110_継暦136年_冬/A08+06
よお。
ジョター男爵に完全勝利したオレ様だ。
いや、オレ様たちだ、と言うべきだよな。
「ヴィー!」
ぐいと掴まれたと思ったら、ぽいっと担ぎ上げられたままくるくると回るシェルン。
「ホントに生きてた!」
「さっきも会ったでしょ」
「触るまではオバケかもしれないでや!」
高い高いじゃすまない、ちょっとした投げ技みたいな勢いの強さに怖くなるも、降ろしてとは言えない。
それにアンデッドにも触れ得る肉体があるものがいるよなとは思うけど、そんなことに口を挟む意味もない。
再会の喜びについてはオレも同じ気持ちだからだ。
「シェルン、降ろしてやってくれ。
再会の喜びはまた少し違う形でな」
ブレンゼンの言葉に渋々といった感じで地に足を付けさせてくれるシェルン。
「んー……。
まあ、確かにこんなところじゃあ……」
周りには死体。
立ち上がるものの一人もいない、完全な撃滅だ。
賊側の生存者は既に逃げた後なのか、それとも誰一人本当に生き残らなかったのか。
必死過ぎてそこまでの確認はできていなかった。
再会を祝して、という雰囲気からはかけ離れてはいる。
「ヴィルさん!」
デューゼン商会の長女グレッチが武器を片手にこちらへと走ってきた。
「これは……すごい大立ち回りをしたんですね」
「オレ様がしたわけじゃないけどね」
何人かは確かに倒したけど、それでも戦果の大多数はシェルンとブレンゼン、そして護衛たちの必死の抵抗の結果だ。
重要なところでの賊打倒はローグラムの手柄。
胸を張って自分の大手柄だとは流石に言えない。
「あっちは大丈夫なの?」
「ええ、賊の襲撃もないですし、怪我人の治療も終わりました」
「とはいえ、このまま元の目的地に向かうわけにもいかないか」
何故? そう言いたげな表情のグレッチ。
「だって、ここの商隊のみんなを安全な場所に連れて行かないとでしょ。怪我人もいるんだし。
このルートが賊の狩り場になっているってのは既知のとおりなわけで、
流石に彼らが息を付ける場所まで戻るべきだよ」
「で、でも……救出した商隊の皆さんを護送するとなると、ペンゴラ到着という目的が離れてしまうんですよ」
「オレ様の仕事は護衛だからね」
デューゼンも商隊を見捨ててペンゴラに行く、なんてのは選択できないだろう。
オレはオレで護衛として雇われている以上はここで彼らを見捨ててペンゴラに向かうってことはできない。
一応でも冒険者なのだ。
甘っちょろい選択肢だってするよ。
グレッチはその意図を理解したのか、小さく頷くと、
「敬意を表します」
そんな風に言ってくれた。
結局、一度『文鳥迷路』まで戻ることになる。
なんだかんだあそこはこのあたりでは明確な安全圏ではあるだろうからだ。
時間が消耗してしまうのは当然、望ましいことじゃない。
だけど、シェルンとブレンゼンと出会えたなら計画そのものは前倒しできたと言えるだろう。
最終目標はイセリナの解放であって、それに付き合ってくれとは言えない。
それでも力は貸してくれそうだという打算がないわけじゃない。
そうでなくとも、少しばかりの計画の遅れは許容できる。そうやってなんとか自分の焦りを誤魔化していた。
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よっす。
おせっかい焼きの少年の判断を好ましく思っているオレだぜ。
行商たちと合流し、文鳥迷路に向かうことで合意した一同がぞろぞろと移動をしている。
かなりの人数規模での移動となった。
護衛の数もあって賊に襲われる心配はなさそうだ。
姐さんや旦那、少年をはじめとしてもとの商隊の護衛と、合流先の行商の家族も腕っぷしが立ちそうだ。
少年の腕が立つのは行商の人間も商隊の人間も確認しているようだった。
姐さんと旦那に関しても言うべきところは当然ない。
オレは隠れていたってのもあるし、外見も別にいかちいわけでもないので、馬車に乗せられて怪我人を見守っていることになる。
看病は別のものがしている。
万が一賊が襲ってきて、しかもそいつらが防衛を突破したときの最終防衛線になるのがオレの仕事である。
これ以上無いほど頼りない防衛線ではあるが。
そのお役目が回ってくることもないほどに平和な移動。つまり暇であった。
賊の襲撃はない。護衛の数も質もちょっとでも頭がある連中なら手を出そうと思わない状況ではあるし、そもそも先程の戦いでこの辺りの賊は出切った可能性もある。
