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百 万 回 は 死 ん だ ザ コ  作者: yononaka
歩廊:残影群舞

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156/204

156_継暦141年_秋/00

 よっす。

 臨時一党で仕事を受けていたオレだぜ。


 過去形なのは何故かって?


 臨時一党の結成ってのは先日の話。既に彼らと数度依頼をこなしていた。


 基本的には本当に初心者向けの、お使いレベルの仕事が多い。

 ただ、そこは冒険者が必要になるようなもの。つまりは乱世ならではの治安の終わりっぷり。


 お使いの行き帰りのどちらか、あるいはその両方で獣に襲われる。賊に襲われる。その両方が相争っているところに遭遇する。

 そんな具合に戦いになることが殆ど。


 最初こそディカは人間相手には尻込みし、レティの魔術は不発と暴走は多く、オレの投擲のお役立ち度も低かった。

 だが、徐々にこの一党に、冒険者稼業になれていった。


 ディカは怖気づくことなく賊たちと渡り合えるようになったし、

 レティの魔術は正確な発動をするようになった。

 オレの投擲だってそれなりにヘイトコントロール(オレへの引き付け)することができるようになって戦闘中の仕事としてはまあまあの働きをしている。


 そんな感じで依頼の成功は続き、ディカの旅費稼ぎ、レティの魔術習熟、オレの冒険者生活を楽しむことなどは進んでいった。


 各々が求めていた成果は十分集まっただろうってタイミングでオレは切り出すことにした。


「臨時はもう解散でいいか」


 何せ二人ともオレよりよっぽど有望株の新人冒険者だ。


 レティは『暗殺魔術』という物騒な名前の魔術を筆頭に幾つかの魔術を完璧に使いこなしていた。

 今の拠点(ホームタウン)にしているデイレフェッチだけでなく、冒険者が組む一党で魔術士という職能は常に売り手市場だ。


 その上、フードを被っていてもちらりと見える彼女の顔立ちは端正であり、ファンも少なからずいる。

 彼女が一声かければすぐにデイレフェッチでのエースチームが結成されるのではないか。


 ディカはその体からは考えられないくらいの膂力で斧を振り回す。当人は気がついていないが腕力関連の超能力持ちなのではないかとレティと話したこともある。


 そして性格がいい。とにかくいい。太陽のような少年だ。分け隔てなく、理性的で、善性が強く、たとえ騙されてもへこたれない強さもある。

 彼がもっと活躍し、その善性が報われる場所があるはずだ。


 一方のオレといえば石ころを投げるだけ。二人とは格ってもんが違うんだよな。

 だから、解散して彼らには立派な冒険者たちに合流を──


「そうですね! じゃあ三人で一党を申請しましょう!」

「うむ。コンビネーションも仕上がってきたしな。なによりお前たちとの関係は妾としても居心地がよい。ディカの云う通り正式な申請を出すべきであろう」


 違う。そうじゃない。


 しかし、オレはその勢いに水を差すこともできずに一党を正式に立ち上げることになった。


 なので、よっすの後に正しく言うべきは、

 臨時一党で仕事を受けていたオレだが、今は正式な一党として活動するオレだぜ。と、そういうことなのだ。


 ───────────────────────


 デイレフェッチで冒険者たちが愛用する宿は幾つかある。

 オレたちが使っているのは最底辺ではないにしろ、高級とはいえないところだった。

 三階建ての宿は客の収容数としては中々のものだが、少しばかり治安が悪いのもあって部屋の半数以上は空いている有り様である。


 だが、個室があり、手入れが行き届いており、夜に三人が集まって話すことができるバルコニーがあり、そこで何気ない会話をすることが楽しかったからこそオレたちはここを定宿にしていた。


