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百 万 回 は 死 ん だ ザ コ  作者: yononaka
却説:逍遥周回

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105/200

105_継暦136年_冬/A08

 よお。


 特に襲撃もなく野営で夜を過ごしたオレ様だ。


 翌日、再びペンゴラを目指し馬車が進む。

 今日はグヤさんに頼まれてアリアの勉強を見ることになった。

 護衛って馬車に上がり込んでいいんだろうかとも思いつつ、許された以上はお招きに応じる。


 文字の読み書き、数字計算なんかは年齢からするとかなりの高い水準でできている。

 が、昨日の狩りで見た飲み込みの早さを考えたらアリアにはもっと高度なことを教えても飲み込めるんじゃないだろうかとも思う。

 一応、親御様お二人のご意見を伺うと、是非お願いしますと言われたのでそのようにしてみよう。


『効率だけを考えればこの教え方のほうがよいかと思いますが、伝わらなければ意味がありません。

 やはりこちらから先に教えるべきでしょう』

(でもそれだと応用に活かすようにしてくれるかな)

『確かに、それは重要なところです。

 ただ、彼女は柔軟ですから我々が危惧するところは実はあまり意味がないかもしれません』


 脳内で教員会議じみたことをしつつ、アレコレと教えられる範囲で伝えていく。

 内容は多少複雑な計算から、ちょっとした礼儀作法。

 読み書きに関しては明日からでも識字商いができるだろうってレベルであり、特に教えることもなかった。


「そういや、昔エルフの言葉を習ったなあ」


 勿論『誰に』とか『どこで』とかはすっかり忘れているが、こうして勉強を教えているとぼんやりと過去の記憶の断片のようなものが浮上する。

 一体誰に教えてもらっていたのかもわからないのに。


「エルフの言葉……!

