169_継暦141年_秋/03
よっす。
デートするなら美人としてえもんだなって愚痴を吐きたいオレだぜ。
そんなこと言える相手もいないけどな。
だが、状況だけ考えれば悪いことじゃない。この都市の情報を知ることはオレの生き方にも影響が出るってことだ。せっかく死んで生きて死ぬ命なら、せめて納得のある歩き方をしたいからな。それが贅沢だってのも含めて。
その贅沢のために動くってのもまあ、目的としちゃ悪くないだろ?
眼前にそびえるルルシエット城を前にしながら、心中でそんな風に呟く。
さて、この先にオレの求める贅沢はあるかね。
「ベサニール様に呼ばれてきたんだけどよ。あー……マーグラムってケチな賊上がりだ。ベサニール様にゃ『兜の男』っていや通じると思うんだが」
「ここでしばし待たれよ」
「あいよ」
見張りはかなりの数がいる。一人減ったところで防衛には問題のない雰囲気。
「賊上がりか」
兵士の一人が声をかけてきた。
「上がり……っつうかね。へへへ、わかるだろ」
「ベサニール閣下が集めた連中の一人だろう。それくらいは知ってるさ。……で、どうなんだ」
「どう、って?」
「賊ってのは稼げるのか?」
そういう話か。
「おすすめしないね」
「だが、自由なんだろ?」
「自由なのとできることがたくさんあるのは違うのさ。まず都市に入れねえ。補給できないってことだ。一応抜け道的なところもないわけじゃないが」
「抜け道?」
興味津々といった感じの兵士だ。
賊が自由なんてのは夢物語ってことを現実と共に教えてやるとしよう。
「忘れ蔵って呼ばれてるよろしくないスジの商人がいんだ。そいつらとやり取りする。買い取りレートはひどいもんだぜ」
「足元見られるってわけか」
「それになにより寝床と住処だ。大した寝具がねえから体中痛えし、あと死ぬほどくっせえんだ。何日も洗ってない野郎のニオイがたっぷり。思い出しただけで……」
オエッ、とえづくマネをする。
「悪い悪い、思い出させちまったか」
「はあ……で、賊の話なんざ聞いてどうするつもりだったんだ」
兵士は周りを見渡してから、声のトーンを落とす。
「そろそろヤバそうでよ、この都市も」
「ヤバい?」
「戦線はまあ、悪くはなさそうだけど……まあでも時間の問題でもある。ベサニール様の采配は時々めちゃくちゃらしいんだ。なんか、勝つ気がないのかって思えるようなことをやったり。それでも時々大勝ち拾ったりするから、これがわかんねえ。
でも、大勝ちの割合と敗北を比べると──」
兵士がそこまで話した辺りで、
「おい、『兜』! お召しだ! 中に入れ!」
お呼びが掛かった。
「あいよ」
出てきた兵士がそのまま中に案内してくれるらしい。
オレは去り際に話しかけてきた兵士に対して、
「兄弟、悪いことは言わないから冒険者にでもなれ。そっちのほうが夢も希望もあるぜ」
「参考になったよ、『兜』」
賊なんざ勝手に増えるんだ。あの兵士がわざわざ志すようなもんでもない。
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ビウモード城の過日なんてのは賊でしかないオレが知るよしもないが、おそらくは『こう』ではなかったのだろうなとも思う。
『こう』ってのは兵士と文官らしい人間たちが入り乱れて仕事をしている。
規律や秩序といったものは相当に希薄だ。
「報告のあったエリアでまた戦いらしいぞ」
「ベサニール様の予想よりも早いな……倉庫の戦術家をこっちに戻すか?」
「代わりの人員はどっから出すんだ」
「文官なら誰でもいいというわけでもないだろ、賊みたいな危ない連中をうまく扱える奴は──」
などといった具合である。
誰も彼もが自らの命を守るために必死、そんな顔だ。
人の顔色を伺って生きてきた賊だからこそわかるんだよな、そういうのがさあ。
階段を登り、執務室と書かれた部屋の前に着くと兵士は去っていく。
「いつでも入りたまえ」
「お邪魔しまさあ」
身ぎれいにしたベサニール。戦場で見たときの印象と異なる点はない。
改めて観察すると貴族のボンボン風かと思ったが、油断のない顔つきをしていた。
「途中で終わってしまった会話の続きをしようと思ってね」
