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百 万 回 は 死 ん だ ザ コ  作者: yononaka
歩廊:残影群舞

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159/201

159_継暦141年_秋/00

 よっす。

 ディカを取り戻すために殴り込みに行くオレだぜ。


「勢いに任せること自体は妾も嫌いではない。嫌いではないが、本当によいのだな」


 最後の警告と言わんばかりに、レティが云う。


「一党の仲間を見捨ててのんべんだらりと過ごせるほど肝は太くない」


 その言葉に「であろうな」と頷く。オレの言葉はわかっていたことなのだろう。


「ヤルバ、おぬしはどうだ」


 レティにとっての本題は彼だった。

 偶然戦いを共にして、そこから仲間として行動しはじめた。

 とてもではないが、ヤルバにはオレらと一緒に向かう義理はないように彼女は思っているわけだ。


「……兄かもしれないですから、自分は」


 ヤルバの笑みは言葉とは裏腹に諧謔さの一切ないものだ。


「記憶がないというのはこうも……。勢いだけでないことはわかった」


 そうした意思を尊重しないレティではない。

 頷くにとどまりそれ以上の言葉はない。何を言ってもその覚悟を汚すような気がしたのだろう。


「レティこそいいのか?」

「妾には己に定めている戒律(ルール)があるのでな」

戒律(ルール)?」


 ふん、と鼻を鳴らして笑う。


「誰であろうと妾をコケにしたものは絶対に殺す。そう決めている。奴ら、こんなに美しく可憐な妾を一緒に攫っていかなかったのだ。コケにしているとしかいいようがあるまい」


