139_継暦136年_冬
地下、炉へと至るまでの道ではダルハプスとの戦いとは違う、極めて地味な戦いが行われていた。
石を投げるローグラム。
頭蓋砕ける骨のアンデッド。
石を投げるローグラム。
大腿骨砕ける骨のアンデッド。
石を投げるローグラム。
脊柱砕ける骨のアンデッド。
そんな具合に遠巻きにアンデッドを処理しているのはローグラム。
(オレがムキムキでゴリゴリな腕力の持ち主だったり、一騎当千になるような技巧でも持ってりゃよかったが……)
炉へと、地下へと向かったローグラムを待ち受けていたのはダルハプスが呼び寄せたなけなしのアンデッドたち。
彼らに察知されれば前衛不在の状態で骨のアンデッドと戦うことになる。
アンデッドは不揃いながらも剣や槍、盾などを持ち出しており、接近戦においての準備は万端に整っていた。
一方でローグラムにはそうしたもので披露できる手並みなど持ち合わせていない。
(進む道が一緒だからって後ろからついて行ったとして、目的地の状況がどうなっているかもわからん。
先客が望まないことを持ち込むような戦犯になるのはごめんだ。
となれば、)
アンデッドには性能に差がある。
忌道によって生態そのものが変化したアンデッドであれば思考力や健在のままに本来持ち合わせない特異な攻撃手段を得るだろう。
理を歪めるほどの残念を得たままに肉体を失えば思考力や身体機能をそのままに生者として持ち合わせるべき定命を捨てることになるだろう。
誰もがそうした高度なアンデッドになるわけではない。
少なくとも、ダルハプスによって作り出され、動かされている骨のアンデッドは単純な命令だけをこなすのが限界であり、
周囲で発生した状況から情報を拾い、行動に反映するような機能を持っていない。
つまり。
ローグラムが投擲をし、命中して、倒されたとしても、彼らは命令である参集地点への移動以上のことはできない。
警戒範囲にでも入ればローグラムへと攻撃を行う可能性もあるが、
それを察した彼は徹底的にアウトレンジからアンデッドを狙撃し、打倒していった。
「急がなきゃいけねえってのによお」
だが、それでもダルハプスが必死の思いで呼び寄せているアンデッドを駆逐する。
急いでもいいことはない。
敵を連れて走って現れて、その状況と敵の全てを解決できるような完全無欠のヒーローではないことをローグラムは自覚していた。
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ローグラムが必死に敵を削っている一方。
ヴィルグラムたちの眼前に現れたのは太い枝を四肢とし、幹を腹とし、炉を顔とした大樹の、あるいは古樹の龍であった。
大きさは地下室ギリギリにまで伸びており、炉が収蔵されている地下と同様と考えれば20m近くの巨体がのっそりと動いていることになる。
「力。これが、これが、これが力。
おお、炉よ。
そうだ、はじめからこうしておれば」
残り少なくなったとはいえ、炉に残存していた力はダルハプスにとって過ぎたる力であった。
思考は鉄砲水に流されるかのようにして纏まらず、しかし心は力を得た充足感に満ちていた。
「うぐ、いや、考えよ。流されるな……」「吾は」「ダルハプス」
「炉が」「力が」「思考を、思考を、思考を」
だが、その充足感には多大な毒が含まれていた。
炉は人一人の手には余るもの。都市全体という大規模な幸福のために使われるのが限界。
それほどの力を持つ炉がダルハプスに与えるのは、彼にとって何にも代えがたい『自己の担保』その保証の根源たる力そのもの。
力による安心感は「これでもう十分だ」と、多くの仕事をやりきった夜に寝具に包まれて想起するような満足感として思考を乱し、犯す。
思考が、拡散していく。
その一方で、合流を果たした少年少女たちは一つどころに集う。
「や。先輩。元気そうでよかったよ」
