174_継暦141年_冬/03
よっす。
ディカのご家族に囲まれているオレだぜ。
ディカが旅立った理由は兄であるヤルバッツィを探すため。
そしてそもそも、ヤルバッツィが故郷から去ったのも事情がある。
その事情ってのはざっくり言えば貧困だ。
不作になれば各地の商業は鈍る。木材なんかもそもそも売り買いしたところでそれを扱う人間がバタバタと死んでいたりもして売れ行きもよろしくなくなる。
そもそも、自分たちの村にある食料もない。
森に対しての知識が豊富な彼らであってもその恵みに預かれるかは別。不作となれば森もまたその恩寵を渋るもの。そうなれば、口減らしをするしかないのだ。
ヤルバは自主的に家族の元を去り、安定した生活を得た頃にディカがヤルバを探しに出た。
その両者は未だ帰らず、どうしようかといったところで故郷は賊によって焼き討ちにあい、そしてこの集落に落ち延びてきたのだという。
彼らはオレからディカたちの話を聞いて、安堵の涙を流している。
オレはその涙を止めるすべを知らない。
ヤルバに関しては流石に年齢的にも彼らの家族のヤルバッツィではない、同名の人物だという認識だった。
だが、同じ名前の人物がディカの助けになってくれているだろうというのは彼らにとっての救いだとも感じているらしい。
その後もあれこれと情報を集めたりしてから、客人用の家に通される。
野宿を覚悟していた身からすると屋根があるだけでもありがたいのに、洗いさらしの寝具まであるのだからたまらない。
「マーグラムさん、お仲間のことなのですが……」
「依頼を降りて探しに行く、なんてことはしないよ、オレは」
「……ですよね」
困ったような笑顔。
短い付き合いだが、一度決めたことを簡単に投げ出すタイプじゃないことは理解してくれたようで何より。
オレは命は投げ出すが決めたことは投げ出さないようにしてるんだ。そうしたら後悔し続けそうだからな。
「ですが、聞いてしまった以上は私も探します。
ディカさんやヤルバさん、レティさんを」
「ディカとヤルバはこの集落にも関係するだろうけど」
「レティさんという方も例外に漏れたりはしません。マーグラムさんが口にした人との再会を私は望みます」
その瞳はまっすぐなものだったが、意思の中に陰りのようなものもある。
ああ、なるほど。
彼女の眼の前で燃え尽きて死んだオレは、今のオレの仲間だと言ったからか。
これ以上は仲間を失わせず、再会を願う。
お嬢の優しさは多くの人を救う力があるんだろうが、不安にもなる。いつかその慈悲が彼女自身を破滅させそうで。
いやさ、であればオレができることもある。少なくともこのいっときでも。
「それじゃあ、お言葉に甘えますよ。お嬢は顔が広い。人探しをするのにこれ以上頼りになるお人もいない」
無理に引き止めるではない。自分の側でその力を発揮してもらうのだ。
側にいてくれるなら、多少の困難からは守ることもできる。多少以上の困難も命を使えばなんとかなるという甘い算段もなくはない。
「任せてください」
胸を叩くようにして彼女は言う。
「離れ離れになっても、再会できるんだってウチがそれを示しますから」
生きている限りは、と彼女は呟くように続けた。
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ルルシエット伯爵は領内を巡っては必要なものを聞いて回って、後日にそれを配送させるために動いているらしい。
ただ、あえて個人で動いている理由にはならず、バストンは「何かを探しているようにも見えた」とのこと。
次に伯爵がどこに行くのかと聞いた若者もいた。
恩義に報いるためにご一緒したい、という話の流れだったそうだが、
「彷徨い邸だとかって呼ばれていた場所に向かうけど、そこはおっかない幽霊が出るかもしれないんだ。祟られるかもしれないぞお。
……ははは。冗談、にならないかもしれないし、大切な領民をこれ以上危険な目に合わせたくない。ついてくるよりも無事を祈っていてくれる方が嬉しいよ」
と言われてしまったそうだ。
