171_継暦141年_秋/03
よっす。
行商人兼ゲリラ組織のリーダー兼冒険者ギルドのギルドマスター、その令嬢様と旅をしているオレだぜ。
彼女の身の上のことを知らない上で依頼を受けた。
正直、他人の身の上について興味があっても相手が話す気のないことはあまり追求できないたちだ。勿論、必要ならするけどさ。
そうしない理由は単純。
人様の背景を聞くのは聞かれる覚悟があるやつだけ、ってことだと考えているからだ。
どうにもオレは自分のこと、特に復活することに関して他人に言うと、そいつを不幸にしちまう。そんな気がしている。
きっと過去のオレが何かしらしでかしちまったんだろうな。
だから、聞いたからそっちも答えてほしいと言われると困っちまうってわけさ。
オレは十回ほど死ねば記憶が失われる。赤ちゃんになるわけじゃあない。ただ、その間のことをすっかり忘れちまう。
だが、強烈な思い出ってのはどうにもこびりつくらしい。
中身は忘れたいような悲劇だったのか、それについては都合よく忘れてくれているようだが、復活は他言無用だってことは一週間放置した鍋の汚れよりも頑固にこびりついていた。
「興味とか、ないでしょうか」
道中。
不意にカグナットのお嬢が言ってきた。おずおずと、という表現が似合う言い方だった。
彼女は大きな背嚢を背負っている。道中で使う野営道具以外にも薬やら何やら、色々なものを詰めてきたらしい。
道中で商売をする……ってわけではないようだ。彼女曰く、旅をするときにはいつも使っていた鞄を持っていると安心する、ということらしい。
さておき、彼女の発言に対してオレは答える。
「何をだい」
「同行者というか、護衛対象のことといいますか」
「そりゃあ──」
いじらしい聞き方だ。そして興味について問われれば、間違いなくある。
ただ、興味があるのは『彼女の復讐について』ではない。彼女自身についてだった。
折角の会話のフック。使わせてもらうべきだろう。
「あるね。ただ、復讐についてとかってよりアンタ自身に興味がある」
「ウチの」
「上に楯突く連中ってのは大抵は賊か、賊よりちょっとマシ程度の奴だと思ってる。普段であれば、だけどさ。
だけど、今のあそこは普段とは違うんだろう。義憤や義心、故郷を思う連中の手で反攻作戦が組み上げられてたわけだ」
勿論、大通りでお偉いさんを襲撃するっつう反攻作戦は無茶だとは思うが。
それでも無茶に乗るくらいの連中が多かったのも事実。
「そこらの賊の反骨心とはワケが違う。取り返そうと思う連中の多くは腕っぷしに自信がある冒険者だったろ」
オレは都市であれこれと聞き回っている中で『かつてのルルシエット』の素晴らしさってのは色々と情報として得ていた。
冒険者になりたいという憧れがあるオレは、そうした情報で「オレも冒険者になれるならルルシエットの冒険者になりたい」と思うくらいには。
そんな街を汚されたとなりゃあ冒険者は奮起するだろうさ。
「けど、どうみたってお嬢は……」
「ウチは荒事とかできる感じじゃあないですよね」
「でも実は~?」
「あはは。できないですよ。魔術の才能があるとかもないです。インクの量が多いとかも」
けれど、と彼女は続ける。
「ウチのパパは冒険者ギルドのマスターだったんです。冒険者の皆さんは頑張ってくれているのを間近で見てきました。
けど、どうしたってそこから取りこぼされる人たちの苦痛だとか不幸だとかも、目にしました」
「冒険者稼業も困っている人間を全員救えるわけじゃあないものな。どうしたって自分のメシの種優先だってことにもなりがちではあるか」
「だから、パパやパパと共に戦っている冒険者さんたちでは手を回せないようなところを救おうと思って、行商人や識字商いなんかをやっていたんです」
オレは自然と
「ギルドマスターのご令嬢が?」と口に出してしまっていた。
彼女は困ったような微笑みを浮かべて、
「でも、全てが壊れてしまってからようやく理解できたんです。ウチがやっていたのは逃避だったんだろうって。
パパがどうしても下さなきゃならない、助けきれない人や依頼を切ることを、いつか自分がやらねばならないんだっていうことからの、逃避」
「だから今、ゲリラのリーダーになったってのかい。今はいない親父さんであればやっただろうって?」
「はい」
立派だ。
賊じゃあ出てこない発想だ。徹頭徹尾、賊社会にはないもの。
だからこそ、わかることがある。
「逃避だっていうお嬢の行いで助けられた人たちもいるんだろ?」
説教なんてできる身分でもガラでもない。
「だったらさっさと目的を果たして、趣味をしようぜ。
そのうえで親父さんのあとも継ぎたいってなら、そっちも頑張りゃいい。
って、そうか。それをするためにゃオレも必死に護衛をして無事に帰らせないとならないんだよな。ひ~、自分で自分にプレッシャー掛けちまったぜ」
下手な道化だろう。
けれど、彼女はくすりと笑ってくれた。
少しだけ思い詰めていたものを解きほぐすことができたか、麻痺らせることくらいはできただろうか。
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それからの彼女は、旅のことを話してくれた。
彼女にとっての青春。思い出。大切な生きた時間。
しかし、彼女がどうして復讐に走ったのかについては触れなかった。
きっと辛い話になるからだろう。場を和ませようとしたオレの道化が無駄になってしまう、そう彼女は考えたに違いない。
まったく、お嬢は優しい人だ。
で、そんな優しいお人に、
「待ちなあ! ここは『スパイスとハーブ愛好会』の縄張りだぜえ!!」
「身ぐるみ全部置いていけ!」
「いや、命までは奪わねえ! 金目のものかか腹にたまるものを置いていけえ!」
なんてことを言うんだね。
道端でばったり会った賊。いや、ばったりじゃあないな。
気を払っちゃいたが、それでも気がつけない程度だったってことはこの道を稼ぎ場にして長い連中なのだろう。
飛び道具の一つでも使うつもりだったら、殺気や気配で気がつけたかもしれない。
そして、そういう『気がつかれる』ことに対しても気を払う程度にはここでの襲撃に慣れてるってことだろう。
だが慣れているのはオレも一緒だ。
賊相手のいざこざなら一日の長ってのがあるぜ。
「オッホエ!!」
相手がうだうだと脅し口上をやっている最中に問答無用の一発!
