111_継暦136年_冬/06
よっす。
自分の復活に感謝しているオレだぜ。
何故感謝しているかって?
簡単なことだぜ。
怪しい美人に誘われてほいほいと付いていって罠だったとしても死ぬだけだからだ。
いやあ、死んで終わりじゃないってのは冒険心に火を付けやすくなるんじゃなかろうか。
数え切れないほど死んでいるとしても、その記憶がないからいつまでもこういう危険に身を投じちまうぜ。
……なあんて。
流石に復活のことを出されたら無視できないってのが本音だ。
記憶にある中で、少なくともこの周回で復活の話を他人から出されたことはない。
この周回じゃあないとしても、重大なことなら覚えていそうなもんだが、どうなんだろうな。
そういうのもあっさり忘れてたりするんだろうか。
誘われるままに付いていく。
時間帯は朝と昼の境であり、メインの通りから外れていることもあって人通りも、風景も寂しいものになっていく。
「ひと気のない場所ではあるだろうけど、墓場ってのはどうなんだろうなあ」
「この辺りは火葬が一般的だから、何かが這い出てきたりはしないよ」
「オレみたいな輩でもない限り、ってか」
「君だって墓場から現れるわけじゃないんだろう」
復活のことを知られたところで、それが即ち敵であるとはならない。
そんな考え方をしていればいつかこの世には敵しかいなくなるだろうから。
ただ、彼女の──フォグと名乗ったエルフは敵とは言えずとも、味方であると言い切れるほど誠実にも見えなかった。
「警戒しないでほしい、ってのは」
「無理があるよな」
「あはは。そうだろうね。
安心してほしいことと、安心材料にならないことがある」
どっちから聞きたい? といった感じの選択性があるわけではないようで、彼女はそのまま言葉を続けた。
「安心してほしいことは、君の復活について知っている人間は限られていること。
知っているのは四人きりだ」
「小規模なんだな」
「昔はもっといたんだけどね」
「で、安心材料にならないことは?」
「知っている人間、つまり私たちがロクでもない組織の人間ってことかな」
「自分で言ってりゃ世話ないな」
そういう意味では誠実なのか?
当人の言うとおり安心材料にはならないけれど。
「で、仕事の話はなんだよ。
復活を持ち出したってことは関係あるんだよな。
それとも仕事を受けさせるためにわざわざ脅しの材料にしたとか?」
「まさか。
君を脅すほど無謀じゃないよ」
「無謀にならんだろ、賊程度だぞ」
「この場に限ってなら、そうだろうね」
値踏みするような視線ともまた違うが、見定めるようなものではある。
このエルフがどれほど長い時間を掛けて対人の観察眼を磨いてきたか、それはオレにはわからない。
「けど、復活する君を本気で怒らせたなら、終わりのない戦いの幕開けになると思ってるんだ。
仮に君が復活できないように生かさず殺さずをしたところで、それがどんなことを引き起こすかもわからない」
うっすらとした知識の中で『オレの復活は儀式である』という情報がある。
復活が儀式であり、儀式であるならば作り出したものがいて、造り出されたのであれば、人為の上で成り立っているものだ。
そうであれば、確かに何かしらの準備がある可能性はある。
少なくともオレが復活の仕組みを作ったなら可用性の確保は含めるだろう。
「だからさ、こっちは君とことを構えたいわけじゃないんだ」
「先も言ったけど、斥候としての能力なんて期待できないぞ。自分で言うのも悲しくなるけど。
オレのことを嗅ぎ回るだけの能力があるなら、もっと優れた斥候くらい探せるだろうに」
「斥候ってだけならね。
けれど、本当の意味でこの仕事を完遂できるのはおそらく君だけなんだ。
どんなに腕のいい斥候がいたとしても、目的達成のためにはならない」
話が見えないとは言いたくないが、それでも気になることは早めに知りたい……などと思っているのを見透かされたのだろう。
「これは失礼。年をとると回りくどくなるばかりでイヤだ」
「アンタみたいな年寄りがいるかよ」
「もしかして褒めてくれてる? 嬉しいね。
でも、本当におばあさんなんだけどね」
だからといってこういう手合をおばあさん扱いすると怒らせるのは当然であるから、そこはまあ、頷きもしないでおこう。
実際に彼女は二十代そこそこにしか見えないわけだし。
エルフ同士なら何か見え方も違うんだろうか?
