155_継暦141年_秋/00
あー……。
よっす。
賊のオレだぜ。
深い眠りから覚めたようなさっぱり感と、何か大切なものを置いてきちまった奇妙な焦燥感が同居している。
ってことは、おそらくオレは周回を終えたあとなんだろう。
前の周回のオレはやりきれたのだろうか。
さて、心機一転のオレの状況は……施設の中だ。
一般的な石造り。ホコリはそこそこ。周りに人はなし。
待機しているというよりは、ここに突っ込まれたって感じだな。何せオレの手は紐で括られている。
が、この程度はちょちょいの……えーと、待ってろよ。ちょちょいの……ちょいだ。
よし。解錠のノリで手枷代わりの縄を解くことができた。深く考えたことはない(と思われる)が解錠とは言っているものの、施錠扱いのものなら案外色々と解くことができたりするんだろうか。覚えていたらまた何かにチャレンジしてみよう。
肉体に優れたところがあったりは感じられない。究極の美系だとかって意識もないし、特別な力があるような自覚もない。
じゃあなんで捕まってたんだ?
罪を犯して……ってなら牢屋にぶち込むだろうし。
いやいや、考えをまとめるのは後にするべきだな。今はさっさと逃げ出すことに注力しよう。
扉は一つ。施錠もされていたがここもちょちょいのちょいだ。実際はちょちょいのちょいちょいのちょちょいのちょいくらい掛かっている。最終的に解錠できたからセーフだよな?
外には見張りがいるわけでもない。
そのまま施設を出る。そこは街中。普通の一軒家であったらしい。
こちらへと向かってくる影がある。
「あ~あ、食った食った」
「いいのかね、見張りが離れても」
「どうせあっから抜け出せやしねえよ。それに余り物のチンピラ一人いなくなったところで誰も気にしやしねーって」
訛り混じりの言葉で無責任さと適当さを表にしていく。
「ま、それもそうか。最近はこのあたりも人材商の出入りも多くなったしな、上からしても売れ残りなんてどうでもいいか」
「それにしてもあんな賊を買う奴がいるってのがわからんよな。ストレス解消のために買ってるなんて噂もあるけど、実際何してるんだかな」
「貴族様は何考えているかわかんねーよな」
「その貴族様のお陰で俺らは飯食わせてもらってるし、チンピラどもの命に感謝だぜ」
「違いねえ。ハハハッ」
隠れていればそんな会話が。
誰でも良かったし、逃げても問題ない。ならばありがたくトンズラこかせてもらうとしよう。
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ひとまずは逃げ出す。
街の規模はそれほどの大きさじゃなさそうだ。城郭都市じゃないってことは伯爵のお膝元とかそういう感じじゃねえんだろうな。
しかし街。街か。こりゃあラッキーではあるんだよな。
賊の中で目を覚ますばかりが普通って意識と記憶はある。群れから抜け出すのは大変なのだ。
それがまさかの街スタート。こりゃあ有効利用しないと損ってもんだ。
いやあ、幸先が良いな。
などと考えていたら、どすんと人に当たってしまった。
「おっと、ごめんよ」
「いえ」
ぶつかったのは綺麗なエルフのお姉さん。いいねえ。スタートもいいし、眼福にも巡り会えている。
とはいえ、ぶつかったのはよろしくないので謝ったのだが、彼女はじっとこちらを見ていた。
まさか一目惚れか。よせやい。照れちまうぜ。
……いやいや、それは流石にありえない。冷静に考えればこの肉体が何かしでかしていたのかもしれない。
いざってときは東方式謝罪術をお見舞いするさ。
「……私を覚えておられますか?」
「え、あー……」
あれ、マジで惚れられちゃった? よせやい。照れちまうぜ。
そんなわけはないよな。流石に表情を見ればわかる。
どこかに焦りのような、困惑めいたものがある。隠しているのもわかるが、こっちも伊達に何度も死んでは甦る生態をしてるわけじゃない。記憶にはないが蓄積した経験はこういうところで残って、発揮されたりする。
「いや、すまん。覚えてない。どこかで会ったか?」
