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04話:後編


「ガオ~ぐすっ、どこ行ったガオ~ぐすっ」

 真っ青な空の下、子猫ほどの大きさの、白い翼の生えたオスのライオンは泣きべそをかきながら、広い病院の庭の中をあっちに、こっちに移動し、垣根を、ゴミ箱を、ベンチの下を、様々な所に首を突っ込みながら、落とし物を探していた。しかし、一向に見つかる気配はなかった。

 「あれがないと~ぐすっ、ガブを助けられないガオ~ぐすっ、出てきてよ~ぐすっ」

 何とか涙を堪えようとしているのだが、それはどうやら難しいらしかった。ぽろぽろ涙が零れ始めるライオン。最早、決壊するのも時間の問題だった。

 「『ペンテコステ』~、出てきてよ~ぐすっ」


病院の外で泣きながらライオンが落とし物を探す一方で、病院の中は大騒動になっていた。


 「『疲れた者、重荷を背負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう(新約聖書 マタイによる福音書 十一章二十八節)』」


 病院の一室、大部屋で、メシアがベッドに腰かけ、笑顔を張り付け、次々と患者達を“治し”まくっていた。

 メシアが一人一人に手をかざすと、その度に、その人々は温かい光に包まれ、病気が、怪我が治っていく。

 「よし、清くなったぞ」

 メシアが言う。と、

 「アトピーが、アトピーが完全に消えた‼」

 子供の患者が叫んだ。それを母親が泣きながら抱きしめた。

 「ありがとうございます、ありがとうございます!」

 泣きながらお礼を言う母親に対し、メシアはやはり笑顔を貼り付け、うんうん頷いた。その度に、周囲の患者が、人々が歓声を上げる。そして、歓声を上げるたびに大部屋に人が集まっていく。

 「次はどいつだ?」

 その一言に老若男女問わず、様々な患者が我こそはと声を張り上げた。

 「お願いです、うちの子を治してください。移植が必要なほどの難病なんです!」

 「俺は事故で右手が動かなくなったんです。治してください!」

 「私、ガンなの。治して! お願いだから‼」

 「僕も治して‼」

 「私も‼」

 「儂もじゃ!」

 「まぁまぁ待て待て。一人ずつ、一人ずつだ。ほら、そこに並べ」

 メシアはそう言うのだが、患者達は一向に並ぶ気配がない。早く早くと、我先に押し寄せた。

 「むぎゅ、むぎゅ、押さないで! 押さないでっぽ!」

 「お、押さないで、押さないでください‼」

 「ちゃんと、ちゃんと並んでください! お願いですから‼」

 そのメシアのすぐ近くで、ガブリエルとルカとマルコが押し寄せる患者たちを何とか並ばせようと四苦八苦していた。だが、前述したように患者達は一向に並ぶ気配も言う事を聞く気配もなかった。

 「あれ、凪紗君は? 凪紗君はどこ行ったの⁉」

 慌てながらルカが聞く。

 「ホントだ! いなくなってる‼ ちょっとこんな時に何処に行ったの⁉ 凪紗くーん‼」

 マルコもまた、きょろきょろと頭を動かすが、人ごみの中で凪紗を見つける事は叶わなかった。

 「ルカ、もうちょっと頑張ってて! 私、凪紗君を探しに行ってくる‼」

 「え、ちょっと!」

 「なるべく早めに連れてくるから‼」

 そう言い残すと、マルコは人ごみをかき分けながら病室を飛び出していった。

 マルコが飛び出す中、メシアの声が響く。

 「よしよし、皆、治してやる! その代わりに約束しろ。俺を信じろ、“神”を信じろ‼」

 「信じる、信じるとも!」

 「信じるわ!」

 次々と飛び出す患者達のその言葉に気をよくしたのか、メシアは高らかに叫んだ。

 「よし! おまえらにこの言葉を送ってやる!


