107_継暦136年_冬/A08
よお。
怪獣か怪鳥みたいな叫び声を聞いているオレ様だ。
裏番であるジットは確実に死んだ。
ぴくりとも動かない。
後方にいる賊たちは状況が読めずに、ジットがふざけているか、それともこういう状況で彼らの忠誠心かやる気でも試していると思ったのか。
「ひ……ひゃあっはあ!」
気合を入れ直す賊。
「ここからだぜえ!」
「ガキを捕まえてボーナスゲットだ!」
一人の気合の入れ直しが口火を切ったように、賊たちがこちらへと襲いかかる。
護衛との挟み撃ちは叶わないが、オレに危険が襲いかかることはなかった。
「オッホエ!」
オレの後方から再び声。
その叫び声のあとに来るのは粉砕、派手に破裂なんかはしないものの、明確に死んだと思わせる倒れ方をする賊たち。
「クソ! いったいなんだ!?」
「援護射撃かよ!?」
「オッホエ!」「盾だ! 盾持ちを前に゜」
声が一つ上がるたびに、相手に被害が出る。
連中の命を砕いたものは投擲だ。
死体から跳ねて転がる石を見た。
特別なものじゃない。本当にどこにでも転がっていそうな石ころ。
投げやすいものを吟味したのだろうなというのはわかるが、それ以上に何かの力を感じたりはしなかった。
戦い方もこなれている。
身を晒さず、射撃地点をすぐさま変える。茂みと藪が揺れている。
『獣を使ってそこかしこを揺らしているのですね』
(知恵だなあ……。いや、それよりもあの掛け声)
オレは掛け声を聞いたことがあった。
もしかしたなら、オレが知らないだけで印地を行う上でのよくある掛け声である可能性もあるが。
「少年!
増援が来るぞ! 商隊を逃がせるか!?」
少し離れた茂みから声。
声は聞き覚えのないものだった。
もしかしたなら、ウログマで出会い、自分たちを逃してくれたあのオッサンかとも思ったが……そこまでドラマチックにはいかなかった。
少し残念だが、いや、残念がっている場合でもない。
「可能な限り対応する、援護頼むよ!」
「任せときなあッ!」
商隊へと向かうために進む姿勢を見せる。
飛んできた礫の威力に賊も二の足を踏む。
剣を振るい、斬り抜ける。
応じようとする賊どもには印地によって石がぶち当たり、次々とダウンしていく。
押されていた護衛たちもそれを見て士気を盛り返したのか、賊の背面を打つ形をとり、壊滅させる。
とはいえ、壊滅させたのは商隊の周りだけで、シェルン、ブレンゼンの戦いは続いている。
見たところまだ彼らに危険はなさそうだ。であればこっちの状況を一つ一つ片付けるべきだろう。
「商隊の主はいるか?」
「襲撃に遭ったときに……命を落としました。
一応、代理としては私が」
髪の毛を刈り込んだ青年が現れる。
商隊を守っていた一団と共に戦っていたようで、幾つか手傷は負っている。
「アンタは……って聞きたいところだけど、それは後にしよう。
増援が来るから急いであっちに進んで欲しい」
あっち、というのはデューゼン商会が待っているであろう位置だ。
「逃げられるならいっそ、そこに居る連中と逃げていい。
デューゼン商会って行商がいる。彼らは信頼できるから」
「わ、わかりました」
相手も時間がないことは理解しているようで、細かい質問などはしなかった。
商隊は彼の号令で大急ぎで動き出す。
とはいえ、七つある馬車の中でまともに動きそうなのは三台ほどで、動かなくなってしまった馬車から荷物を持って移動をはじめる。
「荷物はいいですから! 命を優先しなさい!」
「ですが」
「これ以上、従業員が死ぬのは父上も望まないことです! さあ、早く!」
青年の声に従業員たちは頷き、動く馬車に乗るなり、その周りに付くなりして移動をはじめる。
その背を追う形で、というわけではなさそうな雰囲気を出した一団が現れる。
