121_継暦136年_冬
よっす。
『リンちゃん』さんのお手紙に目を通しているオレだぜ。
『……というわけで、男爵同盟そのもので要注意なのは──』
ニチリンの纏めた情報で記載されたのはシメオンの名前だけであった。
正確には男爵同盟そのものの枠組みはまだあるかもしれないものの、トライカでの変異に絡んでくるのは彼だけであろうという話だった。
(フォグやその上が解決のために後ろで手を引いているってよりは複数の勢力が解決に乗り出しているってことか)
ローグラムに声をかけて雇ったフォグ及び管理局。
ニチリンを雇い、次代のザールイネスになるであろうハルレーと行動させているザールイネス家。
ローグラムが予想した『上』とは管理局とザールイネスの関係ではあるが、それを彼自身が推理するには情報が足りていない。
何よりローグラムからしてみれば解決するために人員の配置に奔走しているものたちはとどのつまり、自分の目的である復活に関しての情報を得る上では関係がない。
死んでも復活するという特性を持つローグラムは命に対する頓着が人よりも薄いせいもあってか、
何者かの謀に対して、それが自分に向いているでないならそれほど気を向けることがない。
ニチリンとハルレーは先んじてトライカでの状況を多く調べているのか、その辺りのことも記載されていた。
顔の見えない『味方』がどこまで情報を握っているかわからないからこそ、最大限の情報共有をしなければならないと考えたのであろうし、それは実際ローグラムにとってありがたいものだった。
トライカの事態の解決に動いているビウモードではあるものの、
軍を動かしたところで解決する問題ではないから少数のエリートを送るに留めているらしい。
伯爵領であれば行動騎士がその『エリート』に当たるのだろう。
現状でそれなりに友好的な関係を取っているルルシエットもこの件には協力する姿勢を取ろうとしているようだが、行動騎士を送っている様子はない。
(まあ、勢力最大の戦力を他人の領地に送り込んだら問題にもなるか。
当人たちが助けるためだと言っても、誰も彼も納得するってのは難しいよな)
読み解いていくと、いつでも救援を出せるようにペンゴラに何かしらの準備をしているというメモ書きもある。
中身までは調べきれていないようだが、ペンゴラへ向かう理由の一つにはなりそうだ。
(トライカの出入りについては現状は不可能。
入るには広範な知識や技術を持つ魔術と儀式を行えるものなどが必要、か。
そんな優秀なヤツいるのか?)
このあたりについては自分一人で悩んでも仕方ないとして、皆と相談することにした。
人材の当てがなかったとしてもペンゴラにルルシエットの勢力が準備しているならそこから拾えることもあるかもしれない。
(『リンちゃん』さんが潜入し、その後も『同行者』と共に、何らかの理由からトライカでの問題解決に乗り出している。
この手紙をそのままオレに渡したってことは連携を考えているってことだろうよな。
情報の精度だとか確度だとかを相談する時間はない。
オレが独自に調べたって言やあヴィルグラム少年はひとまず頷いてくれるだろうし、そうなれば他の仲間もすぐに反対したりもしないだろう)
トライカを支配するのはやはりダルハプス。
この辺りはオレが見る範囲全てでその名前が出ている以上、確定なんだろう。
アンデッドで?
スゴいしつこくて?
都市一つを閉じ込めるくらいの力がある?
