128_継暦136年_冬/06
群れ。
アンデッドの群れ。
感情なくローグラムたちを追い詰めんと迫るのはアンデッドの群れ。
ただ、それは自然発生的に生まれるそれではない。
ダルハプスによって生み出され、制御されているアンデッドは鍛え上げられた猟犬の如くしてローグラムたちの命を狙って包囲を完全なものにしようとしていた。
であったとしても、諦めて囲いの中に入れられるわけにもいかない。
ゴジョを守る約束をヴィルグラムとしている以上は、軽々に諦めるわけにはいかない。
「オッホ──」
退路を封じようとする群れに投擲をせんと構えを取ろうとするローグラム。
刹那。
ローグラムの横に銀色の疾風が走り、その群れの首やら胴体やらを輪切りにして動作を強制的に停止させた。
何があったのか、ゴジョは勿論のことローグラムやバスカルにも理解できていなかった。
「少しばかり遅刻してしまったか」
『布まみれ』としか形容しようのない影がそこにある。
少女とも取れるし、少年とも取れる声音。
姿も声も、そのどちらからも性別や個人というものを受け取ることが難しい存在であった。
銀色の疾風はまるで自我を持つかのようにして彼女の手に戻ってくる。
それは輪であった。
外側部分に刃が備えられたもので、この辺りではあまりメジャーとはいえない武器。
戦輪と呼ばれる投擲に扱う代物であった。
存在は知っていても、ここまで見事に扱う人間が存在するのを見るのはローグラムやゴジョだけでなく、歴戦の騎士たるバスカルにとってすら初めて見るものであった。
その『布まみれ』の手によって退路を塞ぐアンデッドの群れが、再び放たれた銀色によって次々と切り裂かれていく。
『見惚けている場合でもあるまいよ、███グラム』
(だったな)
ローグラムもまた石を掴み、包囲を作った方ではなく、ゴジョと共闘して戦っていた群れへと攻撃を再会する。
「ローグラムさん、思いつきを実行してもいいですか?」
「どんどんやっていこうぜ!」
ゴジョにとって、ヴィルグラムに助けられてからというもの頭ごなしの否定というものをされたことがなかった。
ローグラムも同様で、彼女の行動を肯定し、賛成する。
やれることはやっていこうというスタンスは足掻くことになれたローグラムが本能的に持っている一種の機能のようなものだが、
それがゴジョにとって心地の良いものであった。
(足を絡める草木は多少効果はありましたよね。
こっちを狙うあまり足元の確認がお留守なのではという推察もできました、やってみる価値はあるでしょうか)
小さくかぶりを振る。
(価値があるかを定めるのは卑職ではなく、行った結果だけ。
やってみなけりゃわからない、ってもんです)
安っぽい杖を構え、インクを集中する。
草花の足止めは効いた。
なら、そこに攻撃的な性能を含めればどうか。
「《炎よ、踊れ》」
扱いやすい、扱いにくいなどの差はあれど、魔術には初級のもの中級のものと区別されるものはない。
炎を操る魔術もまた短い詠唱故に初級者用の魔術のように扱われるが、
多大なインクを持つものが扱えば竜の息吹の如くになり、
微細なインクしか持たないものが扱えば火付けにちょうどいいのが限界の火力にもなる。
ゴジョであれば、残念ながら後者寄り。
天才的な魔術士や恵まれたインクの持ち主というわけではない。
ただ、彼女の取ろうとする策では後者の火力で十分であった。
アンデッドの足を絡めている草花に着火した火。
瞬く間に火だるまを幾つも作り上げる。
「ちょっと……やりすぎたきらいが……」
「これくらいじゃないとこっちに来かねないから、なッ!」
ローグラムの言う通り、燃え上がりながらも突き進むアンデッドもいる。
それらは投擲によって一つ一つ丁寧に砕かれていった。
「お見事な連携」
それらが全滅する頃に拍手が一つ。
「アンタは」
「ある方に雇われてお主を助けに参った。
正確にいえばお主の仲間のために助けに来たというべきなのだが、お主の仲間は大丈夫と判断して」
「一番不安のあるここに来たってわけか」