「律儀ですなあ、代官様は」
「趣味の時間みたいなものさ」
肉体が変わったってことは声も変わったってことなんだが、そのあたりは気にしていないらしい。自分じゃ気が付けないが声は似たりよったりだったのかもしれないし、戦場と街では聞こえ方が違うとかそういうもんかもしれない。
だが、下手に勘ぐられても面倒だしこちらから同一人物ですよってサインは送っておくか。
「確か、賊を招き入れたのはどうしてか、その話の続きをしようと思ったところでしたよね」
「ああ。そうだ」
といった感じであの場でした話を出しておけば多少なりとも同一人物感を出せるのではないか。あの場でそれなりに人数がいたから効果がてきめんとも思っちゃいないが。
「実際、どうなんですかね。あの場にいた連中はオレ以外全滅って具合でしたけど」
「意味があるかどうか、ということかな? であればあったと断言できる」
「断言ですかい。で、その意味ってのは戦術的に、ってことじゃないんでしょ」
「含みがある聞き方だな。……名は、確かマーグラムだったか」
名前に対しては首肯して。
「賊を使い、生き延びたら手厚くする。金を相当かけて」
「当然のことだろう。命を使ってまで都市を守ってくれたのだから」
「その一方で戦術家を本分から外してたりもして」
「経験から荒くれものたちへの対応ができる人員は限られているためだ」
「で、結果としてはどうです。街中じゃあ戦下手なんて呼ばれる程度には押し込まれているんじゃあないですか」
「代官相手に随分と恐れ知らずの発言を続ける」
「ろくでなしの賊と会話をしようってんだ、こういう口を叩かれるのも代官様の趣味の範囲なんじゃないですか」
虚勢です。
殺されたっていいぜといつも言っているが、ここまでいい感じに生き延びているのならヘタを踏みたくない。
だが、この機会でなければ得られないこともありそうだ。
それに、虚勢ではあるが本音でもある。
ベサニールという男の奇妙な立ち回りに興味があった。それを知りたい。好奇心は賊を殺すだろうか。
「面白い賊だ。これが罪を問うような場であれば」
「証拠だのなんだがのが必要でしょうな」
「だが、そういうわけでもない」
「あくまで好奇心から出てるものですからね」
ベサニールが薄く笑う。
「君の推理は、ああ、そうとも。正鵠を射ている」
「目的はルルシエット伯爵に都市を奪還させるためなんですかい」
「それは一部的な情報だな」
「一部的……。ってことは」
「好奇心でここまで乗り込んできたんだ、もう少しその感情に踊らされてみる気はないかな」
彼は執務用の机へと向かい、引き出しから手帳を取り出す。
「依頼を受けてみる気は?」
「内容次第、といいたいところですが、断ることはないでしょうな。目的を与えられたらまっしぐらってのは自分でも変えようがないところだから」
それを聞いた代官殿はオレに手帳を投げてよこす。
「機転も利く。生き延びる悪運も強い。好奇心に嘘はつけない。その辺りを加味した。
その手帳を渡してもらいたい人間も探せるはずだ」
「それは誰です」
「マーグラムが考える、この都市をビウモードから解放するのにもっとも効力がありそうな人物。できればこの都市内で探してほしい。報酬は」
「この件に対しての好奇心を満たす、ってところですかね」
「そういうことになる」
「承りました」
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といった感じで、オレは城から出された。
部屋から出ると政務官らしき男が『足代に』と金子をくれた。
半年くらいメシと酒付きで宿で暮らせる程度の金額だ。気前がいい。
報酬はいらないといったつもりだったけど、もらえるものはありがたく。
手帳を今開けば好奇心は満たされるのかもしれないが、どんなまじないがかけられているかもわからない。開いた瞬間に『お前にその資格なし』とかいって塗りつぶされる……。
そんなもん聞いたことはないが、恐れる分には勝手だろう。
それに、オレが後々とっ捕まって、そんで手帳の中身をゲロらされたりしてもな。
拷問で耐えられる自信なんてないぜ。
さーって。
ここから、どう動いたもんか。
……ひとまずは冒険者ギルドか?
