170_継暦141年_秋/03
よっす。
人様のおごりで飯を食っているオレだぜ。
ウェイトレスに話を聞きにいったところにチンピラが騒いでいやがった。
格下には強い賊として追い払うと感謝され、昼食をごちそうになることになった。
「いかがですか?」
「どれもこれもウマいよ! 運んできてくれるウェイトレスも美少女と来たらそりゃあ繁盛もするよな。けど、そうなると」
「困ったお客様が来る可能性も増えてしまうんですよね」
食事の中であれこれと会話を続ける。食事が終わる頃にオレはようやく本題を切り出すことにした。つまりは、
「探している人間がいてさ。君なら居場所を知ってるんじゃなかろうかと思ってね」
「私だったら?」
「カグナットの嬢ちゃんを探してるんだ」
とはいえ、カグナットがこの街の……特にビウモード勢に対して反抗的な人間にとって重要であるってのはわかっている。
返答は「誰ですか?」とか「名前は知っているけど」みたいなことになるに決まっている。
「パレードの前に話した過火波の兄弟が渡したいものがある、って伝えてほしい。
代官殿が用意した休憩所にいるから、その気になったら人をよこしてくれ、ってな」
オレは足りるであろう金額を机の上に置いて去っていく。
チンピラを追い払ったよりもオレへの警戒心は上回るだろうし、そうなれば奢られるいわれもなくなっちまうからな。こんな風にキメ顔しながら食い逃げするとか流石にちょっと。
ともかく、ここから数日くらいは相手の出方を待つことにしよう。
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もう少し調べておきたいこともあった。
代官のことだ。
信頼するような相手じゃないが、興味が向かない相手ってわけでもない。
そういえば、戦術家なのに休憩所で仕事させられているのがいるんだったか。
些細なことでも好奇心を満たす材料にはなるかもしれない。
「スト兄、編成通りに出発したぜ」
賊の一人が誰かに声を掛けている。
「誰がスト兄だ。まったく、私にはちゃんとした名前が」
「いいじゃねえか。ここでアンタを本名で呼ぶやつなんていねえよ、戦術家先生よ」
「私は戦術家なのにってボヤき続けた結果のあだ名だもんな」
「実際におかしいだろう、なぜ私が……」
「って、いいながらもバリバリとここを回してるじゃねえのよ」
「自分の適応能力と処理能力がうらめしいよ」
などと。
会話も終わり、話していた賊風の男たちは去り、あの戦術家──通称『スト兄』だけが残って作業をしていた。
「スト兄さんよ。ちょっといいかい」
「誰がスト兄か! ……ん、お前は確か」
事務的ではあったものの、会ったときの日にちや時間、対応なんかを口にするスト兄こと戦術家。
「あっているか?」
「そりゃもうバッチリと。すごい記憶力だな」
「そうでもないさ。お前の割り振り先までは記憶には頼れんからな。どれどれ」
そう言いながら手に持った資料に目を通す。
「待機組か」
「待機組?」
「仕事を終えたものや、他に特別な用事がある人間は留め置かれる仕組みでな。お前もその一人だ」
「この間、代官様にお呼ばれしたんだ。他愛もない話をしただけだったが、お気に入りになれたから戦場に出なくてOK! ってことかね」
「ベサニール様のお考えはわからん」
「スト兄みたいな人間がここに置かれたりもするし、ってか?」
「……それは、ううむ」
スト兄は即答しなかった。
「世間ではあの方を悪しざまに悪くいうものも多い。だが、私はそうは思えんのだ。私は戦術家としての職能に誇りを持っている。誉れもだ。
しかし、ここに配属されて自分に新たな才能があることも見つけることができた。気が付きもしなかったよ。
あの方は人間の才能を認識し、それを未来に伸ばすために差配することができるお方だ」
その声に恨みつらみといったものは感じられない。
「待機組に指定されているのも、ベサニール様がお前に何かを見出されたのだろう。
それが私には何かはまでは」
彼が言い掛けたところで
「おい、ここにマーグラムってやつはいるか?」
賊が声を掛けてきた。
「ああ。オレだけど」
「客が来ているぞ。パレード前の件について、だそうだ」
「すぐに行くよ」
「そういうわけだ。それじゃあスト兄」
「だからスト兄じゃあないと」
「ははは。自覚してないと思うが、アンタにゃもう一個才能があるぜ」
「なんだ」
