011_継暦141年_春/08
よっす。
初仕事に挑んでいるオレだぜ。
街道はオーソドックスな形だ。
大きな馬車がすれ違えるくらいに大きい道、左右にはまばらに木々が生えている。
街路樹と言えるほど揃えられていないので自然に生えてきたやつがそのままなんだろう。
身を隠すにはちょうどいい。
こちらからは見れるが、相手からは見えない。この塩梅は最高だ。
賊より斥候っぽい仕草だぜ。テンションも上がってくるってもんさ。
街道を塞ぐように元同業者がいるのが確認できる。
どいつもこいつも人相が悪い。
人相の悪さは賊としてのレベルの高さを物語っている。
区別が付かないって?まあ、そうだね……。大体汚いおっさんだもんね。
賊の数は三名。
隠れるところもないのでアレが全てだろう。
はい、確認したので帰ろうね!遠足はおしまい!
……とはならない。
賊の一人が行商の首を掴んで短刀をチラつかせている。
行商の背丈は大体140センチか、それに満たないくらい。
しっかし、センチだのグラムだの、こういう単位を作った奴って偉大だよな。
アレくらい、コレくらいとかで説明しなくていいんだから。
大きな荷物を担いでいる。
自分の背丈の倍近くあるんじゃねえのか、すげえな。
いや、感心している場合ではないか。
「素直に荷物を置いてどっかに行きな」
「だ、だめです!これは大切な」
「あァ?」
「うっ……」
行商はまだ年端もいかない人物らしい。男女まではここからでは判別できない。
イセリナさん!報告するでアリマス!
賊が三!
被害者が一人!少年か少女!
見て見ぬふりで帰ってまいりマシタ!
……ううむ。しろってのか、そんな報告を。
でもなあ。
ここで絡んで行って死ぬのはなあ。流石になあ……。
「そんだけ大切ってことはよお、事情があるってのか?」
オレが葛藤していると賊が会話を続ける。
行商は言いたくなさげではあるが、賊の一人が短刀をチラつかせると諦めたように応じる。
「ルルシエットの薬師が必要としている薬の原料です。
街で妙な毒が流行っているらしくて、薬が足りないから仕入れたいと」
にやにやと笑う賊ども。
「それはそれは……へへへ、毒はおっかないもんなあ。
毒繋がりの話をするとな、オレの短刀にも毒が塗られてんのよ。
街で流行りの奴とは違うだろうけどな、刺されちまったら身動きも難しくなる麻痺毒だ」
毒ってのは実に取り扱いが難しい。
というのも、一般人ならまだしも冒険者ってのは毒やら生理的なものに対しての耐性ってのが付いている奴が多い。
賊のオレですら軽く腐ったもの程度だったら口にしても大丈夫だ。
それこそガドバルみたいな肉体派相手なら塗られた毒もまるで意味がないんじゃなかろうか。
が、相手は行商だ。
仮に毒に耐えられるくらいの実力があるってならあそこまで追い詰められてもいないだろう。
毒にビビるかどうかってのはある種のバロメータになるんだよな。
「死体を処理するのは面倒なんだよ、腐るしよ。
だから荷物だけ置いていってくんねえかなあ」
「だ、ダメ……!」
担いだ荷物はあくまで降ろさない、そういう姿勢を見せた。
賊が舌打ちをすると同時に短刀が行商の腹に叩き込まれた。
「あ……、ぐ……」
オレが何か判断をするもしないもないような、突発的な行動だった。
行商も悲鳴をあげることもなく倒れる。
「麻痺毒が回ってる間に『お楽しみ』だ。
毒が抜ける前に死んじまうだろうけどな」
げへへ、
がはは、下卑た笑いが響く。
ああ、クソ。
クソが。
逡巡したせいで刺させちまった。
だったらこうなる前にさっさと撤退して報告するべきだった。
或いは、刺される前に行動をするべきだった。
行商は荷物を剥がされ、逆に荷物のように担がれようとしている。
腰にある戦輪に指が触れた。