それだけの数が参戦していた。
少年もその辺りは理解していないはずがないが、それでも安全に輸送するのを見届けるのを選んだわけだ。
暇になるのはありがたいが、ぼんやりとしていても仕方ない。
この機会にオレの身に何があったかを思い出しておこう。
後々で少年ともあれこれとやりとりをアレコレやらねばならないだろうし、
記憶は思い出して磨き上げておいた方が後々のためになる。
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よっす。
爽やかな雰囲気で姐さんと旦那と別れたオレだぜ。
しっかし、本当にいい天気じゃねえか。
そんな感想を抱きながら空を見上げる。
旅日和だと思いながら、あてもなく進む。
あてはないが、歩くのは交易路であり、この道は必ず都市か街には繋がっている。
今回は全体的に上手くいっているのでこの流れで試したいことがあった。
やるべきは身分を確保することと、身分確保ができた場所で幾つかの質問をすることだ。
漠然としたプランを構想しつつ数日。
馬車の護衛に雇われたり、小規模の賊を倒してみたりして食いつなぎながら到着したのは『タリュオ』という小さな都市だった。
お隣……西側にはツイクノク領があり、東にはもう少し進めばビウモード領が見えてくる位置にあり、交易都市として栄えている。
その割に都市の規模が小さいのはまた別に理由があるのかもしれない。
都市ではあるが、大きな城壁なんかはなく、都市と外との区切りのほどほどの塀は一応あるが忍び込むには苦労しなかった。
夜陰に紛れて忍び込んだので日が昇るまで隠れられそうな場所で時間を潰す。
この辺りは馴れたものだ。
過去にも何度もやっているんだろうなという妙な自認があった。
規模は小さくとも都市は都市、都市にあるものといえば都市ネズミなんてヒドい愛称で呼ばれることもある人間。つまり家なき子だ。
オレは街の外れで焚き火を焚いて暖を取っている一団にそれとなく混ざらせてもらうことにした。
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「兄ちゃん、新入りだね」
家なき子の老人が焚き木に薪を代わりのゴミを投げ入れながら話しかけてくる。
「ああ、ここまで来るのはよかったけど護衛の仕事が打ち切られてこのザマさ」
「ははは。俺も昔に同じ目にあったよ」
彼らのような人間は都市によって立ち位置や動きが異なる。
縄張り意識が強く、外部の人間を徹底的に警戒する場所もあれば、今回の老人のように友好的なケースもある。
このあたりは都市の平和さや、家なき子であっても裕福さを得られる環境かが関わってくるのだろう。
少なくともこの都市ではそのどちらでもない、家なき子は家なき子。喧嘩をする体力も無駄と考えているようであった。
「タリュオへようこそ、持たざるもの。
ここは過ごしやすいよ。
領主様も俺らにゃひどいことはしないからな。手厚くもないがね」
「へえ……どんなお人なんだ?」
「とんでもない切れ者さ。
小領主ではあるが、情報を集めることに長けていて、あれこれと情報を渡すことで大領主たちとのコネクションを強固にしている。
ツイクノクのクソったれに侵犯されてないのはその辺りのお陰さ」
クソったれなんて言われるような都市なのか、ツイクノク……。
「これからご同輩になるってなら、街の案内くらいならしておいたほうがいいかね。
夜中なら市民の皆さんのお邪魔にもなるまいからね」
老人のご厚意に甘えることにした。
家なき子ツアーズのお陰で冒険者ギルド、術士ギルド、請願ギルド、盗賊ギルドの存在は確認できた。
酒場も複数。上品なところから胡散臭いところまで。
都市の規模からはありすぎだと思うほどだったが、小領主のタリュズ氏の武器であるところの情報、その獲得のためと考えれば見えてくるものもあった。
この都市は人が住むためのものではなく、交易路にあって情報や状況をまとめるに特化した都市構造になっているのではないか。
あっさりと忍び込めたと思ったけど、もしかしたならそういう入り方もこの都市じゃ王道だったりするのかもしれない。
「困ったことあったら頼ってくれな、ご同輩。寝床くらいなら世話できる。
金と飯に関しちゃ、まあ、期待しないでくれ。ははは!」
そういって老人は去っていった。
朝日が昇り始める。
オレもまた都市が目覚めるまではどこかで時間を潰して、行動に備えることにした。
