154_継暦141年_夏/09
よっす。
約束しちまったオレだぜ。
大雑把に言えば好きに生きろと伝えられてはいる。
ただ、記憶のリセットについてに言及されたわけでもない。
何かを望まれているにしろ、オレらしく生きて死ぬくらいしかできないが。
と、自己評価の低さを再確認しつつ周りを見渡してみる。
賊が五人くらい。うち一人はちょっと大柄な男だ。カシラだろう。
オレを含めて六人の、賊としちゃあ普通の数。
場所は皆大好き、街道沿いの木々。その隠れやすい場所。
「カシラあ。ホントにやるんですかい」
「やるに決まってんだろ。なにせお国の望みなんだぜ。やらいでか。忠義ってやつよ」
「忠義って……俺らが勝手に庭にしてた場所なだけじゃないですか」
「つっても庭の持ち主の人間……カルカンダリなんたらの奴がわざわざ使者を立てて訪問してきたんだ。
受けねえわけにいかねえだろ」
カシラと近しい人間が相談している。
記憶を振り返ってみる。この賊はもともとカルカンダリ僻領でシノギをしていた賊。
彼らの発言の通りカルカンダリから人間がよこされてこう云ったのだ。
『イミュズ近郊で仕事を。報酬と援護はこちらで用意します』
カシラはそのときに警戒していたからか、手下も連れていたからその会話についてはしっかりと記憶に残っていた。
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カルカンダリ僻領のどこぞにある、ゴブリンの巣穴を流用した賊の家。
妙な酸っぱい臭いが立ち込めるそこで小綺麗な服を来た男が切り出した。
言っちゃ何だがこっちは賊だ。ご挨拶として当然襲った。奴さんは素手でオレらに抵抗し、賊たちは彼を倒せないと判断したであろうと見た時点で話を切り出してきたのだ。
「イミュズ近郊で仕事を。報酬と援護はこちらで用意します」
「……いきなり云われても……。いや、カルカンダリからわざわざ来てくださったことは、ええ、感謝しておりますよ。
こんな賊に礼を尽くすなんてね。
ですが、俺らも賊ってのを生業にさせてもらってましてね、領地の中に存在しているからってほいほいとおたくらの云うことを聞くわけにも──」
カルカンダリの使者はザックを下ろす。
「こちらは手付です」
それを聞いたカシラは手下の一人に首を向ける。オレの役目だった。
ザックまで歩いて、その中身を見ると賊では手に入れることが難しい何かしらの水薬と、片手用の杖が収められている。
「これは?」
「水薬は治癒が三つ。濃い煙を生み出すものが一つ。杖は回数に限りはありますが炎を生み出す魔術が込められています」
「……じょ、冗談……だよな?」
水薬は運が向けば襲った行商人から手に入ることはある。
だが、後者の杖に関しては別。
付与術というものの存在は魔術や請願に並ぶほどにメジャーだが、実際に目にすることは珍しい。賊であればまず手に入れることはない代物。
手にも入らないものであるのに、賊が存在を知っているのは万が一にでも付与術を付いたものを手に入れたなら賊を辞めるにしろ、賊の規模を大きくするにしろ、一発で人生の岐路まで進むことができる夢の万能切符だからだ。
「持ち逃げする可能性は考えてねえのかい、あんたら」
「勿論考えていますが、それ以上に渡す相手も選んでいます。イミュズ私立交通警備連盟、西部担当、課長のポドモさん」
「なっ」
カシラの情報は握っているってことらしい。
手下の半数も反応していた。
オレはごく最近来たばかりの賊なのでその反応を見てもすぐにはピンと来ていなかったようだが。
「狙うのはエメルソン商会の馬車。あなたから仕事を奪った、ね」
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結局、カシラはブツを受け取った。
逃げ出さなかったのはエメルソンにひと泡吹かせるためらしい。
戦いに勝てば継続的な支援もする。求めるのであればカルカンダリで雇い上げてもいいとまで条件を出されたのも理由の一つだろう。
「新参もいるしな、一応俺や古参の連中の生い立ちは教えておく」
カシラたちはイミュズで警備を担当していた。
あるときから賊が増え、対処しきれなくなりはじめた。
そんなときにエメルソンが新たな警備会社を立てて、彼らから仕事を奪った。そういうことらしい。
