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百 万 回 は 死 ん だ ザ コ  作者: yononaka
却説:逍遥周回

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106/200

106_継暦136年_冬/A08

 よお。


 木槌が迫り、つまりは命の危機も迫っているオレ様だ。


 回避行動を取るのは間に合わない。

 殴る蹴るで受けた痛手が確実にオレの瞬発力を奪っている。

 その瞬発力も数度の呼吸で多少はマシにはなるだろうが、今はその数度の呼吸すら許されない状況だった。


 杖にしている剣を盾にするのも、それより木槌が叩きつけられるほうが速いだろう。


 激しい衝突音が響く。


 それはオレの体が砕けた音……ではなかった。

 木槌が横合いから飛んできた何かと衝突したものだった。


 人間だった。

 小柄ではあるが、筋肉の城とでもいうべき塊が木槌を剣と、それを支える肉体で防ぎ、オレの命を拾っていた。


 それが持つ剣が槌との競り合いをするが、剣を持つものの蹴りがカシラへと命中し、距離を取らせる。


「よう、(ぼん)

 とりあえずは命を拾えたか」


 深緑の肌、短躯に可能な限り搭載された戦闘用の筋肉。

 歴戦を感じさせる風格はこなれた鎧姿から醸し出されているのか。


 どこにでもいる戦士ではない。

 それはこの世界にあって珍しい混種の戦士。


 知っている男だった。


「ブレンゼン!」


 忘れまい。

 なにせ、彼には一度殺されている間柄なのだから。


「邪魔をすんじゃねえ、緑色ォ!!」


『爆打』ベイツが強引に取らされた距離からがなり上げる。


「邪魔だあ?

 テメエこそ再会の挨拶を邪魔をするんじゃねえッ! すっこんでいやがれサンピンッ!!」


 ブレンゼンはがなり声のカシラを腕力で静かにさせようと鉄板めいた剣を振るい、

 カシラはあと一歩で獲得できたオレへの道を突き放された怒りをブレンゼンに向けて、木槌を通して放つ。

 互いの力任せの一撃が衝突した。


 凄まじい威力がまるで魔術によって引き起こされた爆発のように空気を破裂させ、

 外へと広がる空圧の波紋が再び互いに距離を開けさせた。


 後退したブレンゼンは特に相手の力量に驚くこともなく、


「これでとりあえず、坊から奪った命の利子を少しは払えたか?」


 そんな風に会話を続けるのだった。


「気にしてるんだ?」

「そりゃあ、気にもする。

 アンデッドでもねえのにほいほいと蘇った奴なんて聞いたこともねえ。

 それで俺を祟るってなら理解もできるが、妙に気安い……そんな態度だしな、坊は」

「へえ。ふっかければもう少し貸しを上乗せできそうだね」

「とんでもねえ奴の命を奪ったな、俺は」


 苦笑を浮かべて、ブレンゼンが剣を構え直す。


『君は命というものを軽く見る傾向がありますね』

(殺し殺されの乱れた世だからね、普通だと思うけど)

『殺し殺されで終わるのであれば。

 ですが君はこうして生きて現れたのでしょう。

 殺したはずの自分を容赦するなんて言われて恐ろしく思わない人間のほうが稀でしょう』

(そういうものなの?)