 臨時ではなく、正式な一党になったその夜はささやかながら祝宴を三人で開き、宿に戻った。

 ディカは満腹になったからか、そもそも太陽のような少年であるからこそ夜になれば沈むように眠くなるのか、どうあれ彼は自身の個室で眠りについた。


 夜といってもまだ浅い。

 流石に眠くなるにはまだ早く、この時間から寝ろと云うならそれなり以上の酒量が必要にもなる。

 二階のバルコニーから見える景色は絶景なわけではないが、それだけが価値というわけではない。


「眠れぬのか」


 フードを被った少女魔術士、レティもバルコニーへと現れた。


「流石にディカほど早く眠れやしないんでな」

「妾もだ。むしろ夜こそが妾の領分。急に昼に寝ろと云われる方がまだしも眠れる可能性があるというものよ」


 けらけらと笑う。

 あるいは嗤うとでも表現できるようなものではあったが、声やちらりと見える顔立ちの可憐さが他人にはそのように見せない魅力があった。


「しかし、よかったのか」

「何がだ」

「グラム。貴様は人と馴れ合うのが好きではないように見える。どこか一線を引いているような。

 ああ、ディカのようにあけっぴろげになるのがよいと言いたいわけではない。

 妾もどちらかに区分するのであれば貴様と同じ、線を引く側であろうからな」


 フードの向こう側にある瞳がオレを見やる。


「正式な一党を組もうと言ったとき、断られると思っていた。

 だが、意外にもというべきか、一党になることを認めた。

 あの場で盛り上げたのは妾であるからな。だから改めて聞いているのよ。

 妾たちと一党を組んで本当によかったのか、とな」


 傲慢な口ぶりな癖にこういうところで妙な情を出す。

 それは一党を組む上で逃げなかった理由の一つだ。


「それだよそれ」

「……? どれだ、いや、なんだというべきか」

「案外というかさ、情があるよな」

「誰が。まさか妾がか?」


 頷くと再び彼女はけらけらと笑う。

 まさかこの妾が情け深いとでも、と。


「気にしてくれたんだろう。ノリに合わせたけど嫌じゃないのか、とか。ディカの手前断れなかったのではないかとかさ」

「……まあ、そういう捉え方もあるやもしれんな」


 ふいと視線を外す。

 照れているようだ。オレも人のことは言えないが、好意に気が付かれるとそうなるよな。気が付かれたことも、それを知られていることも嬉しくはあるが対応の仕方はわからない。

 彼女の表情から同類であることは疑いようがない。


「居心地がいいと思ったのはオレもさ。二人と冒険するのは楽しい。

 もう暫くはひたっていたいってのは偽らざる気持ちだよ」

「ならば、そうか、うむ」


 そう幾つか納得するような声を上げ、並べてから。


「ならばよい」


 フードで全ては見えないにしろ、その表情は嬉しそうには見えた。


 ───────────────────────


「東に行くだけの旅費は溜まったんじゃないのか」


 正式な一党となった翌日。


 これを切り出したのは端的に言えば目的のすり合わせだ。

 臨時一党なら彼らの目的を聞いても「へぇ~」くらいで終わるが、正式な一党ともなれば何を求めているのかを知っておく必要がある。

 特にオレのような何も目的のない人間にとって相乗りできる目的があるなら相乗りしたい気持ちが強くある。何せオレには前ってもんがない。前がないってことは因果がない。因果がないってことは目指す先もないってわけだ。


