第2話「なぜか妹が焦っているんだが」
「――美麗に変な入れ知恵をしたら駄目だぞ?」
美麗と偽恋人になった俺は、家に帰ってから妹の部屋を訪れていた。
歳は一つ下で、今年中学三年生になっている。
「私は、美麗姉さんに相談をされましたので、ご期待に応えただけです。めんどくさがりの兄さんでも、美麗姉さんのためなら協力してくださると思いましたし」
愛は家族相手にも敬語で話すという、ちょっと変わった子だけど、おしとやかでとても優しい。
――はずなのだけど、兄に対してだけは、時々辛辣になる妹だ。
髪は俺と同じ黒色で、まっすぐに下へと長く伸ばしていた。
顔つきは従姉妹というのもあり、美麗に似ている。
違うのは、美麗の瞳が青色なのに対し、愛の瞳は俺と同じ茶色ということだろう。
しかし、美少女ということには変わりない。
学校で告白をされているところなんて、両手両足で数えきれないほど見てきた。
だから美麗が、愛に相談したというのはわかるが――。
「もっとマシなアドバイスをしてやれよ……」
「美麗姉さんだって昔から困っていたようですし、偽彼氏というのはいい手だと思いますよ? 幸い、兄さんと美麗姉さんが従兄妹だということは、学校で内緒にされているみたいですし」
美麗は入学当初からモテモテだ。
従兄妹だとバレれば、彼女に近づこうと変な男たちが俺に取り入ってくるのは目に見えていた。
そのため、わざわざ登校時も別々に家を出たりしていたのだけど――彼氏役は、従兄妹だとバレる以上にめんどくさいだろう。
何より、従兄妹の時なら好意的に男子は接してきてただろうが、恋人となれば逆に嫉妬などで冷遇される気しかしない。
「そう愛ちゃんを責めないであげてよ。頼ったのは私なんだから」
愛の部屋に行っているのがわかっていたのか、家に帰ってきた美麗がすぐに現れた。
「責めてはないだろ?」
「そうですね、兄さんはかわいい妹を責めることなんてできませんよ。注意と愚痴ですね」
ニコッと笑みを浮かべる愛だけど、事実なのでなんとも言えない。
「相変わらず、シスコンだね~」
「それは違う」
責めないだけで、別に愛情を注ぎまくっているわけではない。
単に甘やかしているくらいだ。
なんせ、愛はとてもいい子なのだから。
「それはそうと、兄さんは引き受けてくださったのですよね?」
「うん、愛ちゃんのおかげでね!」
かわいらしく小首を傾げる愛に対し、美麗は満面の笑みを見せる。
まぁ男子たちに付きまとわれていたようだし、これくらいは協力してやるしかない。
「兄さんは、叔父さんたちに感謝しなければなりませんね?」
「なんで?」
「だって、叔父さんが仕事で海外に転勤となってしまったことにより、兄さんに彼女ができたのですから」
「いや、話を端折りすぎだろ……」
美麗が俺たちの家に住むようになったのは、叔父さんが海外赴任をすることになったからだ。
叔父さんや叔母さんとは違い、美麗は英語を話すことができない。
そのため、海外に行くのではなく、俺の家に住みたいと美麗が希望をしたことで、こうなったようだ。
別に叔父さんと祖父さんが大喧嘩をしているからといって、俺の父さんと仲が悪いということもないため、話はすんなり進んだそうだ。
……まぁ叔父さんだけは、号泣しながら娘を送り出したようだけど。
今でも毎日、美麗のスマホに連絡をしてくるんだとか。
愛が言いたかったのは、叔父さんが海外赴任をしたことで美麗はこっちに住むことになり、結果俺の彼女になったということだろうな。
まぁ、偽だけど。
「彼女になったからといって、偽なんだから何もないけどな」
「私は本当の恋人でもいいって言ったのに、断ったのは翔じゃん」
「えっ?」
美麗の発言に対して、戸惑ったように愛が俺の顔を見上げてくる。
「どうした?」
「いえ……本当の、というのは初耳だったので……」
どうやら美麗は愛に対して、偽彼氏としてしか話をしていなかったようだ。
まぁあの場で俺の言葉に反応して、応えただけだしな……。
「美麗姉さんは、兄さんのことが好きなのですか?」
気になるのか、愛は戸惑いがちに美麗を見る。
「ん? だって、小学生の頃は一番仲良かったし、普通に好きだよ? てか、そうじゃなかったら、彼氏役なんてお願いしないし」
そして美麗は、キョトンとした表情で小首を傾げる。
違う、そうじゃないぞ……。
愛が聞きたいことは、そっちの好きじゃない……。
「従兄妹として、ということだろ?」
愛が変な勘違いをする前に、即座にフォローを入れておく。
一緒に暮らしているのだし、勘違いされたら後がめんどくさい。
「うんうん、そうだよ?」
美麗は、『それ以外にある?』とでも言いたげな表情で頷く。
さすが、恋愛がわからないと発言するだけはある。
「なるほど、そういうことですか……。美麗姉さん、紛らわしいことを言わないでください」
「そんな紛らわしいこと、言ったかなぁ?」
「おかげで早とちりをして、焦るところでしたよ」
「いや、なんで愛が焦るんだよ?」
ホッと胸を撫でおろしている愛に対し、俺は首を傾げる。
すると――。
「い、いえ、これは、その……! 兄さんが獣化しないか、とか、気軽にお二人のお部屋に行けなくなるな、とか、そういう心配です……!」
愛は、何やら顔を真っ赤にしながら両手をワチャワチャと振って、慌てていた。
たまにおかしくなるんだよな、俺の妹は。
「いったい兄をなんだと思っているんだ……」
「翔って、よっぽど愛ちゃんに変なところばかり見せてるんだね?」
愛がおかしなことを言うから、美麗がクスクスと笑っている。
俺は何も悪くないと思うんだが……。
「それはそうと、今日暑くて汗かいちゃったから、お風呂入りたいなぁ。愛ちゃん、一緒に入ろ?」
「ふぇっ!?」
突然手を引いてきた美麗に対し、愛が赤くした顔のまま驚く。
この歳になって一緒に入るのは、同性でも恥ずかしいのかもしれない。
しかし愛は、笑顔の美麗に連れていかれてしまうのだった。
……いや、着替えは?
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