 彼女の笑みは真面目な返答をしたヤルバの分まで諧謔味を上乗せしたようなものだった。

 まったく、冗談めかした奴だ。まあ、いくらかの真実は混じっていそうだが、彼女は殴り込みに行くオレたちに付き合うつもりなのだろう。


 もしも日和って攻めることをしないようであれば、彼女はどう動いたのだろうか。

 一人で助けに行ったのか、それとも冒険者なんてこんなものかと失望してどこかへと一人旅だったのだろうか。

 知るよしもない。少なくとも彼女に失望されるのは死ぬよりも辛い。……まあ、オレにとっちゃ死ぬより辛いことなんてたくさんあるんだが。


 ともかく、オレたちは領主の館へと進む。


 正面から堂々と、というのは流石にリスキーであると思う程度には冷静ではあった。


 広い領主邸だ。しかしそこかしこに修繕は行き届いておらず、邸の警備を出し抜くための部分を見つけるのにそう苦労はしなかった。

 中に入る前に軽く周辺と邸内は覗き見ることができた。


「上に向かおうとする道は全て厳重な警備であるが、それを意味するのは──」

「領主か、同等に重要な人物がそこにいるんでしょうね」

「隠れながら探すか、領主かその何者かを脅してしまうか、どちらを選ぶかだが」


 二人の視線がオレへと向く。


 何があっても三人なら戦力として打倒できる場面も大きいかもしれないが、領地まるまる一つを相手にするようなことになればおしまいだ。

 であれば、強引に突き進むよりは潜んで進んで目的地へと向かうのが一番だろう。

 だが、ここから確認できるだけでもネズミ一匹通さないという気概は見て取れる。


「囮を頼めるか? 騒ぎを起こしたら、逃げ道が無くなる前に逃げてくれればいい。オレとディカだけならなんとでも逃げることができる」


 であれば、やるべきはそれだろう。


「わかった。どこで落ち合う?」

「東門の辺りで、状況次第ではルルシエットを目指して個々人で、それも難しいならここでお別れとしようか。そのうちどこかの冒険者ギルドで再会しよう」

「大雑把だが、話し合う時間が惜しいのも事実であるからな。よし、妾はそれでよい。ヤルバは」

「自分も、それで問題ないです」

「それじゃ、助けに行くか。仲間を」


 二人は頷く。


 ───────────────────────


 グラムがこそこそと隠れ進むのとは逆の道を進むのはレティとヤルバ。

 出入り口まで戻ると、ヤルバが


「すいません、ここに弟が迷い込んでしまったのですが……」


 心底弱った声でそう声を掛ける。


「あー? ここに? いいや、誰も来てねえよ」

「いえ、絶対に来ています」

「絶対って、言い切れるのかよ」


 その言葉に何か思い当たることがあるのか、門番がにたりと笑う。


「仮に迷い込んだとしても、誰も通すなって命令なんだ。わかってくれよ。明日になれば客も帰るし、厳戒態勢も解けるってもんだ。

 ま、少年が入り込んでるってならもしかしたら『お土産』にされるかもしれんがな。はははっ」

「お土産……?」

「客の趣味がそっちなんだとよ。ま、俺たちゃ噂しかしらんが……。

 ちらっと見た感じじゃあ悪くねえ。お下げ渡しになれば嬉しいんだがな、げへへっ」


 下卑た笑みの横から幾つかの言葉が紡がれるが、門番の笑いがそれを耳に届かせることがなかった。

 風鎚魔術が門番へと叩きつけられる。

「ぎゃっ」と短い悲鳴のあとには何も声を、身じろぎの一つも上げることがなくなる。


「わかりやすく語るに落ちおって」


 その状況に周りにいたデイレフェッチの手下たちが色めき立つ。


「なにしやが──」

「はあッ」


 が、そこから更に機先を制するように一撃を加えるのはヤルバ。

 槌が易易とその下衆の仲間の頭蓋を叩き割る。


 弟かもしれないと言った彼。その言葉は理由付けのためにいった冗談などでない。家族の危機に悪党の命などいくらの価値があろうか。


「下劣な悪党どもッ、仲間を攫い、ここまで連れてきたことはわかっている!

 返してくれるなら、これ以上手荒な真似や騒がせるようなことはしない!」


 ヤルバは自らを知らない。


 ルカルシの忌道によって逆巻いた肉体には記憶までが戻ったわけではない。小箱に封じられただけにすぎないのだ。

 その小箱は本能が必要だと察知したなら少し開いてはその持ち主に知識や経験を返す。


 ヤルバには何故それができるのか、与えられた経験だけではそれを得るに至ったものを判断することはできない。

 だとしても、今そこに考えを向けるいとまはなかった。


「どうするッ! 答えを聞かせろッ」


 この状況で必要であることは彼らがヤルバの要求を飲むとは思っていない。ここで必要なのは声を張り上げ、どれだけ注意と視線を向けてくれるかでしかない。

 それをするためにどのような言葉を選べばいいのか、どのような態度で向かえばいいのか、かつて行動騎士として働いていたヤルバの経験が適切に選ばせていた。


「領主様の屋敷に殴り込みに来て無事に済むと思うな ぐわっ」


 イレギュラーがあったとしたなら、この押し問答の最中に石が飛んできて悪党たちの顔面に叩きつけられたことだ。

 それはグラムの投擲のような確実な殺傷力があるものではない。


 だが、続く言葉をきっかけに声は引くことを知らない波のように叩きつけられる。


「わしの娘も攫われたんじゃ! 返しとくれ、返しとくれえ!」

「昨日から妻が帰ってないのも……お前らなのか!?」

「馬車の待合で仲間が連れて行かれたんだ! ここにいるってのはマジなんだな!」


 言葉だけではない。石やらがらくたやらが投げつけられ、警備が怯む。

 石の一つでは命は奪われなくとも、雨あられと降ってくれば別だ。


「恨みを買いすぎていたか、客のために随分と無茶をしたのか。どうあれこれは好機だな。ここを任せてもよいか?」


 あの命知らずを見てやらねば、とレティは続けた。


「ええ、大丈夫です。グラムさんの背中を守ってください。あの人どうにも自分の命は誰の命より安いなんて思っていそうで」

「まったくの同感だ。では、また後でな」


 ───────────────────────


「……何やら騒がしいようですね」


 スアフが外の騒音に目を向ける。


「このような日に申し訳ない」


 デイレフェッチは表情にこそ出さないものの、三領同盟──つまり、ビウモード、イミュズ、カルカンダリ僻領の三つからなる同盟──への参画がなるかならぬかの状況で騒ぎを起こされた。


