182_継暦141年_冬/03
よっす。
ふた首の旦那との対話を続けているオレだぜ。
ダンシングアホ貴族疑惑のあるギネ某ことギネセテネスの言葉を振り返ると、
●少年王は凄かったけど、彼が敬愛していた先王の威光が曇るのが嫌だった。
●行動を起こせるだけの力をドップイネスとやらに与えられた。
それが忌道である。
●忌道の虜になったギネセテネスが少年王に何かやらかした。
●忌道の作用か何かで肉体が死んでも存在するアンデッドになってしまった(と思われる)。
●その後に何者かに殺され、そこで名誉のギネセテネスは死んだ。
ってところか?
先王の威光が、とかって言ってるけど今のふた首の旦那じゃなくて、当時は名誉サンだったんだろう。
ってことは今は本気でそう思ってるからも知れないが、当時はただの成り上がるための言い訳に過ぎなかった可能性もあるよな。
……ま、過ぎたことを考えても仕方ないか。
その後に
●殺された後、どれくらい経過したかはしらないが、その後にふた首の旦那となって復活した。
●復活したのは第三者の手によって。
だそうだ。
彼が
「私の復活は外部の手によるもの。その理由もわかっている」
……といったところまで話したところで、
「マーグラムさん!」
お嬢がやってきた。様子からオレのことを心配してくれているのが見て取れる。こりゃあどっちが護衛かわからんぞ。
十把一絡げの賊でしかないオレがふた首の旦那みたいなおっかないアンデッドを追いかけりゃあ心配もさせちまうか。
伯爵の姿はないが、彼女の表情から悲哀悲嘆のようなものは感じない辺り無事ではあるのだろう。
「お嬢、あっちはいいのかい」
「はい。少し休んだら合流すると」
「そうか。で、これが──」
不気味な姿をあえてバカ丁寧なポーズをしながらご紹介することにした。
少しくらいジョークめかしたやり方をしたほうが不気味さも薄れるだろう。
「我はギネセテネス」「復讐を求めるもの」
「なんだか物騒なことを言ってますけど……」
「一番最初の遭遇よりはマシだと思うぜ。なにせ、とりあえずは目的を口にしてくれてはいるからな」
「それは、……いきなり襲ってくるよりは平和的ではありますけど」
彼女もつい苦笑を浮かべる。
ファーストインプレッションでの不快感は回避、ってことでよさそうだな。
「復活したのが外部の手って言ってたけどそれは」
「屍術を扱うものによって、であろう」「今の私には鎖に繋がれているような感覚がある」
「じゃあふた首の旦那は──」
そう言いかけたところだった。
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──壁が爆ぜる。
ギネ某が殴り続けていたからというわけではない。
外部から、何かしらの襲撃を受けていることは明白だった。
「これ以上はお話させるわけにはいかないんだよなあ。悪いねっ」
爽やかな口ぶりで現れた青年。
その後ろにはその人物を睨むではないが、監視するような目つきで見ている男性がいた。
後者の男は杖を持っていて、その石づき部分で踏むと靴が傷つきそうな石を払っている。
「まったく。どうして壁から入りたいなどと」
「いやいや、こっちから気配がしたんだからさあ。ショートカットってやつよ、ショートカット! ペルデくんだって好きだろ、ゴールへの近道ってやつは」
「それが合理的であれば、だがね。フォルト、あなたの行動に合理性があるとはとても」
……どこかで会ったか?
思い出せない。少なくとも今回の周回でお会いしたことのあるヤカラってわけじゃあなさそうだ。
さて、どう対応するべきか。
手練れ相手にオレ程度ができることがあるのか?
あるとするなら──
「ふた首の旦那から何を聞かれちゃ困るんだい」
せいぜいが時間稼ぎ。
命を消費してでもここで時間は稼ぐ。オレの命の対価に伯爵様が駆けつけてくださって、そんで伯爵様がこの闖入者どもよりも強いか、不意打ちで確殺してくれることを祈るばかりだ。
オレはそれとなくお嬢の壁になるように位置取りをする。
「テメエみたいなザコが知って得する話じゃあねえよ」
話は以上だってされるのは困る。
頭を働かせろ。こんな僻地にわざわざ来た理由があるとれば、理由がある。
盗掘屋じゃあない。ふた首の旦那について明確な否定がないってことが示している。
ふた首の旦那を考えりゃアンデッドに由来している何か、か?