「東に行くための路銀集めが始まりであったからな。妾は十分にあるが、ディカよ。貴様はどうか」

「僕もです。ですが……」


「東に向かえと言ったのは二人に出会うためだったのかなって」

「そんなロマンチックな」

「だが、そう思いたくなる気もわかるがな。善き仲間に恵まれることはおそらくは奇跡にも似た可能性であろうから」


「レティさんの東行きは?」

「妾もまあ、似たようなものよ。ディカと違い明確な目的があるわけでもない。

 ディカは兄を探しているのではなかったか?」


 頷くディカに対してレティは


「であれば、その兄を探すのが我ら一党の目的というのはどうだ」

「それは……」

「他人の動機に己の家族が絡むのは気持ちの良いことではないかもしれんが──」

「そんなことはありません、むしろこれ以上ないくらい心強いです、でも」

「グラムが求めているのだ」


 二人の視線がオレへと向く。


「……ああ、まあ。その。オレは御大層な目的なんかない。けど、折角の一党だ。

 何か目的が欲しいんだ。

 それがディカのためになるってならこれ以上の目的はないと思ってんだけど……やっぱちょっと重いか?」

「──そんなことないです! ありがとうございます、これからも……よろしくお願いします!」


 ───────────────────────


 というわけで、オレたちの目標はディカの兄を探すことで決定。

 まずはもう暫くはデイレフェッチで金を稼ぎ、より大きな街へと行くことを初期目標にした。


 ギルドで張り出されている仕事は様々だ。

 最近新たに張り出されたのは森での狩猟。普通の狩人じゃあ手に余る鬼獣一歩手前みたいな奴を狩れって仕事だ。どうやら誰かしらを招いての晩餐会があり、そこで供されるらしい。


 そういう事情があろうとも、オレたちには狩猟の技術や深い見識や職能があるわけでなし、受ける仕事は臨時の頃と変わらない。

 つまりは賊の討伐または捕縛だ。


「ディカの兄とはどのような人物なのだ?

 妾たちも聞いておけばふとしたときに気がつけることもあるかと思うが」


 レティが会話を切り出す。

 目的地への向かいながらの雑談ではあるものの、賊がいるとされているポイントを狙いに来ているのではなく、ただ通りがかった不運な連中であると思わせるためだ。

 やる気満々で進めば賊が逃げるかもしれない。


 こういうやり方は基本的には賊知識豊富なオレが提示したやり方だ。効果はそれなり以上。大体油断して恐喝しに来る。不意打ちをしないのは殺すよりも生きたままのほうが何かと都合がいいのだ。お楽しみに使うなり、売り払うなり。


