010_継暦141年_春/08
よっす。
冒険者に囲まれて移動した賊のオレだぜ。
辿り着いたのはやはり城郭都市、というかオレが認識している都市は大体城郭都市だ。
城郭都市ってのは城壁が都市自体をぐるりと囲んでいるようなものを指してんだ。
蜂の巣みたいに発展する度に囲いを作るタイプと、
最初から相当の大きさを作っておいて発展に対応するタイプの二つがあるらしいが、ここは後者。
ともかく壁で覆うのは発展的にもコストが大いに掛かりそうなものだが、それが必要なほど都市を狙う外敵が多いのだろう。
もしくは、住んでいる世界とそれ以外を区切る理由でもあるのかもしれないが。
ちなみにここは以前に冒険者登録したビウモード伯爵の領地ではなく、
ルルシエット伯爵が治める地だ。
両伯爵は王国が崩れた後に大きな戦いを引き起こし、治安悪化に一役も二役も買った家柄であると記憶している。
尤も、争いの渦中にあった世代から現在の伯爵へは既に交代して久しいはずだ。
更に言ってしまえば庶民未満のオレには治安がどうあれ関わりのないことではある。
入り口の堅固さはビウモード伯の都市と同様、
流石にギルドの人間とベテランっぽい冒険者は顔パスだ。
「よう、ガドバル!どうだった?」
門番が声をかけてくる。
「この小僧に助けられちまったよ」
「助けられたって、お前がか。
珍しいこともあるもんだ」
そう言いながら門番はオレに目を向けて、
「将来有望な少年だな!」
重すぎる期待と評価を頂戴した。
「ああ、期待していいぞ」
ガドバルが他人事だからか、そう返す。
いや、この男とは出会って間もないが他人事だから言っているのではなく、
彼自身が期待しているから太鼓判を押したのだろうことが理解できてしまう。
しかしながら、実際何か大きなことをやったわけではなく、
ラストアタックは、イセリナのお手柄である。
何をしたとか胸を張って言えることもないので、オレは軽く会釈をして状況を流すことにした。
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到着した冒険者ギルドの建物はかなり大きかった。
かつて登録したことのあるビウモードのそれよりも。
いつぞや誰かから聞いたが冒険者ギルドは国際的な組織で、都市ごとに存在し、その規模も変わっているらしい。
建物が大きいということはルルシエットに対して冒険者ギルドはそこそこ以上の立ち位置を確保しているってことなのだろうか。
中に入るとやはり金の掛かり方が違う。
或いは前回のギルドは都市内でも支部にあたるところだったのかもしれない。
「少しお待ち下さいね」とイセリナに言われたので、オレは彼女たちの動向を見ていることにした。
やることもないが都合の悪いことにはならないだろう。
本部(仮)へと入場すると、まずはイセリナは受付の向こう側、つまりは職員として椅子に座る。
対面する形でガドバルたちがカウンター越しに諸々の報告を行い始めた。
オレは自称『百万回は死んでいる』わけだが、強い肉体に入ったことは今の記憶の上では存在しない。
なので何回生まれ変わって体を変えたところで、このギルドに所属している冒険者たちの多くはオレより格上に見えるわけだ。
「ヴィーさん、こちらへ来ていただけますか?」
呼ばれた先にあるのは見覚えのある紙、冒険者になるための登録申請書だ。
「文字の読み書きはできますか?」
「うん」
「では、ここからここまでを記述してください」
名前以外は前回と同じだ。
特に得られた経験もないしね。
「ええと、これ冒険者の登録だよね?