だが、旦那は随分昔の時代を生きていた存在のようだし、その時代から追いかけてきた奴らってわけではなさそうだ。
こんなことなら伯爵様に事情を深堀りしておくべきだったか。
後悔ってのが先にできるなら便利なんだがな。
「おお、怖い。実際オレなんぞとは比べ物にならない実力があるってのは見てわかるよ。……なあ、逃がしてくれねえか」
となればできることは命乞いか、ギャンブルか。
「見てくれよ、これ」
「斧がなんだよ」
まずは命乞いからやってみよう。
「オレ、木こりなんだよ。元々はさ。仕事がなくなって冒険者のまねごとして……。あのふた首の旦那とは会話ができたから、何か金になる話が聞けないかって話していただけなんだ」
「見え透いた命乞いなんて、だめだねえ。ククッ。どっちにしろ目撃者は全員殺すってのがドップイネス様から受けた仕事内容なんでな」
ドップイネス、ギネ某から出た名前だったな。いやいや、思索は死んでからでもできる。
ともかく、こういう泣き落としも通用しませんよ、と。
こうなっちゃあ、やれることはもうギャンブルだけになるよな。
「ふた首の旦那!! アンタの復讐や無念の解消はオレらが手伝ってやる!!
条件はこのお嬢さんを生き延びさせることだッ!! できればオレもな!」
「復讐……」「無念……」
その言葉に反芻するように呟いた瞬間に、旦那の体を構成していた蔦のようなものが伸びて鞭の如くに二人の乱入者へと踊りかかった。
「余計なことを」
「こっからだぜ、余計なことは」
オレは持っていた斧を投げつける。
回転を伴った斧がおしゃべりな方の肩口を掠め、半円を描くようにしながらオレの手元に戻って来る。
ここまで上手くいくとは思っていなかった。斧に込められた家族愛を借りることができたってことにしておこう。
「クソ賊がッ!!」
「フォルト、呪蔦を対処するのだ!」
「あああッ!! クソがッ! わかったよ!!」
一方でふた首の旦那は気難しそうなペルデとやらを集中的に襲っている。
だが、すぐに立ち位置をスイッチし、フォルトが腰に吊るした薬瓶を投げつけるとそれが瞬時に膨らみ、強い粘着性を持った何かへと変わる。
そりゃあわざわざターゲットにしてたっていうなら対抗策も準備済みか。
「技巧持ちの賊にいい思い出がないのでね、手早く済ませてもらいましょうか──《舞って踊って曲がりて」
魔術か。
ペルデの手がオレに向いている。放たれるよりも早くオレの手にある斧が投擲できるはず。
などと考えていたが、相手のほうが一枚上手だったらしい。
オレを狙っていたはずの手がすいと微かに動く。
「跳ねよ、妖種の鋭尾》」
詠唱が終わると鈍く輝く光弾が、その輝きとは裏腹に鋭くこちらへと飛びかかる。
だが、軌道が途中でうねるようにして変わった。
微かに動いた手の理由がわかる。あの魔術はオレを迂回してお嬢を狙うためのもの、いや、お嬢を狙うことで……、
「そう動くと思いましたよ」
オレはお嬢を抱えるようにして盾になる。
正確には彼女を掴んで飛び退こうとしたんだが、一瞬の判断が間に合わなかったわけだ。
お陰でどうやら致命傷って奴を負っちまったらしい。ここまで順調だったが、……あっけねえもんだ。
「賊だというのにそこの少女をかばうように立ち位置を変えていましたからね」
「いやだいやだ……。アンタみたいな奴が敵だってのがしんどいよ。こっちの浅はかさと弱さが浮き彫りになる」
オレの言葉にペルデはにたりと笑う。
ムカつく顔だが、読まれきったオレのミスだ。
「マーグラムさん!!」
お嬢から悲壮な声が上がる。
まだだ。まだ死ねない。
「お嬢。悪い。楽しい旅を続ける予定だったが、どうにもここまでみたいだ。
伯爵のところまで逃げてくれ」
「でも──」
「《我が腕は、弓》」
ああ、クソ。ダメ押しで魔術の矢を放ってきやがる。そんなことしなくてもじきに死ぬってのによ。
せめて最後まで別れを言わせろよな。まったく、油断も慈悲もねえ。オレでも言葉の途中で攻撃しているだろうし、非難できる立場でもないか。
彼女を部屋の外へと押し出さんとする。力はほとんど入らない。
「お嬢。生きて、くれよ──」
それが今生最期の言葉になった。
もう少し爽やかな別れだったら良かったんだが。
……冴えねえなあ。