彷徨い邸、というのにオレは聞き馴染みはないがお嬢はそうではなかったらしい。
「セスターさんから聞いた話でしかありませんが、……その、友人がその邸で事件を解決したそうで。場所とかもわかっています」
友人とは形容したものの、おそらくは彼女が復讐に走るに至った理由の人物だろう。
彼女の表情もようやく何を意味しているのかを理解できるようになってきた。
ともかく、次の行き先は決まった。
伯爵が彷徨い邸とやらで滞在してくれているか、道中で道草を食ってくれていれば間に合うかもしれない。
入れ違いなり、出会えなかったなりしたなら元々目的地としていた場所に向かえばいいだけだ。
翌日、カグナットは大勢で見送られて彼らの仕事を止めることをよしとしなかったため、早朝の出発となった。
集落の長の計らいで食料などの補給を受けることができた。
「ああ、間に合った」
「バストンさん、どうしたんだい」
「これを持っていってはくれないだろうか」
「……斧?」
「ああ。昔から愛用しているものでね。これをヤルバかディカに会ったら渡してほしい。
この集落で待っているとも、伝えてほしいんだが……ダメだろうか」
「お安い御用だ。あー、でも二人揃ってたらどっちに渡せばいい?」
「ははは。それは困ったことになるかもな。そのときは必要そうだなと貴方が思ったほうに渡してほしい」
「そりゃ責任重大になってきたな。だが、それも了解したよ」
そうして、オレとお嬢は再び旅路に就いた。
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ルルシエットから直接行けば大した距離ではないが、集落から向かおうとするとやや迂回する形になりどうあっても野営が必要になる。
少女には過酷かとも思うが、元々が旅の商人をしていただけあって野営もなんのその。
それどころかオレよりも優れた判断力で場所やら薪やらの準備を行う。
「すいません、なんだか単純な道のりではなくなってしまって」
「契約上に問題はないだろ? 伯爵に会いに行く、オレはそれを守る。間違ったことには一個だってなっちゃいない。
それに──」
「それに?」
「新鮮な発見もあった」
オレは鍋で完成に近付いているカレーを混ぜる。
「発見?」
「案外、オレはこういうキャンプってのが好きなのかもってさ」
「あはは。意外ですね。元々大好きなのかと思いました。率先してカレーを作ってくださってますし」
「なんでだろうな、この場所といったらカレーって気分になった。不思議なもんだ」
「でも、こうして人とキャンプするというのはちょっとわくわくするかもしれません。ウチも旅のときは大体一人でしたから」
「一人で野宿もしてたのか?」
「安全な場所でだけですけどね」
このご時世で安全な場所があるとも思えないが、何かしらのコツがあるのかもしれない。
睡眠は交代制で、夜が深い時間はオレが、夜明けにかけてはお嬢がすることになる。
寝るまでの少しの時間だったが、他愛もない話をする。こういうのも旅の楽しさだろう。
「ディカさんとレティさんはどっちも女の子だったんですよね?」
「ああ。ディカのことはずっと少年だと思ってたんだけどな」
集落で話した続きというか、詳細とも言える内容だ。
「お二人はどんな方だったんですか?」
「ディカはすんげえいい子だったよ。明るくて気が回せて、そういうところでいうとお嬢にも似てるかもな。気を回しすぎて疲れてそう」
「あはは。ウチはそういうことでは疲れないタイプですよ」
そうは言うものの、集落では常に誰かの話を聞き、自分が出せる最適解があれば伝えていたり、不足しているものがあればそれをメモっていた。
その不足品は目的がある以上はすぐに用意できるものでもないと断りはいれていたものの、そういう辺りも気を回しすぎだなあと賊のオレは思ったりする。そして眩しくも思う。
「レティは……、うーん。評価が難しい奴だよ」
「難しい?」
「性根は悪い魔女とか、そういう類だよ。おっかない。賊なんかよりよっぽど悪党な感じがする」
「でも、お仲間だったんですよね?」