そのとおりと頷く。
彼女はこの後の行動はまだ決めていないという。
このまま同行してもいいし、信頼できなければ別行動をとってもいい。
彼女の提案をざっくりといえばこの二つである。
「オレはやるべきことがある。
が、社長……いやさ、そこのゴジョも心配だ」
「つまり?」
「何をすればいいかこっちが決めていいってなら、ゴジョを守ってほしい」
ゴジョも流石にこの判断に噛みついたりはしない。
彼女の存在は重要である。
もしも今回の攻めが失敗しても再度挑戦する上で結界が張られ直したならそれを突破するために必要な人員であり、
しかし、今の彼らに彼女を守り切るだけの戦力を一党は十分に有しているとはいえない。
「ゴジョさん、お主に否やがなくばそうするが」
「ええ。卑職は生き残らねばなりません」
人によっては邪魔者扱い。カッとなりうる状況であってもゴジョは努めて冷静であった。
「卑職をどうか安全圏まで運んでください」
「承知した。
……っと、御仁」
じろじろと無遠慮に観察する『布まみれ』。
そういうポーズというべきか、見ていますよということを伝えるためのアクションというべきか。
大げさな動きはコミカルで場を和ませる。
「オレか?」
「うむ。見たところ投げ物を扱っていたが」
「そいつがオレの得意技でね」
「ほうほう。
ではこちらを渡しておきましょうか。拙者の代わりに投げてくだされ」
手渡されたのは星型に形成された刃物だった。
「これは?」
「こちらの武器の予備の予備、といったところ。
シュリケンと申すもの。きっとお役に立つはず」
「先の投げ物並を期待しても」
「勿論」
『布だらけ』の動きこそコミカルではあったが、渡したものはその対局。ドが付くほどのシリアスな威力を備えた武器の授受であった。
「遠慮なく受け取るぜ。もらえるものはなんでももらうのが流儀なんでね。
……ありがとうな、大切に投げ飛ばすよ」
「存分に投げ飛ばされよ。
では、サクッと逃げるとしましょう」
「は、はい。ひやっ」
まるで羽毛の枕でも抱えるくらいの感覚でゴジョを抱き上げる。
「軽っ。ちゃんとご飯食べてるのか不安に……」
「食べてます、これでも少し太ったくらいで──」
難事の最中であろうというのに気安い言葉に気安い態度。
だが、それが途中離脱することになるゴジョの心を幾ばくか癒やす力があった。
『こちらも急ぐとしよう』
(だな)
「ローグラムさーん!」
すごい速度で抱えられたままに離脱に向かうゴジョが叫ぶ。
「皆で再会できるのを、卑職は……待っていますからあ!」
その言葉は祈りにも似ていた。
戻れるだろうか。
ローグラムはその言葉に返す言葉はない。けれど、いたずらに死を選ぶことはできなくなった自覚はあった。
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トライカ。
つい最近まで人々は幸福を享受する立場にあり、それを成し遂げた見習い市長メリアティへの賛辞に包まれていた都市。
ビウモード伯爵数代の中で、当代こそが最も臣民に愛される伯爵家となったのは間違いない。
伯爵であり兄でもあるビウモードを盛り立てるために力を尽くすメリアティは、
自分を常に守ろうと、救おうと動いていた父や兄を思ってのことであった。
そして、兄もまた以前と何ら変わらずメリアティを救おうと全力で走る。
『炉』が配置されたルル家──ルルシエット伯爵の別荘として用意されていた大きな邸へと到達し、邸宅の扉を開く。
扉、といっても邸そのものが大きく、前庭と呼ばれる本邸に至るまでの庭へアクセスするためのものだ。
平時であれば警備兵たちが見回りを欠かさず、物々しくならないよう私服の兵士も常駐しているはずだった。
「誰一人おりませんな」
「ああ。……想像は最低限に。今は炉の奪還が必要なことだろう」
無人のそれと裏腹な、重苦しい気配。
インクと、悪感情がカクテルされたようなものが邸から放たれている。