 『わたしの魂よ、主をたたえよ。

 主の御計おんはからいを何ひとつ忘れてはならない

 主はおまえの罪をことごとく赦し

 病をすべて癒し

 命を墓からあがない出してくださる。

 慈しみと憐みの冠を授け

 ながらえる限り良いものに満ち足らせ

 鷲のような若さを新たにしてくださる(新約聖書 詩編一〇三編二節から五節)』‼」


 患者達は、群衆たちは何が何だかわからないが、とりあえず、ありがたい言葉だと受け取ったようだ。目がキラキラと輝きはじめた。

 それに更に気をよくしたメシアはにんまりと笑って見せた。

 「さぁ、“俺”を信じろ! “神”を信じろ‼ 信じる者は救われる‼」

 メシアの絶叫に近い言葉に、人々は更に沸いた。


「さてさて、早速、ルカとかいう小娘の情報とマイナスエネルギーを集めるとしましょう」

 街を見下ろす程の高さ、空の上に立って滞空しているのは人の姿をした悪魔だ。メガネをかけたスポーツ刈りの、二十代くらいのスーツ姿の青年で、手には分厚い法律書を持っている。名前をベリアルという。

 「ふ~む、まずはどこから進めていきましょうか。情報からか、はたまたマイナスエネルギーからか…うん?…なんだか地上が騒がしいですね。行ってみましょう」

 そう言うと、ベリアルは騒がしい場所ーールカ達のいる病院へと飛んでいった。


一方、病院内の庭。

 「あ~、疲れた」

 青空の下、凪紗はベンチに座ってため息をついていた。

 「あんなに人がやってくるなんて思いもしなかったよ…おまけに可愛い娘より年増ばっかだしさぁ…まぁ、ムラムラしなくなったから良いっちゃ良いけれど…」

 と、そこに、

 「いたいた!」

 振り返ると、マルコがいた。で、こっちに歩いてくる。

 「ちょっと、何処ほっつき歩いていたのよ⁉」

 「いやぁ~、俺、ああいう人込みあんま好きじゃなくてさ…」

 「さ、病室戻るよ! メシア君はともかく、ルカほっとくわけにはいかないんだからーーうん?」

 ここで、マルコは何かを踏んづけた。妙な足の感触に下を覗き込むと、そこにはロザリオが落ちていた。

 「どうした?」

 「いや、なんかアクセサリー踏んづけた。よいしょっと」

 そう言って、ロザリオを拾い上げた直後だった。

 「うわ~ん…見つからないガオ~、えぐっえぐっ」

 何処からともかく泣き声が聞こえてきた。

 「凪紗君なんか言った?」

 「いいや」

 顔を見合わせる二人の下にその動物は二人のいる反対側から姿を現した。奇妙な動物だった。子猫ほどの大きさの、白い翼の生えたオスのライオンだ。どうやら泣いているらしく、目を真っ赤にしながら両手でこすり、嗚咽をこぼしていた。どうやら、このライオンから声が聞こえるらしい。

