146_継暦141年_夏/06
よっす。
ディナーになったオレだぜ。
今回は古びたベッドでの覚醒。周囲に人の気配はない。個室。
ぐいと体を引き起こす。今回のオレは……体のキレからすると割と若めみたいだ。
あれから何度も死んでるってのに、ジグラムだった経験がまだ残っているのか、起き上がるときの辛さがないことだけでありがたさがある。
服装は一般的賊より多少マシ。都市の裏路地なら歩いても恥ずかしくはないかなって程度だ。表通りは嫌な顔されるかもな。
枕元には山刀が置かれている。
今の身分を思い出してみようかとしたときだった。
「また来たぞおーッ!」
叫び声。
今の自分が何者であろうかを知るよりも早くに状況が発生。まったく、忙しないね。
外からの声の感じからすると楽しい祭りで、なにかのだしものが到来したとかそんな感じではなさそうだ。
個室の窓を開いてわかったのはここが二階であるということ。そこから見える風景から元はそれなりの街だっただろうが、活気というものは皆無。
というよりも打ち捨てられて久しいのが見て取れた。
遥か遠くではあるが、うっすらと台形にも似た山が見える。
薄ぼんやりとした記憶ではあるが、ルルシエット辺りからも視認できたものだったはずだ。方角的に言えば東に行けばルルシエットか、関連した都市に向かえるかもしれない。
などと窓からの風景を見ていると『また来たぞ』という言葉を聞いた賊らしい風体の連中がそこかしこの家から現れる。
かなりの規模だ。
本当にこの時代はどこもかしこも賊だらけ。増えはしても減ることのないのが恐ろしい。
何が来るかはわからないが、数を見れば相手がよほどのものでもないかぎりは起こる問題を解決はできそうではある。
解決したあとにサボっていることがわかったら制裁されかねない。それが賊ってもんだ。仕方ない。とりあえず顔は出そう。
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山刀を腰に帯びるくらいで私物は他には見当たらない。着の身着のままで部屋を出ると別の部屋から同じように出てきた子供が一人。
意思力がありそうな瞳を持つ少年だ。パッと見の健康状態を含めてどうにも賊子供には思えない。
賊じゃあないなら、賊に手籠めにされたのかとも思うがそうにも見えない。
「あっ、……おはようございます」
ぺこりと頭を下げる少年。こんな礼儀正しい賊子供なんていないよな。
「あー。おはようさん。そっちも外に行くのか?」
「一宿一飯の恩義がありますから」
話している横で記憶を掘り出しているオレは、自分の立場を思い出す。
ここにいる連中の殆どは賊。その殆どに該当しないのは食い詰めた寒村の人間だ。
「もう他に戦力になれるものはァ! いませんかァ!」
声。
ダミ声だが怒号というわけでもない。大声を出すのに慣れていないって感じだ。
キース辺りも大声を上げたらあんな風になりそうだな。
「番頭さんだ」
「焦ってるみたいだな。行くか」
「はい!」
少年の手には大振りな斧が握られている。
使い込まれていて、そしてよく手入れされているのはひと目でわかった。
しかし、彼自身が斧をよく扱う戦士というふうには見えない、さりとて拾った斧を持っているってわけにも見えない。斧を持つ姿は中々に堂に入っている。
もとは林業か何かに携わっていたが、それでは食っていけなくなって寒村かどこかから出てきたのだろうかと勝手な想像が働く。
もしそうだったとして、彼のような少年が仕事道具片手に賊が群がるところで生きねばならないってのはなんともやるせない。
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少年の背を追いながら記憶を引きずり出しきる。
つっても、賊の記憶なんてイヌがひり出す1回分のクソより少ない。オレはどうやら取るに足らない賊の群れで活動しているところを冒険者に一捻りにされた。生き残ったのはオレだけで、逃げているところにここの街(街の跡?)にたどり着いた。
街は『番頭』という男が切り盛りしている。
どう考えてもよろしくない品物を保管し、あるいは送り出すために機能している物流拠点となっているここで、賊であるオレに与えられた仕事はこの土地を守ること。
警備員まがいでしかないオレには、この土地で何が商われているかまではわからない。
少年のように旅をしているものが迷い込む形で立ち寄ることもあり、飯に寝床にと与えるようしている。旅人からすれば渡りに船な場所だが、こんなご時世で、こんな場所にそんな救済めいたものがあることは逆に怖い。
そこはちゃんとこの場所のお手伝いをさせることで支払いとしているらしい。
後ろ暗い仕事ってのはどうしても街で表立っての招集がしにくいもの。こうして賊どもを現地雇用するのが手っ取り早い。
しかし、少年は特にそうした疑念は持っていない様子。経験の無さよりも若いというのを眩しく感じるね。
外に出ると番頭氏が賊やら旅人やらに隊伍を組ませていた。
寄せ集めで急ごしらえな一団ではあるが、番頭氏の命令は簡潔なお陰かそれなりに形になっていた。
「ここはお預かりしているものが色々あります。先程から断続的に襲いかかってきている連中がどこの馬の骨かは知りませんが奪われるわけにはいかないのですよ」
「簡単に言ってくれるぜ、番頭さんよ。先のやり合いで周りの連中が結構死んだんだぜ?