 馬鹿な自領の民への怒りで内心では気が狂いそうだった。

 少しばかり女子供を攫っただけで何をいきり立っているのかというのが子爵の内心そのもの。


「部屋を用意いたしますので少しお待ちいただけますか。すぐに鎮めてまいりますので」

「ええ。それを期待します」


 そういって退室するスアフ。

 ドップイネスによって徹底的に仕込まれた礼節と礼儀はその退室するだけの所作ですら美しさを印象付ける。


 だが、それすら、


「ふん、色小姓如きが偉そうな態度を。おい!」


 渦巻く怒りがスアフの態度すらデイレフェッチ子爵の心でうねる憎悪として変換された。


「へい、閣下」

「小うるさいハエを蹴散らしてこい」

「どこまでやっていいんです」

「殺しても構わん。二、三人殺せば散り散りになるだろう」


 殺すならば惨たらしく殺して入口に並べろ、とまで云う。


「今まであれだけ殺しだけは避けていたのに、ですかい」


 日中にどうどうと人間を攫うということも、殺しを許容することを考えていての命令だったのだろうと秘孔使いは納得もする。


「三領同盟に加わることができたなら、今までのように民如きにへつらう必要もなくなる。

 武力で支配することができるだけの力は得られるのだ。夢にまで見た独裁がすぐそこに来ている。

 ここで弱腰な姿勢をあの尻小姓からドップイネス閣下に報告などされてみろ。夢が遠のくではないか」

「では、へへへ。ありがたく好き勝手させてもらいます」


 秘孔使いもまた、こうした『お楽しみ』があたえられるからこそデイレフェッチの如き下衆に喜んで付き従っていた。


 ───────────────────────


 上へ、奥へと向かっているオレだぜ。


 オレの身なりはさておき、顔つきが賊のそれだからか、時折デイレフェッチ領主閣下の手下に遭遇するも、相手は混乱した様子ですごい騒音がするだとか、何があったんだとかを聞いてくるばかり。

 適当な返答をしてやり過ごすことができた。


 そうしてたどり着いたのが邸内最上・最奥の部屋。


 まずは少年が出てきた。彼が去った後、部屋からは声が聞こえてくる。抑えきれない怒りが含まれているようだったが、明確に聞き取れなかった。

 だが、怒っているということは視野狭窄になっているかもしれない。つまり、付け入るチャンスがそこにあるってことでもある。


 外の騒ぎをなんとかしてこいとでも命令されたのか、残っていたうちの一人も出ていった。


 それから半開きの扉から中を見れば、転がされている少女と、あのいけすかない領主がいる。

 少女は綺麗なドレスを着せられている。人材商どもは商品の値段を吊り上げるために時折『包装』などと言ってああして着飾らさせることがあるのを思い出す。

 その包装されたのは誰でもない、ディカだ。つまり、連中はあの子を商品として扱っている。そう思っただけで心の底から怒りがこみ上げてきた。


 こうなりゃもうこの街にはいられない。なんて考えはもう吹っ飛んでいる。

 気を失ったままのディカが何かされたのか、それとも何か薬でも嗅がされたか。

 どうあれオレの仲間に手を出したのは事実。


 オレの命程度、物の価値でもない。だが、仲間は別だ。オレみたいな賊にすら仲間としたってくれる人間をあんな風にして黙っているわけがない。


 怒り心頭となったなら、やるべきはたった一つ。


「オッホエ!」


 扉を開くと同時にナイフを投げつける。


「なんだ!?」


 投擲の技巧から繰り出されるナイフは掛け声と殆ど同時に相手に刺さるかって勢いでかっ飛んでいく。

 だから声に気が付かれて回避されたってわけじゃない。


 デイレフェッチの実力が相応に備えられている証拠だった。人品と実力は関係ないってこったな。

 まあ、その点については賊のオレが言えた立場にはないか。


「貴様……このメス猿の連れか。

 残念だがもうこの猿は私の所有物。取引道具だ。

 背を向けて帰るというなら手荒な真似はしないでやろう、どうす──」

「オッホエ!!」


 オレの怒りに油を注ぐ超能力でも持ってんのか?


