104_継暦136年_冬/A08
よお。
ペンゴラに向かうことになったオレ様だ。
ゴジョと元店主の協力もあってペンゴラ行きの行商、その護衛って名目で運んでもらえることになった。
青色位階の冒険者ってことで先方からもそれなりに信頼されている。
ありがたいことだね。
商人の一家は商隊というほどの規模ではなく、一家族が各地を移動して生計を立てているらしい。
外部の護衛はオレだけだ。
護衛としての費用はオレが逆に馬車の使用のために払うといったが、
先方も先方で報酬を支払うと言って聞かず、ゴジョの提案でそれぞれを相殺してどちらも支払わないということになった。
爆速で移動、とは流石にいかないが徒歩よりは遥かに効率的な速度。
何より道のりに明るい商人と一緒というのがありがたい。
家長の父親は御者役を、その妻はまだ幼いと表現できる娘に計算を馬車で教えている。
娘の上には兄と姉が一人ずつ。
どちらも商いだけでなく、多少の護衛はできるようだ。
「若いのにすごいねえ、ヴィーさんは」
この行商……家長の名であるデューゼンから、デューゼン商会と自称している彼らは、
妻のグヤ、今しがた話しかけてきた長子で長女のグレッチ、次子で長男のグレコ、
母親から計算の手ほどきを受けている末妹のアリアで構成されている。
「すごいって?」
「だってゴジョさんにあんなに信頼されてるんだもの」
長女であるグレッチが云う。
ゴジョはすごい人だ、年下だけど尊敬できる女性だと。
陽の塊みたいな女性であるグレッチに本人不在でもこのように手放しに褒められているってことは、
おそらく文鳥迷路でも相当に好意を向けられているってことであろう。
お日様のパワーに当てられる感じでゴジョが溶けて消えてしまわないか心配になっちゃうね。
「すごいのはゴジョであってオレ様じゃないよ。
オレ様がやったことと言えば、ちょっとだけ彼女の独り立ちの手伝いをしただけ」
「その独り立ちさせるのがすごかったんじゃないんですか?
結構人見知りする感じのゴジョさんがあんなに必死に商人たちと交渉するなんて!
よっぽどの恩義がなければしませんよ!」
そう。
実際、ペンゴラ行きは難航した。
ペンゴラなどの衛星都市に行く商隊はゼロではなかったが、
ルルシエット伯爵領への旅はリスクが大きく、向かうにしても安全な道を進むためにぐるりと大回りをして移動する予定だという。
そうなると旅程が半年くらいには膨らんでしまう。
馬車で最短コースなら数日で済むのに、だ。
そんなことになったらトライカがどうなるかもわからない。
トライカがなんとかなったとしても、イセリナはどうだ?
どうなるかもわからない以上、行動は早ければ早いほうがいい。
元々このデューゼン商会はペンゴラには向かう予定はなかったものの、余りにも必死なゴジョを見かねて助け舟を出してくれた形である。
ありがたい限りだね。
「随分とゴジョを推してるみたいだけど」
「そりゃ推しますよ。
あんなかわいらしい見た目をしているのに頭はいいし、技術もあるし、
あの人が文鳥迷路の社長になってからあそこの宿に泊まるのが楽しみで楽しみで仕方なくなるくらいに色々とサービスを考えていて」
ドバっと感情が吐き出される。
数ヶ月の間に随分と濃いファンを作ったらしい。
従業員たちも見るからに彼女を信頼しているようだったし、オレの目的の達成を手伝ってくれるというのは嬉しいけど、できれば社長業に専念してもらいたいところでもある。
「しかし、それだけの勢いがあるんだったら領地の長に睨まれそうなもんだけど」
「あそこはビウモードとルルシエットそれぞれの領地の緩衝地帯にあるんです。
正確にどちらの領地だってのは決められない場所らしくて」
時事や領地問題なんかに詳しいのがグレッチの弟にあたるグレコ。
彼が端的に伝わりやすい解説を入れてくれた。
「ある意味で緩衝地帯の領主みたいになってるのか、ゴジョは」
「ええ。
噂じゃあの宿で長逗留している人間の何人かは両伯爵家の密偵が混じっているとか。
領主並の警戒心は抱かれているようですよ」
迷宮での経験か、彼女自身に秘められていた才能か、そのどちらもか。
管理と経営に対する能力は実質的に国相当が警戒するほどのものだったわけだ。
振り返りのときに自分でも『生き意地がスゴい!』みたいなことを言っていたし、
そういうのにも気がついていそうだよな。
だとしたら相当胃を痛めていたりして。
『ご歓談の中、失礼します』
(どうしたの?)