「ああ。悪そうではあるけど、仲間には手厚かったし、あいつが悪い顔をするのはいつだって仲間のためになにかしないとならないときくらいだ。
それに悪そうなことを考えついたり、顔に出たりはするが秩序を乱したことはないとは言っとくよ」
「レティさんの名誉のために、ですね」
レティとの最期の一幕を思い出してしまう。
見送らせてしまった。
仮に再会できたとして、オレはなんと言い訳をするべきなのだろうか。復活のことを明かしたくはない。だが、それを理由に会いたくないと言えるほどオレの心は強くないんだよなあ。
けれど、生態のことを人に明かすべきではないと心の奥底から聞こえてくる。それを無視できるほど、やっぱり心は強くない。二律背反。いい抜け道はないもんかな。
「ヤルバさんは後で参加されたんでしたよね?」
「ああ。募集をかけたとかそういうわけじゃなくて、功徳でも積むかって感じで人助けをしようとした辺りで参戦してきた正義感の塊みたいな奴だよ。
その後もディカを任せたり、アイツにはおっきい借りがあるまんまだ」
おっと、いかんいかん。
話しすぎた。
「そろそろ寝てくれよ、お嬢。交代のとき辛くなるよ」
「まだ話足りなくはあるのですが……、わかりました。またお話してくださいね」
「喜んで」
寝袋へと潜り込んでいくお嬢を見てから、オレは焚き火に薪を投げ入れる。
気温の変化が激しくないとはいえ、この季節は少し寒い。
寒さが彼らとの再会を願う、寂寥感のようなものを加速させているのかもしれない。
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寝袋の中に入り、目をつむる。
眠気はまだ訪れてくれなかった。
カグナットは復讐を企てていた。
復讐心をぶつける相手はビウモードと、少年冒険者に手を下した人物。
その人物の名はヤルバッツィ。
先代ビウモード伯爵にその才能や性格を買われ、腹心となり、現在は行動騎士としてルルシエット軍に注意されている。
ルルシエット強襲の際には都市の内部に入り、行動していたという情報も彼女は得ている。そして、その行動の結果、ヴィルグラムを殺したことも。
人間が若返ることなどありえない、とは言えない。
命に関わる力の多くは人を狂わせてきた。永遠の命を求めるあまりアンデッドになり正常な意識を失うものもあった。いかがわしい薬で逆に命数を縮めたものもいる。
わかりやすい手段の大半は落とし穴でしかない。
「カグナット。いつか私のあとを継ぐなら覚えておきなさい」
父の言葉がリフレインする。
「魔術、請願、付与術、儀式、禁忌とされていない力でも強力なものだ。だが、それらはあくまで常人である我らが理解でき、危険な副作用がないものだから広まっているだけだ。
副作用を気にしないのであれば、常人が考えつかないような奇跡を手繰り寄せる手段はごまんと存在する。人はそれらを忌道と呼ぶ」
冒険者ギルドにとっても重要な土地であるルルシエットを託された人物なだけあって、ウチの父は多くのことを知っていた。多くは彼自身が冒険者をしていた頃に得た実体験だったという。
「そして、その忌道を意図して学び、操るものがいたのならば、副作用すらもメリットとして扱って見せるかもしれない。」
「冒険者の側にあろうとするなら、彼らと同じ主観で考えるのではなく、彼らが見落としてしまいそうな情報を拾うようにしなさい。
例えば、忌道ならば──」
魔術や請願の話をしたのも、忌道というイレギュラーは常にどこにでも存在しうる、という流れに持ち込むためだったのだろう。
だが、その話が今は違う意味を持っていた。
ヤルバッツィが若返ったなら。
自分の家族のことを忘れることがデメリットではなく、都合のいいことだったのなら。
だが、なぜ記憶を捨てたのか。その点については当人に聞くでもしない限りはわからないことだ。
マーグラムの仲間であるヤルバが本当に少年を殺した仇であるのならば、自分はどうするべきなのだろうか。それだけが問題だ。少なくとも、眠りにつくまでにその答えを得ることはなかった。