いや、もっと良さげな場所がある。
店をハシゴすることになるかもしれない、しかしそれに対しては代官殿の心付けが頼もしい。
まず探すべきはウェイトレス。勿論、ロングスカートのな。いやいや、趣味ってだけじゃない。実益も兼ねてる。ホントだって。
一軒目。
エールがうまい。荒くれ者が客層のメインだからか、フロアで働いているのも元冒険者だと言われても驚かない屈強な人々。纏っている服装も好き好きって感じだ。
ここじゃあない。ごちそうさまでした。
退店。
二軒目。
入った時点で店内が暗い。ときどき嬌声が聞こえる。うん、求めてる方向の店じゃない。
退店。
三軒目。
冒険者ギルドと繋がりがあるという話を聞いた。かなりデカい。客層も鍛えていそうな連中が多いが、スジの悪そうなのはいなさそうだ。
フロアも普通の給仕。制服もあるが、デザインが違う。酒以外にもメシもうまい。特にトリ。甘辛く煮たソースを纏って出てきた奴。名前は知らないが味覚がマウントポジションでボッコにされたと思うくらいうまい。これが噂の『あまじょっぱ』ってやつか。
満腹。ごちそうさまでした。
退店。
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なかなか見つからない。胃袋にも限界があるので日を分けての捜索。
合間合間に都市への攻撃に対しての情報を休憩所などで聞いたりしているが、一旦小康状態ってところのようだった。
今日明日にどうにかなるってワケでもない。探している相手が見つからないってんなら別の道を探すのも猶予を考えてもアリかもだが、一度始めたことってのは続けたくなっちまうのが人情ってもんだよな。
『アタリが出るまで引く。それが成功の秘訣』なんてことをどこぞの魔術士が言っていた、そんな記憶がある。きっといつかのオレの記憶なのだろう。
四軒目。
入る前にドレスコードで弾かれる。ちらりと見えた店内も探しているような感じではなかった。
退店。
五軒目。
入ったカフェの店員がかなり近い給仕服を纏っていた。
他に似たデザインのものを使っている店舗はないかと聞いてみると、一つの店舗を教えてくれた。経営している人物が同じなのだとか。
飲食代とは別に情報量も包ませていただく。
退店。ちなみに果実のケーキが絶品だったので落ち着ける状況まで生きていたら再来店したい。
六軒目。
カフェで聞いた通り。
窓から見ても探していた給仕服を纏っているウェイトレスたちが働いている。
よーし、あとは目的の人物を探せば──。
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「おーッい! 頼んでたものと違うのが来たんだけどよおーッ!!」
下品な声が響く。
「こっちもだ。しかもヌルいもんを出すなんてどういうことだあ?」
続いてもう一つ。
そうした声がいくつも上がる。
見ればわかる。賊だ。大部分の賊が休憩所で大人しくしているが、全ての賊がそんなふうに従うようならこの地は平和だ。
理由なき蛮行を好むからこその賊ってのを魂の形にしているやつもいる。しかも、少なからず。
「お、おやめください!」
ウェイトレスの一人がその理由なき蛮行に立ち向かう。
それはオレが探していた、以前の命で遭遇したあの人物だった。
こうしちゃいられない。
オレも店内に急ぐ。
「なんだあ? 迷惑料はお前の体で払ってくれるのか?」
「げへへっ、スカートの長さがちょうどいいぜえ!」
趣味が合うねえ。
ただ、このナンパのやり方は好きじゃない。
「ほ、他のお客様のご迷惑になります」
「他の客ぅ? 全員黙って下を向いてるじゃねえか。ぜーんぜん迷惑してるようには見えねえな。……迷惑じゃねえよ、なあッ!!」
そこらの机を蹴り、恫喝。それに抗えるものは一人とていない。
等級が高い冒険者の一人でも客でいれば止めることができたかもしれないが、今の店内には荒事とは無関係なものしか来店していないようだった。