『そういうものでしょう』


 魔剣に宿った意識なのに、そういう情緒はオレより深く持っている辺り複雑な気持ちになる。

 アルタリウスの造物主たる『魔匠』ロドリックはよほど人の心に精通していたのだろうか。


「自分の身は守れるか?」


 先程までの友好的な声音から一変。

 真剣そのものといった風に問う。

 傍目から見ても手痛くやられているように見えているらしい。


「勿論」

「それじゃあ、こっちは俺に任せとけ」


 そう言い放って、ブレンゼンは放たれた矢の如くにカシラへと躍りかかる。


 カシラとの戦いからあぶれた増援の賊がこちらへと向かってきている。

 オレはその対処に舵を切った。


「狙いはあのガキだ!」「とにかく捕まえろ!」


 カシラにはあえて致命的な状態にならない程度に力を振るわれたせいで体が重いが、

 だからこといって迫りくる賊どもに負ける訳にはいかない。


「かかってこいよ、木っ端ども」

「なめた口を聞きやがって!」「やっちまうぞ!」

「やるぞやるぞ」「なにもかもひんむいてやるせ゜」


 オレを半ば囲む状態になってやいのやいのと騒ぐ賊たち。


 どちゅん


 重い水音が響いた。

 それは人間が人間だったものに変わった音だった。


「そんな酷いことしようとするなら、わやにするしかないしょや」


 声は女性のもの。

 声の持ち主である巨躯が賊の背後に立つ。

 賊のうちの一人はもう既に賊だったもの、いや、形容の難しい赤黒い塊へと変えられた。

 それは振り下ろされた木の根のような、鈍器と云うにはあまりにも自然派な代物だった。


 突然降って湧いた悪夢めいた光景に賊たちが後ずさる。


「よーやく見つけたよー、ヴィー!」


 恐るべき一撃を放ったのは、見知ったエルフの女だった。


 シェルン。

 オレの冒険者仲間。そしてどうにも、大いなる心配をお掛けしてしまったらしい。

 表情がそれを物語っている。


 彼女は賊だったものをまたいで真っ直ぐにこちらへと進もうとする。

 賊たちは呆気にとられながら、思わず道を譲っていた。


「勝手にいなくなったりしたらすごく心配するでや!

 どこ行くかくらいちゃんと言わないとだめ!」


 膝を折って、目を合わせて説教をする。

 親にもされたことのないくらい熱と、慈悲のある言葉だった。

 わかっている。

 これを云うために彼女は旅を続けてきたことを、流石のオレもわかっていた。


「あ、ああ。

 その、ごめん。なさい」


 どう考えても否はこちらにある。

 勝手に消えたのはオレだし、心配をかけたのもオレだ。


「謝れてえら──」

「楽しくお話してんじゃねえぞ!エルフのクソアマ!」「ぶっ殺せ!」「ぶっ殺す!」


 流石に正気を取り戻した賊たちによって会話が中断される。


「いま大事なお話してるのわかってるよね?

 それをどうして邪魔するのかがわからないなあ……」


 正気を取り戻しはしたが、彼らの正気は必ずしも正しい判断をはじき出せるわけでもない。

 そのまま逃げればよかったものを、賊らしさが溢れ出してしまったのだ。


 行動には結果が伴う。

 今回の彼らの軽率な行動の結果として、根っこ鈍器が振るわれる。

 暴力の突風に賊如きが耐えられるわけもない。

 軽々と粉砕されていく。


「シェルン、ここは任せてもいい?

 あっちの商隊を守りたいんだ」

「……もういなくなったらだめだよ」


 鬼神の如き暴れっぷりから一転、肉親を心配するような風にシェルン。


「わかってる。約束するよ」

「じゃあ、いってらっしゃい」


 行いとは裏腹に朗らかな声。

 それに送られるようにして、商隊へと走る。

 ややあって、再び背後からは鬼神か降臨したかのような戦闘音が響く。


「あんなヤバい奴と戦えるかよ」

 とでも言いたげに結構な数が商隊襲撃を扱うグループへと流れていった。


 商隊の護衛はなんとか対応しようとしている。

 護衛とオレで超小規模版の鉄床戦術でもしてやろうかとも思うが、恐らく護衛側が耐えきれないだろう。


 そうなれば、オレができることは少しでも数を減らすことだ。


「節穴お目々の間抜けな賊どもッ!

 カシラも増援も順調に終わりに向かってるぞ!

 それでもまだやるか!」


 その言葉に背後にいるオレへ振り返った。

 ぎろりとしたねっとりとした殺意を感じる瞳だ。


「舐めんじゃねえぞ、クソガキが。

 こんだけやられて引き下がれるかよ……!」

「護衛どもはほっとけ!あのガキを殺すぞ!」


 意識誘導(タウンティング)成功。

 ……問題は、成功しすぎたってところかな。

 商隊に張り付いていた連中のほぼ全員がこっちへと向かってくる。


 最初に見たときより数が多くなっている気がする。


『逃げ道に伏せていた賊が合流したものと考えられます』

(間抜けと煽ったものの、そこまで間が抜けてるわけでもないかあ。

 絶対に馬車を逃さないって意思を感じるね)

『この商隊は重要なものを運んでいるのでしょうか』

(助け出せたらそこらへんもわかるかな)

『そのためにもまずは切り抜けましょう』

(そうしよう)


 どこからともなく増援が現れに現れて、

 商隊に群がっていた二十人近くの賊の殆どがこちらを向いている。


『賊、二十。

 こちらに向かってきています。

 君の仲間のもとまで移動することを提案』

(合流するにしても可能な限りは数を減らしたい)

『手入れの行き届いた剣ではありますが、これでは我々の長所を活かすことはできませんから』

(わかってるよ。流石にシェルンとブレンゼンがいる前で死んだりなんてしない。

 ……あーあ。付呪武器、欲しいよなあ)

