148_継暦141年_夏/07
よっす。
首チョンパされて死んだオレだぜ。
ディカが無事に逃げていることを祈る。祈るしかないのが無力を痛感するタイミングだよな。
今回のオレの立ち位置はどうかっていうと……ちょっと変わった状況だ。
大きめの馬車が余裕ですれ違えるくらいの幅がある街道。
『変わった状況』ってのはこの街道に丸太を組み合わせた無骨な関所ができていて、オレや数名の賊がそこで待機していた。
通行人は今のところいない。
暇そうに一人の賊が大あくびをしている。
暇を持て余して肉体にある記憶ってのを探ってみるとする。
ここのカシラは元々ツイクノクで関所を管理する役人をやっていたらしい。
汚職に次ぐ汚職の中でちょっとしたつまづきから仕事を失い、賊になった。色々な転落人生はあるだろうけど役人から賊ってのは中々聞かないパターンかもしれない。
で、カシラはあちこちを転々としながら一つの答えを得たらしい。
それは──
「諸君! チマチマ通行人探して小銭巻き上げるなんて二流のやることですよお!
我ら一流の賊は継続的に金を巻き上げる!
この関所を通りたけりゃ通行税を支払えって脅しゃあいいんですよお!」
今日も元気に手下たちに演説をしている男。口調こそ前回見た番頭だかにも似た丁寧なものだが、言っていることはまごうことなき賊のそれ。
確かにどうせ通行人を狙うってなら襲う必要はない。
領主の命令であるかのようにして金を巻き上げればいい。権力を傘に着るってのは元役人らしい手だ。
そしてその前職もあって支配地図がコロコロと変わる地域にこれを建てることでその権力のありかや責任なんかを曖昧にもしているらしい。
「相変わらずカシラは元気いっぱいだなあ」
あくびしていた賊がぽつりと云う。
オレたちの配置は演説は聞こえるがよほどバカでかい声で喋らない限りはカシラには聞こえない位置。
記憶から考えるとオレは新参寄り。
あくび賊は一応の先輩に当たるようだ。折角なら何か情報はないか探ってみるのもいいか。
「元々役人だってのに随分とこう……やる気まんまんっつうか、絶望してないよな」
「あー。むしろ役人よりも賊のほうが前途が明るいんじゃね?
カシラを守ってる傭兵の一人が言ってたんだが、この辺りの情勢がどんどんヤバい方向に進んでて、成り上がるならこういう稼業のほうがチャンスがあるとか」
賊だけじゃなくて傭兵を呼び込んでる辺り、カシラは普通の賊じゃないな。
戦力の重要性ってのも理解して、そのために外部から傭兵を雇い入れたりするツテまで持っている。
賊といえばファミリー感というか、適当に集まった連中でシコシコ仕事する手合が多い。
しかし、ここのカシラは明確に戦力や規模感を意識している。戦時の役人ってのはこういうものなのだろうか。
「傭兵なんて賊に雇われなくたって色々ありそうなもんだけどな、雇用先」
「ははは。そりゃあまっとうな奴ならそうだろうけどよ、ここに来るような奴だぜ」
聞くところによるとその傭兵(傭兵たちかもしれないが)はカルカンダリから来ているのだとか。
『カルカンダリ僻領』は前の命でも出てきたな。割と死んで近い場所で目を覚ましたってわけか。
確か武力を売り物にしてビウモードとルルシエットの戦いに噛んでるんだったっけか。
過去の復活や周回を振り返ってみてもオレ自身はカルカンダリ僻領について明確な思い出はなさそうではある。勿論、思い出せる範囲のことでしかないが。
「カルカンダリも喜んでるだろうよな。ビウモードが暴れたお陰で情勢は再び戦乱に逆戻りになりかけてる。そうなれば傭兵が売り物の連中は左うちわになるかもしれねえものな」
つまり、戦乱からすこしばかり安定へと向かっていたからこそ、武力を売り物にしていたカルカンダリ僻領は目立たない存在だったわけだ。
「そんなカルカンダリから流れてくる傭兵だぜ」
話はできるのと友人になれるのは別問題、とこの賊は云いたいのだろう。
「頼りにはなるんだろ、それでも」
「そりゃあ金に汚いカシラが大金積んだ傭兵だからな。
お前が来る前に冒険者が通りがかって戦いになったんだけどよ、そこで一方的に冒険者を打ち破ったぜ」
冒険者も位階によるだろうとは思うが、それでも賊からしちゃあ冒険者を倒せるってのはヒーローそのもの。まっとうでもなけりゃ友人にもなりたくない相手だとしても。
そんな傭兵もここで雇われ、その傭兵がいたカルカンダリも元気になり、この辺りはどうなっちまうんだろうかね。
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雑談に興じている間に交代時間となる。関所に併設されたログハウスで一眠りするなり、飯や酒をいただくなりできるらしい。
その前にカシラの顔も実際に拝んでいくとしよう。
「手下が戻ってきましたぜ」
拝むのとタイミングが重なったか、状況が動きつつあるようだ。
「報告はどうです」
「馬車が四台。人材商。勢力不明。護衛の数……小規模、だそうですぜ」
「ふむ。やはり足の早い部下がいるのは助かりますねえ。
と、のんびりもしていられませんか。連絡係には望むように酒でも女でも与えなさい。
そこの君! 傭兵の諸君を呼んできてください!」
「うーっす」
忙しく次の手を打っているカシラ。
ログハウスに行くよりもカシラの近くで待機していたほうがいいか。
行ったところでどうせ呼ばれるだろうし、ここにいれば傭兵とやらも確認できそうだ。
……という考えは当たる。
傭兵たちがぞろぞろと現れる。
想像していたのは角が付いた兜を被った上裸のおっさんだったのだが、来たのはどこぞで騎士をやっていてもおかしくない身なりの連中だった。
ああ、あの賊が『友人にはなれない』ってのはそういうことなのか。
僻領から出てきたのも見てくれ通りの折り目正しいからこそ相容れなかったのか。
「あの馬車の護衛を殺すんですか? 馬は殺してもいいんですか? もいだ手足はもらってもいいですかね?」
なるほど。
言葉はわかるが相互理解が難しいタイプか。
オレはそっと傭兵たちから距離を取った。
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ややあって、馬車が近づく音。
報告の通り四台、御者席は広めに作られており御者以外に一人が座れる形になっていた。
その御者の隣に座っている四名が護衛ということだろうか。それ以外に護衛の姿はない。
馬車の荷台に詰めていれば別だがそれを見落とすような奴を斥候にするようなカシラでもないだろう。
たった四人で馬車の護衛。
馬車の数と同数しかいない護衛。どう考えても手強いを超えているヤバい手合だと思うが、カシラはどう動くのかねえ。
「止まりなさあい! ここはジンネの関所である! ジンネはご存知か!