「ええっと。兄は……名前はヤルバッツィと言います。

 家を出たときは今の僕よりも少し背が高かったかな。快活で、優しくて、自慢の兄なんです」


 ディカから自慢の兄、なんて言われたらオレだったらそれだけでプレッシャーを感じちまうな。


「ヤルバッツィって名前は珍しいよな」

「そうか?」「そうなんですか?」

「え、オレが物知らずなだけ?」


 顎に手をやり、思い出すような仕草をしながらレティは言葉を紡ぐ。


「妾の記憶が正しければヤルは継ぐ、ツィは木を意味する方言だったはずだ。

 名前としては珍しくとも、繋げて意味とすれば『森を継ぐもの』という意味であろうし、林業を生活の道としてるのであれば名付けたものの意は受け取れる」

「博識なんだな……」「すごいや……」

「ふふん。妾をもっと褒めて崇めてよいぞ」


 ちょっとした信仰めいた気持ちを集めるレティは胸を張るようにして己を誇っていた。

 それと同時に彼女の指が折りたたまれ、数を示す。

 ハンドサインだ。気が付いたものがそれぞれに提示するために事前に用意していたもの。

 示されたものは木々に数名潜んでいる。強襲ではなく包囲と恫喝。

 オレとディカはそれとなく武器を構える。


「ヒャッハァ!!」「止まりなガキンチョども!! いや、一人はガキンチョじゃねえけど!!」

「ガキンチョじゃねえやつはぶっ殺しちまえ! ガキのほうは殺すなよ!」


 ───────────────────────


 賊の相手なんて特に語るまでもない、と言いたいが折角自慢の仲間ができたので語っておこう。


 状況は前後を挟むように三人ずつ。

 オレたちから見ての進行方向には賊の中では目立つ姿がいた。杖……つまり魔術に使う焦点具を持った奴がいたのだ。

 よもや杖でぼこぼこと殴ってくるわけでもないだろう。枯れ木みたいな体型的にも。

 アレがカシラだと仮定すれば倒せばおしまい。

 他の賊は大いに目を引くような相手はいない。

 飛び道具もなし。弓持ちが隠れることができそうな場所もない。


「オッホエ!」


 オレの一声が戦いの合図だ。

 手から離れて飛んでいったのはいい感じの石。前方にいるカシラ……ではなく、その両脇を固めるうちの一人の頭をかち割る。

 初手からカシラを狙うのもありっちゃありだが、カシラの実力がわからない以上は数の有利を少しでも減らしていくほうが目に見えた効果を得られる。


「はああぁあ!」


 裂帛の一息から大きく斧を振り下ろす。

 数度の冒険でディカも賊相手に容赦することは一切なくなった。年頃の少年が見るには惨劇が過ぎるような賊の巣穴での状況なんかもあり、賊がいるかぎり不幸が作られると考えるようになったのだ。

 ディカはただの村から出てきたガキなんかではない。

 紛れもない戦士の才能を秘めていた。

 踏み込みの鋭さ、体の扱い方、バランス感覚、そうしたものも高水準。なによりも──


「受太刀のワシケマウと呼ばれた俺には余裕で防 げあッ」


 持っている武器で斧を受けようとする賊。

 それじゃあ駄目だ。

 振り下ろされた斧は剣を砕き、人体をまるで薪割り台に置かれた薪のようにあっさりと真っ二つにした。


 暫定ではあるが、超能力を持っている彼の一撃を防ぐことなどそこらの賊には不可能。

 しかも殺され方があまりにも圧倒的なもの。

 賊は武器を捨て、一目散に逃げ出す。


「オッホエ!」


 オレは振り返りざまに石を投げつける。

 逃げるやつを狙い撃つなんて余裕だぜ。弱いやつにはとことん強い。オレの賊たる所以だ。あっさりととどめを刺せた。


「くそがあ!」


 残るはカシラと脇にいた一人。

 だがその一人は武器を捨てて同じように逃げ出す。ただ、オレに殺されたのを見たからか、森の方へと走ろうとしていた。

 木々があれば投擲から逃げ延びる確率が増えると考えたんだろう。賊の癖にいい判断しやがる。


「《我が四肢にて下ろすこと叶わぬ鉄鎚を、空這う風よ、代替せよ》」


 やや長めの詠唱を一息に唱えると逃げていた賊が横合いからぶん殴られたかのようにして吹っ飛んでいく。大木にぶち当たったきりそいつは動かなくなった。


「逃げてんじゃねえ、ぶっ殺すぞ!」

「ぶっ殺したの間違いだろ。にしても、風の魔術か。魔術が使えるのにもう少しマシな職業に就けたりしなかったのか?」


 オレの言葉にぎろりと睨んでくるカシラ。

 それに対して、


「魔術を使える代わりに人望も人徳も思考力も失ったのであろう。哀れな。

 妾は全てを兼ね備えているのに、ひどい格差よな」


 惜しげもなく挑発の言葉を繰り出すレティ。


「っるせえッ!! フードガキ、てめえから始末してやる!

《我が四肢にて下ろすこと叶わぬ鉄鎚を、空這う風よ、代替せよ》──くたばれッ!!」


 バッチバチにキレたカシラが流れで詠唱を編み、魔術を完成させる。


 先ほどは木々のせいで見えなかったが、発動した魔術は中空で風をこねるようにしてうねり、白い渦となって襲いかかる。

 詠唱にある鉄鎚とも思えるようなものだった。


 ごおん。

 ひどい音と共に風の鉄鎚がレティへと叩きつけられると、先程ふっとばされた賊よりも更に軽々と飛ばされていった。


 ……予想よりも派手に吹っ飛んでいった。

 ああ。ブルって動けないとかじゃない。名誉のために言っておくと、マジで。


 これは以前の依頼のときにレティ自身に言われたことだ。魔術士相手には手を出さないでくれと。


『魔術を受け止めたい』と妙なことをいったのだ。

 実際に以前の依頼で現れた魔術士崩れが彼女に魔術を打ち込んだ。正直当たっても致命傷にならないものだと事前に見ていたからこそではあったものの、食らった彼女が派手に吹っ飛んだときは血の気が失せた。