残った半獣を特異な魔術で蹴散らしてから、落ち着いた風情で語りかけるのはハルレーであった。
「……ソクナ、どうして」
「今はハルレーって名乗っているんだ。そっちが本名でね。
先輩にもそう呼んでほしいんだ。……だめかな?」
人馴れした猫が甘えるような、抗いがたい魅了のようなものがある。
呼び方を変えること程度のもの、なんということはないが、
「ハルレー。……オレ様がわかるんだよな」
「約束破りのひどい先輩、とは言わないよ。
こうして再会できている以上はね」
「どこから『どうして?』と聞けばいいか悩ましい限りだな……」
ハルレーは少しだけ苦笑を浮かべた。
甘えるような声を出したのも、その『どうして』の質問をされないためだった。
なし崩し的に以前の関係を続けられたならと思っていた。
一言で片付けられる感情。執着。語ってしまえば取るに足らない理由。
自分を恐れず手に触れてくれたこと。まだ育ちきっていない心であるがゆえの淡い恋心。
その程度のこと。
ハルレーは自分がザールイネス公爵家の血を継ぐ尊きものであり、その中ですら天賦を備えて生まれた絶対者である自覚を持って生きてきた。
それ故に、恋心などというあまりにも俗的な感情に振り回されていることを悟られたくはない。
本当に、ただそれだけの理由だった。一口に言ってしまえば、想っていることを悟られることを恥ずかしく想っている。それだけだ。
「いや、違うか」
ヴィルグラムは状況判断を止める。
「ハルレー。会えて嬉しいよ」
再び、彼は彼女の手を取った。
それは過日と変わらないように。
「……っ」
変わらない。
計算もない。
他人の心を類推して答えを出すことはザールイネスの血統の、その基本的素養だ。
そこからして、一切の邪心や下心がないことを理解できてしまっていた。
「本当に、先輩は」
困ったように笑うハルレー。喜ばしい再会であることは心底の思いがあるからだ。
だが、ヴィルグラムからしても、この再会は喜ばしいことだった。
シェルンやブレンゼンたちだけではない。
死してなお目を覚ます、常とは異なる命を持っていることを自覚する彼にとって、それでも会いに来てくれる人間が、
それも利用するだとか、研究のためだとかということではない人間のありがたさを理解している。
「わ、私もです。私も……ヴィー様ともう一度会えて嬉しいと思っています!」
二人の手が重なったのを上下から挟むように両手を使うイセリナ。
置いてきぼりになっているような気がして、少しだけ怖いような寂しいような気持ちになったのだ。
「ハルレー様、私の名前はイセリナと申します。
どうかお見知りおきを。
ヴィー様の──」
と、言いかけたところでイセリナは言葉に詰まる。
自分は彼の何者なのだろうか。
ハルレーは片手に持っていた杖を自分の身体に預けるようにして空いた手をイセリナの手に触れる。
「これから見つけていけばいいさ。君も、私も」
造成種たるイセリナには知識はあれど、己が己であるという確たる証を心には持たない。
ザールイネスの末たるハルレーも同様だった。
公爵家であった家柄の、王国の闇の一角であった血統たれと育てられた彼女も力はあれど、自らを証明し切るだけの己を持たない。
ハルレーはイセリナこそ、自らの写し鏡を見ているような心地だった。
観察眼が見通すべきもの以上を、ときにその目の持ち主の毒となることすら情報として持ち帰る。
普段であれば自分が誰でもないという、己の心を苛む毒であっても、イセリナには素直に言えた。
この戦いが終わった後に、ヴィルグラムとイセリナと共に自分探しができたら、きっと楽しかろうと。
「安寧はまだ存在せぬ」「吾を害するもの」「小僧ども」
ダルハプスの声に、重ねた手をそれぞれの意思で戻す。
「オレ様も、それを見つけたい。
戦いが終わったら、皆で自分を探そう」
その言葉に二人も頷く。
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吾は誰だ。