 ヴィルさん! 教えて欲しいです!」


 アリアは姉と比べるとやや積極性に負けている。グレッチが積極的すぎるきらいがあるだけだが。

 そのアリアが体を前に乗り出すようにして求めてきた。


「だいぶ記憶も薄くなってるし簡単なことくらいしか教えられないけど、それでいいなら」


 彼女はこくこくと頷く。


 後々で聞いたことだが、アリアは寝物語に伝えられたエルフの伝説に憧れがあるらしい。

 特にカルザハリ王国で行われていた東西の戦争を鎮めたエルフたちの姫君が大好きなんだとか。


「エルフは長生きだし、もしかしたらそのお姫様もまだ生きてたりしてな」

「わあ……お会いしたいです」

「そのときにエルフの言葉で挨拶くらいはできるように、精一杯教えないとな」

「はい! おねがいします!」


 ───────────────────────


 それなりの時間が経ったのでそろそろグレッチかグレコと交代せねばということで馬車から降りる。

 そこにデューゼンが声をかけてきた。


「グレッチ、グレコ、ヴィルさん」


 ヴィルグラムと呼ぶデューゼンに、昨夜の時点で呼び捨てか愛称で構わないからと言っておいたのだ。

 親愛という意味よりも、襲撃があったりしたときには呼ぶのは短い名前のほうがいい。

 少なくとも色んな人間が自分のことかと向き直るような人数でないなら。


「この辺りは賊が現れるって話を仕入れています、周りに気を払っていただけると助かります」


 明瞭な指示。

 しかし決して大きな声で命令したりはしない。

 雇い主として最高の相手といえる。


「わかったよ。

 アリア、エルフの言葉の続きは野営のときにでもね」

「はい、お気をつけて!」


 そしてなにより、彼は(或いは彼らは)根っからの善人で間違いない。


 この馬車はあまり金にならない格安の薬草を大量に運んでいる。


『アニナグリ草』と呼ばれる薬草で、請願などの世話になれない、金のない庶民たちが使うもの。

 安い、効果は最低限、中毒性がない、といった特徴がある。

 切り傷あかぎれから、煎じて飲めば解熱剤にもなる庶民の味方だ。

 故に常に品薄でもある。


 品薄ではあるが、値段は高騰しない。

 それなりに見かける野草ではあるものの、値段が付きにくいせいで取る人が多くないためだ。

 金にならないから商人も運ばない、だから品薄。

 効力としては価値があっても商品としての価値が薄い、それが品薄を呼ぶ悪循環であった。


 そういう繰り返しをなんとかしようとしているのがデューゼンであり、そのことについては「自分も若い頃は苦労しましたから」と云うばかりだった。

 できた人物だ。


 警戒せねばなと思った矢先だ。

 風に乗ってか、喧騒が聞こえてくる。


「デューゼンさん、この先は戦いが起こってるかも」

「戦い、ですか」

「引き返したほうがいいと思うけど」


 そう話しているとオレたちの視線の先からボロボロの服装の女性が走って逃げてきた。

 彼女の後ろを追うように明らかに賊としか言いようがない連中が声を上げて襲ってきている。


「オレ様はどっちでもいい。退いてもいいし、戦ってもいい」

「……放っては……おけません」


 悩みという苦しみに苛まれる声を上げるデューゼン。

 そして、彼は腰の剣に手をかけ、自分自身で戦い、護衛のはずのオレを戦わせないような姿勢を取ろうとする。


 柄を握ろうとする彼の手に触れ、離させる。


「護衛の仕事してくるよ、デューゼンさん」


 護衛という名目で雇っている自分に、人助けをしろとは云えないのだろう。


「アンタみたいな善人が戦わなくてもいいように、冒険者ってのがいるんだよ。きっとね」


 馬車を守るグレッチとグレコに対して、

「逃げてくる女の人を守ってあげて」と告げた。

 グレコには「隙があったらそのまま逃げても構わないから」と続けた。


 グレッチは少し話した感じ、相当に熱しやすそうだった。そんなことをいったらお断りだ、私も戦うと言いかねない。

 弟のグレコはグレッチの気性を見て育ったからか、幾分か冷静な人格を持っている。


 オレは剣を抜き払いながら逃げてくる女性を通り過ぎる形を取った。

 逃げる背を守るように立ち止まる。


 ───────────────────────


 アリアのように幼くして文化的な才能を備え、発露する人間もいれば、


「あんだぁ!? 邪魔すんのか、小僧!」


 このように人を蹴り回したりする人の心のなさのみが才能であるような人間もいる。

 誰も彼もが文化的に生きれるわけでもない。

 過酷な時代だが、この大地に過酷ではなかった時代などあったのだろうかとも思う。


「ぶぅっっころすぞ!!!!」


 彼らは怒声を吐くのに慣れている感じだ。

 いきなりこういうのを叩きつけられるとただの商人なんかであれば萎縮するだろう。

 或いは、駆け出し冒険者でも同様に。


 ただ、オレには意味はない。

 犬に吠えられる方が怖いくらいだ。


(昨日試し切りしておいてよかった)

『霧の中での戦いと、正面切っての戦いは勝手が異なりましょう。

 君がそこらの賊に実力で劣るとは思えませんが、一層の注意を』

(了解)


「無視してんじゃねえゾ、クソガキィ!!」


 技巧がなくても剣が振るえないわけじゃない。


 オレは、ゆら、と動く。

 相手は相手で『こいつをどうしてやろうか』と考えようとした矢先のこともあって、不意に動いたオレに対応が遅れた。

 一方でオレは剣に任せて打つではなく、全身を連動させて放つ突きを放ち、喉をえぐる。


「おごっ」


 賊が悲鳴も上げられず苦しむ。


「てめっ、兄弟をやりやがった な゜」


 引き抜くと同時に横一文字に剣を振るうと、もうひとりの賊の首が飛ぶ。

 数年間放置されていたとは思えない、いい切れ味だ。

 持ち主は一体どんな人物だったのだろうか。


「ま、まだ家族が残っているんです……。冒険者様、どうか……」


 オレの背から逃げてきた女の人の声。


 彼女を保護するために追いかけてきたグレコは複雑そうな顔をする。


「ここからでも相当の数がいそうだけど」

「……冒険者ってのは、……」


 冒険者とは甘っちょろい理想を抱えて生きるもの。


 誰の言葉だったのか、その記憶はない。

 でも、その言葉が不意に浮かんできた。


 オレの理想がなんであるのか、それがどこにあるのか、自分でもわかりはしない。

 けど、ここで助けを求めている相手を無視して逃げの一手を打てば、抱えて生きる権利まで投げ捨てることになる。


 青色位階の冒険者って身分にも助けられている。

 なら、やるべきことは一つだ。


「グレッチ、グレコ、その人を頼んだよ!」


「一人で行くんですか!?」

「む、無茶だ!ヴィルグラムさん!」


 オレは未だ襲撃が続いていると云う場所へと突き進んだ。


 ───────────────────────


 襲われているのは商隊だ。なかなかの規模だ。


 馬車が七。

 先頭を進んでいた馬車は完全に制圧されていて、後方の馬車のいくつかは車輪が破壊されたりなどして行動不能に陥っているようであった。


 それらの商隊を守るために護衛がなんとか気を吐いていた。

 逃げてきた女の人と同じように、護衛が取りこぼした商人が襲われている。


 オレはそちらへと向かいがてら、護衛の守りから引き抜かれてしまったであろう女性の商人を組み伏せている盗賊の、その顔面に走りながらの蹴りを叩き込む。

 のけぞるような体勢と鼻血を吹き出している賊に容赦なくそのまま剣でとどめを入れた。


「後ろにオレ様の世話になっている商人がいるんだ。そこまで逃げたらもう安全だ。

 さあ、立ち上がって、走るんだ」


 オレの言葉にこくこくと頷いて、襲われかけていた女性はよたよたと逃げていく。


 それを見た賊の数名が、

「何してやがる、てめえ!」

 怒号をあげた。


『叫ぶのが好きな人たちですね』

(元気いっぱいで羨ましいよ)


 それにしてもかなり大規模な賊だ。

 パッと見で三十人以上。

 既に護衛に倒された人数を勘案すれば元々五十人規模の群れだったんじゃないのか。


『大規模、とまでは言いませんが街道を襲うだけの賊にしては勢いがありますね。

 普通は十人もいれば多いと言われるほどのはずですが』

(アルタリウスの知識?)