 「「…」」

 そのありえない生き物の登場に、二人は思わずぎょっとして固まった。明らかに普通の生物じゃない。

 泣きじゃくる空飛ぶライオンは、固まる二人を気に留めることなく、パタパタと羽を羽ばたかせて二人を通り過ぎようとしてーー

 「ん?」

 ライオンがマルコの手の中のロザリオに気づいた。次の瞬間、

 「あ~! 『ペンテコステ』‼ 見つけたガオ~‼」

 ライオンの顔がとびっきりの笑顔(動物なのにおかしな話だが)になり、マルコの手の中のロザリオに飛びついた。

 「きゃっ⁉」

 驚くマルコの事なぞお構いなしに、ライオンはマルコの手ごとロザリオを抱きしめ、すりすりと頬ずりし始めた。

 「良かったガオ! 良かったガオ‼ これで、これでガブを助けられるガオ‼」

 ここでやっと、ライオンは手の主であるマルコに気づいた。マルコは思わずびくりとする。

 「君が見つけてくれたんだね⁉ ありがとうガオ‼」

 目を輝かせ、ライオンはマルコにお礼を言った。当のマルコは勿論のこと、それを見ていた凪紗も呆気に取られている。自分達は夢でも見ているんじゃないだろうか。

 「う、うん…」

 思わずマルコは頷いた。すると、ライオンはロザリオを首にかけながら、言う。

 「お礼に何かしたいんだけど…何がいいガオ? できる範囲で叶えてあげるガオ」

 「え、え~っと…」

 あまりの展開に二人は付いてこれない。当事者であるマルコにとってはもう、何が何だか…

 「お礼はいらないの? それならそれで良いけど…」

 「ねぇ…あなたは一体…?」

 首をかしげるマルコが突っ込んだ。

 訝しげに聞く凪紗に、ライオンは胸を張って答えた。

 「俺はミカエル! 天使ガオ‼」


がやがやと騒ぎまくる大部屋は人の出入りが激しいことも相まって、ますます騒がしくなる。

 「押さないでくださーい! 押さないでくださーい‼」

 「並ぶっぽ! お願いだから並ぶっぽ‼」

 相も変わらずルカとガブリエルの制止の声が喧騒の中、響く。しかし、やはり人々の喜びと懇願の声はとどまることを知らない。次々と押し寄せる波によって、大部屋はごった返しになっていた。

 「押さないでください、押さないでくださーい! あ~ん、マルコも凪紗君も早く戻ってきてよ~」

 ルカの嘆きと正反対にメシアは疲れ知らずなのか、ベッドに座ったまま、平気な顔をして治しまくっていた。

 「治す前に聞くぞ。おまえは“俺”を信じるか? “神”を信じるか?」

 すると、全身に包帯を巻き、松葉杖をついた女性が頷きながら、たどたどしい口調で、泣きながら言う。

 「信じます。だから、お願いです。治してください…火傷で全身が痛いんです…」

 すると、メシアは手をかざした。


 「『娘よ、あなたの信仰があなたを救った。安心していきなさい(新約聖書 ルカによる福音書 八章四十八節)』」


 メシアの手が温かく光り、そっと全身に包帯を巻いた女性に触れた。すると、女性の身体が温かい光に包まれた。そして、

 「いいぞ」

 その一言を合図に、女性は何度か脚を動かした後、松葉杖を投げ捨て、驚愕の声を上げた。

 「痛くない…歩ける、歩ける‼」

 女性は軽く飛び跳ねた。すると、周囲から「お~」と歓声が上がった。女性が包帯を解きながら、改めて全身を触った。包帯の下からは傷も火傷も何もない、綺麗な顔と腕が姿を現した。

女性は綺麗になった両腕を眺めた後、顔をペタペタと触り、その直後、大粒の涙を流した。

 「ありがとう…本当にありがとうございます」

 メシアはそれを笑顔で答えた。


「気にするな。さぁ、次はどいつだ?」

 そう、メシアが言った直後だった。


 「アンタね? 病気と怪我を治してる人ってのは」


 その声に、メシアとルカ、患者達は気づき、人ごみを分けながら近付いてきた声の主を見つけた。

 車椅子に乗った、高校生くらいの女子だった。カールを巻いた気の強そうな顔立ちで、メシアを見つめていた。その傍らには初老のタキシードを着た男性が立ち、おろおろとメシアと女子を交互に見つめていた。

 「そうだが?」

 メシアが訝し気に女子を見る。すると、女子は強気に言った。

 「私を治しなさい。私、交通事故で歩けないの」

 それを聞いて、恐らくは女子の付き人ーー執事であろう、初老の男性は尚の事、焦った。

 「お嬢様、そのような口の利き方は…」

 「アンタは黙ってなさい」

 女子はぴしゃりと言い放った。そして、改めてメシアに言う。

 「さ、治しなさい。お金なら幾らでも払うわ」

 その言葉にメシアは聞く。

 「治しても構わないが、一つだけ質問だ。おまえは“俺”を信じるか? “神”を信じるか?」

 「んなことどうでもいいのよ! 治せって言ってんのよ‼」

 女子はありったけの声で怒鳴り散らした。その言葉にメシアの顔が無表情になった。

 そして、それに追い打ちをかけるように、その人物達は現れた。

 「どけ! 道を開けろ‼」

 その苛立ちを含んだ声と共に、人ごみをかき分け、やってきたのはスーツを着た壮年の男性と、恐らくはこの病院の医師であろう、白衣を着た成人男性と女性達だ。少なくとも二十人はくだらない。

