150_継暦141年_夏/08
よっす。
賊槍で串刺しになったオレだぜ。
今回は室内スタートだ。周りをそれとなく見渡す。こういうときに大げさに見たりすると不審がられるからな。
賊が大好きな洞穴じゃない。
石造りだ。
それも手入れされている。賊の縄張りってわけじゃない。
小綺麗な室内で目立つのは身なりのいい男二人。片方は対面に、もう片方はオレの前に座っている。
オレはその眼の前の人物の護衛役ってところか?
護衛されている人物は小綺麗にはしているが、なんというかあまり品がないというか……端的に表せば擬態だ。賊が擬態しているとしか見えない。
対面の人物は逆に纏ったものに負けていない品格はある。あるんだが……この男もなんだか妙な、賊にも似た印象を受ける。悪の臭いとでもいうものを嗅ぎ分けているとでも言うんだろうか。
この辺りの感覚というのは肉体にかなり左右される。目の良さ、耳の良さ、関節のしなやかさ、そうした要素の一つなのかもしれない。
「恐れ入りますよ。学術都市イミュズの足元で俺たちを飼うなんて計画をするとは」
「飼う? 当方はそのような風には思っていないのですがね。あくまで貴兄らはビジネスパートナー。大切な仲間ですよ」
「ははは、嬉しい言葉ですな」
カシラと飼い主の密談、その状況からスタートってわけか。
もう少し視線を動かして、情報を集めておこう。
カシラ(仮)の隣には言葉を発さない神経質そうな男が一人。カシラとその対話相手は壮年。神経質そうな男は彼らより一回り上といった感じだろうか。
オレの肉体は肉体の感じからするとカシラと同じか、少し若いかってところだろうか。
一方で飼い主側には一人も護衛らしいものがいない。武力の持ち主を伴わずに会談することもまた信頼の表現方法ってことなのか。
護衛からも情報が漏れるのが怖いのか。
もしくは、護衛なんて必要ないくらい強いのか。まだ判断は付かない。
「そういえば、カルカンダリの方はどうなんです? あちらはあちらで動いているようですが」
「助力はすれど本格的には動く気はないでしょう。あそこにおられるのはあくまで代官。強権を振るいすぎれば本領に睨まれるでしょうから。
カルザハリ王国から名の一部を受け継いだ正当な領土などと言っているものの、その性根は──」
そこまで言って飼い主は咳払いを一つして言葉を切る。
イミュズ全体がどうかまではわからないが、彼からカルカンダリの評価は芳しくなさそうだ。
改めて、オレの記憶にある情報を纏めておくか。
ビウモードがルルシエットを強襲した。都市ルルシエットは陥落。
土地々々の安定は失われて時代が戦乱に再び逆行しようとしている。
そんな状況もあって手を取り合う勢力がある。
学術都市イミュズとカルカンダリ僻領、そしてビウモード伯爵領が手を組んでいる。
金にしろ兵力にしろ互いに足りないところを融通し合うって算段なのか。
話の流れからすると飼い主殿はイミュズの関係者で、それなり以上の影響力がある人物なのだろう。
「ドップイネス殿の勢力が使っている交易路の妨害をしていた同業者はそれなりに駆逐しましたが」
「報告は受け取っています。お陰様で彼からも御礼をいただきましたよ。おすそ分けは裏口に止めてありますのでお持ち帰りください」
「ありがたい。でも実際、どうなんです?」
「どう、とは?」
「暗躍しているのはあのドップイネス殿だけじゃない。我らが雇用主殿もそうなんでしょう?」
「伯爵でもない人間がビウモードに影響を与えているように、市長でもない私がイミュズに影響を与えている、それに関しての危険性や将来についての計画が聞きたい……そう仰っておられるのかな」
「話が早くて助かりますよ、エメルソン殿」
エメルソン?