 長いお言葉に感謝してちびた包丁を加工したナイフ未満を投げつける。なに、オレの持っている武器じゃあしょぼい短刀もちびた包丁もどっこいの殺傷力だ。


「話の途中だぞ、猿があ!!!」


 流石にそんなものでは殺されたくないとでもいいたいのか、デイレフェッチが剣でそれを弾き返し、鋭い踏み込みからの切り下ろしをお見舞いしてくる。


 後ろへと飛んで逃げようとしたときにその失敗に気がついた。

 切り下ろしではない。オレがバックステップを踏むことを予想していたのだろう。それは切るではなく投げる。


 高速回転した剣がオレの体を大きく切り裂いた。こいつの技は剣士のそれじゃない。殺せればなんでもいいって類の喧嘩殺法だ。相手が領主だからおキレイな武芸しか持っていないとでも思っていたが、それは思い込みってやつだったわけだ。


「猿にできることが私にできないかとでも思っていたのか! 猿が、この猿が!!」

「猿猿うるせえッ!」


 かなり鋭く手入れされていた刃のお陰で深々とオレを切り裂きながらも刃は半ばオレの体から抜けている。

 オレは体を横に振るように回転させ、刃を体から引き落とし、地につく前にそれを蹴飛ばす。


 投擲の技巧がまるまる有効ではないにしても、十分な勢いを以て剣が猿真似領主の頭へと突き立つ。


「猿、猿猿が……があ?」

「掴んで投げ返すのが手じゃなきゃいけねえってルールなんてねえんだよ」


 何が起こったか理解できないのか、言葉を幾つか繰り返して、そのまま倒れる領主。


 切れ味が鋭いお陰でこいつを殺せたが、切れ味の鋭さが確実のオレの命を縮めている。出血が酷い。

 あー。こりゃあ、助からんか。


 外ではヤルバの気合の乗った声が聞こえる。それだけではない。彼の声に乗っかるようにデイレフェッチの住民たちが怒りを上げて領主の騎士を撃退しているようだった。


 邸内の騎士たちはこちらへと向かってきている気配を感じる。

 時間がないのはオレの命ばかりではないようだ。


「ディカ、ディカ。大丈夫か?」

「あ……う、……グラム、さん」

「悪いな、安全に助けるってのはちょっとできなかった」

「助けに来てくださっただけで十分です。でも、安全かどうかっていうのは」


 返答をする暇を惜しむ。これが最期の呼吸であるかもしれない息を吸う。

 オレはディカを抱きかかえるとあの宿とは金のかかり方が違うバルコニーへと向かう。

 眼下に暴れているヤルバが見えた。


「ヤルバ! ディカを頼む!」

「グラムさん、貴方は!?」

「オレは──」


 ああ、くそ。未練だな。

 まだこいつらと一緒に冒険がしたい。

 だが、それは叶わない。


「オレみたいなチンケな冒険者のことは忘れちまえッ!

