144_継暦141年_夏/04
よっす。
情報過多で死んだオレだぜ。
何を求められているのかわからないが、死んでは生き返るっていつもの賊生を繰り返すってこと以外にオレができることもない。
イセリナや、ウィミニアたちのことも気にならないと言えばそりゃあ嘘になる。
だが、ここがどこかもわからない以上はやれることがすぐに見つかるわけでなし。
というわけで、チェックだ。
周りを見る。
街道沿いの木々。
潜んでいるのは賊仲間の皆さん。
肉体の記憶を読んでみると数は十人かそこら。規模としては大きすぎず、小さすぎず。
なにか目的があって潜んでいるってわけじゃあない。
一日に数度ほどカモ候補が通りかかるので、それを待っているのだろう。
足音。いや、馬蹄の音だ。
鎧騎士。重厚な鎧に馬具まで装甲。
守衛騎士ほどのゴテゴテ装備じゃあないが、それでも威圧感も半端じゃない。
その後ろには馬車。護衛はどうやら騎士一人のようだ。よほど腕が立つか、信頼されているか、それともこれを襲うようなバカを釣って訓練の足しにしたいのか。
こちらのご一同は俯いている。
彼らの態度は
「へへへ、騎士様を仰ぎ見るのも無礼でしょう。我々は無力な家なき子。虫にも劣る存在でございますのでどうぞお気になさらずお進みください」
というものである。
騎士はこちらを睥睨し、通過。
当然だが馬車を狙うようなバカは一人もいない。脳みそ空っぽマンが暴走して襲いでもしたらいきなり死亡からの復活の可能性もあったわけだが、ここらを根城にしているだけあって何をどう狙うかの分別は全員付いているらしい。
再び静寂が訪れる。
賊たちは次のカモを静かに待つことになった。
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長い待機時間になることは肉体の記憶からも理解できる。
暇を持て余して雑談をするのも禁止はされていないらしい。
それなら少しばかり情報を集めるとするか。
「なあ、兄弟」
「どうしたよ、えーと……新入りだったよな?」
「ああ、最近入ってきたばかりさ。ずっと東の方から流れてきたんだけどよ、この辺りはどうなんだ?」
「この辺りか。俺らみたいなのが稼ぎやすい感じに仕上がってるぜ。
なにせ伯爵同士がドンパチしてんだ。それも木端伯爵じゃねえ。このあたりの勝者っつっても差し支えねえ大伯爵様よ」
「大伯爵様?」
「おう、片方はビウモード、もう片方はルルシエット。つい数ヶ月前に、いや、半年くらい前か? ま、それはいいか。とにかくちょいと前にビウモードがルルシエットに喧嘩をふっかけたのよ」
鼻息荒く言葉を続ける。
「それからはもう凄いぜ。情勢が乱れたってことで俺らみたいなのが跋扈して好き放題しているのさ。
特にこの辺り……ビウモード領に隣接してるところは最高に稼げるのさ。まあ、さっきみてえなおっかない騎士みてえなのが腕試しかなにかでうろついているってのもあるが」
……記憶を返すと言われたときには何も思わなかったが、そうだよな。オレは死んだんだ。
ビウモードのいざこざから、イセリナを逃がすために。
フェリやセニアには迷惑を掛けただろう。いや、それで考えてみればイセリナもだ。……ああ、思い返すことが多すぎる。今のオレにとっちゃこれは雑念。
情報を集める方にまずは集中するべきだろう。
「ってことは、この辺りの大都市はビウモードかい」
「いや、ここらの近くだとカルカンダリ僻領だな。都市としちゃイマイチだったが、ビウモードが始めたドンパチでそこかしこで必要になった武力って売りもののマーケットになってるのさ」
先程の騎士も武力を売り込むための行脚だったりするのかね。
何にせよ、ここはビウモードの近く。で、武にしろ暴にしろ、そうしたものの市場を開いている。傭兵市場みたいなもんかな。
で、ビウモードが暴れた影響でどこもかしこも治安が低下。オレらみたいなのがのさばっている。
のさばるから武力が必要になるが、戦いになれば治安は更に低下して……。
