176_継暦141年_冬/03
よっす。
とんでもないヴィジュアルの怪物と目があったオレだぜ。
アレで心優しい邸の主人……なわけないよな。
「オッホエ!!」
先行有利は賊の大好きな言葉の一つだ。
いい感じの石礫がぐんぐんと突き進む。
怪物はそれをただのいしころなどと思わなかったのか、腕(と形容できる部位)を振るってそれを叩き落とす。
「キィ……ギ……ギ……」
頭骨から呻くような音が漏れる。
オレが怪物相手をする後ろでお嬢が、
「ルル様!」
そう声を挙げていた。
え? そんなめぐり合わせあるの?
……ああ、そっか! オレに運がなかろうとお嬢の人間力が引き当てたとかそういうパターンもあるよな!
いやいや、もちろん偶然なんかで片付ける気はないけどさ。けど、ここに向かうことを決めたことも含めて、それがお嬢の人間力ってヤツなんだろうさ。素直に尊敬するぜ。
「カグナ? なんでここに……。いやいや、そんなこと言ってる場合じゃあないよ、ねっ!!」
なるほど。冒険者かと思ってたけどあれが伯爵閣下なのか。聞きしに勝るお転婆……いやさ、女傑らしい。
片手には弓のようなものを持っていたが、それは彼女がつがえたものから弾弓であることがわかった。
矢ではなかったのだ。何かの結晶が代わりにつがえられていた。
撃ち出したものが怪物に着弾すると爆発を引き起こす。オレのようにいしころを飛ばしているわけじゃない。ありゃあ火晶だ。それだけじゃあ爆発はああいう起きないはずだから、何らかの手段で火晶弾丸にインクを流しているんだろうな。
「コ、ザ……カシイ!!」
その爆炎は胴体を成している鳥かごの内側から生じた衝撃波のようなものがかき消す。
オレは見逃していなかった。
先程のオレの投擲や、伯爵さまの弾弓も明確に顔面を守ろうとしていたことを。
であれば、消し飛ばそうとするその爆炎にまぎれて、
「オッホエェ!!」
衝撃波が広がり終わると同時にオレの投擲が顔面にぶち当たる。
「ゴアァッッ!!」
怪物が悲鳴を上げると、それに釣られるように体を構成しているスケルトンの口ががたがたとなる。連なるように悲鳴をあげているようでもあった。
これほどわかりやすく「弱点でござい」と結果を教えてくれる敵も珍しい。
だが、わかりやすいのと危なくないのはイコールじゃあない。反撃というよりも防衛のためか、腕をやたらに振り回しながらこちらへと突っ込んでくる怪物。
「うおお!?」
足(を支えているスケルトン)が四つあるだけあって凄まじい速度だ。
オレはお嬢を抱えるとそのまま飛び退く。
あの怪物はオレたちを轢き殺そうとしたのではなく、出入り口へと向かっていたようだった。防衛的な行動と考えれば自然ではある。
「あっちゃあー……逃げられたか。っと、それよりも二人とも無事かな~?」
「呑気な声だなあ」
「ごめんなさい、そういうお人なんです」
「あっはっは。すまないすまない。殺しても死ななそうな顔をしていたものでね」
殺されれば死ぬ。でも復活もしますって場合はその予想に該当するんだろうかね。
いやさ、ともかくこの人が伯爵様か。
……随分と気さくと言うか、オーラのない人というか、なんというか。
「んん~? 伯爵らしくないなあと思ったなあ~?」
「心を読まんでくれよ、おっかねえ」
「あっはっは。読んでない読んでない。伯爵だって言われた初対面の相手にはこうしてカマかけて遊ぶんだ。悪いね」
大仰に礼を取ると、彼女は言葉を続けた。
「ルルシエット伯爵だ。お前の名を問おうか」
土地によっちゃあ偉い人から名乗るなんてのはよろしくないって話もあるが、どうやら彼女はその辺りのルールは適用していないらしい。
その礼は実に流麗で、たったの一動作で格というものがわからされた。
「カグナット氏の護衛をしているマーグラムだ。一応は冒険者ってことになる」
「一応?」
「概ね平和な道のりだったんでね」
戦いがゼロだったわけじゃないが、死力を尽くすことになるほどでもなかった。これまでのことを振り返れば、護衛の仕事をバッチリこなしています! とはいい難い仕事内容なのだ。
「しかし、逃げられたのはまいったな」
「邪魔しちまったか」
「んー……。いや、一対一だと分が悪かったのは事実。助かったよ。
ただ、この邸は見た目以上に広くてね。追いかけっこするにしても中々に……痛っ」
「ルル様?」
「あはは、分が悪いってのは格好つけすぎたね」
横腹に少し血が滲んでいる。
オレたちが乱入する前の戦いで与えられたものだろう。
「お嬢、伯爵様をお願いできますか」
オレの言葉にお嬢が思わず、
「マーグラムさんは……?」
不安そうに聞いてきた。自分が護られないかもしれない、という不安ではない。オレが危地に飛び込むことを恐れているような、そんな雰囲気だった。
「伯爵さんの代わりにアレを探してきますよ」
その言葉に複雑そうな表情をするお嬢だったが、彼女は伯爵をちらりと見やる。
伯爵閣下が為そうとしていることが重要で重大なことだということを察したらしい。
「すまないね。この邸に囚われているとはいったけど、それがいつまでかまではわからない。何らかの手段で外を出歩くようにでもなったら……」
少し言葉を選ぶようにしてから、
「大切なものを取り戻すのに時間が掛るようになってしまうから」
「それじゃ、探すだけ探します。万が一倒せる状況だったら」