 ディカを頼んだぞ!!」

「グラムさん!?」


 オレの言葉に動揺するのはヤルバばかりではない。ディカも何故、と言いたげに名を呼ぶ。


「イヤです! グラムさん、貴方も一緒に」

「グラムさんもこちらへ!」


 残り時間は殆ど残っちゃいない。

 ここでオレが合流でもすりゃあ足手まといになった上に彼らの眼の前でくたばることになる。

 そんなことしてみろ。心を傷つけること間違いなし。そんなのは嫌だ。嫌だね。


 『ついていかない、ついていけない』という返答の代わりと言わんばかりにオレはディカをヤルバへと投げ渡す。


 ヤルバがしっかりとディカを抱えた。

 これで一安心だが……くうう。傷に響く。息を吸って吐く度に出血が強くなる。

 倒れる姿を見せるわけには行かない。


「じゃあな」


 それだけ言うとオレはバルコニーから部屋へと戻る。

 ディカとグラムがこちらへと声を掛けてくれているのが聞こえてくるが、オレがくたばる瞬間を見せたいほど悪趣味じゃない。


 デイレフェッチのドタマに突き立った剣を引き抜き、到来するであろうコイツの手下との戦いに備えようとして、たたらを踏む。そしてそのまま尻もちを付いてしまった。

 格好つけてはみたものの、ここまでか。


 正直、座り込むのもツライ。

 領主の手下に見られたら笑われるかもしれないが、まあいいか。転がっちまえ。

 ああ。楽だ。

 しかし、さっき見下ろしたときには──


「……レティは、いなかったが……。うまく逃げてくれるだろうかね」


 思っていることがつい口からこぼれる。ヒビの入った器から漏れる水のようだ。


「妾なら、ここにおる」

「……レティ?」


 首を動かし、視線を声のほうへ。

 そこにはフードを被ったままの少女が立っている。視点の問題か、彼女の桃色の髪が見えた。


「あっさりと死ぬとは。それも他人のためにか。どういう性分なんだ、おぬしは」

「悪いね。オレの命ってのは吹けば飛ぶくらいの価値しかないんだ。だから、こうして少しでも価値を高めないとな……」


 オレの側に腰掛けると、そっと頭を持ち上げると膝へと乗せてくれる。

 幾らか楽になる気がした。


「妾には使ってくれぬのか」

「次があったら、使ってやるさ……」

「……ふん、戯言よ。妾に使うくらいならば長生きするために大切に扱っておくれ」

「ああ、次の機会があるなら、そう願いたいもんだ」


 遺して死ぬってのに、優しい奴だ。


 こんな風に死ぬときに誰かに触れ合えているなんて終わり、珍しいんじゃないのかね。

 悪くない命だった。レティの慈悲のお陰でそう思えた。


 ───────────────────────


 少女は躯相手に膝枕をしている。


 その部屋は静謐に満たされていた。いや、実際には外の騒音が大いに入り込んでいるはずであるが、それでも彼女の佇まいがここを耳が痛くなるほどの静寂が包んでいるように錯覚させた。


「まさかここでお会いできるとは思いませんでした」


 その静寂を破ったのは少年であった。


 スアフ。


 ドップイネスの情人、徒弟、秘書、使者。数多の側面を持つ才人であった。

 片手には槍。その後ろには騎士たちの死体が転がっていた。穂先の血を振って払うと礼を取る。武人としても一級品であることも伺える。


 レティは彼を知っていた。

『自分』を捕らえるに至った道筋を作った存在。それもたった一つの『自分』だけではない。


「『不朽』レティレト様。探しておりました」

「わざわざ眠っていた妾を暴き立て、取るに足らん俗世での手土産にしようとしたことを妾が忘れているとでも思っているのか。『欠片』の記憶も忘れることなどない。それほど不完全ではない」


 振り向くこともなく、冷たい声音でスアフへと言葉を向ける。


 彼女こそ永きを生きる存在に昇華した人間。

 数多の魔術を納め、請願を奪い、忌道を追求した。


 端的に言って、『不朽』とは人の形をした怪物でしかない。彼女は一つの目的を求め、外法を極め、しかしその目的が叶えられることはなかった。

 自らにか、それともその目的が途方もなかったからか、彼女は自らを封印し、眠りについていた。


「ここで貴方様と出会えたことは偶然でしかありません」

「ぬかせ。どこぞで妾の噂を聞きつけて、幾つかの算段を立てていずれかの罠に入り込むようにしていたのであろう」


 それに関しては肯定も否定もスアフはしない。


 ディカを捕らえ、献上したのはデイレフェッチのサービスに過ぎず、その仲間が回収に現れ、レティレトが含まれていたことは完全な偶然。


 ただ、それ以外の場所でレティレトの興味を引き、目立つ行動を喚起させて発見しやすくするような施策は実際にいくつも打っていた。


 例えば《風鎚魔術》の使い手も魔術を学習したがるであろうレティレトへの餌であった。風鎚魔術は威力はさておき、インクの消費量は大きく、習得にも苦労するものであり、彼女がそれを学習して使うようであれば発見は容易になる。


 そのように幾つも罠を仕掛けていたことは事実である以上、否定はできなかった。


「貴方様が自由に地上を闊歩しているということは、管理局の皆様は貴方様を手離したということなのでしょうか」

「管理局如きが妾を好きにできるものかよ。ライネンタートめはどうあれ妾を自由にさせるつもりのようではあったようだがな。それも気に食わない話よな。

 ……だが、それは別に構わぬ」


 ドップイネスの手から逃げたレティレトは同じく捕まっていた男と共に逃走。

 追手を退けた後にキースによって捕縛され、キースはドップイネスのもとに戻るではなく管理局へと彼女を引き渡した。


 必死にレティレトが自らを封印した欠片──つまりはキースが運んだ少女のようなものを集めては献上していたスアフにとって手柄を横取りされたに等しいもので、その情報を受けたときは怒りが湧き上がったものだが、主であるドップイネスは、


『あるべきところにいっただけ。ライネンタート様は……いやさ、ウィミニア様は今回の一件に関して何一つこちらを向かないような薄情な方でも、情報に疎い方でもないのだよ』