先程の『印地使い』の言っていた増援だろう。
「人様の仕事を邪魔するとは不逞の輩とはこのことよな。
だが、今すぐに商隊の背をお前が衝くと云うなら許してやらんでもないぞ。
なにせ、このジョター男爵は心が広い」
現れたのは社交界にでも出るような服装に、トップハットを頭に乗せている。
立ち振舞は確かに気品を醸している。
だが、問題は周りだ。
賊上がりか、それとも冒険者崩れか、堕落した騎士かもしれないが、とにかく風体の悪い連中が護衛についている。
ただ、風体は悪いが、実力は別だ。
それなり以上にできそうだと直観する。
ジョター男爵と名乗ったが、聞き覚えはなかった。
「さっすがジョター男爵様。
お優しいね。
で、そのお優しい男爵様はなんで商隊なんて襲ってるのさ。
男爵ならお金にそんなに困っているようには思えないんだけど」
「ふっ、それは決まっている」
大げさに身振り手振りを使い、続ける。
「楽しいからだ!」
『爵位に品性が付いてきていないようですね』
(悲しいほどにね)
「これは私にとっての鹿狩りのようなものなのだよ。
その上、鹿と違って大いに収入を得られるのもいい点だ」
これを見たまえと言って見せるのは太めの糸に通された紙か布の束だった。
「なにそれ」
「今まで襲って得た商人どもが持っていた証文の類だよ。
そこから一つを選んで、こうしてコレクションしている」
「……?」
思わず疑問符を浮かべてしまう。
空間にものを描ける力があればオレの周りには大量の『?』が浮かんでいたことだろう。
『たちの悪い犯罪者は自分が殺した相手の道具などを持ち帰り、思い出としていることがあるそうです』
(悪いのは品性だけじゃないってわけか)
『そのようです』
「今回で二十枚目になる予定だったというのに……。
小僧が邪魔をしたせいで邸で作らせている祝いの食事が無駄になるのだぞ。
罪深さを理解しているかね? ん? どうだ?」
恐ろしいことにこの男爵は本気でそれを云っているのが伝わってくる。
「男爵様さあ……」
「なんだね、小僧」
「性格終わってるって友達に言われたりしないの?
言われたりしないか。友達いなさそうだもんね」
「……ほ、ほう。
面白いことをいう小僧だな。
私の友人関係は広いぞ。なにせ男爵同盟に名を連ねているのだからな」
男爵同盟。
あんまり聞きたい名前じゃなかったが、偶然出てくるのには回避もできない。
『うまく状況を回せば男爵同盟の情報を得られそうですが』
(情報はいくらあってもいいけど、今の状況的に危険をおしてまでやるべきことでもないかな)
『時間稼ぎにもなるなら両得ですが、狙いすぎるのも危険でしょうか』
ただ、コイツらはここに釘付けにはしておきたい。
もうじきシェルンとは合流できるだろう。
ブレンゼンが負けるとも思えないからその後には彼も。
印地使いを信用しないわけじゃないけど、流石に全幅の信頼と体重を預けてきたら相手もいい迷惑だろう。
ある程度以上の挑発でこちらに目を向けさせよう。
全幅の信頼と体重は、とは述懐したけど、共闘を願っている心はまことのものだ。
茂みにはまだあの印地使いが潜んでいるはずだし、よきタイミングで奇襲してくれるのを祈ろう。
舌戦が上手くいくかは蓋を開けてみてからのお楽しみ。
「男爵同盟……。
あ~、知ってる知ってる。犬みたいな奴とかが群れてるんだよね」
「犬だと! 我らを犬と……いや、まさか犬と呼ぶ相手は」
おっと、案外乗ってくれそうだ。
「ほら、えーと、ヴァリサン?ヴァルサン?」
「サリヴァン男爵のことであろう!
彼は私の友人が一人、彼の犬を使った人間の追い込みは見事だった!
それをなんと言った!」
「雨に濡れた野良犬みたいな匂いのする、人倫にもとる駄犬以下で人間未満……だっけ?