「人に好かれる才能があるようだ。とくに賊相手に。賊がカシラや腕力で勝っている相手以外に『兄』なんて敬称付けて扱うのなんて継暦で見たってそうそうお目にかかれやしないと思うぜ」
「賊たらし、か? まったく……表沙汰にできん誉れだな」
ああ、表沙汰にはできなくとも、誉れとは思えるんだな。
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外に行くとそこには、以前も見た人物が立っていた。
「セスターさん……だったか」
「はい。マーグラム殿」
「あんときはそっちのやりたいことを挫いちまったからな。お礼代わりのものを持ってきた」
「それは──いえ、私よりもカグナット様に渡していただくべきでしょうな」
「案内してくれるのかい」
「あの方はどうにも、貴方に思うところがあるようですから」
思うところがどこなのか、オレにはわかりようもない。
ただ、それをセスターから聞くのも違う気がした。
ともかく、オレはセスターに連れられて大通りからは外れた家屋へと案内されることになる。
道中はセスターだけがオレを先導している。いや、もしかしたなら見えないところでセスターの護衛をしているものもいるかもしれないが、害を与えるようなことをしないのなら関係もなかろう。
「なあ、セスターさん」
「なんでしょうか」
「カグナットはなんで危険なことをしてまで街を取り返したいんだ?
挑発とかそういうわけじゃないんだがよ、街を見てきて思ったのさ。正規の騎士と賊の群れ。それに対してゲリラだけじゃ戦力差ってのがあるだろ」
「そうですな。かつてルルシエットを賑わせていた一流の冒険者たちも別件で忙しくしているか、失陥する頃に命を落としてしまったか。そうなれば正規の騎士を打ち倒せるものはそう多くはありません」
「なのに、やめるわけでもねえ。止めるわけでもねえ。そいつがどうにも不思議なんだ。
オレからするとセスターさん。アンタは随分と理性的な御仁のように見える。そんなお人なら全力で止めそうなもんだって思えてさ」
「実際、そうするべきなのでしょうな。ですが」
セスターは足を止める。
「カグナット様はこの街を愛しておられる。
お父上が守っていた都市を、自分が育ったこの都市を。ですが……彼女が本当に為したいことはそれとは関係のないこと」
「名誉だとか将来のためなんて考えるタイプには見えないが」
「ええ。あの方の目的は復讐です。当人から聞いたわけではありませんが」
「話の流れだと父上が殺されたとか?」
「いえ、あの方のお父上は都市が奪われる以前にこの世を去られている。彼女が思うのはお父上ではなく、一人の冒険者です。とある少年冒険者。その死があの方の復讐の原動力になっている」
都市ルルシエットがビウモードに占領される以前、冒険者たちにとって過ごしやすい都市であったここには多くの冒険者が流れてきたそうだ。
出自定かならぬものであったり、出自低俗なるものも多くいたが、その少年冒険者の出自はより異質だった。元賊であり、戦いの中で仲間の賊を裏切って冒険者ギルドの関係者を助けたという。
そこから冒険者になる資格を与えられて幾つかの仕事をこなしたらしい。
『幾つかの仕事』の中でカグナットはその少年冒険者と出会ったのだとか。依頼で命を救われたそうで、確かにそれは劇的なものだったのだろう。
「命を救われたことから、その少年に想いを寄せつつあったのでしょうな。
カグナット様は冒険者ではありませんでしたが、別の道からその少年の冒険を手助けしたいとも考えていたそうです」
「けど、その手助けをする前に──」
「少年はビウモード軍強襲の中で命を落とした。そうして、あの方は」
自らの復讐心と、彼女を旗印にしたい人間たちとの考えが合致して今に至る……ってわけだ。
なるほど。そりゃあ多少の無茶をしてでもビウモードの連中に痛い目を合わせたいと思うわけだ。
「オレが渡すものはもしかしたなら、カグナットを更に復讐に追い立てる材料になり得るのかもしれん」
「ここで踵を返すのであれば、会えなかったことにいたしますよ」
「それもありかもしれねえ」
「でも、オレの一存で彼女の復讐心に水を差すのも違う気がしているんだよな。もっと言えば、オレが他人から託された手帳をなかったことにするってのも、な」
「マーグラム殿の判断に口を挟みはしません。ですが」
オレはボセッズを思い出していた。
あれほどの実力者で、あんな風に他人と話せる男ですら復讐のために身を焦がしていた。