……こういうときのためにニチリンはオレにこいつをくれたんじゃないのか。
しょぼい状況だったら石を投げてりゃいいんだ。
ああいう状況にこそ、こいつを使うべきだったんじゃあないのかよ。
自分の判断の温さにヘドが出る。
自分の命を使い捨てるのには反射でいけるってのに、他人の命に対してはこの体たらくってか。
一貫性がねえよ、そいつは。
オレは戦輪を指で挟むように持つ。
正しい持ち方はわからないが目標に当てるってだけなら『印地』の技巧によって成立する。
手首をスナップするようにして勢いをつけて投げつけた。
ひゅう、と風を切る音と共に離れた賊へと突き進み……投げた勢い以上の加速を得ていく。
どういう仕組だと思う間もなく戦輪が行商を掴もうとした賊の頭にめりこむ──ではなく、その体を真っ二つに叩き割る。
それでも飽きたらぬ、獲物が足りぬと言わんばかりにその後ろで荷物を掴もうとしていた賊も腰から上下に真っ二つにしてしまう。
「は?……え?」
残った賊が突然のショッキングな出来事に言葉を失う。
飛んできた戦輪は二人の命を切り裂くと満足したのか空中で分解した。
ニチリンはなんてものをオレにくれたんだ。
いや、オレがビビってどうする。
手頃な石を数個掴むと残った賊へと走る。
適切な射程距離まで……。
「ひいい!お、お前がやったのかあ!?」
後退りからの全力逃走。
それが回避運動を伴ったものだったならまだしも、背を向けて走るなんて的にしてくれってことだよな。
「オッホエ!」
気合の一声と共に石を投げつける。
まっすぐに飛ぶ石が賊の頭を粉砕する。
オレの勝ち。
……いや、勝っちゃいないよな。
行商を犠牲にしちまった。
───────────────────────
賊を撃破してすぐに行商へと足を向ける。
「こほっ……」
まだ息があるのか。
よく見れば出血も少ない。
麻痺毒が出血に何らかの影響でも与えたのか?
いや、考察は後だ。
フェリからもらった薬がある。
ポーチを開くと手書きの使い方が添えられている。ありがてえありがてえ。
『この傷薬は請願の力が込められている水薬です、傷に直接かけてください。
傷が深いのなら一瓶全てを使ってください』
親指二つ分くらいの容器だ、これを全て刺された場所に流し込む。
そうするとほんわりとした光が溢れ、傷が塞がっていく。
請願すげえ!
「ひゅう……ひゅ……」
今度は息が苦しげな音に変わる。
……麻痺毒か!呼吸妨げるレベルなのかよ……!
バチバチに殺傷力があるじゃねえか!
こんな毒使って『お楽しみ』とか言ってたのかよ!?
『解毒薬も請願が込められています、毒以外にも病にもある程度の効果が見込めます。
これは経口接種させてください』
飲ませろってこったな!
行商の上半身を引き起こして瓶の中身を流し込む。
勢いよく流し込んだせいか、それとも人体の仕組みかはわからないが、少し咳をして戻すもその殆どは嚥下したようだ。
流石に体内から透過するほどの光はないが、苦しげな呼吸はしなくなった。
残ったポーチには活力剤。
『傷や毒は治せても体力が戻らないことがあるので、その場合はこちらを使ってください。
使い方は解毒薬と同じく、経口摂取が必要です』
ここまで使ったんだ、全部使おう。
ソイヤ!
「う、……あ……あれ……?」
行商が目を覚ます。
すげえ効き目だ。
戻ったらフェリにもニチリンにも感謝を伝えに行こう。
「ウチは……えーと……」
とりあえず起きたので抱えている状態から解放する。
行商は周りを確認すると「ひっ」と息を呑んだ。
まあ、呑むよな。オレもです。威力にドン引きです。
ふるふると顔を振ると、彼女は叩頭する勢いで頭を下げる。
「あ、ありがとうございます!
この状況を見ればわかります、あなたが助けてくださったのですよね?
