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百 万 回 は 死 ん だ ザ コ  作者: yononaka
却説:王報未然

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123/200

123_継暦136年_冬/A08_06

 よお。


 ひとまず情報集めということで散り散りに分かれたオレ様だ。


 それぞれ、何かしらの情報を得られそうな場所へと足を向けていた。

 オレは特に思いついたりはしなかったが、何となしに高台になっていそうな丘へと向かっていた。

 街を一望すれば何か思いつくかもしれないし、気分が切り替わって画期的なアイデアが生まれるかもしれない。


 思いつかないで立ち止まっているのが心の毒になりそうだったのでそうした。

 一言で表せばただの逃避でしかないのだけど。


『なにかあてはあるのですか?』


 見えざる同居人であるアルタリウスが問いかけて来た。

 痛い質問だ。


(ない。

 けど、何かしらにはあたるでしょ)

『何かしら、ですか』


 こういうときに馬鹿にしたような言い方をしないのは彼女の美徳だと思う。

 繰り返して何かしら、と言ったのもその意図を探っているような雰囲気を探っているような。


(アルタリウスこそ何か感じたりしない?

 どでかいインクだとか、いい感じの付与術品だとか、何だったらダルハプスの気配でもいいんだけど。

 そういう何かしらってやつ)

『ええ、それなら確かに感じています』

(そんなウマい話は早々転がってないよね。……ん?)

『君の後ろに』


 敵意があればその前にアルタリウスが伝えてくれるだろう。

 つまりは危険はないのだろうが。


「少年、ちょーっといいかな」


 声。

 遅まきながら振り返る。

 オレはかのようにして先んじられたのだった。


「アンタは?」

「安いナンパをしたいわけじゃあないんだ、ヴィルグラム少年」


 少し年上の、女性というべきか少女というべきか悩むくらいの人物だった。

 服装は動きやすそうな胸甲に、腰にはポーチが幾つか。

 顔立ちは育ちの良さを感じさせるところがあり、髪の毛はよく手入れされている。

 そこらの冒険者ってよりは行動的な貴族とかそんな雰囲気だ。


(ヴィルグラムって名前も居なくはない名前だけど……)

『ピタリと当てて来るのは相応に理由も意味もあるでしょう』


「私の名前はルル。

 いや、そんな隠し方を君にする必要もないか」


 改めるようにしてから彼女は胸を張るようにして宣言した。


「私はルルシエット伯爵領、当代伯爵ルルシエット。

 君にお願いをしに来たんだ」


 こういう名指しのお願いっていうのは大抵の場合、ろくでもないか、困難か、その両方だ。

 彼女──ルルシエット伯爵閣下のお願い事はそのどちらなのだろうか。


 ───────────────────────


(どう思う?)


 困ったときのアルタリウス。……甘えたいわけじゃないが、自分ひとりで悩むより思考の袋小路には入りにくくなる。

 折角の同居人、頼らないと損ってもんだよね。


『ルルシエット伯爵は友人たちを助けたい。しかし軍は向けられない。

 ここまでは事前の情報で得られたものですね』

(ローグラムが仕入れた奴だね)

『解決はしたいが自分たちはでしゃばれない。

 となれば、解決力を持つ人間にトライカに進んでもらいたい。

 結界によって入れない問題に関しては陰ながら協力する。

 この街に我々が足を向けた理由そのものを彼女に提示されたと言っていいでしょう』


 そう。

 求めている全てがそこにあった。

 不足もないし、過分でもない。


 これが仮に軍を動かすから手伝えだとか、金を積むからなにかして来いだとかってものだったら断っていた。

 だが、私心で助けたい相手がいることと、

 結界を破る手伝いができるという要素を備えたお願い事であった。


 これは先程ふと思い浮かんでいた『ろくでもない』ものでもないし、『困難』でもない。

 訂正してお詫び申し上げる。心のなかで。


 二つ返事で受けてもいいほどのことだけど、不意に転がり込んでくる幸運めいたことにはどうにも警戒してしまう。


(こういう提案に対して不安に思うのって、性格の悪い証拠かな)

