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百 万 回 は 死 ん だ ザ コ  作者: yononaka
却説:王報未然

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132/200

132_継暦136年_冬

「建設途中の冒険者ギルド、そこに儀式の中核がある。

 そちらは頼むよ」


 その言葉を残し、シメオンは怒涛のごとく攻め寄せた半獣たちとの戦いに飲み込まれた。

 ブレンゼンは振り返ることなく、新たに発布された仕事を達成するために走る。

 共闘を決めたのであれば、一分の疑いもなく進む。


 それを見届けたシメオンは一匹でも多くの半獣たちを釘付けにするために戦闘を続行する。

 個々の戦力差はあろうと、数をひっくり返せるほどのものでもない。やがて肉が食い破られ、血を流し、立つことも叶わなくなる。


(それでもいい。

 贖罪の機会など求める必要もない。当然の結果だ。

 自らの生まれと立場を呪い、輩を使い捨て、何もかもを足蹴にした。

 だが、その全てはあの方のためにあったことを知った。我らの命で崇高なる存在を、偉大なる御方を支配者とできるならば)


 時間は稼いだ。

 ヴィルグラムを支配者として、永遠の楽土を作り上げる目的に助力することはできない。

 だが、シメオンは気にしなかった。

 それは自分が達成できずとも、管理局の人間が同じ目的地に届くだろうことを理解していたからだ。


 もはや体のそこかしこが失われていた。

 痛みもなく、死を知覚し、シメオンはそれでも笑った。

 自らの手に得られるものはなく、見たいと望んだものを見れぬ哀れな敗者でしかないシメオンは、それでも笑いながら絶命した。

 それがただの強がりであることは誰より自分が理解している。生まれを選ぶことはできずとも、少なくとも死に方だけは自分で選ぶことはできたのだ。


 ───────────────────────


 後片付け(ウォッシング)と呼ばれた男がいた。

 迷宮の支配者(ダンジョン・キーパー)たちに評価される彼は、そこからも日の当たる冒険ではない旅を続けてきたことがわかる。

 腰には遥か東から伝わる刀と呼ばれる剣を模した軍刀を下げている。


 ウログマの迷宮から去った彼はその後も幾つかの世間の裏にあるような依頼を受け、見返りとして情報を得ていく。

 調べるべきは男爵同盟、情報を得るべくはシメオンからと考えていた。

 しかし、折り悪く彼に接触することはできず、しかし最悪というほどでもなかったのはその近隣の迷宮に請われ、雇われることになった。


「帰還、か」

「何か情報はないか?」

「未然王かどうかまではわからないけど、かつてビウモードを支配していたダルハプスってアンデッドがいた。

 封印されていたらしいけど、最近その名前を聞くようになったな。

 そういう意味では帰還かもしれない」


 サークは求めている情報ではないからか、そっけのない相槌を打つ。

 会話相手のダンジョン・キーパーはそれに気がついてかそれとも無意識か、偶然か。


「ダルハプスも過去の存在だが、他にも過去の存在めいた連中の動きがあるとも聞いている。

 例えばカルザハリの管理局が──」

「管理局……か」