「こちらこそ申し訳ありません。似た顔の友人がいたもので。見間違いだったようで、失礼します」
そそくさと去っていく。
本当に間違えならいいんだが。
でも、声を掛けるにも人混みに紛れるようにして進んだ彼女を追いかける術はなかった。
気を取り直して、この街の情報なんかを集めるとするか。
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そこらの道端なんかを渡り歩いて人々の話し声に聴覚を研ぎ澄ます。
得られた情報は、
●大都市といって差し支えないビウモードとルルシエット、その二つの都市に挟まれる位置にある。
●多くの賊が住み着いているアドハシュ原野に半ば隣接しているらしく、控えめにいって治安はよろしくない。
●ここの都市は独立した勢力である。主はデイレフェッチ子爵。『ストレス発散』のためにオレみたいな奴を買ってるらしい。ろくでもないんだろうな。
●街はそう大きくはない。ただ、冒険者ギルドがある程度には発展している。
●最近はルルシエットを手に入れたビウモードに由来する商人やらが都市間の移動で立ち寄ることが多くなって実入りはいいらしい。
収入が増える分、賊同然の役人にあれこれ理由を付けられて奪われているらしい。
ろくでもない。ろくでもないぜ!
ちなみ町の名前は子爵の名前と同じデイレフェッチ。その辺りは慣習通りだ。
うーむ。腰を落ち着かせるにはイマイチ魅力を感じない街だ。
しかし、折角自由であるのならばやりたいことをやりたい気持ちがある。
つまりは冒険者になる。それだ。どうあれオレの中には冒険者を志したいという欲求が熾火のように燃えているのだ。
その熾火の熱に押されるようにオレは冒険者ギルドへと入っていた。
事前の情報収集の通り、人の行き来が増えたからか冒険者ギルドもそれなりに賑わっていた。
この光景が妙に懐かしくも思えた。
(█かしい。ル█シ██トみたいだ。あ█こでもこういう█景を█たよな。ナス█やトマ█は元気に█ているだ█うか)
……懐かしい?
そもそもオレは今何を思った?
健忘でもしたのか。直前に何を思ったかをふっと思い出せなくなる。
ただ、オレは何かを懐かしんでいた。
ううむ。周回が始まったばかりってのはイマイチ経験がおぼつかないのかね。
気を取り直して受付へ。
可愛らしいお嬢さんが面倒見てくれれば嬉しいが、残念ながら担当はコワモテの大男だった。
左腕が欠損している。元は冒険者で怪我のせいでギルドの受付に転向したんだろうか。
「用件はなんだ」
「冒険者になりたいんだが」
「新人は大歓迎。が、一応は面接なんかもあるんでな。構わんか?」
そういうわけで、冒険者になるためのアレコレをすることになる。
いや、なったというべきか。
大したことは聞かれないし、できることを質問されて職能が定められて終わり。
職能は斥候。
冒険者の位階は当然ながら一番下からスタート。
「この都市にゃ炉がないからなあ。あったなら資産金属だのの案内ができたんだが」
「ないものはしゃあないさ。
それよりも早速仕事をしたいんだが」
投擲の技巧も見せている。斥候としてだけではなく後方からの火力支援ができるってのもアピール済みってわけさ。
「あー……そうだなあ」
すっと仕事を通す感じではない。流石に成り立てはドブ浚いとかからスタートしろって感じだろうか。
「人見知りしねえってなら、臨時一党ってのもあるが」
面通しするだけタダ。
そういうことになった。
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うーん。
どうだろうか。オレは賊としちゃプロの木端な賊を名乗ってもいいくらいの経験値がある自負がある。
だが、冒険者なんかの経験や知識はそう多くはない。
なので、オレの出す感想が完璧なものとは言えない。言えないが……。
「自分で年齢はわからんって云っていたが」
受付との簡単な面談を通しプロフィールを作った。