……勝てる相手なんだろうかね。
ま、やれるところまではやろう。
依頼はあるが、それに限らず必死になっている少年のためにひと肌くらい脱がないと格好も付かないしな。
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「トライカに高位の魔術使いでも破れない結界」
「ペンゴラにルルシエット」
ブレンゼンとシェルンがローグラムの言葉を反芻するように。
「結界、ですか」
「広範な知識と技術って云えばゴジョちゃんがいるでや!」
「過分すぎますよ!」
「えー、でもダンジョンを一人で切り盛りしていたなら広範なって胸を張れるんじゃないの?」
困ったような表情をゴジョは浮かべる。
自己評価も自己肯定も苦手な(或いは低くする)彼女にとって、真夏の強烈な陽の光のようなシェルンの言葉は身を焼くようなもの。
実際にゴジョの知識も技術も『広範』と呼ぶに相応しいものではある。
ただ、ゴジョは自身が強固な結界を破ることの難しさを理解していた。
彼女の元の職場でもあるダンジョンであれば、階層ごとに結界が作られている。
本来であれば壊したり、或いは訪問したものが独自にダンジョンをいじったりされないように設計されている。
基礎設計の時点で強固な結界によってダンジョンの様式と要素が守られている。
ゴジョが階層のルールに触れることができたのはあくまで、ダンジョンそのものにその機能が組み込まれていたからに過ぎない。
(……もしも結界そのものの手引書とか設計書があればなんとかなるとは思うけど、
卑職が下手に口に出して期待させたくもない……。
ペンゴラにルルシエット伯爵領の人が集まっているなら何かその辺りの情報を掴んでいないかなあ)
ゴジョが思索のために黙る一方で、ヴィルグラムは、
「行き先は決まったね」
とペンゴラへの移動に付いてやはり変更はないことを確定させた。
「今日の昼までにはこちらも出発の手はずは整います」
デューゼンが新たに結成された商隊を代表して伝えた。
外には修理されたものを含めた荷を運ぶ馬車が六台。
それとは別にヴィルグラムたちを含めた護衛を運ぶための馬車が三台。
この辺りの商隊としては間違いなく大規模と表現できるものとなっていた。
「ああ、デューゼンさんよ。
こいつはそっちでもらってくれ」
ローグラムは偽装のために使われていたアニナグリ草を渡す。
「おお、これは上質なアニナグリ草ですな。
よろしいのですか?」
「オレが持ってて役に立つものじゃないからな」
命が安いと自らを判断するローグラムにとって『自身の所持物』というくくりにおける物の価値は低いものになる。
自分が持っていて価値が低く、他人が持てば高くなるものがあれば渡してしまったほうがよいという考えは復活を繰り返したところで変わることはない。
「ではお代を」
「ああ、要らん要らん。むしろ運賃も払わず馬車に乗せてもらってこっちが払わないとって思うくらいだ」
「しかし……」
引き下がりそうにないデューゼンを見てローグラムは、
「それなら、ゴジョさん。
ベーコンの在庫はあるか。懐に収まるくらいのサイズの」
「あ、ええ。はい。ありますよ」
思索の邪魔をしてしまったかとローグラムは軽く謝罪するのに対して、こちらこそぼうっとしてしまっていて……と謝り返す。
ともかく、ゴジョによってベーコンが用意された。
「じゃあ、デューゼンさん。こいつとの物々交換でどうだい。それなら納得だろ?」
これがお互いにとっての丁度いいやり取りだと言いたげなローグラム。
アニナグリ草は安いが、それはあくまで一般的な品質のものに限られる。
渡されたものは普通ではお目にかかれないような高品質であり、流石に一財産とまではいかないまでもそれでもひと月ふた月は遊んで暮らせるくらいの金額にはなる。
デューゼンは商人としての経験の長さから、目の前の男が見返りや風聞のために渡しているのではなく、心から誰かのために使って欲しいのだろうというのを見ていた。
当の本人からしてみればそこまで御大層なことを思ってのことではないのだが。