 その声音には微かな絶望と諦観の交じる色だった。

 キーパーはその役柄的に部下や敵対する冒険者の心の機微に触れることが少なくないからこそ気がつくことができた。

 できたが、踏み込むことはできなかった。

 ここで踏み込んだとして、自分に何ができようか。

 キーパーは自分ができることはバイアスをかけずに情報を渡すことだけだとして、言葉を続けた。


「伝説的な賢人ライネンタートが差配していたとも伝えられる管理局、どうにも連中が活動をし始めたとか。

 他のキーパーが出資を受けたとか」

「出資?」

「現れた冒険者の中で特定の人物の亡骸を回収したい、だったかな。結局亡骸は出なかったので貰い得だったと言っていたな。羨ましい……っと、そんな話ではなかったか」


 他に何かあったか、と考え、


「妙なことと言えば、ダルハプスの復活の噂以後も彼が分霊でも作ったのか、出現の噂などを聞いたものもいたな。

 出資されたのもビウモード近郊の迷宮だったか。

 管理局にしろダルハプスにしろ、あの辺りで何かが起こるのかもしれんな」


 こうした話を迷宮の手伝いの報酬とし、情報を拾い集めた彼はトライカへと足を向けることとなる。


『あなたは還ってきた王に仕えるのよ』

『お前は未然王が完全な王道を辿るための礎になるためにあるのだ』

『消えてしまった管理局のために』

『立ち枯れてしまった神樹のために』


 消えたはずの管理局が帰ってきた。

 であれば、立ち枯れたはずの神樹もまた立ち枯れるではなく芽吹いていたのか。

 未然王。

 その王の帰還を恐れ、親を殺し、自由を得るためにと逃げ出した。


 還ってこられたなら罪と向き合わねばならぬ恐怖に対してか、

 それとも、自分や我が子の人生を掛けてでも帰還を願う相手が何者であったのか、

 管理局が何をしようとしていたのか、いや、改めて動きを見せている管理局が何を求めているのか。


 トライカにこそ答えがある。

 彼は過去の呪縛めいたものから脱するためにか、トライカへと到達していた。

 それはこの都市が結界に包まれる前日のこととなる。


 ───────────────────────


 何かが叩き潰される音。

 一度二度と響く。

 シェルンがそこにたどり着いたときには人と獣の特徴を部分的に併せ持った何かだったものが散らばっていた。


「だれかれ構わずとは、愚かな真似を……」


 散らばったそれらを見やりながら呟いたのはシェルンにとってよく知る人物であり、冒険者になった理由とも言える相手であった。

 つまりは、


「おにいちゃん!」

「──シェルンか」


 その男はシェルンに似た顔立ちに、逞しい肉体を持つ、やはりエルフ離れしたエルフと言えた。

 手には軍刀(サーベル)が握られており、それらは黒い血に汚れていた。

 汚れ方から見ても、ここに至るまでに幾つかの相手を相手にしてきたことが伝わってくる。


「パパとママを手に掛けた理由を」


 踏み込むと同時に急激な加速を伴ってサークへと肉薄する。

 魔術や請願の類は使用していない。あくまで彼女の膂力、筋力によって生じる力だけだ。

 常人であればその加速に視線を追いつかせることも難しかろうが、サークもやはりシェルンと同じくして鍛え上げられた人間らしく、剣で彼女が振るう鈍器(根っこ)を防いで見せる。