キレのいい印地がグイーッと突き進み一人の頭をぶっ叩く。
ぎえっと声を上げて昏倒している。殺すかどうかは悩んだが、お嬢の手前で誰も彼もぶっ殺すって姿勢はちょっと取りにくかった。
それでも賊の頭にはいい具合に入った。暫くは起き上がれないだろう。
残りは二人、といいたいところだが前方から現れたってことは挟み込むために後ろからも来るはずだ。
オレはお嬢を庇うようにして後ろを警戒する。
予想通り二人の賊がのっそりと現れるが、お相手の準備が整う前に抜き撃つように石ころを投擲し二人を撃退する。
ここまでは問題なし。いい感じに投げやすい石ころの残弾はまだあるが、
「まいったあ!!!」
「命だけは助けてくれえ!!!」
命乞い。
戦いは終わった。
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弱者にはめっぽう強いのがオレだ。賊だからね。
「どうするよ」
ここで殺しちまったほうが後腐れはないんだが……。
「もう悪さはしませんか」
オレの「どうするか」という言葉に対しての答えでもあったのだろう。叱るようにお嬢が言う。
「しねえ、しねえっす!!」
困ったような表情のお嬢。
そりゃそうだ。
ここで見逃したってまた賊を続行するかもしれねえんだからな。
ただ、無抵抗状態になったものを殺せと断じることもできまい。
オレが勝手にここで殺しちまってもいいんだが、なんとなくそれはお嬢との関係性が望まない方向へといっちまいそうな気がしている。
それに、こいつらは賊ではあるが、殺しに関してはグレーと見てもいい。
追い詰められたら殺しに来るかもしれないが、少なくともオレたちには脅ししかしていない。
武器も尖った木の幹ですらない、ただの太めの枝だ。
しゃーねえ。
「ここを稼ぎ場にして長いんだろう」
「へ、へい。半年はやってます」
「殺しは?」
「流石に殺しはおっかなくて。でもここを通る連中は脅すとメシくれるんで、それで味をしめてですね……へ、へへ……」
嘘をついているようには見えない。
散々悪党を旅の中で見てきたであろうお嬢もネガティブな反応を見せていない。
「ルルシエットの方に賊でも受け入れてくれる方がおられる。門番にスト兄に救いを求めに来た、そう言や悪いようにはしないとは思う。
そっから先はお前ら次第だ。賊らしからぬ程度の善良さを培えば、足も洗えるだろうよ」
スト兄。すまん。あとは頼んだ。
それに故郷に賊を向かわせることになったお嬢もいい気分はしないだろうけど、彼女もここでオレに殺されるよりは、と判断したのだろう。スト兄についても彼女は知っているのかもしれない。
「ほ、本当かい。旦那」
「旦那はやめろ。オレも賊だったがこうしてべっぴんなお嬢様の護衛を任せられるくらいに足を洗えたんだ。
賊が嫌だったらスト兄のところで男を磨け」
「よろこんでえ!!」
そういって賊たち五人組は去っていく。
賊ってのはクズクズクズ、カスカスカス、ゴミゴミゴミのオンパレードだ。
でも、望んで賊になったようなやつばかりでもない。
食うに困って、ああいう類の賊になる連中もいなくはない。
乱世は終わる気配を見せない。
この継暦が終わる頃には賊が綺麗サッパリ消える日が……いや、果たしてそんな日が来るのだろうか。
「ありがとうございます」
不意にお嬢が礼を言ってきた。
「機会を与えられるのを、見せてくださって」
おっと。
妙な勘違いをされている気がしてきたぞ。
「彼らが足を洗えることを祈ります。
ウチも、……復讐だけではないやり方を見直せる……かもしれません」
その表情は苦い。
まだ復讐に駆られた理由を捨てることはできないようだ。
オレじゃあそいつから彼女を離してやることはできそうにない。けれど、少しでも彼女がそうした思いに囚われない可能性になるのなら。
「なーに。オレは見る目がある方でな。スト兄……。あの街でよくしてくれた人間に任せりゃきっと大丈夫だ。
お嬢がこれだって機会を見つけることができて、それが一人で何とかならないならできるかぎりオレがサポートするよ。
それもきっと、護衛の仕事のうちだろ?」
妙な勘違いでもいい。
その勘違いが本来は戦いから遠いところにいるであろう小柄な少女が歩く道を照らす篝火の一つになるのなら、それでいいと思った。
年末ということで本作ほど長くならないであろう別作品をご用意いたしました。
お手数ながら作者ページから遷移して、そちらも楽しんでいただけたならとても嬉しいです。
また、本作の更新時間が明日から朝になるかもしれません。
朝に更新する昼型人間になりたいです。賊には過ぎた望みかもしれません。