そして、オレも自分で言ったとおりだ。復讐ってのは何も生まないかもしれないが少なくともスッキリできる。区切りになるってのは、どうしたって重要なことだ。それが暴力的で非生産的なことであったとしても。
所詮は賊の精神構造だと笑ってくれ。
「願わくば、彼女のお力になっていただきたいと思います」
「賊如きのオレにできることがあるかあ?」
「賊だから、ですよ」
少年冒険者は賊上がりだったか。
その程度の共通点でも、カグナットを慰撫する何かを得られるかもしれない。その何かってのはオレにはわからんが、当人なりセスターなりがオレから見出すものがあるのかもしれない。
セスターはそれからを語らず、あらためて歩き始める。
オレもこれ以上語ることも、知りたいことも見つからずにその背を追った。
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カグナット。
行商人から識字商いまで、本来商人が足を運ばないような旨味のない田舎に足を向ける少女。
彼女の生まれは恵まれたものだった。
冒険者に手厚いことから発展したルルシエット冒険者ギルドの長であった人物を父に持つ。
母は産後の肥立ちが悪く命を落としたが故に父は全身全霊で愛を注いでくれた。
しかし、その父もまた彼女が独り立ちする頃に『責任は果たした』と言わんばかりに倒れ、帰らぬ人となってしまう。
持って生まれた素質に、おそらくは高かったであろう教育水準によって、彼女は行動力や人的魅力を備えた。まさしくリーダーの素質を豊富に備えた少女となったのだ。将来は彼のあとを継ぐなり、同じようなポジションを期待されていたかもしれない。
しかし、彼女が求めたのは父の後を継ぐことではなく、そうした自らの能力であればこそ助けられる人々への奉仕とも言えるものだった。
草の根的ともいえる行商活動は行政の手が届かないところへと向かうことは一種の救い主のようなものであり、
彼女はルルシエットに育まれたという自負があるからこそ常に「感謝はルルシエットに」と都市と伯爵へ感謝をするものであり、自分には健康で生きている姿を見せてくれるだけでよいとしていた。
彼女がいなくては困る人間が多くいるのは確かではあるが、少女一人が歩むにはこの大地は賊が多すぎる。
護衛を雇っていては持ち前のフットワークの軽さを活かせないということもあり、単独での行動は珍しくなかった。
それでも彼女のことを気に掛ける冒険者ギルドは秘密裏であったり、公然であったり、状況によって護衛を付けていた。
自身の活動力に巻き込むのをよしとしないのは彼女の未成熟さによる意識だろう。彼女を失うことのほうが問題が大きいということを当時の彼女は考えもしなかったのだ。
彼女が襲われたのはそうした自他との意識差で生み出された状況ともいえる。
賊に襲われ、そこに一人の少年冒険者が救いに現れた。彼に助けられてようやく彼女も自分の未熟さと迷惑をかけてしまっていたことを反省する。
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ルルシエット冒険者ギルド。
少年冒険者がギネセスと共に出立したすぐ後。
ギルドの会議室に彼女はいた。
「今まで召喚に応じなかったことを謝罪させてください」
カグナットはこうべを垂れて謝意を示す。
会議に列席しているのはルルシエット冒険者ギルドの管理や運営に携わるものたち、そして一部の有力な冒険者がいた。
その誰もが彼女の今までの行動を知っているからこそ、謝罪される謂れなどないと困る様子を見せた。
なにせギルドでも扱いに困る僻地への輸送などを自主的に実行してくれていたこともまた実際の彼女の功績であったからだ。
「この集まりに来てくださったということは」
取りまとめ役のセスターが口にした『この集まり』とは、季節ごとに行われる運営体制のチェックや立場の再編などを行う場所である。一部の冒険者は権力が凝り固まらないように第三者的な意見を申す立場にある。
「ウチにもギルドのお仕事を手伝うことはできないでしょうか」
しつこいと思われようとも彼らはカグナットに対して何度も招待の手紙を送っていた。いずれも丁寧な返信の手紙と共に断られてきた。
それがついに、彼女が自ら足を運び、協力の申し出を受けてくれたのだ。
一同がおお、と声を上げる。
職員たちは彼女の功績や、彼女の父親の再来を期待して。
また別の職員は彼女がルルシエット伯爵の覚えがよく、商業系のギルドや穏健派の宗教団体に対して太いパイプを持つことに。