ごめんごめん。
低俗な連中との会話って記憶するだけ無駄だって思ってるからさ、なんて言ったかも忘れちゃった」
可能な限りヘラヘラと。
全力で軽蔑しているような態度で。
「商隊襲ってイキってる男爵とはお似合いかもね」
「ただ商隊を襲って楽しい気持ちになっているだけだと思っているのか、小僧」
「なってるでしょ。殺した相手の遺品をこれみよがしに見せつけたりしてさ。
それとも別の理由でもあるの?
さぞかし高尚なやつがさ」
「あるとも! 聞いて驚くがよい!」
トップハットを被り直しながら、鼻息荒く声を張る。
しかし、それに対して側にいる剣士然とした人物が口を挟んだ。
「流石に喋りすぎじゃあないですかい」
冷静な人員もいるようだった。
「何を云うか。
我が名誉のためにも包み隠さず語るべきであろう!」
(金払いは良いんだが、致命的にアホなんだよな……ジョターの旦那は……)
……明らかにそんなことを思っている表情を作る剣士然とした男。
「で、続きは?
ジョター男爵様の名誉を示すようなものなんでしょ?」
「うむ。そうだとも。
この辺りで一人、人間が来る可能性があって網を張っていたのだ」
「網を張ってどうするの?
スカウトのためにとは思えないし、拐うために?」
「うむ。
我ら男爵同盟の悲願でもある『マイシング卿の研究』を完成させるためのことである。
どうしても必要なのだよ、その人間が」
囚われたなら何をされるか予想が付く。
イセリナのことを思い出して、不快感を伴った感情が胸に溢れ出す。
「延命を超えて、永遠の命を得られるかもしれない。それこそがマイシング卿の理想!
そして永遠の命は我ら崇高なる男爵同盟に相応しいもの!
わかるかね、小僧」
『マイシング卿……。
カルザハリ王国末期に三賢人たちの直下ではない、延命の研究を行っていた術士ですね。
その末路がどのようなものかまではわかりませんが、永遠の命というテーマが彼と関係している可能性は大きいでしょう』
(つまり、まったくの与太じゃないってことだね)
『まったくの与太ではないだけで、大部分は与太ではあろうかと思いますが。
なにせ永遠の命を後天的に得た生物など存在していないのですから。
アンデッドですら永遠ではないのです』
永遠ではないというのはアルタリウスも同様なのだろうか。
聞いたところでわかりはしないだろうけど。
結局、永遠の命なんてものがあったとして、それが本当に永遠のものかどうかなんていつわかるのだろう?
千年二千年生きてそこでようやく永遠だと納得するのだろうか。
その翌日に眠るように死ぬかもしれないのに。
永遠の命を手に入れたところで、次はいつ来るかもわからない死に毎日怯える時間が来るだけじゃあないんだろうか。
「あー……どうかな。
永遠の命の形質にもよるんじゃないの」
仮にオレのように死んでもどこかで目を覚ます、終わりのない生死の円環であるとするなら、それを良しとするものはどれほどいるのだろう。
「で、探してたって、誰を?」
「整った顔だちの少年で」
「ふーん」
「銀髪で」
「うん」
「青色位階の冒険者の認識票を首から下げている」
「ほー」
「名前はヴィルグラムと云う」
「名前までわかってるんだ」
「うむ。
……ん?」
「なに」
「……顔立ちが整っている、銀髪の、青色位階の認識票……。
小僧、名前は?」
「ヴィルグラムだけど」
「……」
「……」
「なっ!お、お前ッ、どうしてそんなに冷静に、いや、いい!
おい!この小僧を捕まえ──」
壊乱したようになりながら周りに命じる。
オレを捕らえろ、逃がすなと。
「オッホエ!」
命じられたものたちも急な態度の転換に少し焦りつつも行動しようとする中で、ばきゃ、と音が響く。
印地一閃。
見事な一撃がおしゃべり男爵の頭蓋を、そして命を砕いていた。
 