『霧が出てきたようです。
賊がいるのならこの機会に乗じるかと考えられます』
アルタリウスの忠告がなければこのまま会話を楽しみ続けるところだった。
「霧が出てきたし、護衛に意識を割くね」
気がついた風に見せるとグレッチとグレコだけでなく、デューゼン商会の皆は「おお……」と感心した声を上げた。
(評価が勝手に上がったっぽいなあ。アルタリウス様様だね)
『なによりです』
選んだ言葉は謙虚だが、見えない彼女のドヤ顔が見えるようだった。
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霧に乗じて賊が出るかも。
アルタリウスの忠告は抜群に的中した。
霧の中でかすかに揺らめくものを見つけ、馬車を停止させる。
こっそりと忍び寄る賊を不意打ちで叩き伏せ、戦闘が始まる。
今しがた賊を叩き伏せた武器はベーコンではない。
ここを出発する前にゴジョから渡されたものだ。
彼女に『何か手頃な装備売ってもらえないか』と頼んだところ、
「装備がない?
え!
どこかに装備を置いてきちゃった?
そ、そんなことありますか……?」
呆れられながらもゴジョは店に数年間預かって持ち主の現れなかった装備を融通すると言ってくれた。
価値のある魔剣やら付与術が籠められた武器やらは元店主の賭けの対象にされてしまったらしく一切残っていなかったが、
腕のいい鍛冶が質のいい素材で作ったであろう剣があったのでそれを頂戴した。
流石に数年間放置されているから色々と不安だとは思ったが、錆もなく、持ち手が緩んだりもしていない。
今しがた賊を叩き伏せたのもその剣である。
無銘ながらいい仕事をしている。
「手伝わせてください!」
そう言って馬車から出てきたグレッチとグレコ。
彼女らはオレに敬語を使うが、グレッチはオレより五つほど上、グレコは三つほど上。
その辺りの教育は家長であるデューゼンにみっちりと仕込まれたらしい。
冒険者の登録もしていて、首から下げている認識票の位階は黄色。つまりは下から二つ目。
位階としては駆け出しに毛が生えたくらいなもの。
とはいってもそれが実力に直結するわけでもない。
結局仕事をして働きをギルドに見せなければ昇格したりはしないからだ。
彼らはあくまで行商の護衛がメインであり、冒険をするような暇は殆どないだろうに、
それでも黄色に上がっていることが凄いのではなかろうか。
「どいつもこいつも強え……!