冒険者たちはカグナットのこれまでの仕事が冒険者として評価されるべきものであり、そうした人物が家族同然となることを喜んだからだ。
「では、セスター殿」
「ああ。そうだな、新たな仲間となってくださったカグナット様を加えての会議を始めよう。
まずは衛星都市ペンシク方面の寒村についての救済策だが──」
会議は始まる。幾つもの案が出たが、特に参考、採用されたのは当日から入ったカグナットのもので、意見を提案し会議が終わってからの彼女の動きは早く鋭かった。
ルルシエットはこのあたりの爵位たちが持つ領の中では最大の版図を持っている。
現在のルルシエット伯爵の手によって衛星都市が作り出されているのもあって、貧困にあえぐ人々をすくい上げる方策はうまくいっている。
だが、それも完璧ではない。
今までは取りこぼしをカグナットが個人が可能な範囲でフォローしていた。彼女の活動の中で得た気付きなどをまとめ、伯爵へと提言する。彼女個人ではなく冒険者ギルドのものとなれば、伯爵の周りにいる内政担当の人間も受け入れやすかったのだろう。
冒険者たちにも依頼を出した。寒村などでは未だ凶暴な獣や小鬼などの被害で少なくない被害を出し続けている。ただ、そうした場所はそもそも都市にまで行く体力も、仮にいったとしても報酬を支払えるだけの能力がない。
カグナットはその辺りの報酬を建て替える形で依頼を出している。それがただの慈善事業であれば長続きもしないだろうが、彼女にはそこから回収する計画もあった。ルルシエットに善き兆しが瞬き始めた頃、それは起こってしまった。
ビウモード伯爵軍による、ルルシエット強襲。
混乱する市内を取りまとめていたカグナットが知るのはビウモードの占領はそれほど手荒ではなかったということだけだった。
顔の知れたカグナットが協力したならばその後の統治も捗ったことだろう。実際、カグナットもこうなってしまえばビウモードに手を貸すことも仕方ないかとも思っていた。
戦いで命を落とした被害者たちの亡骸。それらが並ぶ中で見知った顔がなければ。
少年冒険者の傍らで呆然と座り込むカグナットが次に気が付いたのはセスターに肩を叩かれてからだった。
その後の彼女は冷静だった。
極めて理知的に都市の中にいるゲリラ化した冒険者や元冒険者などを取りまとめ、短絡的ではなく効率的に占領された故郷を取り戻すための行動を取る。
セスターは知っていた。彼女はただ冷静だったのではない。かつて自らを助けた少年、それを殺したものへの怒りが冷徹な刃に育っていることを。
ただ、冷たく研いでいたはずの復讐心は過火波となっていたグラムや、マーグラムの説得によりかすかに熱を持ちつつあることにも彼女は気が付きはじめている。
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カグナットのもとに案内されるオレだ。そうして連れてこられた場所は代官の命を狙うものが潜伏しているとは思わなさそうなところだった。
普通のご家庭がありそうな、というか、今もそうしたご家庭が生活を営んでいそうなくらいの生々しさがある、街中の一般家屋。
潜伏といえば湿っぽい洞窟だの廃墟だのなんて考えをするのは賊根性が染み付いている証拠かもしれない。
リビングで待っていたのはベサニールのお望みに叶うであろう、手帳を渡す相手。カグナットだった。
あのときのような必死の形相を押し隠したものではないことには少し安心できる。
「先日ぶりですね、マーグラムさん」
「ああ。変わりないようで安心したよ。っと……。ゆっくりと挨拶してからお茶でもしようかって間柄でもないよな」
「お茶をするならそれでも構わないのですが、でも」
「ああ。渡したいものがあってね」
そうして懐から取り出したのはベサニールから預けられた手帳。
「それは?」
「代官から預かったもんだ」
「代官……ベサニールから?」
予想外の相手からの代物だったからか、その場にいるカグナットとセスターは顔を向け合う。
「オレも深い間柄ってわけじゃない」
立場の表明ってのは難しいよな。『風見鶏をしております!』ってほうがまだしもわかりやすい。しかしオレは風見鶏ですらない。吹かれる風に押されているだけの転がり草だ。
「正直なところ、オレは明確に誰かの味方ってわけじゃない。ただ、一度縁を持っちまった相手を見殺しにすることも、見なかったことにして別の場所に旅に出るのも、ましてや賊になりなおすなんてことも性に合ってないってだけなんだ」