『ないものねだりをしても仕方ないでしょう。

 選択は(コマンド)?』


 武器を構えつつ思考する。


 ブレンゼンはベイツとの激闘を続けているのが見えた。

 これだけの規模を従えるカシラなだけあって、ベイツもやるもので、

 ブレンゼンが優勢ではあるものの、下手に賊を引き連れたまま彼と合流したとき戦況が傾くかもわからない。

 それを考えるとあちらへ向かうわけにはいかない。


 先頭を走っている一人二人を斬り殺してシェルンの方へと走ろう。

 元々が乱戦であれば、数を引き連れたとしても彼女と並んで戦えば数の不利はどうとでもなるだろうし。


「死ねや!」

「そっくり返すよ」


 一足先にオレへとたどり着いた賊がサビの浮いた剣を振り上げる。

 オレは払うように剣を振って斬り殺す。


「ひゃっはあ!」


 殺した人間を踏み台にするようにして後ろから走ってくる賊。

 返す刃でそれもまた斬り伏せる。

 だが、その賊は服の裾をガッチリと掴んで倒れ込んだ。


 すぐに掴んだ賊の手を払い除けるが、その一瞬で賊の後続が到着する暇を与えてしまう。


 シェルンと合流して殲滅しようと思ったが、接敵してしまった以上は背を向けて逃げられはしない。

 彼女がこちらに向かうのを待つしかなくなってしまった。

 あちらもその動きは理解しているようだ。こちらへ向かうために現在の戦闘を手早く終わらせていっている。


 時間はそれほど掛からなさそうだ。それまでは防衛に徹しよう。

 気合があれば商隊の護衛が賊の背に強襲してくれるかもしれない、追いつかれてもすぐさま終わりにはならない。


 ……ピンチなのには変わらないけどさ。


「どいてろどいてろ。

 坊主、そこそこやるみたいじゃあないか」


 げえ。なんか風格がある賊が出てきた。


「そこそこね。

 そっちこそ強そうな感じするけど」

「はッ。それくらいはわかるのか。

 隠しても仕方ねえか……。

 俺は『冷たい炎』ジット。この群れの裏番(影の頭目)だ」


 これだけの規模の賊だし、頭が一つとは限らないだろうとは思ったけど。


『裏番……?』

(アルタリウスが知らないならオレ様もわからないよ)

『時間稼ぎにちょうどいいかもしれませんね。

 応えてくれるかはわかりませんが』

(試すだけは無料かあ)


 剣を向けるではなく、目を見据えて言葉を使う。


「ジットさん、聞きたいんだけど」

「この期に及んでなんだ? 投降なら考えないでもないが」

「裏番ってなに?」

「影の頭目の意味が」

「それはわかるけど、なんでウラバンって云うの?」

「ん?……あー、俺も詳しくはねえが、集団を仕切るのをどこぞの古語で番長という文化があるって話だ。

 で、表の番長以外にも影の番長が存在したとか、そこから来ているってのをどっかで聞いたな。

 賊の連中の噂話なんざアテにもならんが」


 古語というのは統語が生まれる以前に存在したものだ。

 統語がある以上、古語の役割は殆ど存在しないのだが、一部の魔術や儀式などは古語でなければ起動しないものがあるらしく、完全に廃れたというわけでもない……と、アルタリウスが解説してくれた。


「番長かあ」


 今度はなんで番長っていうのかも聞きたいが、


「時間稼ぎにゃならんよ、こういうのはな」

「バレちゃってたか。知識として仕入れたかったのも本心だけど」

「おもしれえガキだ。どうする? 投降するか?」

「実際、魅力的な提案だけど」


 それに乗ればここの正体は勿論、デューゼン商会だって蹂躙されるだろう。


「聞くわけにはいかないかな」

「そうか。……馬鹿な選択をしたなッ!」


 鋭い踏み込みと同時に振られる剣。

 かなり剣を使える相手だ。この一手は防げたけど、次はヤバいかも。


「よく防いだ!

 ならば次は冷たい炎の名が意味するところを教えてやろう!」

『インクが出力されるのを確認、警戒を』


 剣を構え直し、


「冷たく燃え上がる炎よ、熱く凝結する氷よ!

 我が剣の゜」


 言葉の途中で顔面に何かが叩きつけられ、威力は殺されきれずに全身を大きく後ろに押し込まれるようにされるジット。


 たたらを踏んで、なんとか耐える。

 大量の出血と、不意の一撃に何があったかを確認しようとしたそのとき。


 聞こえてきたのは


「オッホエ!」


 怪鳥か怪獣のような雄叫びだった。


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― 新着の感想 ―
前回は間に合わなかったですけど、今回はエルフ達が間に合ったーと思っていたら、最後のオッホエ。彼も来てくれたんですねぇ。
[良い点] オッホエー!!!
[良い点] オッホエきたああああああああ!!!!
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