『当然の反応ではあるかと思いますが、私も自分の性格が美人である自信がありませんので』


 似た者同士であった。


「もしかして疑ってる?」

「まっさか~」

「本当に?」

「……ちょっとだけ疑ってるかも。ごめん」


 素直なのが一番。


「まあ、そうだよね。

 私でも疑うもんね、なにせ求めているものをいきなり提示されているわけだし。

 けど、種も仕掛けもあるんだ。この出会いもお願い事も」


 ルルと名乗った彼女は丘からの転落を防止するための柵に寄り掛かる。


「君は魔眼って知ってる?」

「あー、まあ、人並みには。

 超能力で、再現が難しくて、種類が豊富……ううん。知っているかどうかに対する答えになっているんだろうか、これって」

「実際、そうとしか言いようがないよねえ」


 あははと笑う大領主ルルシエット。

 その肩書を持つとは思えないくらいに天真爛漫な笑顔だった。

 いや、であればこその大領主なのかもしれない。その表情一つが従うものの心を掴む。


「魔眼が請願や魔術で再現がしにくいって言われているのはその種類の多さっていうのもあるけど、

 効力の強さも、その受け取り方も主観的過ぎるからこそではあるんだよね。

 かくいう私のヤツもご多分に漏れず、主観的すぎる魔眼だしね」

「私のヤツって」

「魔眼持ちなんだよ、私も。

 正確には呪いの類が視界に現れているだけかもしれないけど、魔眼の分類方法なんて誰もしたことがないしねえ」


 結論を急ぐとさ、と彼女が続ける。


「私の魔眼は未来に関わる情報を拾い上げることができるんだ」

「未来視ってこと?」

「そんな大したものじゃないよ。

 主観的すぎるものでさ。説明は難しいけど……そうだなあ」


 周りを見渡してから、彼女は道を指差す。

 そこには半ばまで埋まっているオレの手のひらを広げたくらいの大きさの石があった。


「急いで道を歩いていたら、あの石に足を引っ掛けると思わない?」

「注意してなければそうなるかも」

「でもここから石を見てからなら、引っかからない」

「そりゃあ、まあ」


「君がこの道を歩くことを誰かに伝えたとする。

 そうすると、その誰かはこの道には転びそうな石のことを教えてくれる。

 その誰かってのが私にとっての魔眼なんだ」


 付け加える形で、今は危険物の話で示したけれど、探したいものであれば必要なものを教えてくれる、とも。


『つまり、直接的な未来視ではなく、未来を描いたときに必要となる条件を拾い上げる魔眼……ということでしょうか』


 アルタリウスの言葉に返事をするだけでなく、実際にルルシエットに向けても聞いてみることにしようか。


「ルルシエットが未来を見て、そこに必要な要素を拾い上げるべきものを見ることができるってことかな」


 同居人の言葉を殆どそのまま再利用する。

 こういうときに下手に出しゃばると違う答えが帰ってきたりしちゃうからね。


「ああ、いい捉え方だね。

 うんうん。そういうこと。

 下手な例を出さずに言えば、私はトライカを何とかしたいと思っている。

 それをするために何が必要か……それを魔眼が知らせてきたんだ」

「それがオレだったってこと?」

「その通り。

 ほんっとに理解が早くて嬉しいよ」


 再びの笑顔。

 人誑しのそれだ。こういう相手に慣れていないとコロっと(ほだ)されてしまうだろう。


「だからさ、お願い事を頼めば他の誰より高い確率で叶えてくれそうな少年を狙い撃ちしたってこと」

「確率?

 確実じゃなくて?」

「未来視ってわけじゃないからね」


 確定している未来を見通す魔眼、未来視。

 魔眼の凄まじさを語るときに出てくるものではあるが、実際にそれが存在したという話は聞いたことがない。

 尾ひれが大量に付く前の未来視とは、彼女の持っているような魔眼のことだったのかもしれない。


「トライカには幼馴染の妹がいてね、このままじゃ幼馴染がどんな無茶をしでかすかもわからない。

 けれど私が動けないのは前述した通り」


 大領主ともなれば行動騎士も抱えている。

 それらを使えばいいのではとも思ったが、それは浅はかな考えってやつだろう。

 結局、他領の軍が動いているのには変わらないし、魔眼が行動騎士になにかしてやれと彼女に伝えていないのならば最良の手段じゃあないってことだ。


「低い確率に夢を見るのも嫌いじゃないんだけど、確率の高い方に今は夢を預けたいんだ。

 そのために用意しておいたものは全部渡す。

 私ができるのはそれだけしかない」


 でも悪い話じゃないでしょ、と云う彼女。

 良すぎる話はそれはそれで悪く聞こえるものだよね。


 ───────────────────────


『流石は伯爵家、ということでしょうか』

(どこから目星を付けられていたんだろうね)

復活(リスポーン)についての言及はありませんでしたし、

 知っているような素振りもありませんでしたからあるとするならウォルカール老の辺りでしょうか』

(ローグラムに情報を運んできた人とか?

