108_継暦136年_冬/A08
よお。
知らず知らずに誘拐予定犯とご対面していたオレ様だ。
とはいっても、その誘拐予定犯は援護射撃によって頭が凹まされ死に至った。
生き残った周りの護衛たちだが……。
「あーあ。死んじまったか。馬鹿な雇い主だったな」
「金払いはいいけど、品性まで売ってる感じになってたもんなあ」
「所詮、貴族の坊っちゃんなんてこんなもんかね」
「降参だ、降参。
こっちに能動的にやる気はねえよ、そこまでの金ももらってない」
一人くらいは忠義めいたものを発言したりするかと思ったが、誰一人いなかった。
不人気だなあ、ジョター。
話している感じからしても人気が出るようなタイプでもなかったけど。
「悪いけど、素直に信じるわけにはいかない。
武器を捨ててよ。
それでようやく安心できる」
「ああ、そりゃあ当然だな」
一応の取りまとめ役らしき男がいるようで、
「全員武器を捨てろ」と命令を発している。
この取りまとめ役はジョターと違って信頼されているらしく、渋々ではなく従っている。
「ダガーは武器に入るっすかー」「入るだろ、外しておけ」
「火晶はどうですかねえ」「火晶はいいだろ、多分」
「ぬいぐるみはどうだろうか。熊なんだがよ」「中身が綿なら大丈夫だ」
取りまとめ役というか、引率のようなレベルだ。
強さを得るために真っ当さを失ったものたちの末路なのかもしれない。
ひとまず、こちらの戦いは決着は付いた。
「よう、お疲れさん」
後ろから声。
怪鳥のような声と同一のものかまでは判断はできないが、それでも当人であろうのは現れた方向からわかる。
「見事な意識誘導だったな」
「それほどでもあるけど、そっちの印地あっての安心感でできたことだよ。
えー……っと」
ややわざとらしさが過ぎるような求め方だけど、受け取ってくれやすいならそれが一番。
何を求めているかというのも理解してくれるだろう。
この状況で得られていないものは彼の名前だ。
「ローグラムだ。少年はヴィルグラム……で間違いないよな」
「ああ、二人から聞いたの?」
「概ねそんなところだ」
概ね……?
と聞き返したかったけど、流石に雑談が過ぎるか。
「ああ、お礼が遅れちゃった。
ありがとう、助かったよ」
「なんだ、素直だな」
「こんな世の中だからね、言葉をもったいぶりすぎると後悔しそうだし」
「そりゃ違いない」
命の軽い時代だ。
特にオレの命の価値は相当に安い。
だからこそ、誰かが犠牲になるような状況は可能な限り回避したかった。
それでもウログマの迷宮ではあのオッサンが実は生きているって思いたかった。
オレは命を捨てても構わないけど、他人にそれをされるのはまっぴらごめんだった。
どうやってその責任を取ればいいか、わからないからだ。
明らかに違う人物に、それでも、もしかしたならと淡い期待を寄せる。
或いは、聞くことで整理を付けたかったのかもしれない。
「……前に会ったこと、ないよね?」
(なんか、変なナンパみたいなこと言っちゃったかな)
『今どきそのようなナンパの仕方をする人がいるのでしょうか』
アルタリウスの知識源がオレであるなら、それに対する答えが出ることはない。
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よっす。
ひとまずは援護に成功したオレだぜ。
オレは今、胸なでおろしてるところだ。
あそこまで見事に意識誘導してくれたからこその勝利だ。
射線確保の位置取りも見事。お陰で偉そうな貴族をふっとばすことができたってわけだ。
……ああ、うん。
姐さんや旦那と爽やかに別れたはずが、なんでここにいるのかって話だよな。
色々あったんだよ。ホントに。
それを思い出したり、或いは少年にも教えたいところだ。
「……前に会ったこと、ないよね?」
困る質問が来る。
会ったことがあるし、あるからこそオレがここにいる理由でもある。
少年、ヴィルグラムはオレと同じ体質の可能性があった。
つまりは復活を持っている存在であるってことだ。
どうしてそれを知ったかについては先ほどの『色々あった』ってのに含まれている……が、ここでは一旦置いておこう。
とはいってもオレ自身は復活をするという道行きを何とかするつもりはあまりない。
できるとも思ってない。
オレの身にある呪いじみたソイツをなんとかできるなら、もっと前になんとかしているだろう。
今のオレは変わらずリスポーンしている。どうにもならなかった結果が今ってことだ。
少なくともオレのこの周回でそれに抗うつもりはなかった。
だが、少年はどうであろうか。彼の復活を何とかするかどうかは当人の望み次第だろうが、
少なくとも、オレと違って彼には慕ってくれる仲間が二人はいるわけだ。
同病相哀れんでいるだけかもしれないが、仲間と一緒にいたほうが何かと安らげたりするんじゃなかろうかとお節介気分で姐さんと旦那を手伝っている。
……それに、この少年はどうにも助けてやりたくなる気持ちになるのだ。
それこそオレの知らないサイクルのどこかで彼と出会っているのかもしれない。
ただ、オレは彼の体質を知っていても、こっちのことを知られる意味はない。
どうせ何度か死ねばオレは忘れちまう。肉体だって少年と違って引き継ぐこともない。
それほど関係性に拘泥しないほうがお互いのためだ。
しかし、そう上手く行かないのがこの渡世。
その言葉にどう反応しようかと思案しているところに声。
驚きを大いに含んだものだった。
「なっ……。
い、生きていたんですかい、ジョター様」
そんな馬鹿な!