イミュズの領地防衛を担当しているというわけではなく、街道を行く人間を有料で守るサービスだったそうだ。
ともかく、彼らはエメルソンによって仕事を奪われた。
振り返って考えれば仕事が増える要因になった賊もエメルソンが手引したのではないかと彼らは考えるようになった。
賊に転身して、そういう仕事を受けることもあると気が付いたのだろう。
仕事を奪ったエメルソンに意趣返しをできるとなれば彼らは喜んで提案を受ける、とまあここまではそんな感じなわけだ。
……本当にエメルソンがそういうことをしていたかはわからないので意趣返しになるのか判断できない気もするが、まあ、賊の短絡的思考って奴ではある。
「来やがった」
「エメルソン商会の馬車に違いねえぞ、アレは」
遠間からパカパカと馬車が進んでいる。
荷物が多いのか、速度は徒歩並だ。
「煙の水薬を使って目眩まし。効果が薄いようなら手を出さない。濃かったら襲う。いいな」
各々が頷く。
治癒の水薬については古参たちが持ち、付与術の杖はオレに渡されている。
理由は
『お前を信頼している』
……とのことだが、実際には『信頼に足る武器ではないから』ってところだろう。
水薬はまだしも生産できる。さらに薄めれば数を揃えたように見せることもできるし、薄めたとしても効果が消えるわけではない(格段に効力は落ちるが)。
一方で付与術の杖についてはフカシであるとしか思えない。
しかし、水薬のような詐欺的手法がないわけではない。
火晶と呼ばれる石がある。
ちょっとした加工をすることで火付けを容易にする点火器にすることができるもの。
これに更に手を加えると魔術による炎の投射に似た作用を発生させることができる。
ただ、それを行うと火晶そのものが壊れるか、中にある何かの力が失われるかしてしまう。
壊れずとも以後はただのきれいな石ころになってしまう。
であっても、魔術に似た効果を誰でも発揮できるのであれば使い捨ての武器として有用にも思えるが、問題がある。
それは火晶の質だ。
このあたりでそうした用途に使え得る火晶は産出されず、旧カルザハリ王国領より更に西まで行けばぽつぽつと時折産出されることがある程度。
つまりは希少品である。
それでも付与術の杖と比べれは価格は安い。
オレの予想がその通りであれば付与術の杖ではないものの、戦力として期待できないわけではない。そう考えていた。
思考に没頭していると煙が、堰堤が決壊したかのような勢いで吹き上がり、包んでいく。
この水薬は薄められていないのだろうか。それとも薄められてなおこの勢いなのか。
水薬についての知識が深いわけではないからこそ興味深い。
オレは片手に杖、片手に武器代わりの包丁を持った状態で煙の中へと突き進んだ。
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「賊どもが! これが誰の商隊かわかっているのか!?」
「エメルソンのだろう! 恨みを晴らさせてもらうぜえ!」
個人的事情であれ、逆恨みであれ、怨嗟は煙の中で発露されて、あるいは晴らされていく。
オレの目的は可能な限りの情報収集。
クレオがいるなら何とかしてやりたいが、現状で隷属を何とかする手段はない。
ヴィーの記憶から考えれば商隊から引き離したりなんかの、エメルソンの邪魔をしようとすれば自動的に攻撃に遷るだろうしな。
願うはここにクレオがいないことだ。
「エメルソン様の仰っていた『狙われている』ということをこれほど早くに体感することになるとはな」
馬車からゆるりと現れたのは騎士甲冑。声からすると男。
特異な点があるとすると、彼もまた杖を持っていた。片手杖ではなく両手杖ではあるが。
「賊ゥ! イミュズ魔術士ギルドがマスターであるこのレンパルドに喧嘩を売る意味がわかってい──」
口上の途中で失礼します、という感じで杖から炎を飛ばすイメージを作る。
それが条件であるのは聞いていた通りで、杖の先端から火球が迸った。
短い悲鳴と共に火達磨になるレンパルド氏。
勝利を確信して杖を投げ捨てて馬車へと進もうとしたときに、
「クオオオザァァカシイィワァァ!」
怪鳥のような叫び声と共に火に包まれていたレンパルドはそれらをかき消す。
インクが膨張したような感覚を受けた。一種の気合のようなもので炎を何とかしたってのか?
