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愛おしいショートケーキの中で

作者: 藻朱

 何が問題かといえば、そこに自分の場所がすでになくなっているということだった。これはうまれてこの方、経験したことのない感覚だ。偉そうに言うようだが、人は生まれて両親とか友達とか恋人や職場っていうような、何らかの繋がりの中になにがしかの位置役割を占めるわけだけれど、それが僕の場合、全部切れちゃったわけだ。原因がなにかということはあまりよくわからないけれど、ショートケーキの中に入っている苺と喋れるようになってから、徐々にこの状況は浸透してきたと思う。初めて苺と話したときはとても彼女はお転婆で食べれるものなら食べてみなさい!といきまいちゃあ、僕のフォークに捕まるまいと、皿の上を転げ回った。僕はカステラを食べ尽くして彼女の隠れるところを全部奪ってやった。そうすると彼女は、皿の隅に残っていた生クリームの中に身を隠したので、僕は手当たりしだいフォークで突き刺してやった。手にズブリとした感触が走って、耳元で何かがのどに詰まったような叫び声が聞こえた。真っ白な生クリームの中に、赤い苺の汁が滲みだしていた。


 それからというもの、苺がとても愛おしくなって毎日ケーキ屋に通ってショートケーキを喰った。一日に何人も何人も、苺を喰った。キャンキャン声で泣き叫ぶやつもあり、腹の底から絞り出す声でなくやつもいた。でも最後はみんな一緒だった。みんな一様に、真っ白な生クリームの中に、赤い汁をぶちまけて息絶えるのだった。こうした遊びを繰り返すうちに、僕の頭の中は苺のことしか考えられなくなり、友達とか、同僚とか他の人間たちと上手く喋ることができなくなっていった。徐々に僕の周りから人は遠のいて、今僕は大きなホール型ショートケーキの真中に、柔らかな生クリームに包まれて横たわっている。もちろん一人の人間としてではなく、一個の苺として、だ。世の繋がりから隔絶されてケーキの中でこうしてクリームに包まれていると、自分の場所や繋がりなんてとか、どうでもよくなってくる。それにさっきから僕って言ってるけれど、もしかしたらワタシだったかもしれない。まあいいやどうだって。


 今の私の唯一の願いは人と関わってこの人生を終わらせること。私が喰ってきた苺たちは、きっとそう願っていたのだろうなって、今になって思う。



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