179_継暦141年_秋
これまでの『百万回は死んだザコ』
レティレト、ディカ、ヤルバとの出会いを経て、死に、再び新たな賊生を歩みだしたグラム。
ルルシエット伯爵領の都市で賊でありながらも道端で野垂れ死ぬことなく、
復讐鬼のボセッズ、
都市ルルシエット代官のベサニール、
面倒見のいいスト兄、
王賊オタクのフォーティ、
ルルシエット冒険者ギルドの重鎮セスター、
そしてルルシエット解放を目指す少女カグナットとの出会いがあった。
都市ルルシエット解放に向けての準備として旅をはじめるカグナット。
グラム(現在はマーグラムと名乗っている)はカグナットの護衛として同行する。
その旅の中でグラムはヤルバの家族たちと出会い、
ルルシエット伯爵が向かったとされる『彷徨い邸』へと辿り着く。
そこにはギネセテネスと名乗るアンデッドと、探していたルルシエット伯爵が対峙していた。
話の通じにくそうなアンデッドであるギネセテネスと対話を行おうとしているグラム。
ギネセテネスが語るのは己がなぜアンデッドになったかの物語。
……それはそうとして、ルルシエットがなぜ消えたはずの彷徨い邸にいたのか。
時間を遡上して物語は続けられている。
今はグラムを喪ったレティレトが俯瞰する廃村。
そこで屍術士たちと戦うルルシエット伯爵という構図が繰り広げられていた。
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時系列
グラムが過火波として死ぬ(EP162)
↓
[★EP最先端]レティが歩き続けている(EP178)
廃村に到着するルル(EP178) ←イマココ
↓
グラムがボセッズと出会い、死ぬ(EP163)
↓
グラムがマーグラムと名乗る(EP167-171)
↓
グラムがヤルバの家族と出会う(EP172-173)
↓
[時系列最先端]グラムが彷徨い邸でギネ某と出会う(EP177)
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「冒険者が我らの研究を邪魔しに来るのは予想していたが、予想の何倍も早かったのは……」
「御託はいい、オモチャ箱から動かし続けろ!」
「ザコをいくら出したところで敵う相手か!?」
「騎士の死体があったろうが、それを使え!」
「だが、あれは我らの奥の手──」
「ここで冒険者に殺されてしまえば計画も狂う。我らの目的である屍者の王国を作るためにも、ここで我らが倒されるわけにはいかんのだ!! いまこそが手札を切るときであろう!」
叫ぶ屍術士。
こそこそと状況現場に近づくレティはその声を聞いていた。
(屍者の王国を夢見る馬鹿がまだいるとはなあ。妾がすっかり諦めた目的を追う連中がいるとは褒めてやりたいぞ)
不朽のレティレトは継暦に入ってから動き出した化け物である。
その継暦もすでに140年を超えており、血統確かなエルフなどと比べれば大仰な時間ではないにしろ、ヒト種が持つ人生のスケールで見れば決して短い時間ではない。
永き無聊の慰みに、と行動したことは少なくない。その殆どが世間を混沌に落とそうとするような悪事であった。
そこに数えられるのが屍者の王国と呼ばれるアンデッドで構成された、命なき国家の樹立であった。
彼女がそれを計画し、行動したのもやはり短い時間ではない。30年近くをそれに費やして、しかしあっさりと投げ出した。
目的を果たすのはそう遠くない日になろうという状況だった。
それでも投げ出したのは単純である。
その屍者の王国には続きがない。明日がないのだ。
もしも彼女の周りに、お気に召すものたちが揃っていたなら永遠の楽土として計画を続けたかもしれない。
だが、彼女のそばにいるのは自立から縁遠いアンデッドばかり。
屍術士たちもいなくはなかったが、レティレトは自分と対等な仲間であれば側にいたとしても構わなかったが、崇拝してくるような連中は自我もないアンデッド同然だと考えていた。
そうした考えもあって、彼女は
『未来を志向しない、停止した存在たちの世話』、
『未来を志向する人材の確保、そのための有意義な目的づくり』、
『志向する人材に対しての信頼関係の構築』
『信頼関係が難しいならアンデッドにする……場合の、自我と束縛をいかにして担保するかの研究』
など、勢力が大きくなるにつれ、実際的な問題が質感を伴って近づいてきたところで彼女は冷静になってしまった。どんな存在であっても賢者になるときはある。
レティレトが一方的に動かしていた計画を潰し、多くのものたちがその中止の中で命を落としていながらも、
不朽のあとに続けと考える向こう見ずな屍術士たちの中には
『屍者の王国を建国する偉大な存在は不朽ではなく自分である』
……と志すものが少なくない。
彼らもまたそうした手合いのようであった。
(それにしても、放置していれば後々面倒が大きくなりそうであったから当時の屍術士どもは妾が片っ端から吹っ飛ばしてやったはずなのだが……どこから話は漏れていたのやら)
昔を懐かしむ。
一部一部記憶が歯抜けであるのは仕方ない。
レティレトは複数存在した時代があり、屍者の王国を作ろうとしたのもまた欠片の彼女であったからだ。
もっとも、その性質は欠片であろうと今のような塊であろうと変わりはない。彼女は悪であり、歩き考える忌道そのものであった。
ただ、その『吹っ飛ばしてやった』という事実は一部歪んで伝わっており、幾つかの民話として屍術士殺しの屍術士、義侠の屍術使いなどというものが残っていたりする。
もし、彼女がそうしたものを耳にしたら他人には見せない複雑な表情を浮かべることだろう。
一方。