傷も、毒も」
冷静な人物らしい。
いや、浮かれた商人なんて仕事にならんか。
「いや、お礼ならこいつらを蹴散らした武器をくれた人と、薬をくれた人に言ってくれ」
彼女が助かったのはニチリンとフェリのお陰なのだ。
オレがもっと早く覚悟決めていりゃあ、オレのお陰と胸を張れたんだがね。
「で、行き先は?」
「あ、ええっと……ルルシエットです」
帰り道は同じ。
となれば、一緒に戻る方がよかろう。
これでもう一回賊とエンカウントして全てが無駄になるなんて悲しすぎるからな。
というわけで提案だ。
「オレもルルシエットがホームなんだ。
よかったら一緒に戻らない?」
「あの、でも」
「迷惑じゃないし、お金を取る気もないよ。
一人でここまで来たときに暇すぎて、できれば帰り道は話し相手がほしかったんだ」
そこまで言うと行商も
「お言葉に甘えます」
と、折れてくれた。
彼女は大きな荷物を背負い直して、歩く感覚を確かめている。
小さな声で「よし」と言ったのが聞こえた。
薬の影響はないようだ。勿論、傷や毒も。
彼女がそうしている間にオレは討伐の証明品を回収する。
ニチリンからもらった戦輪は殆ど跡形もなく壊れていたので諦めることにした。
「それじゃあ行こうか」
「はい!」
───────────────────────
誘い文句に使った『暇だから』というのは事実でもある。
行商とは簡単に自己紹介をした。
彼女は『カグナット』と名乗り、ルルシエットを中心に動いている商人らしい。
とはいえ実態としては何でも屋に近く、識字商いもやったりするのだとか。
行商をやったのも名指しの依頼があったからだそうだ。
つまり、ルルシエット内外で知られた女だってことなのだろう。
「護衛も付けずに来たのか」
「薬の原料が急ぎ必要で、護衛を集めている暇がなかったのもあるのですが……そのう」
どうやら今回の依頼は奉仕精神で行ったものらしい。
なので自分にかかる費用はさておき、護衛まで雇うのは無理だったということだ。
賊から、いやさ、元賊から言わせて貰えればそういう手合こそが最大のお客さんなのだ。
一人の相手が危険だという認識はあくまでオレの経験から来るものだ。
多くの場合はカモとしか見ない。
オレが賊のカシラだったらカグナットが一人で歩いてたら手を出さないけどな。
ともかく、今回の件で彼女も懲りたそうで、奉仕精神であっても護衛代金くらいは貰おうと思いますと言っていた。
オレじゃないんだから死んだらおしまいなんだよ?とは言えない。
「ヴィルグラム様は」
「ヴィーでいいよ」
「ヴィー様は」
様が要らないんだけどなあ。
だって賊……いやさ、元賊よ?
奉仕精神で薬の原料運ぼうとする紛れもない善人に様付なんてされていいわけないんだが。
「様はいいよ、キミにそんな風に扱われるような人間じゃない」
「ですが……」
「年は?」
「え?」
「カグナットの年齢さ」
「今年で15になります」
15才で『奉仕精神』とか発露してるの?
こんな終わってる土地に在っていい人材じゃないって。
「あー、年齢も近いしお互いに呼び捨てにしよう。
それがお礼ってことで」
「……わかりました、ヴィー」
不承不承といった感じだ。
いつか他人に様付けで呼ばれても後ろめたいところのない人生を歩みたいもんだね。
「薬の原料って言ったけど」
「ルルシエットの一部で奇妙な毒が使われているそうなんです」
「毒?」
「はい、インクを過剰に高める効能があるのですが、その後に体力含めて一気に衰弱して……。
最悪の場合は死に至るケースも」
インクってのは魔術や請願を扱うための体力みたいなものだ。
無いやつには無い。
有るやつには有る。
この有無がそもそもとしての魔術、請願を使用する上での才能となるわけだ。
調べるためにはそれ関係のギルドに行けば調べてくれるが、たとえインクがあったとしても次に待ち受けるのは勉強か、或いは才能か、その両方だ。
勉強は無理だ。賊に求めることじゃないだろう。
才能も無理だ。あったとしたなら生まれ変わっても使えている。
つまり両方持ち合わせてないのが確定ってことだ。
その点、技巧はいい……体力さえあれば使えるもんな。
「そりゃあ毒っていうか」
戦いを生業としているのは冒険者ばかりではないだろう。
ルルシエットはとにかくデカいのだ、戦う力は護衛でも犯罪でも価値の高い商材になるはずだ。
手っ取り早く金を稼ぐためにその『毒』を接種して力を身につける奴がいてもおかしくない。
「ええ、勿論自業自得の場合もあるとは思うのですが……。
副作用の方を狙って毒として盛るケースの方が多いらしいのです」
思わず「うへえ」と声を出してしまう。
毒を盛らないとならないような状況が蔓延しかねないのか。
「この原料さえ届けば助けられる人が増えるはずですから」
そこらじゅう、どこもかしこも治安は終わっている。
だが、都市がある程度平和でいられるのはきっとカグナットみたいなのが頑張ってるから保たれている側面はあるんだろうな。
彼女の帰還がそのまま平和の貢献になるってなら、何があっても街まで無事送り届けねばならない。
オレは思いを新たにする。
……まあ、さんざん治安を悪化させてきたのは賊のオレでもあるんだが。
壮大なマッチポンプな気がするが、そのことには今は蓋をしておくことにした。