オレの印地は確実にあの男爵の命を奪った。
手から離れたものなのに『手応え』というのは不思議な話だが、わかるのだ。
少なくとも殺したか、怪我程度なのかくらいは。
ジョターは確実に殺した。
であるのに、ジョターは立ち上がっていた。
顔面からは大量の出血の痕はあれど、傷は塞がっているようにも見える。
ゆっくりとした動きで側にいた部下に手を伸ばす。
「怪我で済んだならよかったってところでしょうかね。
肩をお貸ししますよ」
手を伸ばした彼に職務上の優しさを向ける部下。
ジョターは頷いて、近づく。
「我々の負けです。
話せばわかる相手ですから、ここからは戦後処理になりますよ」
ノビていた間に負けたことを教える。
同情にも近い声。彼も彼なりに戦わずに負けているようなものなのだから若干の悔しさも滲んでいるようにも聞こえる。
……相当に頑丈な男爵だったのか?
それとも何かしらの付与術が彼に影響をしているのだろうか。
次の瞬間。
「ご、あぐごご、ごあ」
顎が外れ、口の端が大きく裂ける。
「ジョターさ」
「ごあぁ」
肩を貸そうとしていた部下は『ばつん』という音と共に食いちぎられた。
比喩表現とかではなく、本当に食いちぎったのだ。
「肉の 味
なかなかに 美味し」
顔面の殆どを噛み付かれ、食いちぎられた部下は断末魔もなく倒れる。
腕っぷしを評価されていそうな部下なだけあって、残された数名は捨てた武器を拾い直す。
「な、なんだ!?」「バケモンだ! 男爵がバケモンになった!」
「もう雇い主じゃねえ、殺しちまえ!」「おう!」
判断の早さに熟練を感じる。
しかし、怪物と化したジョターの強さは熟練に勝っていた。
その殆どは噛みつき、餌になってしまう。
反撃を負い、剣を突き立てられるジョターであるが、痛覚がないのか、それとも本当に大した痛手にもなっていないのか、
自分の部下を食い尽くした。
全員が食われる前にオレは少年と手早く相談を済ませることにした。
「話は後だな」
「だね」
「姐さん……いや、シェルンさんのところまで走れるか?」
姐さんの戦いは決着したらしい。
当然ながら、姐さんの一方的な勝利だ。
状況のおかしさに気がついた彼女もこちらへと向かおうとしている。
ただ、道中にはこちらの状況に気がついていない賊がちらほらいる以上、すぐさまに合流とはいかないだろう。
旦那はカシラとの戦いに決着をつけるまで秒読み段階といったところだ。
姐さんと合流して、旦那と合流すりゃひとまずは少年の命は守ることができる。
……が、
「走れはするだろうけど、あのバケモノに背を向けるのはぞっとしないかな」
「それに付いちゃ、まあ、同意はするが」
オレが前衛を張れるならそれもありだろうが、
それなりの水準にあった連中を奇襲ありきとはいえあっさりと喰らった元男爵で現バケモノのジョターを相手に前に立つのは無謀を超えて、明確な自殺でしかない。
「オレ様とアンタでこいつを迎撃しよう」
姐さんへと向かうにせよ、やはり賊と衝突することになる。
下手すれば挟み撃ちだ。
少年の迎撃案も合理性はあった。
「……姐さんに無茶させないでくれって言われてんだけどな」
「アンタの印地がありゃなんとかなるって」
予想外、というよりかはオレが少年を推し量り切れてなかったらしい。
武器を構えてそう云う辺り、どうにもフロントには自分が立つからと言いたいらしい。
人を見る目には自信がある。
少年の戦いっぷりからオレより遥かに前衛に立つ力は備えている。
だが、それでも、
「危険だぜ、少年」
そう。危険であることには何ら代わりはない。
眼の前では凄惨な光景が広がっているが、それ以上に凄惨──凄絶なのはジョダーの変異であった。
先程まで紳士然とするべしと言いたげな男の姿はない。
口の両端は裂け、指の爪は人間のそれではない。
狼と人間の間──どこぞには人が獣のように変化する種族もいるらしい。
それに照らし合わせれば『人狼』とでも云うべきなのか。
ただ、人狼という表現が似合えばよかったのだが、今のジョターの姿はそんなものではない。
毛無しの人狼。
いや、人狼もどきがそこに存在した。
自分の部下との戦いに興じているため、こっちに興味は向けていない。
ただ、その視界に常にこちらを収めているのがなんとなく直感できた。
「進むも危険、逃げるも危険。
だったら進むことを選びたい」
「やれるのか、少年」
「出る前に負けることを怖がりたくはないかな」
「云うねえ」
部下の全てが蹴散らされた。
ちぎれた部位をかじりながら、ゆっくりとこちらへと姿勢を向ける。
まだ戦意は見えない。
こちらの出方を伺っているようだ。
獣と違う冷静さが不気味さを引き立てていた。
「そこまで云える少年を捨て置くなんてこたあ、オレにはできんね」
オレの言葉に微笑みで返す。
眩しいくらいにいい笑顔だった。
全面に押し出される過渡期の少年の愛らしさや美しさのようなもの。
だが、その内側からは数十、もしかしたなら数百の修羅場を潜り抜けてきた冒険者の風格があった。
オレは少年から畏敬するべき何かを感じていた。
「それじゃあ、やろう」
「ああ、やろう」
 