そうしたものへの感度が強い魔術士や請願使いなどであればここで身動きがとれなくなっていてもおかしくはない。
ビウモードとドワイトが表情を歪めるに留めていられるのはあくまで当人たちの気合と根性、そして伯爵と騎士という立場から来る責務によって耐えているに過ぎない。
警戒しながら前庭を進む。
邸へと至るまでに敵の姿はない。忌々しい気配が強くなることも、弱くなることもない。
「炉は地下に。王国時代以前に存在する地下墳墓を利用しております」
優秀で、事前準備を怠らないビウモードには言わずとも理解していることであろうとも、
ドワイトはあえて告げる。
確認作業は状況や気配から気を紛らわせる手段ともなる。
「地下墳墓か。この気配にいよいよふさわしい場所に配置したものだな。
こんなことになるならルルの別荘などと言わずにきらびやかな聖堂にでもするべきだったか」
「或いはダルハプスめに似つかわしくないような、騒がしい酒場の地下に配置していただくのもありだったかもしれませんな」
軽口を言い合えば、また気も紛れた。
地下への道を見つけ、進み、やがて二人は地下墳墓へと降り立つ。
そこは地下でありながら真昼のように明るかった。
それは常あることではない。
炉が起動し、活動によって発生した力の余剰を溜め込ませずに逃がすために光や熱などに変換している結果である。
溜め込ませてしまえば何が起こるかわからないことだけはわかっていた。
数と希少さ、失うことは許されない重要性などから炉が研究に使われることはない。
実際に起こった状況だけが炉を取り扱う上での注意事項として伝わっている。
「炉が全力で稼働しているようですな」
「ダルハプスが動かしているのであれば、その野心を挫くだけだ」
父を失った日からビウモードはダルハプス打倒のために準備を進めていた。
軍であれ、個であれ、ダルハプスを打ち破るための手段の用意はある。
墳墓の道を進み、やがて見えてきた扉。
本来であれば儀式によって強固な施錠がされているはずだが、誰でも出入りできる状態になってしまっている。
誰かが解錠したのではなく、巨大な力にあてられて儀式の力が破壊されたことはひと目でわかる。
「ドワイト、準備は」
「万端整えております」
二人は頷くと、炉が置かれた部屋へと踏み入った。
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炉と呼ばれるものはそれぞれに形状が違うと言われている。
円柱の飾り気のないものであるものもあれば、巨大な容器に人型の何かが浮かんでいるものもある。
いずれにしてもその殆どは巨大であり、部屋の一室にぽんと置くことができるようなものではない。
この地下に備えられた炉は巨大な石版のようなもので、刻まれた文字のようなものが明滅している。
不定期な明滅は何か不測の事態が起こったことを伝えているようでもある。
二人は直感的に炉が結界を運用するのに使われていることを理解し、この明滅は結界が打ち破られた結果であろうことを推察する。
事前に感じた巨大な気配は何か。
気配は未だ、部屋から感じているものの炉から発せられる圧の強さで判別するのは難しかった。
「予想通りというべきか、ここに来てしまうのは運命というものか」
声。
それはビウモードとドワイトの二人がよく知るもの。
もういないはずのもの。
そして、死者を操るのであればそのことを予測しておくべきだったもの。
「どうしてとは言うまいな、我が息子、我が騎士よ」
炉の影から現れたのは戦場に出るような出で立ちをした、先代ビウモード伯爵であった。
KADOKAWA ファミ通文庫様から出版することが決定いたしました。
全面改稿というべきか全面書き下ろしというべきか!
ここまで読んでくれている兄弟たちも喜んでくれるはずの内容たっぷり!
イラストも自分で描くので絵が多い!
併せて本作の設定資料的なものも色んなところに散りばめていく予定!
ここまで来れたのも兄弟たちの応援あってのもの。
これからも応援してくれたなら嬉しいです!