ただ、体のキレからして中年ではなかろう、って程度。実年齢はわからない。
名前はふいに浮かんできたグラムってのを採用した。前の周回で何か由来があるのかもしれないが、詮索しても無意味だ。きっと答えはオレの中から浮かんでこないだろうからな。
ともかく、面通しされた相手は二人。
片方は快活そうな少年。後腰に斧を吊っている。戦闘用には見えないが、薪を割るためには大きすぎる。どこぞの村から出てきた元林業関係者とか、そういう感じだろうか。
もう片方はフードを被っているから顔の全貌は見えないが、少女だ。
白い衣で全身を覆ってはいるが、それでもその体躯の細さは隠しきれていない。
そして、その体躯から斥候の技術者とも思えず、となれば魔術士であろうかとも思うが、であれば杖のような焦点具もない。
冒険者になっている以上は何かしらの技術があるのは間違いなかろうが。
「ガキの面倒を見ろ、ってことか」
「そう云うなよ新入り。経歴だけならお前と同じひよっこなんだ。同輩だぜ」
「同輩だろうけどよお」
ひそひそと話していると、
「この人が残りの一人ですか?」
快活な少年が近付いて話しかけてきた。
「残ってる仕事はどれも人数が必要だって聞いて困っていたんです、貴方が手伝ってくれるととっても助かるんですが……」
太陽光のような笑顔を向けてくる少年。
こういう陽の気を発しまくる人間にオレのような賊は弱い。湿った洞窟でじめじめと過ごす時間が多いからこそ浄化されてしまいそうになる。
「ん、あー……。ああ。そうだ。冒険者成り立てだが街道に関しちゃ多少知識がある。頼ってくれていいぜ!」
結果。
オレは臨時一党の一員になった。
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仕事内容は現在地点であるデイレフェッチから領内にある集落へ日用品を運ぶ。
駆け出し冒険者らしい仕事だった。
「こんな仕事、妾一人でもできるというのに。思うよりも俗世というのは過保護よな」
時代がかった口調の少女。
尊大ではあるが嫌味がない。フードの下から見える淡い桃色の髪と端正な顔立ちがそう思わせているというだけではない。
過保護であることに対して不快感を持っていないことが伝わってくる。人の優しさへの感謝が感じられるのだ。
「でも、僕からすると助かります。冒険者になれたのはいいけど、何をすればいいかもわからないし……」
「ふふ。ディカよ。こういうのは何でもやってみてから苦悩すればよいのだ。人間失敗するのが当然。そう思っていれば怖いものもそうは存在せぬ。
過保護故にこうして年かさが上のものを付けてもくれる。それは確かに妾からしても安心感があるぞ」
「おいおい。過度な期待はやめてくれよ。こんな年齢でお前らと同じ駆け出し冒険者やってるって時点で駄目加減の察しはつくだろ」
ディカと呼ばれた少年はわかっていないらしい。
彼が村から出てきたという予想の通りなら、オレもそうした立場で、幾らかの経験があってからの冒険者となったのならば人生の先輩であることにはかわりないという考えなのかもしれない。
フードを被った少女はそれよりも更にわかっていない表情だった。
思案してから、
「その年まで食うに困らん立場であった。つまり貴族か何かか?」
「大幅にズレた予測ありがとうな。こんな外見のお貴族様がいるかよ」
「貴族であれ着ていれば服も姿もするであろうよ。が、貴族ではないのだな。
では……と、いかんな。妾の知的好奇心を満たすよりも自己紹介をするべきか」
少年もはっとした表情をして、
「ごめんなさい。そうですよね。
僕はディカです。兄を探して旅をしてました。東に行くように言われて旅をしたのですが路銀もなかったので」
冒険者になった。路銀稼ぎにゃあ冒険者って仕事はうってつけだ。目的地に向かいながら仕事も受けられるって可能性があるからな。
「なんじゃ。ディカも妾と同じであったか。