 「…あんたらは?」

 メシアが無感情のまま聞く。

 「我々はこの病院の理事長と医師だ。おまえだな? さっきからペテンでウチの患者をたぶらかしているのは?」

 理事長のその言葉に、メシアの目が座った。

 「…ペテンだと?」

 「そうだ。いきなり病気やケガが治る訳がない。手品か何かで治ったと暗示をかけているんだろう?」

 「……本気で言っているのか? どう見ても治っているだろうが」

 「やかましい‼ たかが一患者の分際で何をほざく! おまえのせいでこちとら商売は上がったりだ‼ とっとと出ていけ‼」

 「……ダメもとで聞こう。そこの女、そこのおまえ、おまえ達は“神”を信じるか? “俺”を信じるか? “奇跡”を信じるか?」

 「そんなことどうだっていいのよ! 早く私を治しなさい‼」

 「信じるわけ無いだろうが! この詐欺師が‼」

 そう二人が言った直後だった。

 「今、なんつった? 今、なんつったゴラァァァ⁉」

 メシアの顔が端から見てもわかる位に、凄まじい憤怒の表情に変わった。その顔は最早、先程の優しい、慈悲に満ちた笑顔ではなく、悪鬼羅刹の表情そのものだった。

 あまりのその変貌ぶりに、ルカは勿論、他の患者達も、その身内も、発言した理事長と少女がたじろぐほどだった。

 メシアは二人を睨みつけ、怒気を含んだ声で言う。

 「“俺”を受け入れないという事は“神”の敵だ! “俺”を信じないという事は“神”を信じないということだ!


 『人が犯す罪や冒涜は、どんなものでもゆるされるが、“霊”に対する冒涜は赦されない。人の子に言い逆らう者は赦される。しかし、聖霊に言い逆らう者は、この世でも後の世でも赦されることがない(新約聖書 マタイによる福音書 十二章三十一節から三十二節)』‼


 医者よ。おまえ達は不幸だ。人を治し、癒すべきおまえ達は本来なら癒えた者を喜ぶべきだ。だが、おまえ達は自分の利益の為に正義、慈悲、誠実をないがしろにしている‼

 女よ、おまえは哀れだ。金さえあれば何でもできる、何でもしてくれる、何でも許されると思い込んでいる。そんな傲慢なおまえの脚に、与える癒しなど無いものと知れ‼」

 ありったけの大声、ありったけの怒声。それは病室、否、病院全体にまで響き渡るほどだった。その声に圧倒され、その場にいた全員が口を閉ざし、呆気に取られてしまった。

 沈黙。一瞬の、重々しい沈黙が流れた。しん、と静まり返った大部屋の空気は次の一言で破られた。

 「ルカ、ガブリエル、帰るぞ」

 メシアが立ち上がった。

 「ちょっと、メシア君!」

 慌てふためくルカ。それを合図に、次々と、まだ治っていない患者達がそれを止めようとする。

 「待ってくれ、まだ、俺は治してもらってない!」

 「私も‼」

 「僕もーー」

 「ーーやかましい‼」

 メシアが再び大声を張り上げた。その声に、再び大部屋は静まり返る。

 「“俺”は“神”の息子だぞ? という事は、“俺”の恩恵は“神”の恩恵だ。“神”の恩恵は信じている者にだけ与えられるもの。故に、“神”を信じない者を救う義理はない。“神”は基本、何でもできるが何でもしてくれるわけじゃない。“神(親父)”を馬鹿にされて黙っていられるほど、俺は寛容じゃないんでね」

