが斥候の職能を持っているのだろう。警戒する姿がそれなりに堂に入っている。
オレが抜擢されたのも誰かがオレの得意なことに気が付いたからか。それとも矢除けの盾にするにはちょうど良い死に役だからだろうか。まあ、後者だろうな。
半日近く経っただろうか。
会話もなく進むのは暇だ。風呂と食事で英気を養ったおかげで疲労はないが、暇ってのは士気を苛む毒のようなもの。なんとかして毒に抗したい。
「ニグラムくん」
「なんでしょう、隊長」
「出身は?」
「いやー、恥ずかしながらわからずでして。賊子供なんですよ」
おっと。話を振ってくれるのか。内心を見透かされたか?
臨時とは言え部下の心を読んでくださるのはありがたいね。
生い立ちのことは悲壮感を交えず、うまく会話を繋いでいきたいもんだ。
「隊長はどうなんです?」
「それなりに恵まれた生まれではあったんだけどね」
「流れ流れて隊商護衛のリーダー、と?」
「そんなところ」
「故郷に帰りたい、とかは?」
苦笑してから、
「『ご主人様』が許してくれなくてね」
首を刺すようなジェスチャー。
……ああ、なるほど。そういや、そんな話もしていたっけか。
隷属。くそったれなやり方で従わされているわけだ。
「面倒な相手に見込まれたもんですな」
「本当にね」
飼い主はあの糸目だろう。
隷属ってのは人間の道具化のようなものだ。一度そうしてしまえば便利に使える。便利に使える道具をわざわざ自由にするような奴はいない。
そもそもそうした配慮ができる奴が隷属などという忌道を使うこともないだろう。
そんな話をしていると隊長が何かを見て、地図を開く。
「もう少ししたら宿だ。後ろにも伝えてきてくれるか」
「やったぜ。了解だ、隊長」
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交易路にぽつんと存在する宿。こういう施設は珍しくない。
この時代、旅をするなら誰しもが野営の技ってのを持っているもんだが、野営ができるってのと、野営をしたいってのは別問題だ。
腕に自信がない限りは宿に泊まった方がいい。
何せ、そこかしこに賊が根城を持ち、うろついている大賊時代とも言える治安の終わりっぷり。
そうした状況が交易路などにぽつんと宿が作られる理由だ。
引退した冒険者が老後のためにと建てたりしているらしい。怪我なんかが理由で引退を余儀なくされた同業者を護衛として雇って営業しているが多いのだとか。
この宿──『半煮え野草亭』もそうした施設なのだろうか。
名前は賊っぽいセンスを感じなくはないが。
オレを含めた馬車外の護衛をしていた連中は宿に。
馬車の中で待機していたものたちは持ち回りで昼夜問わずの警備をするらしい。
「悪いね。相部屋なんてさ」
「隊長こそいいんですか。新入りと同じ部屋なんて」
「あはは。気にしないよ。人を見る目は養っているつもりだからね」
見る目があっても、自由はないけど、と小声で言う。その辺りで何か思うことでもあったのかもしれないが、人様の過去の後悔に易々と触れるのはよろしくあるまい。
とはいえ、クレオは女性。それも顔が良い。正直、主が主であれば護衛なんぞさせずに……とも思うほどに。
それでも隊商の主をさせているのは他に理由があるのか、エメルソンが女よりも金に欲情するタイプなのか。
オレとて手を出す気はない。こういうところで信頼を勝ち取っておいて、この旅を快適なものにしたい。折角の命、楽しい思い出にしたいじゃないか。
手を出したところで返り討ちにあうのが目に見えているしな。ははは。
「この宿は使うのは何度目かなんですか?」
「いや、初めてだよ。お上からは行く場所の指定こそあれルート設計だとかはこっちでやれってお達しだからね」
「便利に使われてますねえ」
「買ってくれていると思うことにしてるよ。精神安定のために」
浮かべる微苦笑にかすかな精神的疲労が滲む。労働のつらさを感じるね。
「ああ、で。宿のことだったね。この宿は最近できたってことしかしらない。もしもここがそれなりのものだったら今後も使いたいってくらいには立地がいいんだ」
隊商が動く都合での立地のよさってわけか。
「……気になることでもあった?」
「あー、杞憂かもですけど」
「聞きたいな」
「賊について、どのくらいご存じですか」
賊は生物としては人間ではある。だが、都市だけでなく集落まで見たとして、そうした文化を持つ領域にいる人間とは比べるべきではないものどもだ。
言ってしまえば、賊とは、賊という生き物として考えるべきだと思っている。
形が同じで、言葉が通じる。
それだけだ。小鬼と大差なんてない。むしろ数が多い分賊の方が厄介かもしれない。
「知っていること……かあ」
彼女の知識は一般人よりは少し賊を知っている程度。
まあ、そりゃそうだ。普通は賊の風俗なんじゃ知るわけもない。興味もないだろうしな。
あったところで知るよしもないだろうし。