「倒してしまっても構わないけど、危険なことをしてカグナを泣かせないであげて。この傷を何とかしたら合流を目指すよ」
「了解」
お嬢はオレの行動を咎めたり、止めたりもしない。
伯爵様曰くところの、
『大切なものを取り戻すのに時間が掛かる』というのを故郷の奪還であると考えれば自分の護衛をするよりも重要な仕事がそこにあることを理解したのだろう。
それでも表情がすぐれないのは護衛として雇ったオレにその仕事をしてもらうことへの申し訳無さか。
気にするなといっても心が晴れたりはしないだろう。
「マーグラムさん、どうか気をつけてください」
「お嬢に悲しい顔させるわけにゃいかないよな。命を大事にはさせてもらうさ」
泣かせでもしたらセスターにげんこつもらうじゃ済まなさそうだしな。
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伯爵の傷は思ったよりも深そうだった。水薬やら膏薬を使うだけでなく縫合も必要そうではあった。その辺りはお嬢が知識と経験があるそうなので安心だが。
とはいえ、治療には多少時間がかかりそうでもあった。
追いかけるにあたって、状況は手早く教えてもらえた。
あの怪物の名前は『ギネセテセス』。噛みそうな名前だが、古くは王国時代のお偉いさんだか、お偉いさん候補だからしい。
その血筋自体はギネセス、という名前で残っていたとかなんとか……。ともかく、そのギネセテ……ギネ某は長い間この邸に動けなかったらしいが、最近活発化したのを伯爵自らが征伐に向かった。
自分の領地がえらい状況になっているときに局地のために征伐に向かう、ってのもちょっと信じられない話ではある。
つまりは、この局地にこそ状況を何とかする鍵があるのかもしれない
推理どころか妄想に片足突っ込んでる思考はさておき。
ギネ某はこの邸から出ることができないらしい。
見てもわかるとおりのアンデッド的な怪物であり、自身を維持するためのインクを補填するために邸に紐づけているからだそうだが、だとしても何が起こるかもわからない。
インクで制御されているものってのは不安定なものが多い。不安定であればこそ、本来この邸からは出られない存在だとしても例外を得る可能性は有り得る。
あの足の速さだ、逃げられたら追いかけられるとは思えない。邸につかまっているうちになんとかしたい。
あの巨体なら隠れる場所も多くはあるまい。
邸にあるものは自由に使っていいとも言われたのでギネ某を探しつつ装備の拡充を図りたいね。
一応、先程投げた石と、部屋に転がっていた剣の断片のようなものも見つけた。それらは懐に入れておく。投げやすそうな武器は幾つあったっていい。
倒してもいいか、なんて大口を叩いたものの倒せるかどうかは怪しいもんだ。
でっけえ体をどっかに引っ掛けさせて倒すとか?
流石に「身動き取れない、なんで? おでの体がおかしいぞお!」って知性の低さではなさそうだし、難しいか。
がたた、ごとと……。
遠くで何かが揺れ、当たるような音が聞こえる。
十中八九ギネ某だろう。ギネ某じゃないデカいのがいたらどうしようね。
警戒しながら進むと、あの巨体でも入ることができる部屋で壁を殴り続けていた。
一心不乱に殴り続け、腕を構成しているスケルトンの骨格は砕け、それを構成するために巻き付いている肉片からは腐れた血のようなものが断続的に吹き出していた。
「ぎぎぎ、ががが」
骨格が怨嗟のコーラスのようなものを奏でている。
どのような仕組みでそうなっているかはわからないが、スケルトンをパーツにして肉体を構成をしているが、そのスケルトンたちは彼に隷属したものではないらしい。
そしてそれはギネ某も同様だった。
「このギネセテネスが、大いなる位に就くはずのギネセテネスがどうしてこんな目に遭わねばならぬ。許せぬ。許せぬ許せぬ。
邸は消え失せ、我が身も消し去られたはずの、しかし続く怒りと憎しみ。許せぬ、何もかも許せぬ、許せぬ」
鳥かごの頂点にある顔が何かを叫んだあと、頂点に別の顔が生まれつつある。
それが現れると先程まで暴れていた体の半分が急にやる気を失ったようにだらんと腕を下げて止まる。もっとも、もう半分はお構いなしに壁を殴り続けているが。
「違う。違う違う違う。私だ。私があの男に踊らされたのが悪いのだ。祖国と故郷を破壊したのも全て、私の責任だ。愚かだ。だが、この事実を誰かに伝えねば……伝えねばならない」
理性的にも聞こえる声はそういうと、めちゃめちゃに壁を叩いている半身とは違い、ここから出るための手段として壁に触れ、しかし穏便に出ることができないことを悟ったのかしっかりと力を溜めて壁を殴りはじめる。
今なら背後から二連続で投げつければ殺しきれるだろう。
だが、新たに生まれた頭が呻く苦悩はどうにも聞いてやらねばならない気がしていた。
それが何故かまではわからない。この周回ではないどこかで彼にでもあったのだろうか。
この邸に来てからどうにも自分では知り得ない感覚だの記憶だのに振り回されているような気がする。体質にはすっかり慣れと諦めが染み込んでいるとばかり思っていたが、どうにもそうではないらしい。
……愚痴は横に置いておこう。
外に逃さないのが重要であるなら、戦闘行為に踏み込んであっさりオレが殺されるよりも会話で時間を稼いだほうが価値の高い行いではないだろうか。
いやいや、戦うことにビビってるわけじゃねえんだって。ホントホント。