妾も東に向かおうと思っていたのだが、東のどこまで行くかも決めておらなんだ。であれば旅が長くなると考え、まずは俗世の習いを知らぬゆえに学びをと思って冒険者になった。
妾の名はレティ。記憶の深いところで覚えておくがよい」
「二人とも東に、か。
オレも目的もないし真似して東に進んでみるのも悪くはないかもな。……っと、まずは今回の仕事がお互いに噛み合ったらだけどよ。
オレはグラム。ありふれた名前だろうが、よろしくな」
その名に二人が同時に別々の表情を見せた。
太陽のような少年は曇るように陰ってしまい。
尊大な少女はにたりと嗤うようにも見えた。
「……なんだ? グラムなんてよくある名前だろう」
「ああ。カルザハリ王国最後の王である少年王ヴィルグラム。各地を荒らし回った龍の友たるレングラム、七つの魔剣で諸豪族を平定した古の大将軍ファーグラム。グラムという名を冠する英雄は少なくない。
妾からはその名を関する男であることを楽しみにしているだけよ。期待しておるぞ、グラム」
馬鹿にしているわけではないのはわかる。むしろその逆。人になれない動物が近寄ってきたような妙な胸騒ぎがある。
一方でディカは顔を小さく横に振ってから、
「ごめんなさい。その、東にいけと言ってくださった方と同じ名前で、びっくりしちゃって」
「そりゃあ確かに驚くか」
その人はどうした、と聞くのは野暮だろうな。
おそらく今の表情からして、きっとこの世にはもういない。
「それじゃ、何かの縁ってことで仲良くしてくれ」
「はい、グラムさん!」
「レティも過度な期待なしでよろしくな。応える努力は可能な範囲でするからさ」
「楽しみにしている。無論、妾もお前たちにがっかりされぬように努力はするぞ。期待しておるがよい」
そういうわけで、臨時一党はここに立ち上がった。
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臨時の一党が組まれてから暫くしてから。
トライカではそうした彼の動きの報告が上げられていた。
とはいえ、報告の主題は、
「……本当ですか?」
「はい。間違いなく。以後もデイレフェッチで冒険者として活動する彼を監視しましたが」
予想外の出来事についての報告であった。
ライネンタートには自信があった。彼の復活は解明できている部分は少なくとも介入することはできると。
それはライネンタート、ボーデュラン、ザールイネスの三人に加えて、かつてのグラム当人をも研究に参加させた結果を反映させている。
だが、それが失敗した。
「儀式介入への炉の出力が足りない……いや、それはありえない。王都の炉なのだから……。であれば介入のための手段に不備が……いや、それもありえない……。では、なにが……」
ウィミニアはその状況に口元に指をやって苦悩と思考を隠そうともしない。
報告を上げたヘイズは暫くは局長の姿を見ていたが、
「局長。いかがしましょう」
ヘイズの言葉にはっとしてから、沼地に足を取られたような思考を振り払うウィミニア。
「……彼はどれほど甦ろうとも、私の期待を裏切らない」
今の管理局局長はウィミニアであり、ライネンタートでもある。
彼女から出た言葉はライネンタートのものであったのか、ウィミニアのものであったのか。
「継続して監視を。今までと方針は変えず、我らはあくまで見るだけです。儀式介入以上のことをするべきではありません。
記憶の継続に関しては想定からは崩れましたが、復活した彼の足取りを掴めているということは儀式の効果は完全には消えていない証拠です」
彼女が言うところの儀式介入は彼の持つ記憶に紐づけられている。
『介入』には彼が死して次に目を覚ますのがどこかを知らせるものも含まれており、記憶が本当に継承されていないのならば知らせる機能も発揮しないということである。
「儀式介入については完璧だった。であれば、第三者が更に介入したのか……。
偶然であれ、作為であれ、それが何者の手によるものかは知らなければなりません」
その言葉にヘイズは小さく頷く。
少年王の帰還、その夢は絶たれたわけではない。