 どこからどこが繋がっているか、なんてのは考えても詮無きことってやつかな)


 伯爵はこちらに誰が付いているかも、そこに結界に介入できる余地のある人間──つまりゴジョが味方していることも理解していた。

 必要になりそうなものはあとで宿泊予定の宿に届けさせると約束し、彼女は去っていった。


 立ち居振る舞いに気品こそあるものの、擬態能力はそれを上回っていた。

 丘から降りた彼女はすぐに人々の波に紛れて消えた。


 宿にしている場所についてはローグラムが言っていたので、そちらへと向かうことに。

 ……が、そこで聞こえてきたのは大歓声だった。

 宿の前には凄まじい人だかりと、都市を警備している騎士たち。


 決闘?

 相手は賊でそれを倒した?


 どうにもローグラムという男は人を助けねば死んでしまうような生態でもしているらしい。

 個人的には嫌いじゃない、いや、好ましいことこの上ないけどさ。


「……なるほど。いえ、『待人亭』の女将さんの証言で十分に彼の無罪であることは理解できております。

 むしろ、街を守るものとしてこのような体たらくで申し訳なく……」


 いつのまにやらオレ以外も戻ってきたらしい。

 最初はブレンゼンと女将と呼ばれた人が聞き取りに参加していたが、いつのまにかシェルン、ゴジョ、そしてオレも合流することになる。

 倒れているローグラムは都市の見回りの一人が手当をしている。


「隊長、手当が済みました。

 消耗しておられるようでゆっくりと休める場所で寝かせるべきかと」

「疑うことのないお相手だった、街の皆さんの証言もある。

 死体を回収して引き上げよう。

 女将さん、施設の修繕費はこちらに回してください」

「あ、ありがとうございます」

「いえ……、大変なときに力になれず申し訳ない」


 都市を守る見回り、そして騎士たちに対して民衆は怒りや石をぶつけたりはしない。

 むしろ同情的ですらあった。


 それだけ賊やたちの悪い連中が流入している。

 トライカとの交易がなくなれば水が淀むように、周辺のみならずトライカ辺りを根城にしていた賊までペンゴラに出張する始末。

 伯爵はトライカで動きがあったらすぐ動くためにペンゴラで兵を纏めているって話だったが、この街の状況を何とかするためだってのもあったのかな。


 ───────────────────────


 ローグラムが部屋を取った待人亭で倒れた彼を休ませる。

 助けてくれた恩義からか、女将は彼を献身的に看病しているようであった。

 店は店員、古参の客、修繕関係で参上した兵士も巻き込まれる形になって店を回していた。

 店員も客も兵士には慣れているところから、常連であるのかもしれない。


「失礼。こちらにヴィルグラム殿はおられますかな」


 大きな荷物を背負った壮年の男が入店する


「こっちにいるでや。ええと──」

「ルルの使いであると言えばおわかりでしょうか」


 対応したシェルンに引き継ぐようにしてヴィルグラムが頷く。


「お約束してたものです。

 必要なものがございましたらお呼びください」


 彼が外をちらりと見ると兵士が数名立っている。

 表向きは昼過ぎにあった決闘騒ぎに乗じるものがいないかの警戒ではあるようだが。


 持ち込まれたものは大きな杖が一つ、書類の束が幾つか、ポーションが一袋分。


「杖か」

『解析してみますか』

(好奇心旺盛だよね、アルタリウスって)

『君の心を代弁しているだけですよ』

(どうだか)


 ヴィルグラムが杖に手を触れる。


『膨大な情報ではありますが……いずれも何かを発揮させるものというものではありませんね』

(魔術や請願を発露するものというよりは、なんていうんだろう)

『これそのものが鍵か、その機能を有する何かでしょう』

(すぐさまこれを使用して結界をこじ開けないのは)