 並の使い手であれば武器ごと体を砕く一撃も見事に受け切られた。


「教えてもらいに来たよ、おにいちゃん」


 爆発寸前の感情をギリギリのところで抑えているのはヴィルグラムとの約束があるからだ。

 感情のままに戦い、敗れでもしたなら約束を果たすことができない。

 つまり、あの一撃程度は彼女にとって紛れもなく挨拶程度のもの。

 そして、サークにとってもそれは同様であり、挨拶として受け取れる程度のものでしかなかった。


「恐ろしい表情だな、我が妹ながら」


 一方で、サークは苦々しい顔をしていた。

 妹と会いたくはなかった。どんな顔をして会えばいいかもわからなかったからだ。

 その上、再会した彼女の表情は怒りが顕になっている。


「親の仇を前にしてここまで冷静でいられる自分を褒めてあげたくらいでや」

「ならば教えて……やろうッ」


 剣と鈍器を肉薄させた状態から、サークの蹴りがシェルンに強引に距離を取らせた。

 体勢を先に整えたのはサーク。鋭い踏み込みから振り下ろされた一撃を『挨拶』の状態が逆転する。


「お前も知っているはずだ。我らが両親が亡き王の復活を画策していたことを」

「そのためにわっちたちは鍛えられてたから、ね!」


 互いに技は知り尽くしている。

 彼女の言う通り、徹底的に鍛え上げたのは両親であり、それによって得た技の数々は互いにどう返せばいいかなど考える前に動作に起こすことができた。


「私が両親を殺したのは、彼らが望む行いは人の道に(もと)るからだ!」

「そりゃあ死んだ人を蘇らせるなんて間違ってるとは想うよ。

 けど、そんなこと、わっちたちがやらなければいいだけでしょ!」

「そのために我らの人生の多くが奪われたというのに、恨みはないとでも」


 技の応酬。

 殆どは返し、防ぎきっているものの、互いに傷は蓄積する。

 それは両親が教えた技ではない、彼らが自らの人生で体得した技が含まれているからだった。


「わっちらはエルフで、まだまだ生きるんだ。

 そりゃあわっちだってちっちゃい頃はおにいちゃんと積み木遊びをしたりして遊びたかった。

 でもそれができないからって親を手に掛けるのは間違ってるしょや!!」

「お前は何も──」


 地面を踏み込むと同時にサークは小さな詠唱を唱える。


「《風よ、集いて走れ》」


 掌から放たれたのは突風。その勢いは風が吹くというよりも見えない拳で殴りつけられるようなものだった。

 体勢が崩れかけていたシェルンは防ぐことも叶わず派手に飛ばされる。

 手に持っていた鈍器が転がり、重い音を立てた。


「げほっ……。

 な、何が間違ってるって云うんでや、おにいちゃん」

「これこそが、間違いの原因なのだ」


 鈍器を軍刀で指すようにしてサーク。


「お前が偶然、彼に出会ったとでも思っているのか」

「彼って……」

「ヴィルグラム、今もそう名乗るものに」


 サークにとっての認識の上で、名前はさしたる重要な情報ではなかった。

 彼は管理局が動かす人形でしかないと考えているからだ。


「誰かに仕組まれたとでも言いたいの? あれは間違いなく偶然でや。

 わっちの意思で」

「いいや、管理局の意図だ。……我らはそうなるべくして生まれ、育てられたのだからな」


 立ち上がろうとするシェルンにゆっくりと近づき、切っ先を向ける。

 動くな。軍刀がそう言っているかのようだった。


「否定したいなら、別に構わん。

 だが、何も知らぬままに唯一の肉親を切り捨てるのは──」


 辛い、悲しい、そうした感情は口にしない。

 昔からサークは弱音だけは妹には見せないようにしていた。シェルンも十分に理解していることだった。


「じゃあ、教えて。

 おにいちゃんが知っていることを。言ってくれないとわっちはわからないから」


 溜め込みやすい兄から言葉を吐き出させるのはいつだってシェルンの役回りであった。


 ───────────────────────


 彼らが住むのは村の外れにあり、広い敷地を使ったそこは邸と呼んで遜色のないものだった。


 夜中。


 サークが目を覚ます。

 日夜鍛えられた成果であろうか、闇を見通せる視力を持っている彼は窓から見えた森、その奥でちらりと灯りが見えた。


 自然のものではないだろう。

 時折、両親が口にしていたことを思い出す。

「我らには敵が多い。警戒は常にせよ」


 その言葉に従って、剣を掴む。小さな寝息を立てる妹が視界に入る。

 日夜お互いを殴り合うような過酷な修練をする間柄であっても、かわいい妹には違いなかった。

 あの灯りの持ち主が悪党であればその妹にも類が及びかねない。

 気配を殺して森へと進んだ。


 聞こえてきたのは声。


「やはり、このまま育てたとしても意味などない。

 局長なくして、王の帰還はならぬだろう」

「では、どうするのだ。

 せめて我らの後を引き継がせるために鍛えておくべきではないのか」

「いいや。そんなことをしても無意味だ。

 所詮我々は駒に過ぎない。局長閣下がいなければ、この育成計画も徒労に終わる」


 両親の声であった。

 邸で話すのが憚られる内容だったのだろう。


「ならば、局長閣下がおられればよい」

「……どういうことだ?」

「我らの仕事、つまりは管理局の荒事担当は一人いれば十分。

 適正のない方には局長の依代にさせればいい。器に足らずともいっときであれば降りられることができるはず」

「可能性の話でしかないぞ。閣下もいっておられたはずだ。

 あの儀式は延命ではなく継承させるだけのもの、ご自身に関わることをどれほど伝えられるかはわからないと」

「例え一部であっても我らにとって十分な指令をくださるはずだ。

 それこそが我らが従うに値するライネンタートというお方であろう」


 気配を消すサーク。隠形には自信があった。鍛え上げさせるためであれば両親はサークを獣たちがうろつく山中に捨て置いて、隠れて帰ってくることを任務として帯びさせるようなこともままあることだった。