普通なら都市外のチンピラを一掃すれば治安は改善されるだろうが、何せ世は空前の大賊時代。賊が討伐されたってならそこに他の賊が入る隙間になると考える身の安全と倫理観のない連中が集まってくるのだ。悪循環だが、カルカンダリ僻領にとっちゃむしろそれは好都合なのかね。
「しかし、危なくないのか? そんな連中が巣食っているカルカンダリ僻領って近くで悪さしたらよ」
「なんだ、怖がってるのかあ?」
「バッ、ちげーし! 怖くねーし!」
「ギャハハ! ビってんだ、ギャハハ!」
「るせーっ!」
といった感じで途中途中で会話にならなかったりしたものの、どうやらそれほどの時間は経過していないらしい。
トライカについての情報は全然手に入らなかったが、聞いている感じだと情報過多で死んでから本当にすぐに復活したみたいだな。
何を望まれているのかは知らんが、なるようになるし、したいようにするしかない。
……まあでも、隙があれば各方面に謝りに行きたいな……。不義理した相手が多いし……。
願わくば、ライネンタートの言うところの『幸運』が長続きすることを祈るばかりだ。
記憶を保持し過ぎるのもそれはそれで怖いけどな。
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賊兄弟との楽しいおしゃべりから半日。
夕暮れが近付いてくる。
ごとごと、ごとごとと車輪が悲鳴を上げながら近付いてくる。
大きな荷車を引くのはチンピラたち。
荷馬車には血や泥で汚れた武具が積載されていた。
「カシラ、ありゃあ『黄金の作物団』の連中ですぜ」
肉体の記憶にある。
黄金の作物団は近場を根城にしている賊どもだ。オレがいる賊に名前はない。
名前がある連中は実力があるか、存続してそれなりに時間が経っているか。
「チッ。名前持ってイキがってる連中がよお……」
カシラからしてみれば賊としての好敵手。いつかは超えたい相手。可能なら一杯食わせたい。
そして眼の前には大荷物を運ぶ黄金の作物団。
「すげえ荷物ですな。ちょっとした野営地でも襲ったんすかね」
「黄金の作物団はもう少し規模もデカかったはずだが、あれが今の全てなら襲ったって線はありうるかもな。あの大荷物は『忘れ蔵』送りにするんだろうよ」
忘れ蔵ってのはこの辺りでああいう持ち主のなくなった荷物を買っていくスジのよろしくない商人を指す。
そうした商人は「あることを忘れていた蔵を開けたら色々と出てきたから安く売り払いますよ」という文句で商売をしていたことに由来するらしい。
「別に誰が『忘れ蔵』の野郎に持っていっても、連中はきっと気にしやしねえよなあ」
にたりとカシラが笑う。
手下一同も残忍な笑みを浮かべた。
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乱戦だった。
荷物を運ぶ黄金の作物団の連中は数が多い。
人数差でいうと三倍はあるだろう。だが、こっちの戦力は名前さえない賊の群れだがそれぞれがそれなりに実力を備えていたのもあって善戦している。
「オッホエ!」
賊同士の戦いならなんの呵責もなく戦えるってもんだ。
投擲が相手の顔面を砕く。
「やりやがったな……!」
相手の一人が積載された荷物から何かを掴むとこちらへと向ける。
「てめえみてえなのに使うのはもったいねえけど、使わせてもらうぜ!」
杖だ。
先端には赤色の宝石が埋まっている。見るからに高そうな一品だ。
「出やがれ、炎!」
粗野な口ぶりからは考えられない、インクの迸り。
杖の先端からはどろどろと溶けてなお燃える炎塊が射出される。
「うおあっぶ──ねえ!」
自分でも何を言いたいかわからないような悲鳴じみた絶叫を上げつつ回避する。
オレの後ろにいた連中が3人ほど纏めて一瞬で灼けて消える。
おいおい、魔術かよ。それもすげえ威力だ。それこそ記憶をひねって見てもこの威力の魔術をぽんと出せる奴はそうそう思い出せない。
「ど、どうだ! こいつは『果ての空』から来たって商人から奪った杖だぜ!
