185_継暦141年_冬/04
よっす。
入念に殺されたオレだぜ。
折角の旅路、その終わりは無念ではあった。あの後にお嬢が生き延びてくれていることを祈るしかできない。
一応は周りを見渡しはしたが、残念ながら彷徨い邸内部や、その周辺ではなさそうだった。
周りには口に布を巻いた怪しげな連中がいる。
いや、オレ自身もそのような出で立ちをしているらしい。
「や、やっぱ逃げようぜ。俺たちみたいなゴロツキができる仕事じゃねえって」
「命あっての物種って奴だよな。うん、逃げちまうか……」
周りにいる連中がそんなことを言っている。
肉体の記憶を読もうとする前に同僚らしき連中はみんなこそこそと扉やら窓やらから出ていってしまう。
残されたのはオレだけ。
誰も声を掛けてくれない辺りに人望って奴を感じる。
どたばたとした状況を見ているだけで忙しく、それらが去ってようやくオレは周りを見渡す余裕を得た。
石造りの室内。扉や窓は彼らが出ていった通り、施錠だのはされていない。
オレのクズ運じゃあ逃げたとしてもより厄介なことが襲ってくるに違いない。
お嬢を守りきれなかったという事実からややナーバスになっているのかもしれないが。
次に肉体の記憶を読んでみる。
オレはどこぞの誰かに捕らえられた賊らしい。その後に処刑かちょっとした仕事を手伝うかの二択を出されて後者を選んだ。
その仕事内容は品物の管理と整理。そう難しいことではない。
のだが、同僚たちは逃げてしまった。
何故については知らない。前述の通り、人望の問題か何があったかの共有化はされていない。寂しい話だよな。
逃げた連中も皆、オレと同じ賊なのだろう。
整理されていたものが何であれ、大抵のものはビビらないとは思うんだがな。
どれどれ。
……石?
すべらかな、黒い石だ。
特別さを感じたりはしない。
確か手順書みたいなのがどこぞに転がっているはず。
あったあった。ナニナニ……。黒い石は長時間触っていると毒が回る可能性があるので手袋を着けて作業を……。
なるほど。ちょっと遅かったかもしれないが捨てられている手袋を拾う。
いや、拾おうとする。手袋に指が触れたとき、近くに何か別のものが転がっているのに気がつく。
死体だった。
目を見開き、口からあぶくを吹いたまま絶命した死体。
うーん。これは毒死。状況からしてどう考えても毒死。
同僚が逃げたのもこの死体を見たからか。あるいは死んだ瞬間を見たのか。
これはオレも真面目に働かずに逃げるべきなのでは。
ぎい、と扉が開く音が響く。
うん。逃げ遅れたね。いや、まあ、もう見回りが来たってことは同僚と逃げたところで追われて始末されておしまいだった可能性が大きいか。
「随分と減ったな」
「また集めてくればよいでしょう。こんな情勢です。賊など雑草を掴むのと同じですよ」
現れたのは老境に差し掛かった白髪の男と、糸目の男。
前者は騎士であろう。サーコートに、腰に吊るした剣にと見た目からしてわかりやすい。
後者は……どうだろうか。服装からして騎士ではないだろう。魔術士だとかその手の職業にも見えない。
後者の男は丁寧に白髪に語っているものの、内容としては物騒だ。賊の身分からすると、だが。これが一般人なら少しくらいは掃除になって、平和が近づくなあと思うのかもしれない。
「で、その人材を集めて売るのが今の仕事か。商売上手と褒めればいいのか、悪辣だと謗ればいいのか、悩みどころだな」
「相変わらず厳しいお言葉ですな、ドワイト様」
なるほど。後者の男は商人か。それも、あまりスジのよろしくないタイプの商人だ。
主な品物は人間だということは白髪の騎士が口にしている通り。
哀れにも一人残されているオレを白髪が見やる。観察するような……。ただ、その視線は人間を見るそれではないようにも感じた。
動物か、虫か、まあ、対等ではないってことだな。
賊相手に向ける目としては間違っちゃいないか。
「そこのお前」
「へ、へい。なんでがしょ」
騎士といえば身分差のあるお相手。ついついへりくだった態度と言葉を紡いじまう。
「何故逃げなかった」
「そりゃあ──」
シンプルな質問だ。
こっちもシンプルに渡すことができる答えはある。つまりは、便乗できなかったからです、と真実以外の何物でもないもの。
ただ、それを聞きたいって雰囲気じゃあないよなあ。
彼が気に入るような返答か……何を言えばいいやらと窮していると、
「……気に食わない目だ。
お前のようなヤツを首都でも見た。
何かのためであれば自分の命を厭わない、そのような人間の目だ」
「は、はあ……。その気に食わないヤツってのはいったい何をしでかしたんです」
ビビったままオドオドしているべきだったろうか。つい好奇心に負けて質問しちまった。
「他人を逃がす時間を作るため、足止めのために私に挑み、死んだ」
「だったら、オレの目と旦那が嫌いだってヤツの目が似ているのは気の所為ですなあ。オレにそんな甲斐性はないんでね」
どこの誰と比べてるのかはわからないが、自分の命を使い捨ててまで足止めをする?
そんな気合の入ったヤツがいるとしたら是非見てみたいもんだ。
オレだったらやれるが、オレのやれるってのは次の命がきっとあるだろうって思い込みから来ている。
だが、そいつは自分の命しかねえってのにそれをやったんだろ?
気合の入り方が違うね。百万回死んでるオレからすれば、間違いないことが一つある。
死ぬってのは、死ぬほど痛い。
次があるってならまだしも死ぬほど痛い上に死ぬ。それを誰かのためにやれるなんてとんでもねえよ。