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ローグラムの懐で高品質なお守りが温められることになった。
懐の安心感からか満足げなローグラム。
「ローグラム」
ヴィルグラムが隣に座り、名を呼ぶ。
「なんだ」
「……その、お礼はまだ早いんだろうけど」
「良いって。お節介が気持ち悪くなければオレのお節介に焼かれてくれ」
少年は小さく頷く。
(どうしてだろうな。
人に頼るってのはあまり好きじゃないはずなのに、ローグラムなら素直に頼りたくなるのは)
その答えを知るものはここにはいない。
たとえ、本来であればその答えを知るはずであったとしても。
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商隊はペンゴラへと進む。
大きな規模であっても、否、だからこそ賊たちが目をつけた。
「止まれええ!」
「ここは俺らの土地だぜえ!」
「通行するならそれなりの支払いが必要だあ!」
「げへへっ、こんだけ馬車があるなら一台くらいよこせよなあ!」
下品な声にシェルンが、
「サクッとお掃除して来るでや。こっちは急いでいるのに構ってられない」
根っこ鈍器を掴み外に出ようとする。
「ぎゃあっ」
賊たちから悲鳴が聞こえた。
一つではない。
「ぐおあ」「えぶら」「うごっ」
纏めて数人の悲鳴。
「我らは警句、武器持ち鎧纏う警句である」
全身甲冑の騎士。
騎馬、と表現はするが果たしてそれが一般的な騎士が乗る騎馬かは不明である。
騎士は大柄であり、鎧だけでなく大盾に長柄武器。
騎馬そのものも鉄塊と表現してもいいほどの鎧を着込ませている。
街道を住処にする全ての賊にとって恐怖の対象。
街道を進む全ての民にとって尊崇の対象。
「朽ちたる楽土に哀悼を」
守衛騎士。
鍛え上げられた騎士によって編成され、隷属の力を正しく自らに運用して勤労する守護者たち。
伝えられるそうした話が真実かどうかを判断することはできない。
少なくとも、守衛騎士がそれを語ったという話で信じるに足るものは一つとして存在しない。
長柄武器が一振りする度に、雑草を刈り取る大鎌が振るわれる如くに賊の体と命が消し飛ぶ。
どうにも賊たちも数の多さから気が大きくなっているのか、反撃に転じるもそのどれもが傷ひとつ付ける要因にもならない。
「HUuuUuuuaAaAAaAa」
巨躯の悍馬が唸り、叫びを上げながら、前足を挙げると賊を踏み潰し、或いは後ろ足を蹴り上げて賊をひき肉に変える。
暴れる馬に振り回されるでもなく、見事にそれを乗りこなし、武器を振るう騎士。
だが、賊は賊で守衛騎士を恐れるではなく、何とかその暴威をかいくぐって馬車を手に入れれば勝利なのだと考え、脇を抜けようとする。
「オッホエ!」
抜けた一人の頭が潰れた。
ローグラムの声と共に放たれた石ころが命中したのだ。
守衛騎士はちらりと攻撃の主を見る。
敵味方を判断したのだろうことはなんとなく察することができた。
怪鳥のような声に乗じるように馬車から次々と現れた冒険者
そこから賊の壊滅までは一瞬だった。
「……」
鉄兜で読めない顔であっても視線が馬車を向くのは誰もが理解していた。
ゆっくりと騎馬は進む。
普段であれば仕事を終えた守衛騎士は去っていく。
だが、ヴィルグラムやローグラムが詰めていた馬車の隣に付くと言葉もなく歩速を合わせて進み始める。
興味を持ったローグラムはあれこれと話しかけてみるが、返答はない。
ただ、騎兵はこの商隊を護衛をしていることだけは理解できた。
道中、何度か賊に襲われかけるも護衛をする守衛騎士を見れば誰も手を出すこともない。
やがてペンゴラが見えてくると守衛騎士は車列から離れる。
名残惜しいようにも思える、離れてなお馬車を見やる騎士が何を思うのか。
いつも感想、誤字誤用の報告、評価などありがとうございます。
お陰様で生きております。
色々と備えるべき状況へと至り、
ようやくオッホエの出番も回りつつあるところではありますが、アップロードのペースを週1~2程度になってしまいそうです。
重い足回りではありますが、このまま物語の一区切りを目指したく思いますので、お時間許されるときに読んでいただけたら嬉しいです。