 そのように云う。泰然自若としたままだった。


「貴様たちが妾を集めた理由は」

「友好的な方であればお力を、と」


 正しく言えば、スアフが集めたレティレトはぼんやりとした少女に過ぎず、今のように聡明な、あるいは尊大な態度を取るようなものではなかった。

 であればこそ、スアフがいうような『助力を求めたくなるような相手』ではなかった。


「何を得ようとしていたのだ」

「封印を選んだ方が俗世に興味がおありなのですか」

「現在の世にあって己の価値を推し量ることに理由が必要か?」

「下手な嘘は貴方様には似合いませんよ」


 事実、自分の価値を定めるのは常に己自身であると考えているレティレトにとってスアフの返答はある意味でささやかな痛痒を与えるものだった。


「……妾を知らぬであろう童がよく言うものよ」

「そこらのものよりは知っているつもりですよ、だからこそ血眼になってまで探したのですから」


 ただ、彼らが探し、手に入れたレティレトは正気とはいえないものだった。

 そんな彼女ではスアフが、ひいてはドップイネスが求めているものを提供できるわけもない。

 だからこそ、キースが持ち逃げするのを見逃すのも許容した。


「今の妾であれば求めるものがあるということか」

「ありますね。ただ、それを叶えていただけるとは思えませんが」


 スアフの視線は膝枕されているグラムへと注がれる。


 レティを引き寄せる罠が直撃したわけではないにしろ、協力者であるデイレフェッチの行動によって彼女の仲間を殺すことになった。もはや関係修復は難しいだろうことも察している。


 彼女との会話が成り立っているのも、グラムの死によって彼女自身が無気力になっているところが大きい。

 スアフからすればそれは有利な手札の一枚でもある。


「私でできることがありますか」


 少しばかり沈思してから、顔を上げて外を見るようにする。


「妾とグラムの一党仲間、つまりはディカとヤルバにこれ以上手を出さぬなら今回の件で貴様たちを恨むことはない。だが──」

「誓いましょう。あなたと敵対することなど考えたくもない。不朽の二つ名をこちらに向けられるなど、考えるだけで恐ろしくありますから」

「であれば」


 風が吹き込むと、レティレトが被っていたフードがおりる。


「今回の一件は不問としてやろう。だが、次に妾とグラムの邪魔をしてみよ。そのときはどのような事情であろうと一切の斟酌なく惨たらしき死をくれてやる」


 ゆらりと顔を向ける。

 そこには桃色の髪と美しい顔立ちに似つかわしくない、尖った石が額に埋まっていた。

 まるでその姿は


(東方には、鬼と呼ばれる種族がいるのだったか)


 東方から見て西に伝わる鬼の姿は人の血肉と命を喰らい、自分たち以外の存在にまるで価値を持たない恐ろしい存在であると伝えられている。だが、振り返ったレティレトの瞳は、鬼の伝承にある苛烈さのようなものはない。


 自分を何度も商材にした人間に対して憎悪を向けるでもなく、ただ無価値なものを見るそれであった。


 約束を破ったならば、間違いなく斟酌されずに自分は殺されるだろう。そこに説得は有効ではなく、慈悲もまた不在のままであることもわかった。


 不朽のレティレト。


 それが意味するのは命の法則を超えて、死を超克したが故に与えられた二つ名。

 かの如き怪物が明確な敵意が向かぬようにするのは主であるドップイネスのためになるであろうことはよく理解していた。


「去れ。妾はもう少しグラムと共に在りたい。邪魔をするな。そして妾とグラムの、このいっときを邪魔するものあらば貴様の罪とする」

「必ず、この静謐をお守りしましょう」

▼今後の更新予定について

締切間近ということで更新に乱れがございますことをご容赦ください。


9/20

小規模更新+これまでの『歩廊:残影群舞』のマトメ作成


10/25前後~

6日以上の連続更新(したい気持ち)


皆様が読んでくださること、誤字誤用の修正をいただけること、優しいお言葉(げへへ系含む)かけていただくことで作成を続けることができています。

ありがとうございます。

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[一言] げへへっ、よう!兄弟! まぁた忙しくなるみてぇだなぁ!大変だろうが良いことなんだろうなぁ!ベーコンを懐に入れて安全には気をつけろよ!応援してるぜぇ!!(テーブルに肘をついてジョッキに満タンの…
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