かつてこの土地を守護していた偉大な騎士にして無双の武人だ!
その名を冠せられた関所であるということは、領主閣下がここをどれほど重要視されているものか伝わってくるであろう!」
ジンネって人のことは知らない。ちらりと周りを見ても賊たちも『そういう人がいたのかなあ』といった顔だ。
カシラの脳内武人か?
何かを喧伝するのに、いたかもわからん人物の名前で着飾るってのは詐欺の手口の一つなのかもしれない。
その効果かどうかはわからないが、馬車は停止する。
そして、護衛らしい人間がそれぞれの御者席隣から降り立っては先頭車両にいた人物の元に集まる。
軽装備の剣士らしいのが二人。
水薬を腰から吊るしているのが一人。
杖を持っている魔術士風が一人。
いずれも男。軽装備の片方が一番年かさが上っぽい。もう一人はどっかで見たことがあるような……。
どこだったか……。
「我々は都市ビウモードと契約している商隊、俺はその取りまとめを商隊の主であるドップイネス殿に託されたジャドというものだ。
関所が誰のものであれ、我々はここを通過させてもらう」
ジャド、ジャド……ああ! ドップイネスの部下で、見逃してくれた兄ちゃんじゃねーか!
怒涛のように流れこんだ記憶のせいで随分と昔に感じる。パッと思い出せなかったのもそのせいだってことにしてもらいたい。
オレが助けられなかったあの少女──レティレトはどうなったんだろう。
なんとかしようと思って手を離してしまった相手だ。どうにもならないのもわかっちゃいるんだが、それでもどうにも無責任さを自分に感じちまうんだよな。
まあ、責任感の有無があるのと、できることとできないことはまた別なんだけどさ。
「ほう、通過すると?
であればカルカンダリ僻領の代官様の手を煩わせることになるがいいのかね!」
おっと、過去に思いを馳せていたら話が進んでいやがる。
「カルカンダリぃ?
そりゃおかしな話だぜえ。なあ、ジャドさんよお。
何せドップイネス様と協定関係にある僻領がこっちを止めるなんてのはあるわけもねえよな?」
軽薄な口ぶりで水薬持ちが言う。
馴れ馴れしくジャドの肩に腕など置いたりしている。ジャドが何か言うこともない、というよりも諦めている風でもある。
「何せイミュズ、カルカンダリ、ビウモードはこれから仲良しこよしでやっていくって取り決めになってんだ。
裏で関所なんぞ立てて小銭稼ぎするにしたって俺らにその話が回ってこないはずがないんだけどなあ。
どうなんだ、アァ?」
「フォルト、喋りすぎだ」
魔術士風がたしなめるような口ぶりで云うのに対して、水薬持ち……フォルトだかは片目を細めるようにしてから、
「悪い悪い。つい勢いに任せちまったよ。
それじゃあ交渉は良い子ちゃんのペルデくんに頼むワ」
何とも厭味ったらしい言い方だ。友達いないだろうな、フォルトくん。
「もう少し言い方というものがあるのではないか」
「はン、知らねえなあ。学がないもんでね」
ペルデと呼ばれた魔術士風もオレの心中と同意見なのか小さくため息を付いている。
そうしたフォルトとペルデのやり取りに剣士二人は感情を波立たせたりはしていない。慣れているというよりは『いつもの光景』なのか、何かしらのアクションを起こすことはない。
雇用主のためか、契約のためか、報酬のためか、なんのためかはわからないが同僚のアレっぷりに関して飲み込むのも仕事のうちってことだろうか。
「お互いに事情はあるのだろうが、ここは一つ我々を通してもらえないかな。
見ての通りこちらは小勢。慈悲を掛けるのは人の道と思うがどうだろうか」
溜息を吐いてから、ペルデがこちらへと向く。
その言葉にどう答えるのか、賊の一同はカシラを注視する。
ここでどう答えるかが賊としてのあり方になる。
賊たちの求めている答えは当然、決まっている。
「お断りですよお!
くたばりなさああああい!!」
カシラから発せられる殺戮の号令。
歓声を上げると共に、傭兵は武器を構え、賊たちは弓から矢を放ち、あるいは加工した太い枝を四人に投げつけた。