命がけでやるにゃあ」
賊の言葉を静止し、番頭が言葉を返す。
「ここを切り抜ければそれなりの報酬に酒に、女でも男でもお支払いします」
「げへへっ、そうこなくっちゃな!」「さっすがはドップイネス様のお膝元!」
引き出したい言葉は引き出せた、と云いたげに賊が下卑た笑みを浮かべる。
彼の周り、あるいはオレや少年以外の連中も同様だった。
「気張ってどうぞお!」
その言葉に賊たちは『ヒャッハー!』と意気を上げ、行動を開始した。
ぽつねんと取り残されたオレたちに対して番頭が目を向ける。
「ああ、貴方たちは……これ以上は人もいなさそうだ。
因縁がないようでしたら、お二人で行動をしていただけますか」
「あー、因縁はないが」
オレと一緒でいいのかねと見ると少年は意図を理解したのか頷いた。
賢い。こういう辺りも賊子供じゃないって感じがするな。
「何をすりゃいいんだ?」
「ここを狙う不届きものはどうやら北から攻めてきているようです。
そちらは皆様のご尽力でなんとかなってはいるんですがね、北西、北東辺りからこっそり来られると困ってしまいます」
「警戒しろってことね」
「話が早くて助かります。数が多いようでしたら周りに声で知らせながらこちらに退いてきてください」
それは暗に逃げるんじゃなくて情報をちゃんと持ち帰れよということだ。
オレはわかったと頷くが、実行するかは別問題。
番頭氏や賊どもの命と比べりゃあ、オレはオレの命が大事なのさ。軽い命であってもな。
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北西か北東かと指定された方角のうち、選んだのは北東だった。特に強い理由があるわけではない。偶然道がそこへと繋がっていたからでしかない。
「なんていうか、こわもての人が多いですよね」
「そりゃあまあ、賊の巣だからな」
「……え?」
「あ、やっぱり?」
気が付いていないだろうとは思っていたが、やっぱりなあ。
ひとけのない街道であれ、今立っているこの街であれ、一般人が消えた場所ってのは消えるだけの理由がある。危険であったり、危険より向こう側、つまりは病にしろ戦いにしろ、そうした理由で滅んじまったのだろう。
あえてそんな場所を進む連中ってのは理由がある。
日の当たる道を歩けない犯罪者や、一般人に紛れることのできない賊だとか、そういう輩ってわけだ。それ以外に理由を探して見当たるものがあるとするならあればこの付近の村や里から出てきた人間。
少年はおそらくそこに──つまりはそうした村や里出身なのではなかろうか。
「知らなかったんだな」
「……はい」
困った表情はすれど焦ってはいないようだった。
肝が太いのか、呑気なのか。
「オレも知ってることは多かないが、共有はしておくか?」
「お願いします!」
本当に多くないんだよな。
えーと、纏めるとだ、
●ここは賊が集まっている。
●街は廃墟を再利用している。
●番頭は後ろ暗い品々の物流拠点にここを使っている。
●それらを守るために賊に手厚くして守らせている。
●守らせるということは襲われる可能性があり、今まさにその可能性が発火している。
●誰に襲われているかはわからないが、正義の味方の可能性も別の悪党の可能性もある。
「運が良いのか悪いのか、とりあえずこの街で厄介事に巻き込まれちゃいないわけだよな、少年は──」
「あっ、ディカです。少年と呼ばれるのはちょっと恥ずかしいというか、なんというか」
「悪い悪い。先に自己紹介するべきだったか」
さて、名前ね。
つってもどうにも色々と引きずっちまっているというか、引きずらされちまっているし、名前も捻らないでいたほうが何か起こるかもしれないか。
「グラムだ。ま、見ての通り賊だよ」
わかりやすさ優先。名前で悩まなくていいのは気が楽だな。
「まさか賊の人たちにお世話になっていたなんて」
顔を青くしている。
うーむ。このままどこかに逃がしてやったほうが彼のためになる気がする。
一宿一飯の恩義ってのをどこまで強く見ているか次第だが──
そんなことを思っていると街と外とを区切る柵が見えてきた。
街の外から少し離れたところには林が広がっている。鬱蒼というほどではないが、手入れはされていないので視界が開けているともいい難い。
がさり。
林の奥から下生えが揺れる音が聞こえた。
ディカはすぐさま斧を構える。
オレも山刀を抜きはするが、自分のやれることなどたかが知れている。
勝てない相手だったらさっさとディカを連れて逃げるべきだろうな。




