014_継暦141年_春/08
死んだように寝ていたと思ったら、冒険者たちがバカにしている『ザコ定食』を美味しそうに食べて、
他の冒険者と何かしらコミュニケーションを取ったと思ったら、お風呂に向かったという。
そして戻ってくるなりギネセスさんの話に首を突っ込んで、
引退者のシャーロットさんの代わりに彼のパーティに加わると宣言した。
彼は何をやっているのか。
本当に何をやっているのか。
ギネセスさんが受ける依頼。
それは
『彷徨い邸の探索』だった。
探索任務なのでパーティに中堅の位階の冒険者が一人以上いること、
そしてパーティ参加人数が四人以上、六人以下であること。
確かにヴィーさんがパーティに入ることで人数条件が達成されて依頼受領が可能となるのはその通り。
ギネセスさんがこの依頼に昔から拘っていたのは知っている。
理由までは教えてくれなかったが、そのために冒険者になったのだとも聞いている。
だからこそ、彼がこの日のために準備をし、強引な手段を使ってでも依頼を受けるのも理解できる。
が、承服できるかは別問題だった。
ギネセスさんの臨時一党が依頼を受領したあと、
出発までの時間で私──イセリナはヴィーさんを呼び出した。
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よっす。
絶賛説教され中のオレだぜ。
正直、こんなに怒られるとは思ってなかった。
イセリナは半ば泣きそうな顔をして、
「あなたは先日冒険者になったばかりなんですよ」
「鉄色位階はつまり、上から四番目の冒険者です。
あなたは一番下なのですよ?
どれほど実力も経験も離れているか、それを理解されていますか?」
「そんな彼が何をしてでもやらねばならない、そんな覚悟の上での依頼なのですよ」
「危険なのは理解していますよね」
「私はあなたに死んでほしくないだけなんです」
泣き落としまで組み合わさった。
しかし、彼女も立場上、依頼を抜けろとは言わない。
プロフェッショナルなところは本当に素敵だと思う、が、それを伝えたところで今は油を注ぎそうなだけなので素直に「ごめんなさい」「すいません」「申し訳ない」と謝罪を繰り返すのだ。
カシラの無茶苦茶な言いがかりすらこれで切り抜けたオレだぜ。
純情可憐な受付嬢をかわすくらいわけないぜ。
……いや、わかってはいるんだ。
実際、彼女が正しいってことは。
それに愛着を持ってもらってるのだって嬉しい。
でも、あの場で大の大人が泣き喚くほどの状況をオレは見て見ぬふりができなかった。
そうさ、これでオレが強けりゃイセリナだって笑顔で見送ってくれただろう。
何が悪いと言えば、やっぱりオレが悪いのだ。
「……いいですか、ヴィーさん。
ギネセスさんの技巧は無形剣と呼ばれていて、冒険者の枠からは外れたもの。
それが恐ろしく強力なものであることを私も知っています」
賊としての記憶を高速回転させるが無形剣についての知識は一欠片すらない。
しかし、冒険者ギルドの人間が強力だと太鼓判を押すのだから間違いのない強さなのだろう。
「彼が何故あの依頼に固執するかまではわかりませんが、戦闘においては彼一人で解決できないことのほうが少ないはずです。
いいですか、絶対にヴィーさんは戦いに積極的参加をしないように。
約束してくださいますか?」
その剣幕に押され、頷くほかなかった。
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準備を終えた臨時一党は城郭都市ルルシエットを出る。
ギネセス曰くに、一日もあれば到着すると言っていた。
それ以降の会話はない。
ナスダとトマスはすっかりと萎縮しきっている。
一方のオレは、特に気にしていない。
いや、道中に何か問題はないか、斥候ではないが類似品としての役目を果たそうとしているから気にしている暇がないというのもある。
それはそれとして、ギネセスが気になるかどうかと言われれば、当然気にはなる。
ギルドの職員があれほどの太鼓判を押す実力者だってのに、何を焦ることがあるのか。
実力も実績もあるなら大きく構えていたって目的には近づけそうな気もするが、
それはオレが持つ高みにいる人間への理解度が低いのだろうか。
今まで低みにいる人間ばかりを見てきたせいか。
「そんなに見ても、言葉にしてもらわねば伝わらん」
おっと、勘のいいお人。
「ギネセス、改めて自己紹介から」
「不要だ、名前はお前自身から聞いているし、
どういった人物かは他の者から聞いている」
「イセリナから?」
「いや、ニチリンからだ」
意外な人物だった。
イセリナでなければガドバルかと思ったが。
「お前に何かあれば、私を殺すそうだ」
怖。
いや、ニチリンがそこまで言ってくれるのは素直に嬉しいけど。
やはりそれだけ彼女たちにとってイセリナは大切な人間で、
イセリナを悲しませるなら許さん、そういうことなのだろう。
「ギネセスは何故この依頼を?