……どっかで聞いたことがあるような……どこだったか。
「それについては案ずる必要はないと言っておきましょう。
イミュズに関しては既に議会の殆どは私の味方になっています。高潔なものたちの多くは既にイミュズを去り、あそこは悪徳の街へと変わろうとしている」
それは何よりですな、とカシラは安堵するように頷いた。
ここから二人は暫く話して、休憩を挟んでからこの後のことを話し合うことになった。
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休憩といっても、食事が用意されたりするわけではなさそうだった。
手入れされた施設ではあったがときおりこうした密談に使われるための施設であり、常駐している食事担当がいたりするわけではないのだという。残念。
「カシラ」
折角の機会だ。ちょっとカシラからも情報を引っ張れるだけ引っ張ってみようか。
エントランスでカシラと神経質そうな男が座っていた。
「どうした」
カシラはお手製のタバコに火を点けている。邪魔をしたかとも思ったが気にしていないようで何より。
口調もへりくだったものではない、賊のカシラらしいもので返してきた。
「あのエメルソンってお人は信用できるんですかい」
「信用、ね。どう思う」
カシラは意見をそのまま隣のその男へと委ねたようだった。
彼は少し沈思してから、
「エメルソン殿は人材と禁制品で成り上がってきた裏の大物だ。ドップイネスとは食い合わないように東西で交易路を意図的に分けて、避けてきたと考えられる」
「ドップイネス……ビウモードのところで暗躍してるって奴ですよね?」
「そうだ。彼はツイクノクを本拠としていたが、あそこでの稼ぎに旨味がなくなってきてビウモードへと流れてきたという情報は得ている」
いるんだよな、賊とは思えないくらい情報を集めて咀嚼しちゃう奴。
どこぞの領地に仕えれば一廉の人物として雇われそうなのに、おカタい宮仕えはできないタイプなのか、そういうところから去っていった人物なのか。
「確かに、奇妙ではある。商人であれば利益を優先する。ドップイネスと今更同道するような真似を何故……」
思考の海に潜りそうな彼に対してカシラが背中をどんと叩く。
「それ以上深く考えるのは後にとっておいてもらうとするか。そろそろ会議の続きだ」
おっと、時間切れか。
ドップイネスとエメルソン。勢力の威を借って好き勝手している……のだろうか。
ううむ。記憶や知識の上で考えると、あのワガママ太っちょ商人にビウモード伯爵があっさりと利用されるもんだろうかと思っちまうな。
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この後の会議の内容は実際にカシラが率いる賊がこれから何をするかの話し合いだった。
どうやら先日のお手製の関所みたいなのは各所にできているらしく、それがエメルソンにとっても邪魔であるということ。
これを賊を使って破壊せよというもの。
そして、あの番頭氏がいたような都市外の倉庫というか、預かり所というか、そうしたものもそこかしこに作られているらしい。
そこが強襲されている事案が多いから護衛として人を割いてほしいということだった。
強襲云々に関しては覚えがある。あのアンデッドや屍術士が動き回っているのだろう。
話し合いは終わり、外に出ると馬車が数台。
エメルソンの言うところの『おすそ分け』なのだろう。
外にはオレ以外の護衛役と思われる賊が数名。
それぞれが馬車に乗り込むと移動を始める。
オレが乗ったのはあの神経質そうな男の馬車だった。
馬車を操るのも彼が行う。道中は彼は思考に没頭する。オレはといえば暇な時間で居眠りしないように必死になっていた。
「……名前はなんだったか」
「グラムです、旦那」
「旦那は止めろ。アーレンでいい。適当に盾代わりを選んで連れて行ったつもりだったが他の賊よりも頭も口も回りそうだな」
褒められたが、いいことでもないんだよな。下手するとこれって「お前、オレの知ってる●●じゃないな? 怪しい……死ね!」となりかねない。
「少し相談に乗れ」
ただ、今回に限っては大丈夫そうだ。
「オレでよけりゃあ」
「……エメルソン殿はやり手だ。元々バラバラだったカシラや自分を集め、一つの賊にするように計画し、その通りになった。
今もこうして定期的に会議をしては何らかの目的に進まされている」
「賊たるもの反逆してなんぼ。こんな宮仕えみたいな真似できるかっ!