「仕事の内容は大きく分けて二つ。
一つはシェルン氏とブレンゼン氏の二人の協力。
協力して果たすべき目的はヴィルグラム氏との合流、勿論生きたままでね」
「姐さんと旦那の二人でもできそうなもんだが」
「熱くなりやすそうな二人だから、小器用に立ち回れる人がほしいってのがある。
クセが強い二人だから顔見知りのほうがいいってのも理由になるかな」
それについては、短い付き合いながらも頷けるところがある。
「もう一つは」
「ヴィルグラム氏の目的の達成」
依頼内容の全ては受けない限りは聞けないだろう。
「報酬はどうだい」
「復活についての情報か、復活が関わることに対しての介入。
できるできないの問題もあるから別途相談は必要だけどね」
表情が動いてしまう。
こういう申し出をされるのは予想外だった。
復活に関わることだとは言われていたとおりだったけど、彼女は『ただ知っているだけ』に留まらないわけだ。
知っているからこそ、敵に回したときに厄介だと思うようになったのかもしれないけど。
自己評価のところで考えれば、敵に回ったところで記憶を持ち越せるのは周回内だけであろうから脅威ではないと思うんだけどね。
「悩むに値するものだったかな」
悩む要素はない。やっぱり断れない依頼だった。
それにしてもどうして彼女は──正確なところを言えば彼女の組織が、だろうが──オレの復活のことを知っているのだろうか。
周回の中で自分の復活のことを語られた記憶はないというのは前述の通りだが、オレ自身が語った覚えもない。
何故かは知らないが、復活のことを共有すると相手が不幸になる、そんな気がいつもしていた。
きっと過去にとんでもないやらかしをしているんだろう。それこそ知識に焼き付くほどに。
だからこそ、よっぽどの状況でもない限り復活のことは言わないようにしている。
そして、この周回ではその『よっぽど』はまだ訪れていないはずだ。
「依頼を受けるまえに質問をしたい」
悩みながらもフォグはちらりと墓を見る。
継暦2年没と書かれている。
「ふたつまで答えるよ。あんまり答えすぎて断られる理由にならないいい所でしょう」
「最近できた墓の近くで話し込むべきだったか」
断るなんて選択肢はそもそもない。
この依頼はオレにとって重要な分岐点になりかねないものだからだ。
それでも問うのは相手のことを知りたいから。
どう受け取って、どう答えるか。
雇われるってならそういう辺りから泥舟か、そうではないのかを確かめたくある。
「じゃあ、一つ目だ。オレじゃなきゃだめな理由は?」
「ヴィルグラム氏の目的達成をする最中か、その到達点かまではわからないけど、それに復活が関わって来るらしくてね」
はぐらかしているわけじゃあないんだろうが、核心にも触れてない。
いやらしい答え方をする辺り、この手の交渉慣れしているのを感じる。
ヴィルグラム少年の目的の達成を手伝うのが依頼だが、その依頼を出している側は必ずしも少年の目的達成そのものが目的ではない。
そういうことだ。
「君の復活は儀式術の側面を有しているそうだよ」
「それならオレも知ってる。その知識をどこで仕入れたかまではわからないけどな」
「どこで仕入れたかわからない、か」
自らを年寄りだというエルフは少し考えるような顔をしてから、困ったような笑顔を浮かべた。
「困ったものだね」
「何がだ」
「今の君が備える復活は知識の集積はされない仕組みのはず。
でもそうなっていないってのは、なるほど、構築された儀式も完璧じゃないってことか。
うん。君の復活ってのは本当は、ただ繰り返されるべきものだったんだよ。
少なくとも、139年前ではそう定められたはずだったんだ」
「それは」
「おっと、続けてほしいなら質問の権利をもう一つもらうよ」
意地悪く笑うフォグだが、依頼を受けると決めている以上はこっちもその表情を楽しむくらいの余裕がある。
質問はあと一度。
答えて欲しい質問はある。それも一つ二つじゃない。
依頼を受けるとなっても聞けないような質問もあるだろうが、今ならば答えてくれる可能性もある。
先程の彼女が出した知識の集積云々は確かに大きな情報だった。
ただのサービスでそこまで情報を出してくれたのか、それに食いつくことを期待していたのかまではわからない。
そうして出してくれたもののことは勿論、知りたい。
だが、それ以上に聞きたいことは存在し、そしてそれが揺らぐことはなかった。
「ヴィルグラムはオレにとってのなんだ?」
あの少年に関わるようになって、状況が動いた。
フォグにしたって、少年との出会いなくして遭遇しない相手だっただろう。
オレと彼に何か繋がりがあるのか。
「家族みたいなもの、だそうだよ」
彼女から出された返答は求めていたものとは違う、予想外のものだった。
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多くの人間は自分が何者であるか、それを知っている。
名前、ふるさと、両親。
生存、戦い、ふれあい。
感情、知識、経験。
そうしたもので人間は構成され、その全てではなくとも、幾つかの要素があればそれを以て自分は自分であると表現することができる。
オレは何者であろうか。
名前もふるさとも、両親の記憶もない。
生存はする。だが、それは死ありきだ。
戦いとふれあいの記憶はない。
感情にまつわる記憶も、経験も。いつ得たかわからない知識だけがあった。
オレは何者でもない。
それに対しての悲しみや恐怖もない。それもきっと、周回の途上で落としてきてしまったのだろう。
十回の生を終えれば、その経験は残らず、次のオレになる。
数えることは習性になっていた。今は七度目を歩んでいる。
そうしてまた何度か死ねば記憶はオレから去っていき、新しい日が始まる。
無限に続くか次に終わるかもわからない復活と周回。
傍目から見ればきっと無意味な循環、ここに立つ命も今までと変わらないもの。そのはずだった。
だが、そうならないかもしれない。繰り返す死と生に別の意味が得られるかも知れない。
達観のなり損ないの諦観が心のなかで身動ぎしている。
「──依頼、受けるよ。
契約書にサインは必要かい」
「偽名のサインに意味なんてないでしょうに」
彼女は笑いながら、口約束で十分だと云う。
オレが逃げないことをよく理解している風だった。
いつも感想、誤字(誤用)報告、評価などで応援してくださってありがとうございます。
作者の資産金属が底を叩いてしまいました。
こいつ……いっつも資産金属が底叩いてんな……。
再開は二週間後、1月19日の00:00を予定しております。
ちゃーんと帰って来るから安心して待っていてくれよな、兄弟!




