015_継暦141年_春/08
よっす。
ドデカため息吐かれているオレだぜ。
……いや、わかるよ。
付いてきたのが一番の初級者だもんな。
生意気だしな。わかるよ、がっかりってのは。
でもお前を放っておくと、孤独の辛さみたいなのがオレの心のなかで噴出しそうなんだよ。
だから来るしかなかったんだ。
危険なのもわかっている。
イセリナとの約束を思いっきり破っているのもわかっている。
しかも二回目だぜ、破るの。
流石に賊の……いや、元賊のオレだって最低だとは思っているさ。
けど、誰の手の上でかもわからないところで踊らされているギネセスに対して、
誰の手によって復活させられているかもわからん状態のオレは、彼と自分を重ねてしまう。
こいつが生きて、そのしがらみを解けたなら自分の復活に対しても少しは考え方も変わるんじゃなかろうか。
そんな自分勝手な淡い期待がないわけでもない。
ギネセスは「その蛮勇は買う」とだけ呟いた。
「……私から付かず離れずでいろ、回避や防御に徹してくれ。
人を守るのは苦手だが、最大限の努力はする」
「わかった」
ランタンが邸を照らす。
「ぐぬ……」
小さく苦しむような声をあげるギネセス。
片腕……つまり、あの蔦を押さえている。
「どうやら、あちらのようだ」
呪いが引き合っているのか、彼は奥へ奥へと歩いていく。
やがて現れたのは大きな扉。
手を触れることもなく開かれていく。
「招待されているんだか、誘い込まれているんだか」
「どちらでも構わんさ」
ギネセスはぐっと拳を握り込むと痛みを抑えつけたのか、腰から剣を抜く。
邸内に入ってすぐに剣を抜くものだと思っていたが、そうしなかった。
それまで理由がわからなかったが、彼が鞘から剣を抜いてようやく理解できた。
鞘から漏れ出すのは力の源だ、霧や靄にも似た粘液質状の気体が刀身と鞘の中から溢れ出る。
彼は鞘の中でインクを練り続けていたのだ。
詳しいことはまるでわからないが、それこそが無形剣に必要なことなのか、
それとも彼にとっての大切なルーチンワークなのか。
ともかく、剣は抜かれた。
その意味はたった一つ。
「ヴィルグラム、いいな」
「わかってる、オレも死にたいわけじゃない」
本音が漏れると、ギネセスは小さく笑って、
「私もだ」と言った。
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大きな扉の向こう側は、舞踏会でもできそうなほどに広い部屋だった。
明らかに縮尺が違う。
インクによって作り出された何かしらなのか。
どうあれそこらの賊上がりが来ていい場所じゃあないぞ、コレ。
勇者だとか英雄だとか、そういうのが必要な状況だろう。
部屋の中心に机が置かれている。
そして、卓上には鳥かごのようなものが。
「来たか 来たのだな」
鳥かごから音が発せられた。うめき声とも違う。
全身を逆撫でされているような不快感を音にしたような。
「使命の枝葉を感じる
おお 来たのだな 我が 血裔よ」
室内の闇をゆっくりと晴らすように、部屋中の燭台一つ一つに火が灯る。
「うへ、なんだよ、あれ」
「父祖だろうな……恐らくは、だが」
鳥かごらしきものの中には生首が収まっている。
生首はどこを見ているかもわからない瞳を中空に向けて、呻くように言葉を吐いていた。
ギネセスが父祖だろうと同定したのは、籠の隙間から彼の腕で脈動する蔦のようなものが、同じように伸びていたからだ。
ただ、伸びているのは顔にではなく、首の断面から外に向かって。
まるで狙った獲物を求めているかのようにも見える。
「約束は 果たしたぞ 約束は このように 果たされたぞ
強き子孫は ついに到来した」
首が呻くように続けた。
部屋の奥。
燭台の明かりも届かない闇からぬらりと人影が現れる。
その歩く姿は音もなく、しかし、卑しき賊のような隠れ潜むものではない。
主の影として在って当然。
影であればこそ音も気配もなくて当然。
そうした理念の体現がそこにあった。
フリルのついたカチューシャにエプロンドレス。
軽々にたなびいたりしないロングスカート。
首元まで隠したインナーに、手袋と顔を除いて殆ど肌の露出がない。