何を言っているのかと思われてそうだから続けよう。
「ベサニールはこの手帳を『この都市を解放し得る存在』に渡せって言っていた」
細かい文言は違うが大差もあるまい。
「ウチはその人物に該当するのですか?」
「少なくとも、オレの観測範囲じゃそうだな」
「パレードのときに無駄死にしかけたというのに」
「その無茶な計画に乗ってくれる連中が大勢いるってだけで資格アリだとオレは思うけどな」
それに、とオレは言葉を加える。
「ベサニールからは嘘をついている感じはなかった。騙しているって雰囲気もな。そういうのには敏いつもりだ。賊なんでね。
ただ、信じるに確たる理由もないし、何の益体もない手帳である可能性もある。
その辺りはカグナットが判断してくれ」
そういってオレは手帳を机に置いて、彼女がいる方へと滑らせる。
「オレの用件は以上だが──」
「お帰りになられる前に、お茶の一杯くらいは淹れさせてください」
であれば、ありがたくいただく。仕事にあぶれて賊に転びなおすなり、命尽きて賊に立ち戻るなり、お茶をゆっくりと飲めるチャンスってのはそう多くはないだろうから。
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カグナット手ずから淹れてくれた茶に口をつける。
一方のカグナットはお茶を提供してくれたあとに手帳に目を通しはじめたが、どんどんと表情が険しいものになる。
一通り読み終わってから、何度かページをめくり直して、ようやく手帳を閉じる。
「どうだったよ」
「マーグラムさんは中身は?」
「いいや。渡そうと思っていた相手より先に見るのはどうにも不義理な感じがしてね」
「そう、ですか」
安堵のような、あるいは恨めしげなものか、判断がつかない表情と視線をこちらに向ける。
よほど込み入った内容だったのだろう。
「正直な話を言えば、渡す相手を間違っていたかと思います」
「そりゃあ──」
すまんと言おうとするのを遮るように彼女は続けた。
「もっと言うなら、この都市の誰であろうとも渡す相手には適していないでしょう」
「ベサニールの手料理レシピだとかってわけじゃあないってことか」
「であれば、マーグラムさんがお越しになられていたレストランが的確だったでしょうね。渡せば彼の御用達になってくれたかもしれませんし、儲けも少しは上がったかも。
けれど、そうではありませんでした」
再び開いた手帳に視線を落としながら、彼女は続ける。
「これを受け取って、最も効果的な相手が誰かは知っています。そして、ウチであればその相手に渡すことも。
それで言えば、渡りを付ける相手としてウチはこれ以上ない人間だったかもしれません」
「その相手ってのは」
「ルルシエット伯爵、その人です」
ただ、と少し表情と声を濁らせるカグナット。
「伯爵は現在、どこにいるかわからなくて」
「都市に寄せてきている軍を率いているんじゃあないのか?」
ふるふると顔を横に振る。
「あの方はあの方なりにこの戦いを終わらせるための手段を探しています。問題は、その手段探しが……」
言葉を詰まらせてから、
「マーグラムさん。依頼を受けてはくれませんか?」
「賊程度でやれることなら」
「依頼内容は護衛です」
「護衛?」
「伯爵を探すウチの旅に付いてきてほしいんです」
「……それは、」
オレの信条はきっと周回を超えたって変わらない。
そいつは、世話を焼いちまったらとことんまで。
復活でどうしようもない場所まで飛ばされたなら別として、
こうして眼の前で何度も関わっちまった少女がオレを必要としている。つまり、世話を焼いてやれるってことだ。
信条を捨てることなんてできやしない。
「へっぽこな賊なんだ、オレは。過度な期待はやめてくれよ?」
彼女は手を差し伸べる。
「それでもウチよりはへっぽこじゃあないでしょう?
でも、可能な限り安全な道を通りましょうね」
オレは彼女の手を握り返す。
こうして、やるべきことが一つ定まった。旅だ。歩んだ先にあるものがいつもどおりのオレの死か、それともさらなる明日が待っているのか。
それはまだわからない。
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※次回更新は12月後半からの予定となります。間が空いてしまいますが、またお付き合いいただければとっても嬉しいです。




