149_継暦141年_夏/07
よっす。
戦いに巻き込まれているオレだぜ。
関所の上にはカシラと傭兵、それに側近が一人ずつ。
出入り口の外側には賊槍を持った賊が数名。
内側にはオレと、騎士風の傭兵が六名。それに有象無象の賊が十名ほど。
ログハウスから急ぎこちらへと向かっている賊が更に十名前後。
結構な大所帯だ。
ああ、それと『関所』と呼んではいるがが、実際には丸太の集合体でしかない。
関所と名乗っている施設は本来であれば選りすぐりの石材や特別製の金属によって堅牢に作られる。
だが、ここにある『関所風小銭巻き上げ施設』は木製だ。丸太の組み合わせで作られた建物は自然な風合いが素敵だ。
素敵ではあるが、丸太には本来関所に使われているような石材や金属ほどの耐久力はない。
ただの住居や村の境界線を示す囲いなどであれば問題もないが、戦いの舞台にそれが選ばれたとしたなら殆ど無力な建物であると言わざるを得ない。
だからこそ、馬車を護衛しているものたちも落ち着いて相談をしている。勿論隙はない。
断続的に飛んでくる矢やら賊槍やらを避けたり、叩き落としたりしているがそうした行動には余力が見えた。
「ルガフ、フォルト、ペルデ。
賊を殲滅する。建物はどうなっても構わない」
ジャドの言葉に対して嫌味ったらしいフォルトはにたりと笑う。
「ジャドは下がっていていいぜえ。先輩を働かせるなんて申し訳がないからよお」
馬車とフォルト以外の二人をジャドは見る。
フォルト以外の二人のうち杖を持っているがペルデ。彼はフォルトに名を呼ばれていたから判定できた。
そして先程のジャドの発言から消去法的に剣士の名前がルガフであると割れる。
四人ともに壮年といっていい年齢である。
この時代、武器と戦技で食っていて長く生きているというだけで実力の証明ができていると言って差し支えない。
特に彼らのように有象無象ではなく、明確に目的を持って仕事を──今回であれば馬車の護衛を──割り振られているであろうのを見れば護衛を四人しか雇えなかったというわけではなく、
彼ら四人で馬車は完全に守りきれると判断されたと考えて然るべきだ。
うーん。
逃げようかな。
そんな気配を察知したのかまではわからないが、傭兵がオレや周りの賊に対して
「逃げても構いません。ただ、無抵抗の人間を後ろから斬りつけるというのはたまらなく楽しいものだと我々は認識しているとはお伝えしましょう」
身なりの整った騎士風の一人の言葉は脅しではないように思えた。
どんな環境で育ったらそんな趣味があることを胸を張って宣言できるのか疑問ではあるものの、賊たちが持っている趣味もあまり大差がない。
つまりは彼らは恐らくは腕っぷしが良く、見た目はいいものの、基本は賊と大差のないかそれに劣る精神構造を持っているわけだ。
理解できた。
最悪だ。
「逃げるわけねえ~!