だが、オレは百万回は死んだザコ。きっとその殆ど、もしくはどれもこれもが賊として目を覚ましている。賊の文化についちゃあちょっとばかり詳しい。
「賊ってのは、妙な文化があるんですよ」
「妙な?」
「ええ。主に名前なんですがね。個人を示す名前は案外真っ当なんですが、どうしてだか自分の群れに名付けるときはそういう真っ当さってのがどっかに飛んで行っちまうんですよ」
「例えば?」
例えば、か。
知識の中にある名前で言うと……。
「生肉膨満会とか、ノーベーコン爆食党とか。あー、カッパギジョーカだとかもあったっけな」
「名前……?」
「そうなんだよ。恐らく連中にとっちゃ何か意味があるんだろうが、まるで意味がわからんし、それを恥ずかしげもなく付ける」
そこまでいって隊長は気が付いたようだった。
「生煮え野草亭……?」
「疑っちまうんですよねえ。すぐに他人を疑うのは下品なことってのはわかっちゃいるつもりなんですが」
「いや、警戒には越したことはないよ。ありがとう」
そういって彼女はそれとなく他の人間にも伝えた。
実際に宿が賊の根城であった場合は気が付かれればその時点で殺し合いになりかねないので、こっそりとだ。
食事に関しては元々付いていないのは逆に良かったかもしれない。
「風呂がありゃもう少し楽しい宿になったかもしれないんですがねえ」
「武器も持てない風呂こそヤバいでしょ」
あははと笑いながら隊長が言う。
「せめてお湯でも貰ってきますか」
「体拭くだけでも違うものね。頼める?」
「よろこんで」
へへへ。こういうところでも得点を稼ぐぜ。
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「隊長、お湯です。それと布も」
「ありがとう」
「それじゃあ、外で待ってますんで終わったら」
「あー、いても構わない、っていうか手伝ってもらってもいいかな」
「手伝……」
つまりは乙女の柔肌を見ろってことか?
いや~……それはマズいでしょ。よくないですよ隊長。
「いやさ、背中を拭いて欲しいんだけど、自分じゃ触れなくてね……。街なら湯女にお願いもできるんだけどね」
そう言いながら服を脱ぐと背中には入れ墨。いや、これは。
「隷属に使うっていうものらしくてね。私はこれに触れられないんだ」
「背中、磨かせてもらいます」
変な勘ぐりしたオレが悪い。
謝意を持って背中を拭こう。
「……でも、他人が触れるってなら」
「あー。消したりしたらどうなるかっていうなら、意味はないらしいよ」
「意味はないのに禁止にしているんですかい」
「上から細工され直すことを警戒しているんだろうね。仮に傷を付けたとしても」
彼女の背を拭こうと近寄ればわかる。多くの傷がそこにあった。
古いものが幾つか。そして多くはまだ新しいようにも思える。
「時間が経てば傷と共に戻ってしまうんだよ、それは」
彼女は諦めて隷属されているだけではない。
あがいて、あがいて、ここまで来たのだろう。あるいは、今もあがいている最中なのか。
「ちょっとした儀式を使える人間を頼ったりもしたけどね、結局はダメだったよ。あの街じゃあ手詰まりだった」
「新しい傷が多いようにも思えますが」
「……諦めていたはずなんだけどね。けれど、諦めていたせいで、私を助けようとしてくれた人間をこの手で殺すことになった」
表情は後ろからではわからない。
けれど、声の様子からして沈痛なものであろうことだけはわかった。
「諦めるくらいならもっと前に死んでおけばよかった。殺してしまった後に死ぬことを選んでしまったら、助けようとしてくれた相手を重ねて愚弄することになる」
自殺、は恐らくできないのだろう。
死ぬ方法そのものはあるということなのだろう。戦いで手を抜くだとか、そういう類いのものかとも予想が付く。
「だから、死ねない。手段がないかを探しては傷を重ねているんだ」
それは決して「バカバカしい話だろ?」と言っているような雰囲気などない。
彼女を助けようとした誰かを犠牲にした後悔と、それに報いるための祈りのようでもあった。
そして、その祈りは未だ届かず、苦痛を伴っているであろう痛みだけが彼女を苛んでいるようでもあった。
「いいんですか。そんな話をオレにして。こっちの上が誰かもわからんでしょうに」
「エメルソンかドワイトに忠節を持ち、心から仕えている……なんて」
そこから先は言わなかった。けれど、どこか挑発的な笑みを浮かべている。君はそういう人間には見えない。そんな風に見抜かれたようにも思えた。
「言ったでしょう、人を見る目だけは養っているって」
誤魔化すことはできない。その意味があるとも思えないしな。
それにしても空恐ろしい。大した情報もないのにオレの心を見抜く眼力がおありなわけだ。オレができることは恭順を示すように肩を竦めるだけだ。
少なくとも白髪親父やエメルソンよりは側にいても気が楽そうな相手であるのは確かだ。
「とりあえず、湯が冷めん内に拭きますね」
「ああ。頼むよ、ニグラム」
その声は少しばかりの信頼を感じた。