えーと、彷徨い邸の探索、だっけ」
「……その質問に答える前に、聞きたいことがある」
「いいよ」
視線をオレの更に後ろに向ける。
萎縮した二人に対してだ。
彼らは視線には気がついていない。会話にも。
「何故、二人に助け舟を出した?
冒険者の仕事が町中のゴミ拾いと勘違いしているわけでもあるまい。
……お前からは死の臭いがする、嗅いだことがないほどに濃密な死の臭いが。
そんな臭いがする人間が死や命の意味がわからぬはずもあるまい」
おっとぉ……。
どう取ればいい?
賊上がりだってのを知っているからか?
戦輪で賊を真っ二つにしたり投石で逃走中の頭割ったからか?
まさか、オレが復活していることに気がついたのか?
「ギネセスの言う通り、冒険者の仕事が危険ってのは理解しているつもりだよ。
そりゃあ遥か格上のギネセスからすれば解ったツラしやがってって感じかもしれないけど」
ああ、この命を失うのは恐ろしい。
ここまで順調に行ったのはここ最近の記憶では唯一と言える。
イセリナを助け、ガドバル、フェリ、ニチリンと出会い、カグナットを助け、
寝床で死ぬほど寝れて、うまいメシにもありつけて、風呂にまで浸かることができた。
だが、あの場で完全に心が折れているナスダとトマスを無視してしまえば、
この命が惜しいと思えている理由である人たちに顔向けができないと思ってしまった。
だから、動いたのだ。
「放っておけなかった、それじゃ理由にならないかな」
その言葉にギネセスは表情を少し曇らせ、
「そうか」とだけ返した。
「質問の内容は私が何故この依頼を受けたか、いや、どうして執着しているのか……その辺りのことか?」
「イセリナとの話聞いてた?」
「いいや。
だが、オレに関わることを幾つか話していいかと事前に聞かれはしたから、許可を出した」
しかし多くは語らなかったらしいな、と彼は言う。
元々、彼は大きな声で喋っているわけではないが、より声のトーンを落とす。
「相続戦争の起りは知っているか?」
「あー、カルザハリ王国が倒れて、そこから群雄割拠が始まったんだっけ」
「そうだ。才なき少年王と悪徳の宰相の手でたった一年で国は崩れ、相続戦争への入り口が作られた。
だが、その話には偽りがある」
「偽り?」
「少年王は才知に富み、宰相は臣民のためを思い寝る間も惜しみ国に尽くした。
全ては先代が残したものを守るために。
だが、国の重要な立ち位置を預かる公爵家は少年王と宰相の求めた安定を喜ばなかった」
規模はバカでかいが、話としちゃあよくあること。
策略の的になった二人は悪役にされて、そのまま処刑台に。
そういう内容だった。
「私はその処刑を執行した人間の末孫にあたる。
主君たる少年王の首を刎ねてから数日の後に、その執行人は彼に仕えていたメイドに殺された。
メイドは王にされたことの意趣返しのように首を持ち去り、消えた」
誰の祟りかはわからないが、とギネセスは腕をまくってそれを見せる。
入れ墨……ではない。
蔦のような文様が脈動している。これをかっこいいと思うか、キモいと思うかでセンスが問われそうだ。
「先祖の首から伝染するようにして、我らの血には呪いが与えられた。
この呪いは代々引き継がれていく。
首を見つけるまで呪いは解かれることはないと毎夜その言葉が頭に響くのだ」
「で、その首が」
「ああ、少年王の別荘の一つにして、逃げるための手段とも言われた『彷徨い邸』に首が置かれている」
ちなみに呪いを放っておくとどうなるのか、と問うと端的な答えが帰ってきた。
死ぬ。
賊のオレの頭でも一発で理解できる答え。
蔦が心臓に伸びて、縛り上げるようにして呪い殺される。
呪いが発症してしまえば、どんなに強靭な体力があろうと、三十才までは持たないのだと言う。
なるほど、この男の細面は死相だったってわけか。
「邸に行き、先祖の首を取り返し、呪いを解く。
そうしてようやく私は自分の人生を歩めるのだ」
などと話していると、ギネセスが立ち止まり、ゆっくりと遅れている二人へと向いた。
