172_継暦141年_冬/03
よっす。
カグナットに付いていくばかりのオレだぜ。
勿論ルートなんかは事前に打ち合わせてはいるんだが、道中で賊の噂を聞いたり、お嬢が何かしらの危険な気配を感じて別の道を探したりとアグレッシブに順路変更が行われるから結果として付いていくばかりになっているわけだ。
「お嬢はすごいな。どこがどの程度危険か判断しながら道を選べるんだろ?
相当旅慣れてる感じだ」
「あはは。一応、ルルシエット領内であれば大体は網羅していますよ。お散歩も趣味の範囲で」
散歩の範囲を大幅に超えている気もするが、突っ込むのも野暮と言うもんだろう。
「あっ」
ふと何かを思い出したように小さな声を上げる彼女。
顔をどこかに向けてから、小さく顔を振って歩く速度を戻す。
構ってほしくてやっているわけではないのがわかる。動作こそ今しがたオレが認識して言葉にはしたものの、それは殆ど一瞬のことだった。
折角の旅。折角の道連れ。
「何か気になることがあるんだろ?」
聞いてやるのが人情ってもんだろう。
「……ええと」
逡巡するも、
「はい、少し気に掛かっていたことを思い出してしまって。
実はあの辺りに前にはよく行っていた集落があったんです。
ルルシエットがビウモードの手に落ちてから一度だけ連絡を貰ったことがあって」
連絡といっても手紙などではなく人に任せた伝言だったらしい。
ビウモード強襲の一件以来、集落に流れてきた人間が多くて段々と集落から規模が大きくなりつつある。安定もしているし困ったことがあったら頼ってほしい、と。
この時代に、この状況で『頼ってくれていいよ』と言われるのは相当の恩義を積まないとできないことだろう。
お嬢の性格からして世話になりたいからというよりも、その集落に人が急に増えて大丈夫か心配だってところではなかろうか。
オレは空を見上げて、
「そろそろ宿の心配をする時間だし、折角ならその集落の世話になってみるってのはどうだい。
ルートからは少し外れるかもしれないけどさ」
「いいのですか?」
「期限が決められている旅じゃないんだ、構わないだろ」
彼女は華やぐような微笑みを浮かべて、
「ありがとうございます!」
そう言ってくれた。
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事件を引き寄せるのはオレか。それともお嬢か。あるいは相乗効果か。
向かう先からやいのやいのと声が聞こえた。
いや、やいのやいの程度ではない。ぶっ殺すぞだの、容赦しねえだの、口汚いお言葉が聞こえてきた。
カグナットお嬢を置いていくわけにもいかないので側にいてくれと小さな声で頼んでから声の方向へと進む。
案の定、見るからに賊って風体の連中が10人以上。
一方で賊が進もうとしているのを止めているのはたった二人。一人は老人で、もう一人も決して若くはない男性だった。ただ、若くはないがガタイはかなり優れていて、そこらの冒険者よりも遥かに腕力に優れていそうではある。
「あれは、集落長さんです」
お嬢が指し示したのは老人の方だった。
彼も、
「賊めら、ルルシエット伯爵閣下の庭を荒らす機会であると考えたのならば大間違いぞ!」
腰も曲がりつつある老人だが、クワを振り上げて怒号を上げる。
「里を燃やされて逃げた先を賊に壊されるわけにはいかないんでな。どうしても好き勝手したいってなら俺の斧をくぐり抜けてみるがいいッ!」
もう一人もそのように意気を示す。
大賊時代と言っても過言ではないこの時代、しかし荒らされ奪われるばかりではない。慎ましやかに生きる人々も無抵抗でいるわけではないのだ。
「ひゃははっ! たった二人で俺らが防げっかよお!」
「ここに来る前に商人をぶっ殺して干し肉にしてやった。干し肉はいくらあっても構わねえ!」
「てめえらも俺らの代用ベーコンにしてやるぜえ!!」
先ほど見逃した賊とは大違い。
いや、賊ってのは本来こういう連中なんだ。ちょっと忘れかけてたけど。
ちらりとお嬢を見て、オレは首を賊たちに向けてから手で首を切るようなジェスチャーを取る。
少し苦い顔をするが、だが間を置かずに頷く。
雇用主からの了承は取れた。
そうなりゃやることは一つ。
オレはいい感じの石を拾って握る。
さあ、戦闘開始だ。
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語るようなことは多くない。
相手は十人。
素早く投擲して二人の頭を叩き割る。何事かと色めきだった連中が動く前に追加の二連投でダブルキル。
集落長たちに背を向けた瞬間に、体格の良い男の持っていた斧が一人を両断し、長も包丁を懐から抜いて体ごと叩きつけて一人を倒した。
瞬く間に殆どの仲間を失った賊。
戦意と害意が崩れていく。それを逃さず撃破し、全ての賊は賊だった肉に成り果てた。
長たちはこちらに気がついているようで、手を上げて、
「君たちはどなたかな」
と誰何しながら近づいてくる。
そして、距離を縮めるとすぐに長がお嬢の名を呼んで喜びの声を上げた。
「おお……! カグナット様……!!