吾は何者だ。
そうした問いは今までも何度となく行っていた。
湖沼ダルハプスで生者の身を捨てた日から、自分が何者かということに対して考えることは少なくなった。
力ある支配者として君臨し、ビウモードで好き勝手絶頂の生活を行った。
やがて乱世を終わらせられるだけの力を得るためにアンデッドとしての力をより強化しようと試行錯誤していたときに封印される。
封印されこそしたが、消えたわけでも滅ぼされたわけでもない。
上下左右の空間識が機能しない場所に落とされても、自らの力を探求し、増加させ、動かしていた。
ダルハプスとは己であり、己とはダルハプスである。
だが、そのダルハプスとは何者か。
かつて王国時代に必死にあがいていた自分は、はたしてダルハプスであったのか。
(どうでもよいことだ)
そのようにして生まれ出る懊悩を切って捨てた。
誰が、もしくはどこが自分をアンデッドにしたのか、そこに何かしらの意思が介在したのか。
知る必要もない。少なくとも、乱世を平らげて自らが『次のカルザハリ』になるまでは。
(もしも吾が歩む道を何者かが定めたと云うならば、気に食わぬ。
吾は唯一人。吾はダルハプス。吾のみの意思でここにあるのだ。
こやつらを片付けた後に、この素晴らしき肉体を武器として自らを見つめ直せば良い)
にたりと彼が笑えば、龍めいたというべきか、古樹めいたというべきか、そこにある炉の裂け目もまた嗤うように動いた。
刹那。
『インク、射出します』
「██#4、██#4」
魔剣の煌めきとハルレーの魔術がうねるようにしながら古樹の体を削ぎ落とす。
「ぎぃ」「ぐぅぅ」「ごおお」
うめき声がそこかしこの裂け目から漏れ出る。
「こざかしい」「ほろびよ」「ほろびよ」
そしてそのうめき声はすぐさま呪詛めいた言葉へと変わる。
手足や尻尾にも似た古樹を振るうようにして暴れるも、ヴィルグラムとハルレーには通じない。
先程の隙の中でイセリナも攻撃の範囲からは少し離れた場所で待機している。
逃がすという選択肢がないわけではなかったが、アンデッドが集められている以上は簡単にはいかないことをそれぞれが理解していた。
(インクを出し惜しむつもりはない、ガンガン吸い上げていいから)
『承知しました。では、インクの吸い上げと回避用の幻影を作ることにに集中いたします。
攻撃は』
(アルタリウスにがっかりされない程度には戦うよ)
『期待しております』
暴れるダルハプスの前足に相当する部分、その動きが幻影として視界に映る。
回避を行い、殆どの誤差なく幻影と同様の動きで放たれる。
伸び切った腕に対して吸い上げられたインクによって輝く魔剣の刀身を叩き込むと古樹の前足はひしゃげたり、くだけたりするではなく、一瞬で炭化すると同時に塵へと変える。前足全てではないにしても、強烈な一撃に思わず前足を引っ込めようとする。
そこに追撃として叩き込まれるのはハルレーの容赦のない魔術の矢。一つ二つではない。執拗に何発も断続的に傷口へと向かっては抉っていく。
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何かできることはないのだろうか。
イセリナが思うのは今日の、今ばかりではない。
ヴィルグラムに逃されてから向こう、それを考えない日はなかった。
自分が人間とは異なる生命であるなら、特別な何かはないのだろうか。
その特別な何かがあれば、今も彼の横にいれたのではないだろうか。
眼前では見事なコンビネーションを見せる二人がいる。
羨む気持ちがないわけではない。
ただ、その視界が映すものはそればかりではない。
様々な状況が立て続けに起こったからか、それとも羨む気持ちではなく、何かこの状況で自分ができることはないかという焦りからか、彼女の瞳にはインクの色彩のようなものが見えるようになっていた。