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「ナスダ、トマス、ヴィルグラム。
お前たちはここで二泊し、私が戻るのを待て。
二泊して戻らないなら街に戻れ。
私が一人で邸に入り、戻って来なかったと報告しろ」
「え?……いや、でも」
トマスも、そしてナスダも薄々勘付いてはいた。
この依頼はただの探索任務ではないことを。
ギネセスはルルシエットの冒険者ギルドでもトップクラスの戦闘屋だ。
探索も経験からやれることもあるのだろうが、畑違いといえば畑違い。
そしてナスダもトマスもスカウトに関わるような技術は一切持っていない。
はなっから探索する気などないことに、勘付いてはいた。
だからこそ戦々恐々としていたのだ。
しかし、言い渡されたのは待機。
そして帰還。
任務の途中放棄は問題になる。その辺りは前回の依頼書にも注意書きがされていた。
それが意図的なものであれば処罰も有りうるのだろう。
ギネセスはそれを理解しているからここまでそれを秘匿していたのだろう。
可能な限り彼らの罪にはならないように、しかし自分の目的を冷徹に完遂するために。
そのために彼が取れる手はこれだけだった。
「旦那、オレたちが弱いから置いていくのか」
「確かに契約はあったけど、それを抜きにしたって恩は恩だ。
足手まといにならないようにする、だから──」
「……待っていろ、以前もそう言って私はお前たちの仲間を助けて戻ってきただろう」
怒鳴るでもなく念を押すように。
どうか命を無駄に散らしてくれるな、そう言いたい気持ちは理解できた。
そして、この依頼で行われることがそれだけ危険なものであることも。
ナスダもトマスも諦めて荷物を下ろす。
「旦那、カレーの材料買ってきたんすよ。
あの日もルルシエットに戻る前に食べましたよね」
「俺たち、カレー作って待ってます」
あんな風に脅したというのに、彼ら二人はギネセスを容赦した。
罪の重さを再び確認し、だがそれを表には出さない。
自分の目的のために他人を脅すなど、許されるべき行いではないことを理解しているからだ。
細面は小さく頷き、
「甘口で頼むぞ」と笑った。
この一言くらいなら、許されるだろうかと彼は思う。
野営の準備をし始める二人。
更に森の奥地へと進むギネセス。
ヴィルグラムはその狭間に立っていた。
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去っていくギネセスの背中が随分と寂しそうにも見えた。
呪いがある限り短命であることは避けられず、それを晴らすためには仲間との情誼を結んでいる暇もない。
他人を脅してでも前に歩かねばならない、人心を喪失させられるような日々。
それを孤独と云うのだろう。
或いは、オレはそれに共感を覚えていた。
死んでも別の体で復活しては何も持ち越せないオレも、あの背中と同じ、孤独なのだ。
オレは彼を救ってはやれない。
オレだって、誰かに救ってもらうことができないように。
それでも、できることがないわけじゃない。
自分がして欲しいことを、誰かにもしたなら、いつか報われるかもしれない。
……まあ、それも含めて自己満足な行いだ。
喜ばしいものではない報いになることも覚悟はするべきだろうけど。
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黒剣のギネセス。
ルルシエット冒険者でも最強の一角だと言われている人だ。
彼の得意とする無形剣は一部の聖堂騎士が扱える魔術や請願とも違うもの。つまりは技巧だ。ただ、扱うにはインク操作をはじめとした様々な素養が必要であり、扱えるものは数少ない。
非実体の剣を瞬時に作り出す技巧で、全身甲冑の騎士ですら斬り崩すこともできる。
それほどの力を唄われる無形剣を修めた彼の纏う噂はどれも黒いものばかりだった。
依頼を受けて自分一人でこなし、同行者には別の場所で待たせているだとか、
それによってギルドからは依頼で得たものを着服しているのではないかという疑いが掛けられることも少なくない。