 「メシア君…」

 ルカが悲しそうな顔を浮かべ、メシアが人ごみをかき分けようとしたその時だった。


「天使…?」

 眉を引くつかせて凪紗の呟きに、ミカエルは胸を張った。

 「そうガオ」

 「天使ってあの天使だよね?」

 とマルコ。

 「そうガオ、そうガオ。頭が高いガオ」

 「「天使がなんで、こんなぬいぐるみな(の)(んだ)?」」

 二人の声が被る。その言葉にミカエルは(空中で)ずっこけた。

 「ぬいぐるみじゃないガオ! 天使だって言ってるガオ‼」

 ぷんすか怒るミカエル。

 「いやぁ、そうは見えなくってさ…」

 「…その天使が何でここにいるの?」

 凪紗とマルコの質問に、ミカエルは待ってましたと言わんばかりに胸を張った。

 「俺には使命があるガオ。メシア様と大事な大事なだーいじな、恋人、ガブを助けるために人間界に来たガオ」

 「ん?」

 ミカエルのその言葉に、マルコが眉を顰めた。

 「…今、メシアって言わなかった?」

 その質問に今度はミカエルがぴくっと反応した。

 「メシア様を知ってるガオ?」

 「え、ええ…」

 途端に、ミカエルの顔がぱっと明るくなった。

 「それはよかったガオ! お願い! メシア様のいる場所まで案内してほしいガオ‼」

 「え、良いけど…」

 「ありがとうガオ! さ、善は急げガオ‼」

 そう言うと、ミカエルはマルコの手を引き、パタパタと羽を動かしながら移動を開始した。

 「ちょ、ちょっと待ってーー」

 次の瞬間、

 ドガァーン‼

 病院の上部がいきなり爆発、崩壊、崩落した。

 「「「っ⁉」」」

 二人と一匹が何事かと爆発のあった部分を見るや否や、病院の一部に縦一列位の破壊、破砕後がくっきりとできており、そこから、おびただしい数の人々が、続いて、身長は五メートルはあろう、巨大なスーツを着た豚人間と、巨大な車椅子に乗った少女の姿をした豚人間が瓦礫の中に着地、共に、「レ~ギオ~ン」と雄叫びを上げたのだ。

 「何だありゃ⁉」

 凪紗が叫ぶ。

 「レギオンガオ‼」

 「なんで病院に⁉ …ってことはルカもメシア君も危ない‼」

 そう判断するや否や、マルコは駆けだした。

 「おい!」

 「ガオ⁉」

 取り残された一人と一匹は一瞬、逡巡したものの、すぐさまマルコの後を追いかけた。


「「レ~ギオ~ン‼」」

 「「はああああああ‼」」

 ルカとメシア、二体のレギオンがぶつかった。

 ルカは車椅子レギオンと、メシアはスーツレギオンだ。

 スーツレギオンの拳がメシアに迫り、メシアはそれを避けようとジャンプしようとした。が、もろに直撃した。そのまま吹っ飛ばされる。

 一方のルカもまた車椅子レギオンに殴りかかろうとした。が、いきなり、車椅子が後方に移動し、それを回避。そして、今度は車椅子の車輪がギャルギャルと回転し、勢いをつけてルカ目掛けて突進を開始した。