賊のオレを、その……、いいの?」
白々しくならないようにオレはイセリナに問う。
雰囲気としては「賊のオレなんかを」という風に。
「ええ、登録までは犯罪者として顔が知られてない限りは大丈夫ですし、
あなたの前歴に関しては私とガドバルさんの推薦で帳消しという扱いになっています」
前回と違うのはオレが賊であるという報告があることか。
これがガドバルのお礼ってやつか。
つまりは犯罪者として、或いはでっちあげた偽物としてのオレではなく、
この街に存在することを許された人間としての扱いを得たというわけである。
「イセリナ、ガドバル、ありがとう」
「あー、待て待て、お礼はこれだけじゃあない」
ガドバルがオレの手に握らせてくる。金属片だ。
大きさは小指の骨程度、重量も殆ど感じない。
知識にはないものであるってことは、賊には浸透していないものってことだ。
逆に言えばさっぱりと予想もつかない。
「ええと、これは?」
「冒険者ギルドが限定的に販売している経験金属って奴だ。
これからお前は冒険者としてやっていく、そうなれば依頼の中で多くを経験するだろ?」
頷きはするが、内心としては「そうなればいいなあ」という気持ちのみである。
何せここ最近は死んでばかりだ。
……まあ、最近より前の記憶がないだけとも言うんだが。
「その経験を『実を伴った価値』として金属が覚えるらしい。
どういうことかっていうと、金属は溜まった経験の重さで価値を変えるそうだ。
金にするにしても他のものに換えるにしても持っておいて損はなさそうだろ?」
そんな便利なものがあったのか……いや、ありがたいが、あっさり死ぬかもしれんしなあ。
これ、死んだ後も引き継げたりしないだろうか。
流石にムシが良すぎるか。
っと、それよりも、
「なんか、色々ありがとう」
お礼を忘れちゃあいけないなってことで頭を下げる。
「それだけのことをしてくれたんだよ、ヴィーは」
「そうですよ」「で、ゴザル」
一同がそう言ってくれる。
オレは彼らの期待に沿えるよう頑張るよと伝え、そうしてとりあえずはここでガドバルたちとは解散と相成った。
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ガドバルの一党と別れたあともギルドでイセリナから説明を受ける。
「なし崩し的に冒険者になっていただきましたが、
そちらは私とガドバルさんで信用を拵えたものなので冒険者相手ではなくても程度の信頼を示すものになっています。
手堅い職業に就きたくなったときにも役立てるものになると思いますよ」
そうした信用情報的なものはタグに記録されていると教えてくれた。
便利なもんだが、賊のオレにゃあ縁遠いものばかりなわけで、
もしかしたら賊どもも知らない便利なものがこの世には溢れているのかもしれないと、文明への期待ばかりが膨らんでいく。
「イセリナ、ありがとう」
「いいえ、こちらこそ本当にありがとうございます」
お礼を言うのも、言われるのもいいよな。
そこらの賊にはない概念だ。
ともかく、これでオレは冒険者になれたので体で稼げるようになった……わけだが、
前回はそれで最初の仕事でトチったわけだ。
今回はしっかりと考えて戦うべきだろう。
あと、誰かが死ぬならオレがって考えにもなりかねないし、単独でなんとかできる仕事を斡旋してもらわないとな。
《hr》
ヴィルグラムことヴィーの冒険者としての最初の仕事。
それは──
「お一人で大丈夫でしょうか」
イセリナは不安げにしている。
選んだ依頼は『街道沿いの偵察』。
『街道沿いで行商人が狙われる事件が発生。
隊商は狙わないことから犯人は単独、または小規模の賊と思われる。
それらの情報を持ち帰ること。
付記:それらとの戦闘を行い、撃破した場合は追加の報酬を支払う。』
「もしも倒したら証明品を持ち帰ればいいんだよね?」
「もしもになっちゃ駄目ですからね、貴方はまだ駆け出しなんですから」
証明品については以前にヴィーが賊であったころ、
冒険者が賊相手に証明品を回収しているのを見たことがあった。
耳だの指だのがそれにあたるらしく、その後、『請願』か『魔術』を使って依頼に関わるものであったかなどを鑑定することになっている。