一方的に攻撃できるのが楽しくてたまらねえからよおお!」
矢を射掛ける賊や枝……いやさ、賊槍を投げつける連中が心底楽しそうに言葉を返す。
熱狂的になっている彼らを見て、
「余計な心配でしたか。
では、我々も行きましょう」
あくまで態度は優雅。
武器を抜くと関所の守りを固めるべく動こうとする。
そうした騎士風傭兵の動きと殆ど同時に、どん、と音がした。燃え上がるのは矢を射掛ける賊。耳障りな悲鳴は断末魔であったが、それもすぐに止んだ。火はすぐに消えた。残されたのは急速に炭化した賊だったものだけ。
傭兵は目を細める。
「門を開けろッ! 城壁城門でもない見てくれだけのこれが役になど立つものか! 接近戦で一気に片を付けるべきだッ!」
騎士風の言葉にカシラは頷くと内側の賊に向かって合図をする。
すぐに扉は開かれたが、放物線を描くようにして飛んできた何かが開閉を行った賊に当たり、先ほどと同じように激しく炎上して黒焦げの死体を一つ増やした。
「馬鹿どもが、死にに来やがった!」
爆発炎上する水薬を構えるフォルト。
傭兵が踏み込む。速さにおいては傭兵が上。その姿勢は水薬がどのように飛んできたとしても防ぎきれると見えるものだ。
が、敵はひとりじゃない。
「《我が腕は弓》」
杖持ちのペルデが短い詠唱を終わらせると同時に放たれたのは複数の矢。魔術によって放たれた光が鋭く傭兵へと進む。
魔術の予想はしていたが、その速度は予想よりも上だったようで、傭兵の体に風穴が幾つも穿たれる。
傭兵たちは怯むことなく護衛へと突き進む。賊も同様だ。傭兵が一人殺された程度で怯えるような数じゃない。へこたれるのは半数が蹴散らされたらになるだろう。そう、オレ以外は。
オレはへこたれた。こりゃあ負け戦だ。絶対に勝てない。
ジャドがオーフスやブルコより何枚も格が落ちるとは思えない。少なくとも同格だろう。
そして、それとやっぱり同格程度だろう他の護衛の力を考えると関所賊が束になっても鳴き声を上げるのが精一杯に違いない。
しかし逃げるとなっても周りには賊がいる。
逃げようとするものに賊は厳しい。
身内に殺されて次へ行くってのは一番くだらねえ。
死ぬにしたって何かしら情報がほしい。
傭兵も魔術で一撃で殺されはしたものの、他の連中は数と勢いもあって案外善戦している。
フォルトとペルデは流石に前衛を張りきれないからかじりじりと後退。
カシラが高台で叫びつつ指揮を飛ばしている。案外いい指揮能力があったりするのかルガフを合流させないように賊を立ち回らせている。それもまあ、時間の問題だ。
ルガフはじりじりとその足止めを抜け出しかけていた。少なくとも賊で完全に止めておける相手じゃない。
何かできることはないかと周りを見る。
いい感じの石はあるが、他にないか?
割れずに転がっている爆発炎上の水薬に目が行く。
しこたま投げているが、時折不発しているらしい。とはいえ、完品ではない。中身が殆ど漏れ出ているが、少しでも効果は残っていたりしないだろうか?
視線の先には押し込まれつつも迎撃をしているフォルトとペルデの姿。
試してみるだけ試してみるか。
注意が少しでも向けば賊にチャンスが生まれるかもしれない。撃退できりゃ命も永らえるのだ。
「オッホエ!」
ものは試し。水薬を投げる練習もしておけばいつか役に立つかもしれない程度の気持ちだったが、水薬が手から離れる瞬間に妙な……そして、体感でつい最近に触れたような感覚があった。
なんだったかを思い出す前に水薬は手を離れ、フォルトへと直進。そしてフォルトと賊を巻き込む形で爆発し、炎上した。
「ぎあああああ!!!」
フォルトの叫び声。
今まで自分がやっていた行いが自分に返ってくるとは思っていなかったのだろう。ざまあないぜ。
「な、なんでだ!? 中身がねえはずの……不発が……」
致命傷には遠かったようだが、それでも相当の痛手は与えたと見える。
なるほど。爆発しなくても中身が漏れ出てたのは不発しても相手に使われないための工夫が凝らしてあったのか。
──じゃあ、なんで爆発したんだ? 設計ミスか?