『それを実行できる技術者の不在、ということでしょうか』


 杖を『解析』するヴィルグラムたちの一方で、ゴジョは書類に目を通していた。

 結界を何とかしろというのであれば自分の仕事であることは重々承知しているからこそ、積極的に目を通していた。


(す、すごい……)


 ゴジョは感動していた。


(卑職がダンジョンで渡された前任者の引継資料に比べてすっごい読みやすい……)


 嘆かわしいことに、ゴジョの前職はあまりにも悲惨(ブラック)であった。


 迷宮という職場は離職率が高い。離職理由は退職か落命か。割合で言えば後者のほうが多い。

 引継資料は辞める意思にかかわらず仕事に慣れた時点で書き始めさせられるのがあの洞窟ではスタンダードであった。


 そのせいで引継資料は大量に残されることになっている。

 内容は前任者の心に積みに積み重なった恨みつらみが内容の半分近くを占めているのが殆どのケースであり、

 解読するにも感情がこもっている文字は読みにくいものばかりだ。


 主観も混じっているだけでなく、文化圏の違いから意味が通じないものなどが幾つもあった。

 どこのダンジョンでもそうした状態なのか、あのダンジョンが特別なのか、それはゴジョにはわからない。

 ただ、手引やら資料やら書類やらは彼女にとって『判読性が悪いもの』こそがそれらであった。


 それに比べてこの書類は極めて端的にして、必要な部分は明確な追記がなされており、

 客観的なもので構成されていて、感情を排した文章は必要な手順と方法を明確にしていた。


 結界を解くために必要な技術は、確かにゴジョが持ち得るもので要件を満たしている。


(一個だけ問題がありますが……)


「ゴジョちゃん、難しい顔してるけどどうしたんさ」

「あー……ええと、確かに卑職でも何とか技術的には賄えるところが多かったのですけれど、解決が難しい部分が一つありまして」


 ゴジョは自認できていないものの、魔術士としても魔術学者としてもひとかどと言っていい才腕を持つ。

 複雑化した魔術や儀式も手引さえあればなんとかできてしまうほどに小器用であった。

 ただ、どうにもならない問題がある。

 それがインクの絶対量だ。


 共に持ち込まれたポーションはおそらく、インクを消費したときの補填のためであったのだろうが、

 そもそも条件となるインクの量が足りねば意味がない。

 水車はあれど水の流れが弱すぎれば、回るものも回らない。

 今の状況はそうしたことであったのをゴジョが説明する。


「誰かのインクを使うのはダメなの?」

「可能ではあるのですが、仮に卑職が十人並んで頑張っても足りないくらいですし……。いや、卑職のインクじゃあ二十人……百人いても……」


 自己肯定感が谷の底よりも低いゴジョは自分の発言によって精神を下へ下へと転がす。

 が、そんな場合ではないと切り替える。妙な柔軟さが彼女にはあった。

 ゴジョが精神を立て直すのを待ってから、シェルンが口を開く。


「うーん、わっちじゃ力になれないかな?」


 ───────────────────────


 エルフ。

 遥か古の時代、『神』が存在していた頃にその手で生み出された神の子たち。

『神』去りし後にその背を多くのエルフは追った。

 しかし、そうしなかったエルフたちは『神』が去ったことを嘆き、その涙が枯れた頃に大地へと根付くことを決めた。


 その出自、つまりは神の祝福と寵愛を受けていたエルフという種は生まれ持ってインクの量に優れたものが多い。

 シェルンもまた、そうした種族的特性の例に漏れない。


「……」


 インクの量を判断するのもちょっとした技術があれば可能であり、ゴジョはその手段を知っていた。

 そして、それを実行して白目を剥いていた。


「わっちのインク、役に立ちそうでや?」

「ええ、そりゃあ……ええ……とっても……」


 ゴジョは体型だけではなくインク総量においてもシェルンとの格差を見た。


「やるべきことも、問題点の解決もびっくりするほど簡単に済みそうです。

 卑職次第というのがおっかないのでもっとすごい魔術士さんを連れてきてほしいところですが……」


 ヴィルグラムは小さく笑い、解析を終えた杖を彼女に渡す。


「他の魔術士よりもゴジョを信頼しているんだ、オレ様はさ」

「……まったく、殺し文句がお上手ですね……」


 苦笑を浮かべるゴジョだが、ヴィルグラムの言葉によって心にあった劣等感と自己否定の嵐はすっかり消え去っていた。


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