 「っ⁉」

 あまりの突然の事態にルカは反応できない。そして、驚きのあまりに両目を見開いた瞬間、ルカは車椅子レギオンの体当たりをもろに喰らい、瓦礫の山に突っ込んだ。

 「いててて…」

 「なに、これ…」

 メシアとルカが起き上がるそこに間髪入れずに、スーツレギオンが垂直に拳を振り下ろした。

 「「ふっ‼」」

 二人がジャンプして避ける。と、同時に、二人めがけてスーツレギオンがストレートのパンチを放ってきた。

 「「っ⁉」」

 それをもろに喰らう二人。再び瓦礫の山に突っ込んだ。

 「速っ…」

 「今までとは全然違う…」

 メシアとルカがそう言った直後だった。その瓦礫の山に車椅子レギオンが再び勢いをつけて突っ込んできた。

 「「いいっ⁉」」

 今度は避ける暇もない。二人は瓦礫に押しつぶされる形でその体当たりを受けることとなった。

 「「かはっ…」」

 ゆっくりと車椅子を引く車椅子レギオン。そのあとには瓦礫に見事に埋め込まれ、身体中の息を吐いて苦しむ二人の姿が露わになった。

 「ふはははははは! 良いですねぇ、私のレギオンは。強いことこの上ない。レギオン達、もっとぼこぼこにしてやってください」

 「「レ~ギオ~ン」」

 ベリアルの命令にスーツレギオンと車椅子レギオンが唸り声を上げた。


「大変…‼」

 その様子を後方から見つめるのはマルコ。遅れるようにやってきたのはミカエルと凪紗だ。マルコ以外が驚愕と恐怖に震えている。

 「レギッ! レギッ! レギッ‼」

 「レギッ! レギッ! レギッ‼」

 スーツレギオンと車椅子レギオンが二人をオモチャのようにもてあそんでいた。スーツレギオンはルカを掴んで叩きつけたり、車椅子レギオンはメシアを何度も車椅子で引きまくっている。

 当の二人は意識がないらしく、完全になされるがままになっていた。

 「…っ!」

 それを後方から見ていたマルコは二人の下に駆けだそうとした。

 「待つガオ!」

 そこにミカエルがマルコの制服を掴み、引き留めた。

 「危ないガオ! 行っちゃ駄目ガオ‼」

 「離して! このままじゃ二人ともやられちゃう‼」

 「駄目ガオ! 駄目ガオ‼」

 「でも! でも‼」

 マルコの目が涙で滲む。

 それを見ていたミカエルは脅えた表情を浮かべていたが、ここで、きりっと表情を変えた。

 「君、名前は?」

 「こんな時に何、言ってんのよ⁉ 離してよ‼」

 「名前はって、言ってるガオ‼」

 可愛い顔から放たれる鋭い剣幕。それに気づいたマルコは緊張した表情でミカエルを見つめ返した。

 「マルコ」

 すると、ミカエルはまじめな表情を崩さず言う。

 「マルコ…君は“神”と“奇跡”を信じるガオ?」

 その剣幕に押されたのか、マルコは、

 「うん」

 と、答えた。すると、ミカエルは首にかけていたロザリオ『ペンテコステ』を取り出し、マルコに渡した。

 「なら、一か八か、やってみるガオ」

 「…何をする気?」

 訝し気に聞くマルコ。

 「マルコ、これは神様からもらった、最新式の変身ロザリオ『ペンテコステ』ガオ。これを持って呪文を唱えると、神の戦士に変身できるガオ」

 緊張した面持ちでミカエルはマルコに言う。

 「変身って…ルカやメシア君みたいになれるってこと?」

 「そうガオ。でも、これを普通の人が使うには“神”を信じる、『変身できる』って自分を信じる強い気持ちが必要ガオ」

 「…」

 「でも、それは危険ガオ。怪我じゃすまないかもしれないガオ。マルコ、マルコは変身して二人を助ける覚悟はあるガオ?」

 「…あるに決まってるじゃない。私、二人を助けたい‼」

 マルコはきっと顔をミカエルに向き直った。

 それに対し、ミカエルもまた、強気な緊張した表情を浮かべた後、決意をした表情を作った。

 「わかったガオ。なら、そのロザリオを敵に突き付けて、呪文を唱えるガオ。俺に続いて。Veni,Sancte,Spritusu(ヴェ二・サンクテ・スピリトゥス)って叫ぶガオ‼」

 「わかった! いくよ~


 変身! Veni,Sancte,Spritusu(ヴェ二・サンクテ・スピリトゥス)‼」


それを合図にロザリオが網膜を破らんばかりに閃光を放ち、その光の中でマルコは変身した。

やや水色がかかったショートウルフカットヘアは一瞬で金髪に染まり、服装は黒のセーラー服から蒼いシャツ、細身の白いパンツに変わり、履いていた革靴は革靴は革靴でもローファータイプの茶色いものに。そして、何処から出現したのか、背中に黄色いライオンがデザインされた巨大な茶色いチェスターコートがばさりと彼女にかかり、それと同時に十字架のシルバーアクセサリーと灰色のレザー・フィンガーレスグローブが装着。そして、彼女の持っていたロザリオは真ん中にサファイアが埋め込まれた十字架の杖へと変わったのだ。