それは多くの人間には決して見えない風景である。
インクそのものに基本的に色はない、とされている。魔眼をはじめとした特異な能力でも持たない限りはインクを視覚的に認識することはできない。
『風変わりな力』を持たないものがインクを視認できるような状況があるとするなら、戦意や殺意といったものが混ざり合っているときにのみあり得ることだが、さておき。
イセリナが見えている風景は前者の特異な能力に該当するものであった。
まるでキャンバスに延ばされた絵の具のように、二人のインクが見えていた。それこそが人間とは異なる生物種たる彼女の特異性であった。
本来はメリアティの呪いを可視化するための機能であったであろうそれは、現在において違う意味を持っていた。
(色彩が放たれれば、その持ち主の色が薄くなるように見える……。
そうか。インクは使えば減るんだ)
認識を得る。
そうしてから、彼女は自分の手を見る。自身にもインクがあり、それが可視化されているのかと。
存在した。ただ、色彩とはことなるものだった。
白とも無色とも、念じれば願う色になる、不可思議な色合いだった。
イセリナはそれをこねて形作るようにして、二人の間へと飛ばすと、二人にすいと飲み込まれる。
飲み込まれたあとには、薄くなっていた色彩が少し戻っているように見えた。
(これなら……)
手伝えることはある。
彼女は確信する。
限界を踏み越えて使えば迷惑が掛かるだろう。
そうならぬよう、しかし、無力なままでいられるほど落ち着いてもいられない。
「お二人共、私にも手伝わせてください!」
イセリナの力によって、自らのインクが補填されたことを気が付かない二人ではない。
「守られるばかりじゃあつまらないものね」
攻撃を避けつつ魔術を投射するハルレーが笑う。
「力を貸して、イセリナ!」
彼女が望む言葉を投げかけるヴィルグラムが言う。
「はい!」
イセリナもまた、強く頷くと新たに得た『手段』を扱い始めた。
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炉の力、偉大なり。
残り滓のそれであったとしても、古樹の龍となったダルハプスは生きていた。
戦いを続け、暴れ、ちょっとでもかすりさえすれば致命傷になりうるような一撃を連続させた。
それでも、殺しきれない状況にダルハプスは焦りを覚える。
「なんなのだ」「貴様たち」「吾を愚弄し続けるなど」
(誰なのだ)(貴様たちは)(わからぬ、が、吾を愚弄しているのであろうことだけは、わかる)
永く生きる弊害は少なくない。
最たるものの一つとして、個人対象とした認識能力の低下が挙げられる。
ダルハプスで云うのなら、その弊害は既に自らに対してまで広がっている。
(吾は)(ダルハプスであろう、それ以外には有り得ぬ)(吾は、吾は)
だが、今の彼にとってはそれは大いなる武器となる。
(吾が誰であろうと、今必要なのは)(一撃にかける強さばかりではない)(ええい、なぜアンデッドどもが来ない)
(手が必要だ)(吾が一撃を当てるためにも、動きを鈍らせる手が)(どうすればよい)
(知れたこと、増やせばよい)(吾を)(吾らにしてしまえばよい)
左前足は度重なる攻撃によって殆ど機能していない。
(不要だ)(手足など)(吾さえあればよい)
尻尾が伸び、不要とした腕を引きちぎる。
だが、ただ邪魔だからちぎるわけではない。
(吾であった部位よ)(吾となれ)(滴る血よ、吾となれ)
当人は無自覚であっても、炉と一体になった怪物ダルハプスはその思い一つ一つが魔術の詠唱にも近い作用を引き起こす。
垂れ流れた血が形を得ていく。
それはすぐさま人間めいた形状へと変わっていった。
「うへ、なんだありゃ」
不可解な状況に出たヴィルグラムの言葉に、アルタリウスが冷静に返す。
『視界情報とインクの関係性から、ダルハプスによって作られた複製体と考えます』
(複製体?)