屍術士によって動き出した騎士。
頑丈そうな全身甲冑に大盾、片手にはウォーピックが握られている。
屍術というのはただ死体を動かせばそれで一流というわけではない。
彼らは死体を組み合わせてより高性能なものに作り替えようとする一種の生態めいたものを持つ。
そうして作り上げたものが生身の頃よりも優秀になったのであれば、そこでようやく一人前の屍術士として認められる。
屍騎士が鋭く踏み込む。一投足から大きくルルへと距離を詰める。通常の騎士と比べても身体能力ははるか上。
その点でいえば、焦って叫ぶ屍術士たちはひとまず、一人前の能力があるということになるだろう。
だが、一人前であることと、一流であることは大きな差がある。
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「っと、骨の折れそうなのが来ちゃったなあ」
ゆっくりと動き出し、敵を探すように顔を動かす屍騎士。全身甲冑のそれを視認したルルはのんきな口調はそのままに、腰のポーチから指で弾を探る。
見るからに頑丈そうな騎士鎧に対して、とりあえず通常の弾で戦ってみる、なんてことは彼女はしない。
魔眼云々ではなく単純な経験として、無駄に一手を消費することは逆に自分の命を危うくさせるものであることを冒険者同然の放蕩な生活の中で学んでいた。
彼女が弾弓というあまり一般的ではない武器を愛用しているのは理由がある。
最大の理由は子供たちが大好きな寝物語の英雄『狩猟騎士の一代記』の主人公が愛用していたから。不眠のベテランであるところのルルにとってのその物語は眠れぬ夜のお供であった。
憧れの存在を真似るという行いは世代も時代も問わないのだ
次の理由はもう少し実践的なもので、物品の加工難易度にある。
彼女の魔眼の効力に、インクの多寡を視認する力がある。
ただの石ころに見えても実はそれが火晶のような力ある結晶であることがままあるのだ。生産地でなくとも、偶然に火晶が見つけられるというシチュエーションは、魔眼の持ち主としては珍しいことではない。
だが、そうして拾った石を鏃のようなものに加工するのは難しい。
一方で弾として使うのであれば大雑把に、弾弓の受け口に置ける程度の形になっていればよい。勿論、いびつな形のものは撃ちにくくなるが、そのあたりは技術力で幾らでもカバーできる。彼女は喧伝する理由もないので誰にも言っていないが、弾弓の技巧を備えていた。
(効力が一番強いのは、これかな)
取り出した赤色の石を番え、放つ。
炎の尾を引きながら火晶が屍騎士へと進み、それに気がついた騎士は大盾で防ぐも周囲のぼろ家が半ば粉砕するほどの爆発が起こる。
「……ははっ。だめか」
だが、大盾を能く扱った屍騎士に傷をつけるには至らなかった。
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攻撃を防いだ屍騎士は射手を排除対象であると認識し、射撃地点を見る。
見た目として欠損したものはなくとも、爆発は爆発。
内部的にはそれなりにダメージがいっていたのか、警戒を強くして大盾を前に構えて進もうとしている。
距離を一気に縮めるためにか、ぐぐ、と踏み込む姿勢を取ろうとしたとき──
横合いから飛んできたものに体勢を狂わされて、爆発したことでぼろ家から廃屋に転身したそこへと倒される。
──話は戻る。屍術士の話に、だ。
一人前と一流は違う。
屍を組み合わせて優秀な屍鬼を作り出して一人前。
しかし、一流とはその程度ではない。
チンケな個体からパーツ取りをして高級な一体を作り出せてようやく二流。
そして、それを一瞬でやってのけてこそ一流と呼ばれる。
少なくとも屍騎士を作ったものは二流下位、よくても二流と名乗ってもいい程度ではあったのだろう。飛んできた破壊的なエネルギーに対しても大破せずに形状を保っていた。
その状況に驚いたのはルルだけではない。屍術士も、感情こそないが状況を推察するための機械的な思考を持つ屍騎士もその相手に戸惑っていた。
破壊的なネルギーは魔術の類ではなく、物質であった。意思を持った岩が自主的に転がってきたかのように錯覚するような。
そのいびつな球体が開いていく。開いた結果、現れたのは人型の何か。何かを構成しているのは、ルルによって撃破された木っ端の骨屍鬼どもであった。
元の骨屍鬼との違いがあるとするなら、腕足の数はそれぞれに異なり、脊髄が複数体から引きずり出されたものが大雑把にひとまとめになっている。
それは一種の前衛的な芸術のように見るものもいるかもしれない、しかし多くの人間はそれを見れば命や尊厳に対しての冒涜的な何かを見い出すだろう。
歪な骨屍鬼は倒れた騎士へ馬乗りとなって片腕に複数の腕が付いたものでがんがんと殴り始める。まるで鉄鎚のような一撃なのか、騎士鎧が簡単にひしゃげていった。
焦ったのは屍術士たちである。
自分たちの傑作がわけもわからないものに圧倒されているのだ。
状況を判断したかったが、それをしていれば屍騎士が破壊し尽くされる。
屍術士たちは急ぎインクを高め、それを自らの騎士へと注ぎ始める。屍術の一種だ。
自分が前線で戦わなくてもいいように屍鬼たちを操り、それを強化する術もまた修めて当然のもの。注ぎ込まれていく力によって馬乗りの状態からなんとか脱しようとする屍騎士。
しかし、
「ぎゃっ!」
屍術士の一人が悲鳴を上げた。
「流石に油断が過ぎるでしょ」
弾弓。
そこから放たれた鋭利な石くれが屍術士の頭を砕き貫く。
残りの一人も対処せんとしたが、ルルの一射に比べればあまりにも遅く、屍術士の命はあっさりとかき消されたのだった。