「お願いですから、無茶はしないでくださいね」
ここまで言われると、仕方なくも頷くヴィー。
自分自身もザコである自覚はある。
なにせ自称とはいえ百万回は死んだザコとしての自覚があるからだった。
「せめて一泊でも休息を取ってからでもいいのに」
イセリナから見たヴィーは休むことを知らないようにも見えた。
そして、事実としてヴィーは休むということをすっかり忘れていた。
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認識票と経験金属は一緒に首飾りしている。
ニチリンから貰った戦輪も腰に下げた。
装備に関しては見直すものはない。改める資金もない。
「ヴィーくーん!」
フェリの声だ。
急いでこちらに向かってきている。
「ああ、よかった。
イセリナさんが走ればまだ間に合うかもって教えてくれて」
「どうしたの」
「その、私からもお礼を渡したくって」
腰に下げるタイプのポーチをオレに差し出してくる。
「治癒、活力と解毒が一本ずつ。
すぐに役に立つようなことにならないことを祈りはするけれど……。
でも準備はして、しすぎということはないってよく言われるでしょ?」
冒険者はそうらしい。
賊からすると『準備はするだけ無駄。どうせ死ぬから』なのだが。
「ありがとう、けど」
「貰い過ぎだって言いたそうだけど、でもね」
言葉を選ぶようにしてから彼女は続けた。
「イセリナさんは私達にとって大切な人で、それを助けてくれた恩義を形にしておきたかったの。
そんな自分勝手な理由だから、深く考えないで貰ってくれたら嬉しいな」
「ん……じゃあ、ありがたく」
だが、彼女の目はそうではないと語っている。
どうにもオレは他人の目からするとあっさりと命を手放しそうに見えて、
だからおせっかいを焼きたくさせてしまっているようだ。
……命を手放しそう、ってのは確かに既に何回も実行している。
それこそ『やったことがある』という言い方では済まないくらいには。
見る目があって恐ろしいね。
依頼解決に歩き出したオレの背にフェリの「いってらっしゃい」の声。
あー……死にたくない。
確かに何があってもイセリナの忠告には従ったほうがよさそうだ。
こんなに手放したくないって思うのは中々無いことだと思うから。
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時々見かける真新しい看板。
ルルシエットの文字とその方向を知らせる矢印。
かつてはこの看板には違う名前が刻まれていた。
数十年前まで行われていた群雄割拠の時代。
通称、相続戦争。
その戦争で都市の支配者は代わり、名も同様に。
統一まであと数歩ってところまでいった巨大国家であるカルザハリ王国は少年王の死と共に歴史を終えた。
跡目と目されていた公爵は侯爵たちに殺され、しかしその侯爵も数多いる伯爵たちに殺された。
その後に来たのが伯爵たちによる争い。
これがもう、荒れたのなんの。
王国時代と比べて人口が半分になったとまで言われるくらいに荒れた。
治安は乱れに乱れた。
結果として賊はモリモリと生まれ、問題もモリモリと生まれ、冒険者もモリモリと生まれた。
王国が都市としていた場所は有力な伯爵が支配し、
現在ではその家柄が都市の名前になっている。
つまり、イセリナたちがいる都市の名前はルルシエットで、支配者もまたルルシエット伯爵家というわけだ。
伯爵を今でも名乗っているのは戦争時代に公爵・侯爵が次々と狙われ、命を落としたため、
あえてそれを名乗ると他の勢力から狙われかねないためだ。
名誉のために実利もない行動を取るお馬鹿さんはとっくに舞台から引きずり降ろされているってことだな。
ともかく相続戦争は主要な都市の支配者が決まったことで緩やかに終息した。
明確にここで終わりです!みたいなことにはならなかった。
勢力は幾つにもわかれ、治安を大いに回復させるような行いはなく、
結果としてこの世界最大の勢力は賊となり、現在まで不動の地位を築いていた。
そして、オレの視線の先にまさしくその就職先人気度ナンバーワンの職種、賊が見えていた。