その姿はまさしく一流のメイドそのもの。
長い髪の毛はポニーテールにしているが、結んだ髪の先端は朧気に明滅していた。
良く観察すれば服の裾なども同様に明滅し、透明と不透明の状態を繰り返している。
それが彼女こそが定命の肉体ではないもの、つまりは幽霊や亡者の類であることを如実に示している。
「我が血裔よ 勝ってくれ 私のために 勝ってくれ
この苦しみからの解放のために 血裔よ
勝て 勝て 贖え 贖え 勝って贖え 贖え あが──」
狂ったように害意を連呼する生首、それが入った籠に幽霊メイドの裏拳が炸裂する。
籠は壊れこそしないが、中身は「へぶあ」と哀れな声を上げつつ入れ物ごと転がっていった。
「さあ、私を倒しなさい。
そうすれば貴方と、貴方の先祖の首は呪いから解放されるので──」
口上をまるまる待つほど育ちがいいわけではない。
一目でオレの実力を見抜いたのだろう、注意の殆どはギネセスに向いている。
それならやることは一つ。
道中で拾ってきた石をポケットから引っ張り出し、
「オッホエ!」
気合と共に投擲される石。
「よい狙いです」
メイドの声と共に石が空中で砕かれる。
次に聞こえてきた音は硬質な金属音。
何かしらのカトラリーが床に落ちたのを確認できる。
「我が影は刃、命脈穿つ黒い牙」
オレが動いた一瞬の後にギネセスが動く。魔術発動のための詠唱だ。
不意打ちするなとか、そういう教えがあったのが何となく伝わってくる。
メイドが行動に起こしたから自分も動いたのだろう。
それが騎士らしい立ち振舞って奴なのだろうか。
王さまの首を刎ねることが許されるくらいの家系なんだから、そりゃあそこらの冒険者とは比べられないくらいには毛並みはいいんだろうな。
彼が言葉を呟いたのちに剣を振るう。
それは相手を斬りつけるためではないのは距離からしても明らかだった。
刹那。
幽霊メイドの足元に彼女の身の丈よりも大きな剣が地を割るようにして現れた。
現れる瞬間に後方に跳ねるように回避したものの、その衣服の一部が破れ、霧散している。
人間ではなく、あの姿そのものが彼女なのだろう。
つまり、服も含めて肉体、傷つけばそのままそれがダメージとなると見た。
「無形剣……確かに先祖よりも才能はあるようですね」
「最終防壁のセニアで間違いないな」
「主を守れなかった私にその二つ名を持つ価値はありませんが、ええ、セニアで間違いはありません」
全く知らん名前が出てきた。
タッパも体つきも顔立ちもグレートではあるが、そういう意味ではないのだろう。
「お前を殺せば呪いが解けるのは真実なのだろうな」
「貴方が私を殺せるほどのものならば、我が怨念も諦めることでしょう」
グレートウォール、最終防壁。
怨念。
……アンデッド。
策略によって殺された少年王。
手を下した処刑執行人。
関係性まではわからない。
だが、彼女が化けて出てきている理由はわかった気がする。
ギネセスの攻撃は無形の剣と言うだけあって、振るった先に剣を現出させるものだ。
技巧か、魔術か、そこまでは判別ができない。
セニアはそれをかなり慎重に回避しているようであった。
先程かすったときの状況を見たところ、あの技はセニアを十分に殺せるだけの力があるのだろう。
背景の何もかもがわかっているわけじゃあない。
だが、ここでギネセスと一緒に死ぬわけにはいかない。
オレができることは彼の勝利への道筋を手伝うことだけだ。
で、あれば。
オレは再びポケットから石を取り出す。
残りは三つ。
石をカトラリーで撃ち落としてきたのを見ると、オレと同じ投擲の技巧を持っている可能性がデカい。
そんな相手に戦輪を使うのは当たるのが確実な状況でのみ。
「セーニアー!
なんでそんなに怒ってるのさー!」
叫ばずとも聞こえる距離で可能な限りの声で叫ぶ。
煩わしいという表情は出さないものの、ちらりとこちらを見た。
「王さまを守れなかったのが悔しいんだろ」
こちらを見たなら次はそれほど大きくはない声で。
会話したいわけじゃない。
とにかく気を散らせるのがオレの仕事だ。
わかった気がした情報で探りをいれながらの挑発行為。
品がない?