『形状こそダルハプスのものとは異なるものの、ダルハプスの意思と連結した人形のようなものとお考えください』
(いつぞやの増えるダルハプスみたいな。いや、あれは増えたダルハプスか)
『まったくの同一現象ではないとは考えますが、強い類似性のある現象と考えるべきかと』
(了解、つまり)
『ダルハプス、残数増加。現在数、6』
(……ってことか。厄介な奴だよ、まったく)
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個体それぞれが特徴を持つ、ダルハプスの生み出した複製体。
それは彼も無意識のうちに戦ったものの特徴を残している。
ただ、
「██#6、██#2」
現れた複製体に即攻撃を放つハルレー。
ダルハプスから生じた存在である以上、様子見などという考えは彼女には存在しない。
『観察は戦闘の中で、というスタイルなのですね』
(オレ様たちも続かないとな)
「ヴィー様、力をお注ぎしてもよろしいですか?」
「ああ、頼む!」
再び、インクが補填されていく。
一方のイセリナはそれを行っても不調を持つわけでもなく、倒れるようなこともない。
このペースであれば、ということをイセリナは理解している。
それ以上となればわからなかった。
『炉から生まれたと云うよりは──』
造成種ではないにしろ、意思持つ魔剣であるアルタリウスはイセリナに妙な親近感を持っていた。
或いは、その近さから来る彼女という存在に対しての推察か。
(どうした)
そうした考えを巡らせながらも仕事は忘れない。
『いえ、戦いのあとに余裕があればそのときにでも』
(そうだな、流石に今は悠長にお話しているって状況でもないか)
ヴィルグラムもまた同様に現れた複製体へと魔剣から光条を放ち、或いは剣を振るって応戦する。
影の一つは狼の特徴を持った人型であった。既視感からどのように戦えばいいかの予測が付く。
そこにアルタリウスの攻撃予測の幻影があれば負けるわけがない。そこに敗着があるとするなら飽和攻撃を仕掛けられることだ。
(こざかしい)(だが、数だ)(飽和させよ)
(増えよ)(増えよ)(吾らよ、増えよ)
『次々と出現します、追加数4』
(一気に片付けるか)
「先輩! このままじゃ少し厄介かもしれない!」
次々増える複製体にハルレーが孤立させられている。
「あの娘を!」
自分の身ではなく、イセリナを案じる彼女に対して応えようとするヴィルグラムだったが、
「策は成った」「遅かりし」「既に既に遅かりし」
失った前足の一つを向けると、その傷痕から肉や血ではなく蔦が伸びる。
稲光のような速さのそれは伸びる最中で一つに纏まって猛禽の嘴めいた形となって襲いかかる。
魔剣を振るい、光を刃として打ち出すが、複製体が壁となってその攻撃を阻害した。
「──ッ!!」
イセリナが死を覚悟し、目を瞑る。
衝撃が走る。
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骨のアンデッドを倒し続け、後続がなくなってようやくローグラムは扉へと走り出していた。
先程まで砕いていたアンデッドたちが目指していた方向から聞こえる戦闘音はより激しく、大きくなっていた。
正直、戦闘力という面においてはこのアンデッドたちを足止めするなり、知覚外から七面鳥撃ちにするなりが身の丈であることはわかっていた。
(ここまで歩みを進めたんだ。身の丈を超えてやれることがありゃ、次の命で何かを得るヒントになるかもだしな)
ローグラムは自称『百万回は死んだザコ』である。
その自称であるところの生きて死に、そしてまた生きるという周回の中で、ささやかな生きるための理由を求めていた。
それが何かを得るに繋がっている。彼は死ぬのも、生き続けるのもそれはそれで構わないと思っている。ただ、命を失い続ける以外に得られるものがあったときに大いに喜びを持っており、その喜びを得るために日々死んでいる。
今回もまた、何かを得られる可能性を夢見て、死へと突き進んでいた。
走る。走る。扉が見える。向こうからは戦いの音。地下が揺れるような衝撃。丁寧に扉を開いている暇はない。蹴破る。突き進むのだ。
「既に既に遅かりし」
その言葉の終わりに扉が開く。
古樹が龍の形を取った怪物。前足は鳥の嘴めいたものとなり少女へと迫っている。
(旦那と姉御と酒飲み話にダルハプスに一発いいのを入れてやりたいと思っていたが)
足は止めない。突き進む。
イセリナの背に向けて走る。掴む。そのまま彼女をヴィルグラムへと投げ渡す。
嘴が急には止まることはできない。狙うべき対象が興味のない対象へとすり替わっても。
突然の状況であってもイセリナを抱えて魔剣を構えるヴィルグラムをローグラムは見た。
彼は同じ轍を踏むまい。この戦いで彼女は守りきられるであろうと彼を見て確信する。
今際の際に、これ以上助力できないことを無念には思う。
(なあに。何もできなかったってのもあの二人なら笑い話にしてくれるさ)
状況をひっくり返すためにダルハプスが放った起死回生の一手は殺そうとした相手ではなく、ローグラムを粉々の肉片へと変えた。