 しかし、彼女はあの通りピンピンしている。今も。


 魔術を喰らおうとするのはこれで二回目。


 ふっとばされたレティを見てカシラは高笑いを上げた。


「次はてめえらだ! クッチャクチャにしてやるぜえ!」


 焦点具()を向けて高らかに次手の動作を宣言する。

 だが、


「ほう、クッチャクチャがいいのか」


 言葉と共にゆっくりと立ち上がるレティ。

 叩きつけられた衝撃で体のどこかが軋んでいるのか、首を傾けてぱきりと鳴らす姿は可愛さからかけ離れた、場数を踏んだ喧嘩屋めいた迫力がある。


「よかろう、妾がその言葉を叶えてしんぜようぞ」

「バカな……。俺の風鎚魔術は完璧に入ったはず……」


 にたりと笑って、言葉を返す代わりに選択したのは、


「《我が四肢にて下ろすこと叶わぬ鉄鎚を、空這う風よ──」


 詠唱であった。レティのその言葉には確かにインクが満ち溢れていたようだった。


「模倣? で、できるわけがない! この魔術は俺のアレンジが組み込まれて」

「代替せよ》」


 白い渦がカシラを叩き潰す。

 魔術というのは見聞きしてそのまま詠唱を繰り返しただけで使えるようなものではない。それでできるならオレだって『石と魔術のダブル投げ』ができたっておかしくない。が、それはできたりはしない。

 基本的な知識だ。インクを操る才能の有無に関わらず、詠唱を真似るだけでは魔術は使えない。オレみたいな賊だって知ってること。


 あのカシラが驚愕するのもよくわかる。しかもアレンジ込みのものだそうだし。


 見聞きしただけで魔術を理解して扱えるようになるものがいたとするなら、それは一種の天才。あるいは器用さが服を着て歩いているような存在に違いない。

 ただ、レティのそれはそうした感覚的才能によって行ったことではない。


「受けて学ぶスタイルは早い。早いが抵抗(レジスト)して受けている以上はどうしても限界が早く見えるか。妾がもっとマッシヴな肉体であれば範囲も広かったであろうけど、そこは残念に思うか。完璧なプロポーションの代価と諦めるか。かわいいは正義とも言うしな。妾の可憐さと天秤を均衡にしての限界がこの威力であるなら納得するしかあるまい。まあ、見て学ぶよりは遥かに効率がよいのも確かなのだしな」


 首をこきこきと鳴らしながらぶつぶつと一人で何かを語るレティ。


 彼女の持ち得る超能力がそれを可能としたのだとオレは認識している。

 カシラ風に言えば『魔術を盗んだ』のだ。


「フードずれてるぞ」

「ん、すまんな」


 独り言を止め、オレへと目を向ける。


 派手に吹っ飛んだのは事実。ただ、不思議と彼女にダメージはない。

 曰く、魔術によるダメージやそれによって付随する吹き飛ばされたりするものであれ、彼女に痛手を負わせるものではない……らしい。

 これも超能力の効力の一部というものよ、と自慢気に笑って教えてくれた。


 ずれたフードからは角のようなものが見える。

 出生からしてオレのような賊とは格の違う何かなのかもしれない。ただ、少なくとも彼女はどこでも頑なにフードを取ろうとはしないあたり、あの角は隠しておきたいものなのだろう。