『いえ、これは君の知識ですが……』

(賊に対してそこまで細かな知識なんて持ってるなんて、妙な感じだなあ)


 賊の何人かがこちらに気が逸れたのに対して、護衛が押し返しはじめる。

 板挟み状態を作るためにオレも賊へと突っかかった。


 真っ先に襲ってくる怒号を上げていた賊。

 大ぶりで自殺志願者なのかと思うほどの一撃を避けて、返しで斬り殺す。

 その賊の背後から掛かるのを死体となった賊を蹴って転ばせる。

 倒れた賊の顔面に剣を叩きつけ、二人。


(技巧なしでも中々のものでしょ)

『ええ、見事な体捌きです』


 こちらに襲いかかろうとしているのは残り四人。

 実力を格と言うのであれば、オレのほうが格は高い。それを理解して怖がってくれればいいんだけど。


「見てくれのいいガキだな。

 男でも金になるかもしれねえ」

「確かにな。最近そういう需要があるっていうし」

「よっしゃ! それならやるか!」「おう!」「やろうぜ!」


 そういう感じかあ。


 命の軽い連中特有の向こう見ずっぷりもあって、交戦は避けられなさそう。

 状況的にもすっきり勝つのは無理そうだ。

 ここからは泥臭くでもいいから勝ちだけを狙うしかない。

 賊や人材商の手に落ちるなんて考えるだけでおぞましい。


 ───────────────────────


 剣の切れ味が格段に落ちたのを感じる。

 斬り殺したのは四人。

 続々と現れる増援。

 血と脂を拭う暇さえない。それができれば多少はマシになりそうなものなんだけど。


 護衛たちも必死に戦っているが、流石に依頼範疇にないオレを助ける義理はないだろうし、

 そもそも彼らも生きるのが精一杯って感じでもある。


「どけッ」


 太い腕が卓上のゴミを払うくらいの気分で振るわれて、一人の賊が不自然な姿勢のまますっ飛んでいった。

 あの姿勢は腕が当たった時点で死んだからなのだろう。


 味方殺しを敢行したのもやはり賊だ。

 ただ、大柄で、戦闘用ではなさそうな大きな木槌を片手で持っている。


「確かに金になりそうなツラだなあ。

 げへへっ、たまらねえ」


 なにやら語っている隙を縫って一撃を繰り出すも、木槌の柄を使って器用に弾かれる。

 口ぶりと行動は最低だが、戦闘技術はかなり高い。

 少なくとも、オレが正面から戦って勝てる相手じゃない。


「カシラぁ! こいつは俺たちが先に見つけたんですぜ!」

「分前もらえるんすよね!」


 なるほど。

 この規模の賊を仕切るカシラであればこの実力も納得だ。


 で、やいのやいのと騒いでいる賊たちは所有権の主張とかではなく、せめておこぼれをくれと言っているわけだ。


 そこからわかるのはこのカシラと賊の群れはある種の恐怖で成り立っている。

 乱暴に扱われても、このカシラの実力からして付いていくほうが得だと考えている連中で成り立っているんだろう。

 逆に言えば、カシラさえ倒せたなら全ては丸く収まる可能性がある。


 問題があるとするなら、前述の通り、相手はオレより格上ってことだ。


「顔もいいが、腕もいいな!

 人材商に売っぱらうんじゃなくて、俺んところで働くのはどうだ?

『爆打』ベイツ様はデカくなるぜえ、従えば甘い汁が吸える。どれだけ吸えるかは働き次第だがな」

「オカシラ直々の勧誘とはありがたすぎるね」


 例え格上だとしても諦めるわけにもいかない。

 何より、ここで逃げるなんて選択肢もない。

 こいつらを放っておけば襲われている商隊だけじゃなく、オレを拾ってくれたデューゼンたちにも確実に被害が出る。


「けど、誰かの下に付くのなんてまっぴらごめんなんだ。

 身分は風来坊でも、心は王族なんでね」

「そうかいそうかい。

 それじゃ、死になッ!」

「死ぬのはお前だよ、ベイツ!」


 不意打ち気味にでも剣を振えればよかったが、そうもいかなくなった。

 それでもと放った一撃は弾かれる。


「樹液みてえに甘いぜえ!」


 返し手として木槌ではなく、蹴りが放たれる。

 脇腹に叩き込まれ、蹴り飛ばされた。

 自在に操れるといってもやはり木槌は振った勢いは殺しきれない。

 であれば小技として扱うのは今のような殴って蹴ってになる。

 小技、といったって巨漢から放たれたそれは決して軽くない。


 剣を杖にしてなんとか立ち上がる。


「手足がなくたってそのツラさえ無事なら金になるぜえ!」


 木槌が振り下ろされる。

 その一撃にオレは──


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― 新着の感想 ―
[一言] げへへっ、よう!兄弟!オレだよ、オレ!(岩の上でどや顔しつつ親指で顔を指しながら) ぐへへへ、こんなに大勢でするたぁ大仕事じゃねぇか!オレも負けてられねぇなぁ!今飛び降りて、そっちに行くぜ…
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