……ってのを言いたい感じでもなさそうですな」
「私個人の感情と目的で言えば、このままでも構わない。だが」
「カシラや下の連中はそうではないってことですかい」
オレの言葉に頷き、
「やがて暴走が始まったとき、どうしたものかと思ってな」
「気苦労が絶えないポジションですなあ。
いっそなんもかんもうっちゃって逃げちまうのはどうなんです」
肉体の記憶をじっくりと拾い上げる時間はなかったが、このあたりの地理については読むことができた。
大雑把にビウモードの北側。トライカよりも北、西に暫く行くとイミュズを望める場所のようだ。
彼にできる提案など彼自身も考えていることだろうけど、他人に言ってほしいだけかもしれない。
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賊が施設から去ったあともエメルソンは残っている。
考えることは多く、しかしイミュズへと戻れば忙殺される日々が待っている。
隷属で縛り上げた商隊を使って、ブラックマーケットで財を成し、それを元手にイミュズで成り上がらんとしている彼だったが、計画が順調ではあっても完璧ではなかった。
商隊は表沙汰にできない品々を運ぶからこそ狙われることも多く、強力な個人で構成された商隊も日々使っていれば摩耗し、使い物にならなくなる。馬車の車軸と同じだ。永遠に壊れないものなどありはしない。殆どの場合は、だが。
ともかく、隷属商隊とも呼ぶべきものは以前ほど活発には動けなくなっている。
だが、それとは逆に必要となる金は増え続ける。
(イミュズを支配下に置くにはあと一歩……とは言えまいな。市長連中はトライカとの関係を深めている。いくら中堅から下を懐柔しても鶴の一声に抗えるほどではない。
だが、時間をかけすぎては他のものに果実が食われかねない)
学術都市イミュズは爵位持ちに支配されることなく自治をなしている都市である。
頂点には市長が存在してはいるが、市長そのものは都市に対する貢献──つまりは寄付金の多さによって選ばれる。勿論、寄付さえすれば誰でもなれるわけではない。
そのうえで寄付金の多さによって選ばれた組合幹部たちの推薦を一定数集めねばならない。
それが可能な人物となれば、盤石な体制を築いてしまえるものであり、現在の市長の権威は崩れるを知らない。
だが、エメルソンは支配するうえで市長になる必要はないと考えている。
何もかも意のままにする必要はない。イミュズにおいて自分がやりたいことを実行できる程度であればそれで構わない。
(ビウモードとルルシエットの戦いがあるように、イミュズ、カルカンダリ、ビウモードの三者協力は同時に三者同士の戦いでもある。
カルカンダリの代官が強く動く気はないであろうから、実質的にはこのエメルソンと、ドップイネスの決闘めいているわけだが。
……時間をかければ腹を空かせたツイクノクの介入もあり得るだろう。いや、実質的に裏切ったといって差し支えないドップイネスへの怒りもあろうから、隙を見せれば連中はすぐさま動こうとしかねない)
強く動く気はない、とはいってもこの三者協力に名を連ねるだけあって、カルカンダリにも野心はある。
エメルソンが明確にそれを心中に出していないのは彼らの野心そのものは彼の計画に支障をもたらしにくいからでしかない。
(隙を見せず、しかし三者協力の状況で他のものを出し抜く手段……か)
暫し、エメルソンは沈思する。
謀士として警戒するべきドップイネスの存在が、そしてそのドップイネスの動きが派手ではないことが不気味である。
だが、派手な動きがないのならばなにかの準備をしている最中であるのだろうか。そこを漁れば出し抜く隙が見当たるかもしれない。
(仕入れた情報の中にドップイネスが管理局に貢物を捧げ、友好関係を築こうとしたがそれは失敗したのではないかというものがあったか。
……管理局。利用するにはあまりにも難物ではあるが、ドップイネスへの感情次第では折り合えるところはあるか……?)
管理局局長ウィミニアがライネンタートその人でもあるということを知るものは少ない。
そして、ライネンタートがどれほどの難物であるかを知るものは現代に置いて多くはない。
この点においてエメルソンは知識が不足していると蔑むことはできない。戦乱の中で過去の歴史を掘り下げて知る機会は、大金を得るよりも難しいことだからだ。
(それは少し置いておくか。今は私やドップイネスの荷置き場が何者かに襲われていることの解決を急ぐ必要がある。
骨屍鬼が襲いかかってくるとは聞いているが、ダルハプスとやらは滅んだのではないのか? それとも、別に屍術を使えるものが? ……屍術のような高等で希少な力を持つものがそうほいほいと現れるものなのだろうか)
忌道の使い手は多くはない。
代表的なものでいえば隷属を刻むものも、エメルソンやドップイネスのような裏側で名の知れた大商人であったとしてもお抱えのそれがいないのが現状だ。
屍術の希少性は隷属と並ぶ。いや、隷属は彼らのような人間にとって有用だからこそ才能あるものを学ばせたり、探させたり、あるいはそうした能力を持つと自覚するものは自らのことを喧伝する。
屍術は隷属に比べればそうした商業的有用性が低いからこそ、表にも出にくいという事情もあった。
(あれら以外にももう少し裏で動かせる手勢は増やすべきだろうな。私が相手ならそろそろ目障りになって手を出したくなる頃合いだ。
となれば、おそらくドップイネスも──)