そりゃあ賊生まれの賊育ちだからね。
一瞬の余所見であってもギネセスの無形剣がセニアの体の一部を切り裂く隙を与えた。
オレの言葉によって生まれた隙をしっかりと咎めていくギネセス。
イセリナの言う通り、あの男一人で解決できない戦闘は少なそうだ。
セニアは距離を取り直す。
戦闘に集中するのかと思えば、違った。
「我が主の名は存じていますか」
会話だった。
なんかアンデッドってのは怨念に突き動かされてるから一方的に恨み言を吐いてくる手合しかいないと思っていたが、
そのアンデッドにまつわる話に関しても、いつ聞いたのかもわからない記憶の断片に過ぎない。つまり信用ならんものってことだ。
「いや、知らない」
「では、どう死んだかも?」
「それはギネセスからはさっき聞いた。
けど、それだけ。
詳しいことはなにも」
「……勉強不足のようですね」
「読み書きはできても、学ぶのが苦手でさ」
「しっかりと学んでいれば、もう少し上等な挑発もできたでしょうに」
仰る通り。
……いやだいやだと言わずに、できる内に学ぶべきか。
だが、それも生きて帰ったらだ。
「セニアが教えてくれるなら、学んでもいいんだけどね」
ぴくりと表情が動く。
ははあ、なるほど。
重ねたんだな、オレと主を。
少年王なんていうから、年齢はもっと下かとは思っていたけど、これは予期せぬ幸運だったかもしれない。
「セニア、ギネセスやその先祖への怨念を捨てることはできない?」
であれば、言葉のオッホエだ。
苦い表情を浮かべるセニア。
そこに容赦なく無形剣が飛んでくる。
暗色半透明の刃がド派手にメイドに襲いかかる。
挑発ばかりではない。
ギネセスは戦いの前に斬りかかることはしなかったが、戦いの中であれば会話であっても別であるという扱いらしい。正直ありがたい。
言葉を返す前に回避に移るセニア。
彼女の体の端々がちらついているが、それは何か指向性というか、法則を感じる。
……ちらつきは生首の方向へと続いているというか繋がっているような。
試してみるか。もしも予想の通りならセニアが存在するための楔は……。
オレは石を握り込むと「オッホエ!」と気合十分に投げつける。
幽霊メイドが無形剣を回避する動作に完全に合わせた一投、いかに投擲系の技巧を持っていたとしても、このタイミングであれば撃ち落とせない。
同じ種類の技巧であればこそ、いやがることは手に取るようにわかる。
「ぎいやあ!」
印地の一撃が籠を突き破り、首に叩きつけられる。
「なにを している なぜ 守らない
私が消えれば お前は」
「お黙りなさい」
恐らくセニアにはもう揺さぶりは効かないだろう。
だが、首の方は別のようだ。
石は残り一つ。
ギネセスが再び踏み込み、セニアとの戦いを続行する。
オレは大きく迂回するようにして首へと進む。
こちらにセニアが目を向ければ隙になり、そうなればギネセスが倒してくれるだろう。
やるべきことは隙作りってことだ。
「ねえ、首だけのご先祖さま。
どうしてセニアに力を貸しているの?」
「愚かな問いよ 私は貸しているのではない
あの女がこの首に呪いを込めたのだ」
石を投げてきた相手に対して会話に応じたのはオレが石をポケットから、見えるように取り出したからだ。
首だけになっても石を投げられるのは痛みがあるらしい。
「呪い?」
「意識をこの首に封じ 死ぬことを失わせた
王国の一部のものにのみ伝わる 忌道によってな
その忌道は 実行したものにもその影響を与える」
「人を呪わば穴二つ、と」
セニアにとっては一挙両得なわけだ。
ご先祖を呪いつつ、自分もアンデッドになれるんだからな。
「この忌道が 消えるのは あの女が 満足するときのみ
奴が消えねば 私も消えることは叶わぬのだ
一介のメイド如きが おこがましいとは 思わぬか
この大騎士となる星の下に生まれたはずの この私にこのような仕打ちとは」
星の下に、ってことは当時から有力貴族じゃなかったってことか?
明確な爵位があるならそれを持ち出すだろうし。
言葉にならない呻き声を発する首。
そして、不快な音と共に言葉を続ける。
「何故 私だけが 呪われねばならぬ
公爵閣下の命令で 当日の護衛に穴を開けたのはそうだ
少しばかり 命令書を書き換えるくらい
平和ボケした連中の 隙を衝くなど 造作もない」
その声音は明らかに嘲りが含まれていた。
「その程度の計画を見破れず 拐われた王が悪いのではないか
それを守れなかった あのメイドが悪いのではないか
処刑人ども誰も自らの主を殺したくないなどというから手を下しただけだ
何が悪いのか
私は 求められたからやった 我が栄光のためにやったことの その何を非難されるというのだ」
流石は呪われているだけあって、えらいことを言い始めた。
王様の処刑をするんだから相応の立ち位置があるのかと思えば、ただの公爵の犬ころだったってことか?