 閃光が止むと、そこには完全に変身したマルコの姿が。

 それを見た凪紗は驚愕の表情で、ミカエルは目を輝かせてそれを見ていた。

 「す…すげぇ…」

 「やった! 成功ガオ‼ カッコいいガオ‼」

 「え、すごい…本当に変身できた‼」

 マルコもまた、自分の身に起きたことが信じられないといった表情で、自分の服装をまじまじと見つめた。

 「さぁ、マルコ、戦うガオ! 今の君なら勝てるガオ‼」

 「う、うん‼」

 そう言うと、マルコは戦闘へと加勢した。


「なんです? 後ろが騒がしいですーー」

 「ーーはああああああ‼」

 「ねっ⁉」

 バキッ‼

 マルコの突撃に気づいたベリアルがびっくりすると同時に、ルカを握りしめ、叩きつけていたスーツレギオンの背中目掛けてマルコが渾身のストレートを叩きつけた。ぶん殴られたスーツレギオンは背中を句の字に曲げ、悶絶し、握っていたルカを手離した。

 その拍子にルカは地面に落下してしまう。しかし、間一髪のところで、マルコが回り込み、ルカをお姫様抱っこで抱きとめた。

 「う、ん…って、マルコ⁉」

 抱っこされていたルカが意識を取り戻し、マルコを見て仰天する。と、同時にマルコは瓦礫に着地した。

 「助けに来たよ、ルカ」

 「嘘、マルコも変身したの⁉」

 ルカが驚くと、それに気づいた車椅子レギオンがゆっくりとルカとマルコの方を見た。

 「レ~ギオ~ン」

 二人は車椅子レギオンを睨む。

 「ルカ、あいつは私に任せて、メシア君をお願い‼」

 「う、うん‼」

 ルカが頷くと同時に、車椅子レギオンは車輪をギャルギャルと回転させ、二人めがけて突進を開始した。ルカが横に回り込むようにメシアに向けて走り出すと同時に、マルコは跳躍し、回避した。