 オレがフードの位置を直しているとディカが走り寄ってくる。


「大丈夫ですか、レティさん!」

「心配性な奴め。見ての通りぴんしゃんしているぞ」


 腰を反らすようにして無事をアピールするレティに対してディカは拍手をして頑丈さを褒め称えていた。


 ───────────────────────


 帰路。


「グラムさん」

「流石にこれだけけたたましけりゃオレにもわかるな」


 大きな街道を進むオレたちの後ろからけたたましく車体を揺らし、鳴らす馬車が走ってくるのが聞こえた。


「どけどけ! 冒険者風情が子爵様の道を塞いでんじゃねえ!!」


 一応、音が聞こえてからすぐに道の端を歩いちゃいたんだが、その『子爵様』の馬車は道幅一杯の大きな馬車だったらしい。


 振り返って見てみると一般的な大きさだ。態度は道幅よりもデカいが。

 特に邪魔にもなっているつもりはないが権力者に歯向かうのは美味しくない。少なくとも今は、だが。


「すんませんね、田舎から出てきたもんで」


 心で睨み上げ、しかし態度に敵意はなし。早く死ぬコツなら幾らでも知っている。

 そしてそれを逆にしてみれば長生きすることができるかもしれないコツになる。


「この旗を見ろッ、一帯の支配者であらせられるデイレフェッチ子爵閣下の馬車だ!

 次はねえぞ! よーく覚えておけッ!」

「へへえ」


 媚びへつらいフェイスを向ける。

 ディカはオレに倣うようにして頭を下げ、レティはふんと鼻を鳴らして顔を背ける。


「ったく。なっちゃいねえ。次はねえぞッ!!」

「へえい」


 馬車は進んでいった。

 オレは最後まで「へえい」と「へへえ」の究極万能のへつらい対応でやり過ごす。賊なめんなよ。媚びへつらい技術はそこらのサンピンを大きく上回るほどに下手(したて)に出れるぜ。


「ごめんなさい、グラムさん。頭を下げさせてしまって……」

「こういうのも含めて役割だ。気にすんなって」

「妾からも、その、感謝を伝えておくぞ。危うく学習したての魔術を叩き込むところだった」


 態度に苛ついて行動をするほど彼女が短気で浅慮ではないのは理解している。

 ただ、相手がこちらに牙を剥くようならば別なのだろう。おそらくは魔術を叩き込むのも自分や仲間の、これ以上の名誉を損なわさせるというなら強硬手段に出る、とまあそんな辺りだろうか。


「やれやれ、お貴族様ってのはどこもこんなもんなのかね」


 愚痴りたくもなる。

 なくなった記憶のどこかでは爵位持ちや貴族で『当たり』と言えるような人物にあったことがあるのかもしれない。そうした無意識の経験値が、あの手の傲慢な連中を目の当たりにすることで溜息を吐いているようだった。


「ルルシエット伯爵やビウモード伯爵は寛大な方だと聞いています」

「だったら次はそのどっちかの都市に進むとしようぜ」


 ───────────────────────


 グラムたちを怒鳴り散らした後。

 馬車を操る御者は忌々しげだと言わんばかりの声で、


「どうします。戻ったらギルドに詫びいれさせますか」


 そう車内の貴人へと提案する。


「……今のガキ」


 貴人の声は年若いものだった。口ぶりこそ粗暴ではあるが、発音そのものは貴族的な、格調高さを感じさせる。


「ガキ? どっちです。フードのほうですかい」

「あんな薬品臭い奴ではない」


 薬品の匂いなどしただろうか、と御者は思うも主は超越的な存在であると考えている彼は質問を控える。自分にわからぬことをわかるのがこの御仁なのだと。


「オスガキのほうですか?」

「ああ。だがドップイネス様からご教授いただいた技巧によればそうではない。あれは日向と女の匂いだ、間違いない」


 馬車の中で笑う子爵と呼ばれた男。いや、男というよりは少年というべき外見であった。

 デイレフェッチ子爵。


「調べておけ。ドップイネス閣下の男子(おのこ)への趣味は知っているが、ああいうものも好みやもしれぬ」

「へい、子爵様」

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― 新着の感想 ―
[一言] げへへっ、よう!兄弟! 今日もご苦労なこったなぁ!生ぬるいエールを用意しておいたぜぇ!! 魔術を食らって魔術を覚えれるたぁ、羨ましいことだぜぇ! オレなんざ、店員のねぇちゃんにたまに燃やさ…
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