飢えや浅学からだけでなく、戦いからも救ってくださるとは……! ありがたや、ありがたや……」
ささ、こちらへ! と案内されることになる。
斧を持った男性はオレの横について、
「いい投擲だったよ。助かった。あの数相手となると命がけだったんだ」
苦笑する男。
髪の毛の色は緑、健康的に日に焼けた肌。
どうしたってディカやヤルバを思い出しちまうよなあ。
彼らは……ディカやヤルバ、それにレティは元気に過ごしているだろうか。
それを思うと少しだけおセンチな気持ちになる。
集落に案内し、もてなしてくれることになった。
が、しかし──
「集落っつったよな、お嬢」
「え、ええ。ウチが来ていたときは本当に集落だったのですが」
そこに広がっているのは『街』といっても差し支えない規模のものだった。
視線をあちこちに向けてみる。
ある場所では、ゆっくりとした動作ではあるが、正確に木々が木材に変わっていくのが見えた。
賊をやっていると魔術というのは出が早く、放たれたものも速度がある。殺しの道具としてはこの上ない力があるものばかり。
しかし、木材加工に使われているその魔術は攻撃用にしてはあまりにも緩慢で使いにくそうなもの。だが、こうした場面では役に立つようだ。戦いばかりしているオレのような賊にはこうした場面はなんだか新鮮で、面白い。
数名の魔術士が必死に作業をしている。
それを建材としてさらに使いやすくしているのは職人による手作業。
本来は集落に一人いればいいだろうそうした技術者も見る限り複数人がいるようだった。なるほど、魔術と技術が手を取り合えば家を立てるための建材はとんでもない速さで量産ができるわけか。
それをオレとお嬢は二人して見ていると長は言う。
「カグナット様がお越しになっていたときよりも発展していて、驚かれましたでしょう。
辺りの集落から逃げてきた人間だけではなく、賊に襲われて怪我を負った冒険者なども傷が癒えてから手伝いをしてくれるようになりましてな」
視線の先にはあの魔術士たち。彼らは冒険者だったわけだ。元か現職かは彼らのみぞ知るのだろうが。
長の言葉を引き継ぐように緑髪の男。
「自分も故郷が焼かれて逃げてきたんだよ。ルルシエット伯爵閣下のはからいでここに住むに十分な支援をしてくれたんだ。勿論、元々ここに住んでいた方々の協力あってのものだけどね」
「伯爵が?」
「ああ、食料や水薬を手配するどころか自分で運んできてくださることもあったよ。つい数日前も来てくださったしな」
オレは思わずお嬢と顔を見合わせる。
「その後にどこに行くとか言っていましたか?」
「ええと、どこだったか……。詳しい話を知っているものもいるはずです。ですが今日はもう日も暮れてしまいます。食事でもしながらご説明したいと思いますが、いかがでしょうかな」
こちらから求めるまでもなく、そういうことになった。
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食事は大変美味だった。
ふかふかのパンに、じっくりと煮た滋味の深い羹。羹には動物の骨から煮出したものらしく、時間は掛かるがこのスープに唐辛子から作ったスパイスを煮出せば体調不良になることもない無敵の羹が完成するらしい。
「スープに麺を入れるとまた格別なんだ」
緑髪の男──名をバストンという──は残念そうに、
「麺を作るにはちょっと設備も材料も足りてないのが現状だけどな」
「いずれ機会があったら試してみたいもんだ。っと、そういや話の途中だったよな」
食事の前からあれこれとこの男と外での情報を渡していた。
集落から離れるわけにもいかないが、情報を獲得しないで居続けたならどんな予想外の出来事があるかもわからない。情報とは武器でもあり、防具でもある。賊ですら情報を仕入れては襲撃や奇襲の予定を立てるのだ。
そこから食事をしつつ、オレが知る限りの都市ルルシエットの情報をあれこれと渡す。
といっても、大した情報はない。
「親父、外の話か?」
「えー、僕も聞きたーい!」
そういって次々と現れる緑髪軍団。
「随分子沢山だな」
「ははは、賑やかでいいだろう。こちらはマーグラムさん。ルルシエットの冒険者だ」
紹介されると「おおー」と声が上がる。
名ばかり冒険者、本業賊、とは言えない。
それからは質問攻めだった。
どんな冒険をしたのかだとか、強敵との戦いはどんなものかとか、ロマンスはあったかだとか……。
さあて、何を話してやろうかね。