相続戦争が暗黒時代なのはそうだろうけど、前夜も相当な暗黒っぷりだな、こりゃあ。
ともかく、呪詛めいた言葉を吐ける機会があれば吐いてしまう、そこに当人の理性や自制心などなく、そういう生態だとすら見える。
オレの知るアンデッドとはこれだ。これこそがアンデッドだ。
「何を……」
それを聞いたギネセスが言葉を、或いは行動を詰まらせてしまう。
睨み合いの状態であればよかったのだろう。
だが、手を止めたのは状況がマズかった。
ゼロ距離での攻撃の打ち合いの最中の出来事だった。
セニアの抜き手が思い切りギネセスの体を突き破り、その命を砕く。
「……代々、先祖を、解放するため、戦ってきたというのに……、
その呪いは、この血が起こした……愚行の、報いだったなんて……」
膝を突き、そしてそのまま倒れる。
「最早、戦う、意味など……」
いや、マズかったのではない。
ギネセスは自ら戦いを降りた。その生命をセニアに捧げたのだ。
「そんな、ああ……こんな戦いを望んでいるわけではないのです。
私を殺し、私がいても無意味だったことを証明しろといいたかっただけなのに、どうして──」
幽霊メイドがアンデッドらしい怨念めいた言葉を呟きながら苦しむ。
ギネセスの手から剣が落ち、その体が床に倒れると同時に乾いた音が鳴る。
乾いた音の正体は籠が粉砕されたもの
首の断面から生えている蔦を虫の足のようにして疾駆する。
壮絶に気持ちの悪い動きにオレは何をすればいいかの思考を逸する。
すぐにこの場を離れるか、ギネセスへと向かうかの二択であることに気がつくが、後者はその択からすぐに外れることになった。
───────────────────────
待っていた。
待っていた待っていた待っていた。
このときを待っていた。
何人もの血裔に忌道の力を使い、呪いと誘いを与え、彷徨い邸へと足を向けさせる。
だが、多くのものは辿り着く前に命を落とした。
この男だけだ。
ついにこのメイドの前に辿り着いたのは。
その上で、この強さ。
我が一族には考えられないほどの、異常とも言える強さ。
望外のできごとだ。
見事に血裔はセニアに殺された。
深々と空いた傷口に私は滑り込む。
呪蔦の忌道は公爵閣下から賜ったもの。
元は王や周りのものの動きを縫い留めるために使うものだったが、私との相性は素晴らしかった。
この蔦の力は自らの肉体よりも遥かに精度高く、筋肉の代わりにもなる。
しかし、この忌道があってもセニアに殺されたのは器としての私が弱かったからだ。
セニアの忌道によって、あの女の恨みが消えるまでその存在を担保するものの道具にされた。
呪蔦をセニアの忌道かのようにして偽装し、子らを呼び寄せた。
才能を感じられないものは遠隔から呪い殺した。蔦が心臓を握りつぶすことなど簡単だ。
血を分けた子らにのみ影響を与える力ではあったが、だからこそ、ここまで来させることができたのだ。
使命のように感じさせ、ここまで呼び込むことができた。
ついに、セニアを殺せるだけの器が現れた。
私は傷へと潜り込むと、邪魔くさい臓物や首を内側から処理し、有るべき場所に我が首を生やしなおす。
子孫の首は破裂して飛び散った。要らぬ。こんなものは。
「グ ググ グゴ ゴガ……ご、ごろず」
久方ぶりに肉体を動かすからか、インクを使わない発声に苦慮する。
だが、意は伝わるだろう。
「ゼニア 私 は ギザマ を 殺す
王を殺して 何が悪い
私が正しかった ことを 証明 してくれるわ!」
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状況が二転三転する。
冷静になれ、理解だ。状況を理解しよう。
時系列だ。時系列で纏めるんだ。
パズルのようにピッタリと組み合わさった状況推察はオレを冷静にしてくれるはずだ。
相続戦争のキッカケになった王族の死。
それに思いっきり手を貸していた処刑人。
その処刑人は少年王の首を落とした。
少年王の忠実なメイドが復讐で処刑人の首を落として消えた。
で、ここからの思考は推察が多分に含まれる。
考えろ考えろ。あっさりと死にたくはないんだよ、この人生は。
メイドは自分がいれば少年王を守れたと思っているが、
本当は自分がいても無意味だったと思いたいからこそ処刑人に殺されたかった(仮)
でも処刑人はあっさり殺されたので、子孫にその欲求を果たさせようとした(仮)
長年に渡った歪な復讐劇の果てにギネセスがここに辿り着いた(確定)
しかし、ギネセスは処刑人から真実を語られた隙によってセニアに殺された(確定)
その死体を処刑人が奪った(確定)
処刑人の目的は長年道具として扱ったことと、公爵の犬としての悠々自適ライフを止められたことへの怒りによってセニアへ復讐をしようとしている(ほぼ確)
……。
よし、もはやこの依頼を完了したかったギネセスはいない。
この一件はオレにはまるで関係のないものとなった。
逃げよう。
脱出だ。