魔術ギルドがうんぬんと云っていたがフカシではないってわけだ。
そうした荒業は相当に疲弊するようで肩で息をしている。火傷もそうとうにひどい。
「エメルソン様によって、好きだけ実験材料の人間を得られるようになったのだ。新たな魔術の地平を切り開くためにもここで死ねるものかよ!」
このままやれば建て直される。
その前に包丁を投げつけてトドメにしてもよかったが、気合一つで炎をかき消す男だ。次は大声で弾かれるなんかもないとはいえない。
であれば別の手段を取るべきだろう。
前から試したいこともあった。
捨てようと思っていた片手の杖に意識を向ける。
発動の意思を込めてもうんともすんともいわない。当然だ、付与術の杖と銘打ったパチモノなのだから。使い切りの火晶の杖。いや、使い終わったからこそ小綺麗な石が付いただけのワンドでしかない。
以前杖を使ったときと、奇しくも状況は似ていた。
あのときの付与術の杖も、思えば今回と同じような代物だったのではないか。
どのようにして使えばいいかはわからないが、相手の炎をかき消したときと同様にオレも気合を込めればなんとかなるだろうか。やれるだけやってみる。駄目だったら投げやすい木の棒として扱おう。
「オッホエ!」
お決まりの気合を込める。
そうするとどうだ。みるみるうちに火晶から力が取り戻されるのを感じるではないか。
であればやることは一つ。
「くらいやがれ!」
態勢を建て直される前に再び炎をぶち込むのだ。
オレの一声とともに射出された炎がレンパルドへと叩きつけられて爆発させた。
次は「こざかしいわ」と炎をかき消すことはできはしなかった。
野太い悲鳴を上げている。
だが。
「このレンパルドは、グランドマスターに、なるのだ……この程度の炎など……!」
おいおい、燃えながら喋るやつがいるかよ。
このままでは更に対応されかねない。
であれば、もう一度気合を込めて追い打ちだ。
「オッホエ!」
気合とともに火晶は元に──戻らなかった。
「《声は理力を表す、我が声に宿るものよ、次なる音は破砕の意となれ》──ガアアァァッ!!」
詠唱と共に雄叫びを上げる。
それは炎だけでなく、オレごと吹き飛ばした。凄まじい威力。魔術士ギルドの頂点に、グランドマスターになるなどと云っているだけはある。
炎であちこち焦げた騎士鎧を剥ぎ取りながらゆっくりと歩いてくる。
こっちはあいにく、もう全身ぶっ壊れ済み。あと少ししたら命が尽きるだろう。
「インクを再活性させたのか? それとも自らのものを充填したのか? どうあれ付与術を使うとは……。惜しい。実に惜しい。
殺さねばこちらが殺されていたとはいえ、お前ほどの人材を確保して、隷属させられないのはエメルソン様の僕としての不明だな」
「隷属……?
あの商人は、隷属を他人に施せる奴が付いてるってのか……?」
死ぬ手前でも、引き出せそうなら引き出す努力はする。折角の復活だ、無駄にしない手はないだろ?
「いいや、違う。あの御方こそが隷属の忌道を所持しておられるのよ。
お前のような付与術の使い手を引き入れられればよりエメルソン商会は強く、素晴らしくなったというのに、残念だ」
オイオイ、マジかよ。
当人が隷属を使えたってのはちょっと予想外だが……、けどエメルソンをなんとかすりゃ隷属も立ち消えになる可能性もある。
そうでなくともエメルソンをボコれば解決策を得られるかもしれない。
「お前を隷属させ、豊かな未来を共に築きたかった、ぞ……」
レンパルドががくりと膝をつく。
「隷属ぶちこまれて……エメルソン万歳なやべえ思想にならなくて済んで、幸運だったな」
心からそう思う。
そんな感想を相手に返しながら、オレの意識は闇へと解けていった。
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「この思想が隷属によって育まれたものだと?
違うな、賊よ。これは我が誓いだ。何をしてでも、誰に忠義を向けてでもグランドマスターになるという……己に課した──」
レンパルドは言い逃げされたことに未練がましくも返す。
だが、それが限界だった。
賊から受けた炎の力。一撃目は正直大したことのないものだった。少なくとも命を奪うほどのものではない。
二発目のはどうだ。あの炎は確実に自分を殺す意思を持っていたようにレンパルドは感じていた。
だが、そうした思考もまた拡散していく。
熱傷がひどい。痛みも耐えきれるものでもなかった。
どさり。その巨体を地面へと横たえる。意識は既にそこにはなかった。
「レンパルド様ぁ!」
「大丈夫ですか!? そ、そうだ! さっきの賊どもが持っていた水薬があったろう!」
「ラベルが包帯のマーク……治癒、とかそういう類だと考えていいのか?」
「どちらにせよこのままではレンパルド様は持たん、使うしかない!」
三つの水薬は確かに薄められたものではあったものの、全てを注いだお陰か、レンパルド自身の生命力も手伝ってか。
彼は一命を取り留めることになる。