に、逃げるぞ!」
撤退の号令を出しながら逃げる賊。
ただ、残念ながら生き残りはその賊一人。
気がつくのは霧のない場所まで逃げ切ったあとだろう。
本当だったら仲間を呼んで再襲撃だとかが恐ろしいのできっちり全滅させたかったが、
霧の乗じ方といい、逃げ方といい、このあたりに習熟している様子だった。
下手に追ったらどんな罠に引っかかるかもわからないので、逃がすしかなかった。
その辺りの報告をデューゼンに挙げると、
「貴方が護衛に付いてくれたお陰で楽に目的地に行けそうです」
なんて言ってくれる。
元々行く予定のない場所への旅のはずなのに、家長デューゼンも商人らしからぬ優しさというか、甘さのある男のようだった。
その優しさ・甘さに付け込むようで申し訳ないが、オレもどうしたって先に急ぎたい理由がある以上は付け込ませてもらうしかなかった。
せめて彼らの旅が無事に終わることに全力を捧げよう。
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賊の襲撃から暫くして、霧も晴れた。
ただ、日も暮れ始めたのもあり、賊があのような形で襲ってきた以上は夜間の移動は避けるべきだという結論に至った。
「グレコ、そろそろキャンプを張ろう」
「わかったよ、父さん」
デューゼンの言葉に長男は頷いた。
家長がほどよく開けた場所で馬車を止めると、グレコが周囲を警戒し、問題のあるなしの確認をはじめる。
そこに娘のグレッチが弓を担いで現れた。
「父さん。
アリアと一緒に軽く獲物がいないか見回ってきてもいい?」
「そうだな。
アリアにも狩りを覚えてもらわねばならないから、そうしてくれ。
ヴィルグラム殿、娘たちの護衛をお願いできますか?」
アリアはデューゼンの三人目の子で、年齢もまだ若いと云うよりは幼いくらい。
見たところで言えば十かそこらだろう。
「勿論」
「助かります。
しかし、娘たちの狩りに冒険者様の護衛を付けるなどと、またグヤに過保護と叱られるかもしれませんが」
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グレッチが口笛を吹いて暫くすると、鹿が何事かと姿を見せる。
アリアはそれを弓で狙う。
まだ未成熟な肉体ながらも、アリアは弓の才能があるようで見事に弓を引いて、そして矢を放っている。
ただ、どうにもまだ狙いが甘いようで、鹿には当たらず、地面に突き立ってしまう。
驚いた鹿は逃げ出す。
そして再びグレッチが口笛を吹いて呼び寄せる。
後で聞いた話だが、グレッチの口笛は技巧らしい。野生動物を数種呼び寄せることができるもので、大変便利そうだった。狩人としても大成できる才能があるわけだ。
ともかく、何度目かで、
「少し借りてもいいかな」
「は、はい!」
青色位階ということもあって、アリアは緊張している。
そのうち馴れてくれるだろうと思いつつ、弦を引いたり、軽く矢をつがえたりする。
記憶にはないが、狩りは得意な気がする。
少なくとも撃ち方くらいなら人に教えられそうだ。
「アリア、弓を持ってみて」
「はい」
「ああ、えーと……こうして、目の付けどころはそこから……」
幾つかレクチャーし、そのあとに撃たせてみたら驚くほどに命中精度が上がった。
これはオレの教え方が上手いのではなくアリアが半端なく学習能力が高い証拠でしかない。
最早教えることがなくなった。
『短い師匠人生でしたね』
(卒業で涙するほどの思い出は作れなかったよ)
その後に解体はグレッチが、軽く切り分けたものを三人でキャンプまで運ぶことになった。
焚き木を囲んでいると、アリアがおずおずとオレへと質問をする。
「その、ヴィルグラム様」
「ヴィーでいいよ」
「ヴィー様。
どこかのお貴族様なのですか?」
ご丁寧だ。
どこか野性的な雰囲気のあるグレッチとグレコと違い、静的な雰囲気を感じさせる少女だ。
「ん? なんで?」
「ああ、それは私も思ってた。
弓の引き方とか、呼吸なんかが狩人のそれじゃなかったんだよね。
礼節のための弓術っていうか……」
グレッチが会話に参加するていで疑問を口にした。
そうなのかもしれない。
ただ、記憶がない以上はなんとも言えない。
記憶喪失なんて言った日には変に心配をかけてしまうかもしれないからだ。
『知識はあれど、体験した情報は私も閲覧することができません。
これを記憶喪失であると判断する材料にするべきなのでしょうね』
(逆にどこまでなら読める?)
『クレオという人物を助けたことあたりでしょうか』
(知識は別として、体験に関してはオレが理解している以上のことは難しいってことかな)
『残念ながら、そうですね。
……記憶を読まれるなどと言えば不快感がありそうなものですが』
(同居人に今更何の気遣いをさせるやらって感じだよ。
そう思ってくれるの嬉しいけどさ、むしろオレ様が覚えていない知識を拾い上げてくれるんだからありがたいくらいに思ってる)
遠慮なしかと思えば、案外そうでもない。
同居人としてアルタリウスは過ごしやすい相手だ。
と、アルタリウスとばかり話しているわけにもいかない。
「あー、どうなんだろう。弓を教えてくれた人がそうだったからかもね。
オレ様はあくまでただの冒険者だよ」
そういうことにした。