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試したかったことは身分を複数作成することだ。
作った身分で使わないものを複数地点に隠しておけば、少なくとも周回の中で利用できる機会が訪れるかもしれない。
今回のように余裕がある状況でしかできないことだ。
……が、その計画は儚くも敗れた。
身分を作りやすそうな冒険者ギルドへと足を伸ばし、手続きをしようとするが、
どうやらこの都市ではそれが行えないらしい。
これだけ入り込み易い都市で簡単に登録できるのはそれはそれでマズいって判断だろうか。
こうなると困った。ちょっと怖いが盗賊ギルドにでも足を伸ばすか。
魔術や請願は才能がないと入れないだろうし。
考えながら外に出ようとするオレに、
「やあ、身分不詳くん。
ちょっとお時間あるかい」
そんな風に声をかけてきた人物がいた。
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今どき古典礼装なんて纏っていて、しかも種族がエルフ。
明らかに目立つ人物ではあるが、周囲から浮いた様子もない。
堂々としていれば珍しがられないのかと思うくらいに、物怖じの気配のない人物だった。
「あー、どうも。身分不詳です」
身分不詳と言われればその通りなのでこのように返すしかない。
「あっはっは。ごめんごめん。
言い方に棘があったかな、そんなつもりはないんだけど、他人とあまり関わらないで生活しているとどうも距離感がおかしくなってしまってね」
快活に笑う。
エルフといえば美人で神秘的ってイメージがあるが、この人物は美人ではあるが活発で開放的という一般的エルフとは少し離れた雰囲気がある。
ショートカットにした髪の毛も含めて、爽やかさを感じさせている。
「どうせ時間があるだろう?
一杯やらないか、勿論私の奢りでね」
他人の奢りと言われてしまえば弱い。
しかも美人に。
「断る理由はないよなあ」
「そうだろうそうだろう」
うんうんと頷く。
自分が美人であることをわかっている人間のやり方だ。
案内されるままに席につく。
「ローグラムくんだね。
ああ、私はフォグ。見ての通りエルフで、後暗くはないが秘密の多い仕事をしている」
「秘密の多い仕事をしているってのは秘密じゃないんだな」
「中身さえ言わなければ秘密は保てているんだから問題はないさ」
秘密の多いエルフのフォグに馳走されるままに、一通り食事と酒を供されたあとのこと。
「で、オレがローグラムだってわかった上で話しかけてきてるってことは」
「手伝ってほしいことがあるんだ。
君の名前を知っているのは、その名前を教えたものも関わっているからと言えば伝わるかな?」
名前は大体適当に決めている。
ローグラムの名前を知っているのは恐らく姐さんと旦那だけだ。
とはいえ、記憶のない周回で同じ名前を言っている可能性はある。
ネーミングセンスってのは中々変わるものでもないだろうし。
しかし、その可能性にまで遡及していてはキリもないので考えないでおこう。
「姐さんと旦那が?」
こういう聞き方ならシンプルに返ってくるだろう。
「姐さんと旦那……ああ、そうだ。
シェルン氏とブレンゼン氏だね。
その通り。彼らに仕事を頼んだんだが……、斥候の能力もある君の話が出てね」
「……それだけの理由だったらいいんだけど」
「疑われる部分があったかな?」
古典礼装をわざわざ纏うような奴はよっぽど尖ったファッションセンスか、
何かしらの強めの思想があるか、或いは古典礼装が必要となるような職場のいずれかだ。
尖ったファッションセンスについては一回置いておくとして、後者の二つである場合は厄介な仕事を持ち込まれていると考えるべきだろう。
「ああ、なるほど。服装か。
それについては隠しようもない。制服だからね」
こちらが何も言わずとも、その疑問点を読んで返してくる。
制服って言葉も出た。
つまりは何かしらの権力に基づいた手合で、こっちの考えを返すだけの高度な駆け引きができる頭の持ち主でもある。
「ここじゃ話せないこともある。
ちょっと散歩するってのはどうかな」
「人が多いところのほうが個人的には安心なんだけどね」
「人前で話したい内容じゃあないと思うけど。
聞かれてもいいなら、話すけど、復活のことはデリケートな話題じゃないかな?」
ああー……、予想通りだ。
オレは今まさに、厄介な仕事を持ち込まれかけている最中であることを認識した。