付与術のお陰で、誰にで、でで、ででで」
妙な動作を起こしながら杖を持っている奴が杖を取り落とし、頭を抱える。
次の瞬間『ごぱ』という音とともに頭が爆ぜる。
どういうこっちゃ?
「馬鹿野郎! その付与術の杖は使うなって言ったろうが!
インクを御しきれてない奴が使ったらそうなるってよお!」
死体に怒号を向ける恰幅のいい男。
身にまとっている武具が周りよりも質が良さそうなところから、アイツが黄金の作物団のカシラなんだろうな。
「くそッ! 三人取られた! カシラあ、どうします!」
「相手もヘバッて来てるんだ、このまま押すぞ!」
「へい!」
敵陣で暴れていたオレが在籍する群れの連中が声を上げる。
その一方で、
「名もねえ連中にこの黄金の作物団の稼ぎをやらせるものかよォ!」
黄金の作物団のカシラもまた気を怒声と共に吐き出し、頭が爆ぜた賊の手にあった杖を掴む。
「おかしらあ、その杖を使っちゃあ奴の二の舞いになりますぜ!」
「知ったことかよ! 俺は御し切ってみせらあぁあ!
炎よ、出てこい!!」
相手のカシラが杖をこっちのカシラへと向けて気合一閃、杖から炎が
「ッ!!」
「ひい! おたすけ!」
慄くオレのお仲間一同。カシラは腰こそ引けてないが顔が完全にひきつっていた。
……しかし、マグマは吹き出さなかった。
「クソ、残量無しかよお!」
杖を投げ捨てる相手のカシラ。
「奥の手がなくても関係ねえ、数はこっちが勝ってんだ! やるぞお前らあ!!」
「舐めんじゃねえ、黄金の作物団のクソザコどもがあ!!」
カシラ同士が低レベルな暴言のぶつけ合いをしてすぐに、戦術も何も無いぶつかり合いが始まる。
「死ねや!!」
オレに向かってお二人様が突っ込んでくる。程よく投擲に向いたものが近くにはない。
あるものといえば先程投げ捨てられた杖だけだ。
ええい、投げられればなんでもいい!
そいつを掴む。
ばじり。掴んだときに走るような火花が糸のように跳ねる。
痛みはない。
その杖は既に機能を失ったと相手のカシラが云っていた。既にただの杖でしかないはずのもの。
まだ残弾が残っていたのか? 黄金の作物団のカシラにゃ使えないがオレには使えるってのか。その道理はよくわからんが──ええい、どうせこのままなら死ぬだけだ。
「喰らいやがれッ!!」
付与術を使う経験、ないわけじゃあない。大事なのは『発動する意思』そのものが鍵のはずだ。
そしてそれは正解だった。
杖の先端から炎が膨らみ、マグマのような塊が加速を以て射出される。
「なっ」
遺言も断末魔もなく賊たちが燃え尽きる。
「なんだ、まだ使えるじゃねえ……か……」
体の内側から膨らむ感覚がある。
ああ、オレも杖を使う資格ってのはなかったらしい。
次の瞬間、眼の前は真っ暗となった。破裂したのだろう。
オレは死んだ。なんだか懐かしい感じだ。そうそう、オレってこの程度の賊だったよな。
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仕事との兼ね合いから、今回から更新スケジュールを4~7回ほど連続で更新し、1ヶ月~1ヶ月半ほどのお休みをいただく形とさせていただきます。