 今では隠れ潜むのは両親の技術や想定を超えているものを備えていた。

 故に、サークが自らの気配を知られることはなかった。


「では、どうする」

「来月の終わりを以てどちらが戦力になるかを定めるとしよう。

 落ちこぼれた方を」

「儀式の材料とするか」

「ああ、そうしよう」


 がさり、と音がした。

 二人はそちらに目を遣るが、気配はなく風の音と断じる。

 サークの隠れ方が見事であったからこそ、そう判断させた。


 疑念はあった。

 自分たちに向けられているものが愛ではないことは知っていた。

 何かの義務を負わされることもわかっていた。

 それでも妹と共に、いつか自分たちが認められたあかつきには愛を注いでくれるのではないかと、そう期待していた。


 だが、そうではなかった。

 自分たちはどこまでいっても道具でしかなかったことを突きつけられた。


 このまま生きていても、自分たちの未来はない。

 父と母を手に掛けるのはそう遠くない日となる。


 ───────────────────────


 両親を殺したのは彼らが言っていた来月の終わり、その直前だった。

 殺されたことは意外そうだったが、殺されたことに関しては満足げにしていたことが未だに忘れられない。

 思い出すだけで不快感で吐きそうになる。

 彼らは殺されることすら計画していたのではないかと、サークは疑っていた。


 冷静であれば、殺したあとに隠蔽工作もできたかもしれない。

 しかし、年頃であったサークは親殺しという禁忌に手を染めたが故に、正常な判断などできるはずもなく、逃げるように村を出ていった。


 長い流浪の中で、彼は両親の生い立ちや言葉が妄言ではないことを知った。

 いっそ妄言とすら思ったときもあったが、その思いは儚く消える。


「管理局に縛られた哀れな男女、それが我らの両親だ。

 彼らは死せど、連中は──彼らの同胞が今も動いている。いや、より活発化した」

「ずーっと動いてなかった組織なのに?」

「遅まきに局長とやらが目を覚ましたのかもしれん」


 サークが裏街道をひた走っていたのは罪穢れがあるから呼吸のし易い場所というだけではない。

 表沙汰にならない情報や、普段では知り得ない事情を持つ人間が流れてきたり、

 或いは迷宮の支配者(ダンジョンキーパー)がどんなツテを使ってかまではわからないが、巧妙に隠された情報すら暴く力があったりもする。

 そうした情報を報酬として、サークは長くを迷宮で過ごし、やがて後片付け(ウォッシング)と呼ばれるようになった。


「我らはその道具にされかけた。そして今もお前は管理局の歯車になるべく操られているのだ」

「ヴィーとわっちが出会ったのが仕組まれているなんて、妄想にしたって過激すぎるしょや」

「それができるのが管理局なのだ。

 どのような手段かはわからん。だが、まんまと出会っている。そしてお前は彼を守っている。

 それが全てだッ!」

「こじつけだ!」

「違う!」


 直情的なのは兄妹ともに同じ。

 互いに譲らないのは幼い頃から変わらない。

 言い合いになれば絶対に言葉では決着しないことを二人は理解していた。


 こうなったときの解決策を二人は幼い頃から決めていた。

 それを思い出せ、などとどちらも言い出さなかった。


 サークは剣を投げ捨てる。

 シェルンは拳を固めた。


 兄妹が定めた解決策。それは殴り合い。

 純粋な肉のぶつかり合いこそがこの二人の決着手段であった。


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