「すいませーん。一名入れますかね」
そんな状況でオレは空気を無視して入店する。
「あー、空いてる席にご自由に? 了解了解」
そんなこと言われてないが、適当な席に腰掛ける。
この場合の適当は『意味を含めない、目についた場所』というわけではない。
「結構がっつりいきたいんだよな。あ、すんません。注文いいかな」
近くにいる目当てのウェイトレスに声を掛ける。
空気を読むことを知らないオレに対してぎょっとしながらも、顔を向ける。
「この定食と、定食に含まれてるメニューって別々に頼んだら量の違いってあるのかな?」
冊子状になっているメニューを立てるようにして彼女に問う。
状況を破綻させられた賊はそんな状況にようやく己がなすべきこと、つまりは怒りをオレに向けるって動作をしはじめる。
「何考えてやがるドサンピンッ!!」
その言葉が言い終えるかどうかでオレはメニューを払い除けながら、手に持っていた食器を投げつけた。
《投擲》の技巧。オレに馴染んだこいつであれば食器を投げるのだって大振りなピッチフォームはいらない。最低限の威力でいいなら手首のスナップだけで十分な速度を与えられる。
食器は腰から武器を下げるためのベルトを裂くようにしてかすめて飛ぶ。
がしゃんと音を立てて武器ごとベルトが落ちた。
「な……っ」
こういう活躍をするのは意外って言いたいか?
自分より格下の相手にべらぼうに強いのが賊ってもんなのさ。
「折角ウェイトレスが可愛い店に来てるんだ、穏便に行こうや。
もう帰るってなら代金はオレが持ってやるからさ」
オレの片手にはまだいくらかの食器が残っている。それを見せると賊たちはしぶしぶといった感じで去っていった。
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久しぶりに平和な営業だと思っていた。
けれど、やっぱり平和ではいられない。今の都市ルルシエットでは平和や安寧といったものは高額だ。庶民の手には届かない。
「なんだあ? 迷惑料はお前の体で払ってくれるのか?」
「げへへっ、スカートの長さがちょうどいいぜえ!」
そのように騒ぐ賊の男たち。
「ほ、他のお客様のご迷惑になります」
私の言葉に賊は周りを見渡すようにしてから、
「他の客ぅ? 全員黙って下を向いてるじゃねえか。ぜーんぜん迷惑してるようには見えねえな。……迷惑じゃねえよ、なあッ!!」
そこらの机を蹴り、恫喝。それに抗えるものは一人とていない。
仕方ない。誰しも暴力は怖い。私だって……恐ろしい。
そんなときに、
「すいませーん。一名入れますかね」
呑気な声が響いた。
「あー、空いてる席にご自由に? 了解了解」
私をはじめとして、店員の誰も答えを返していない。
それでも彼はまるで応対されたようにして席に腰掛けた。
──まだ清掃されていない席に。
「結構がっつりいきたいんだよな。あ、すんません。注文いいかな」
そう言いながら彼はメニューを開くと同時に机の上に転がっている食器を握り込みつつ、私に声を掛けてきた。
「この定食と、定食に含まれてるメニューって別々に頼んだら量の違いってあるのかな?」
冊子状になっているメニューを私に見せるように、なんとも言えない質問を投げかける。
しかしそれが彼のしたいことではないのは理解した。彼はメニューで視線を切って、手元にある食器を隠したいのだろう。
「何考えてやがるドサンピンッ!!」
あとは、語るまでもないこと。
彼は見事な手並みで食器で賊を無力化し、逃げ道を与えた。
冒険者というには賊といった見た目の彼だったが、乱暴な態度のものたちとはまるで違った。
いそいそと逃げ帰る賊たち。おそらくはもう来店はしないとは思うが、万が一復讐に来られても困るのでそのあたりは冒険者ギルドと相談をしよう。
あるいは、カグナット様に。
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