それでも破門もされず、名誉を維持していた彼だったし、普段は物静かで、或いは何を考えているか読めない人だという認識だった。
あんな風に声を荒らげるのは初めて見た。
だが、それだけなら冒険者の間では珍しいことじゃない。
問題があるとするなら、そこに仲裁に入ったのが彼──ヴィーくんだったことだ。
私……冒険者フェリシティは一つか二つくらいは年下の、そして経験は遥かに自分が多いというのに、
彼をすっかり気に入っていた。
賊であったはずの彼は恩人であるイセリナさんを助け、次にはカグナットさんまで救出したという。
プレゼントした薬がそういう形で役に立ったことは嬉しい反面、自分に使わなかったことに危惧も覚えていた。
彼は他人のためならば自分を蔑ろにするタイプの人間だ、と。
私が古巣の犬として動いていた頃によく見た種類の人間だ。そして、その誰もが早死していった。
年下のはずの彼が見せた俠気は私が冒険者を目指すに至る理由の一つだった。
そうしたものを私も欲しい。
『聖堂の猟犬』だった頃は駆り立てられるままに生かされ、戦わされる日々を送った。それがいやで仕方なかった。
自分の意思で誰かを救おうとする確固たる意思。私はそれを欲していた。
求め、願ってやまなかったものを持っている少年は死地へと向かってしまう。
冒険者ギルドには当然、ルールというものがある。
その一つが他の一党が受けた依頼に勝手に付いていかないことだ。
そうして手柄を奪ったり、足を引っ張ったりして被害が出たことが過去に少なからず発生したから制定されたルール。
破ればそれなりに重い罰が降ることになる。
だが、もしも今の自分の立場にヴィーくんがいたなら、それを恐れて動かないだろうか。
気に入った人間のためであれば何かを投げ出すことを恐れるのが俠気だろうか。
気が付いたときには私は装備を纏って、街の外に出ていた。
彷徨い邸のことは大いに噂になっていた。大体は取るに足らない噂、つまりは宝が眠っているだとか、美しい女が主を待っているだとか、よくあるものだ。
だが、噂は日々実を帯びていき、やがてその居場所までを特定するに至った。
結果としてあの依頼が出されたわけだが、それまでの時間で邸がどこにあるかを知ったものは少なくない。
私もその一人だ。
だからこそ、追いかけることもできる。
半日は遅れていない。まだ間に合うはず。
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これでよかったのだと思う。
父祖から続く呪い。
それを晴らすための戦いに彼らを巻き込むわけにはいかない。
この戦いにも自分にも正義はないのだ。
首を撥ねた父祖は公爵家の犬であった。
当時は少年王たちの人気も高く、誰もその手を汚すことを厭う中で金と権力のために刃を振るった。
結果、忠実なるメイドに殺された挙げ句、一族は呪われた。
欲をかいたものの末路としては珍しい話でもなかろう。
子孫に脈々と続く呪い、それは私の代で必ず終わらせる。
そのためにナスダやトマスを脅し、利用した私もいつか先祖のような末路を迎えるのだろう。報いとはそういうものだ。
彷徨い邸への入り方は既に心得ている。
特定の手順を踏むと、現れたり消えたりする邸を固定化することができる。
そして、それには成功した。
それを調べ上げたニチリンに感謝をするべきだろう。
『東にある魔族の国から来た』などというおどろおどろしい噂のある斥候は、噂以上の腕前だったということだ。
正面の扉から入る。
隠密にはまるで自信がない。であれば常在戦場の心持ちで正面から進んだほうがまだしも精神衛生上よろしい。
室内は時間が止まっていたかのようだった。
埃一つなく。
しかし、命の息吹もまた一つも感じない。
「うわ、暗っ……ナスダにランタン一式借りてきて良かったよ。
よっと。……よし、明るくなったね」
「……何故お前がここにいる、ヴィルグラム」
ああ、間違いない。
今、私は人生で一番大きなため息を吐いた自覚があった。