「明らかにあれは途中で増えていたようにも見えたが。いや、それよりもフォルト。君は退くべきだ。その傷では」
けが人の心配をしたペルデ。その一瞬の隙を付いたのは傭兵たちだった。一気に攻め寄せて剣を突き立てる。
「ペルデ! てめえらあッ!」
燃えながらも周りに水薬を投げ、そしてオレを睨む。
「妙な小細工をしたのは、テメエだな……! テメエだけは、俺が殺してやる……!」
激怒が痛みを抑制しているのか、無傷であるときのように立ち、構え、投げつけられる水薬。
「やれるものならやってみやがれッ!」
一方のオレはその水薬を石を投げつけて叩き割る。迎撃成功だぜ。
「クソがクソがクソがッ! 賊のくせに技巧持ちかよッ!!」
「悪態吐いている暇があったら、」
重い衝撃が横腹に走る。
気がついたのが遅れた。いや、気が付かせなかったというべきか。
剣士のルガフがオレに賊槍を突き立てていた。拾ったものを再利用したってわけか。下手に愛用の剣を突き立てて引き抜けなくなるのを警戒したのか、オレ如きの血を吸わせるのがいやだったのかまではわからない。
その判断が決まるよりも前に、オレの意識は闇に──
「技巧と超能力、その二つを持ってなぜ賊になんぞに落ちたのかは理解に苦しむが……だが、この戦いでお前こそが最大の危険因子と見た。
これ以上隠し玉がないことを祈るが、どうだ?」
「ごほっ……ね、ねえよ……」
「ならば」
ぐいと賊槍が更に深く突き刺さり押し込むと同時に投げ飛ばされる。
意識は今度こそ闇に解けていく。
だが、超能力?
なんのことを言ってんだ?
そのことをルガフに聞いてみたいところだったが、闇はそれを許さなかった。
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関所を越えた馬車は変わらぬ速度で進む。
フォルトとペルデの傷は深い。助かるかどうかは五分五分よりも不利なところ。
しかしジャドもルガフもやれることはない以上は当人たちの運に任せていた。
悪党の雇われとはそういうものだ。
「見てたろう、ジャド」
「……あの賊か?」
「ああ、あの賊さ。只者じゃあなかった。戦術も身体能力もショボいが技巧の冴え方に、超能力まで持っていたろう。
あんなのが賊をやる時代なのかね」
「レアケースだと思いたいところだ。あんなのがごろごろしているなら流石にこの仕事は安すぎるな」
会話は当たり障りがないもの。
ただ、それは二人共にあの賊について考えていたからだった。
勿論、殺した以上はそれで終わりではある。
それでも次に似た状況、似た能力持ちと相対したときのために振り返っておくことは戦士として重要な戦後処理だ。
「水薬の仕組みは」
「割れやすい部分があって、それを当てる。技巧になるほどじゃないが、フォルトがミスをするようなヌルい使い手でもない」
フォルトへの信頼というよりも実戦で見てきた結果としての評価。
「ペルデが中身が増えたと言ったが」
「俺も見たよ。増えていた。新品同様ってほどじゃないがそれでも」
元の持ち主が生死の境に立たされる程度には、と。
そこらのボンクラを雇うようなドップイネスではない。ルガフが見たものに間違いはないだろう。
水薬を敵方によって再利用された。ただ投げ返されたのではなく、使用済みのものが未使用品かのようにして扱われた。奇跡めいた事象だ。
ルガフはそのようなことを行える魔術や請願を聞いたことがないからこそ超能力と断じ、ジャドもまたそこに異を挟むことはない。
「超能力ってのは安売りされるべきもんじゃないと思うんだが」
賊ごときが超能力を持っていることに嘆息するルガフだが、ジャドは小さく顔を横に振る。
「そうとも限らんよ。闘技場で戦っていた頃は定期的に新米が入ってきたが、十回に一人は超能力を持っていたと当時の飼い主が云っていた。持っていたからといって生き残れるかはまた別問題だったが」
ドップイネスが護衛たちの中で最も強い信頼を向けているのがジャドであることはルガフも知っている。
彼がどこぞの闘技場で長くチャンピオンの座を守っていたのは、ドップイネスの護衛たちにとって周知の事実だった。
「重要なのは超能力を持つことよりも、その力を制御することこそが重要なのだろうな」
「制御……か。
あの賊は制御しきれてたんだろうかね」
「できていたなら今ここに立っているのはあの賊だったろうさ」