 「はああああああ‼」

 そして、突進してきた車椅子レギオンの脳天目掛けて踵落としをお見舞いする

 「レギブッ⁉」

 車椅子レギオンの脳天に踵がめり込み、車椅子レギオンは苦悶の表情を浮かべながら、その動きを停止させた。

 「ふっ!」

 マルコはそれを見逃さない。マルコは反動で空中に一瞬、滞空すると、その隙に、思い切り杖で車椅子レギオンをぶん殴った。

 「レギッ‼」

 殴られた車椅子レギオンは目を回し、そのまま沈黙した。

 マルコは瓦礫に着地すると、ぶんっと杖を振った。

 「マルコー! メシア君無事だよー‼」

 そこに、車輪の跡だらけになり、目を回すメシアを肩に担いだルカがやってくる。

 「良かった…」

 ほっと胸を撫でおろすマルコ。そこに、ベリアルが口を挟んだ。

 「な、な、何ですかあなたは⁉ 神の戦士が三人⁉」

 ルカとマルコ、そこに意識を取り戻したメシアが、動揺するベリアルを睨んだ。

 「私? 私はーー


 ーー私はマルコ! 魔法少女マルコ‼ 『信じる者に不可能はない‼』」


 マルコの登場台詞は先程のやり取りから即興で生み出したものだ。我ながらよくできたものだと思う。


それに、ルカとメシアは、

 「「お~」」

 と、思わず感嘆の声を上げた。それにベリアルは苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべた。

 と、そこにーー

 「マルコー‼」

 「ミカエル‼」

 ミカエルがマルコの下に飛び込んできた。突然の第三者の登場にルカとメシア、特にメシアが驚いた。

 「ミカエル‼ どうしてここに⁉」

 「メシア様! こんなところにいたんですね‼」

 更にそこにーー

 「クルッポ! ルカー、メシア様ー‼」

 「ガブリエル‼」

 そこにやっと来たかという感じでメシアがほっとした。

 「ご無事で何よりです…ってマルコ! その恰好は⁉」

 「えへへへ…私も変身しちゃった」

 驚くガブリエルにマルコは照れた。

 「でも、どうやって変身したっぽ?」

 「ああ、ここにいるミカエルが変身させてくれたの」

 ここで、ガブリエルがミカエルの存在に気づいた。

 「なぁんだ、ミカエルかーーって、ミカエルぅぅぅぅぅぅ⁉ なんでここにいるっぽぉぉぉぉぉぉ⁉」

 ガブリエルが何故か、絶叫した。ガブリエルが叫ぶや否や、ミカエルは笑顔でガブリエルに突撃した。

 「ガブー‼」

 「うわあああ! 来るな来るな来るな来るな来るな来るなーー」

 「ーーぎゅっ‼」

 「きゃああああああ⁉」

 ミカエルに抱き着かれたガブリエルが大絶叫を上げた。それを見ていたルカとマルコはキョトンとし、メシアは冷めた目でそれを見ていた。

 「え、え、え…何、なんなの?」

 と、マルコ。

 「ガオ! 俺はガブの彼氏ガオ‼」

 「違うっぽ! ストーカーっぽ‼」

 「え…彼氏って…」

 不思議そうな顔を浮かべるマルコ。

 「何だ、気づいていなかったのか。ガブリエルはメスだぞ?」

 「「うそぉ⁉」」

 メシアの衝撃の発言に二人の美少女はびっくりした。

 「で、でも、『僕』って…」

 「『僕っ娘』ガオ。そこが萌えるんだガオ」

 「離すっぽ! 離すっぽ‼」

 マルコの呟きをかき消すように二人の天使は叫び続ける。

 「ガオ。ガブの事を好きな気持ちは誰にも負けないガオ。毎日ガブの事を考えて、毎日ガブの写真を眺めて、おはようのメールをして、ガブにお邪魔虫がつかないように三百六十五日後をつけて、ガブのスマホに頻繁に連絡して、それからーー」

 「ーーそういうのを世間ではストーカーって言うっぽ‼」

 「ガオ。俺がどれだけガブの事を心配したかわかるガオ? 一人でメシア様のお供をしたガブを助けるために、神様に直談判までしたんだガオ。そしたら『確かに味方は多い方がいいな』って、特別に許可をもらったんだガオ。これでガブの事をずっと見守ることができるガオ!」

 「神様ぁぁぁぁぁぁ⁉」


ほっと、胸をなでおろす一同。しかし、課題は残っている。

 「……これ、どうしよう?」

 マルコの呟きを合図に一同が病院の“跡”を眺めた。そこには本当に何も“無い”。

 「…ねぇ、いつもだったらレギオン倒したら元に戻るよね? どうして戻らないの?」

 ルカの言うことももっともだった。

 「それはレギオンを浄化した場合の話だ。今回みたいに対消滅の場合、元に戻らないことがわかった」

 メシアの言葉がある種のトドメとなった。一体、どうしたらいいのか全員が途方に暮れようとしていた。その時、ミカエルが閃いた。

 「そうガオ! 神様ガオ! 神様に頼めばいいガオ!」

 しかし、

 「だめっぽ。神様は基本、『命を生み出すこと』、『アドバイスをすること』、『天候を操ること』しかできない存在っぽ。だから、吹っ飛ばされた病院は勿論、死んでしまった人を生き返らせることはできないっぽ」

 「「「…」」」

 全員が改めて頭を悩ませた。もう、打つ手はないのか。そう思った時だった。


 「あの…一つ聞きたいんだけど…」


 その声に、一同が振り向いた。するとそこには木炭と化した草葉の陰から凪紗が出てきた。

 「凪紗君…」

 「いつからそこに?」

 「いやぁ…マルコが変身した時からかな…あははは…」

 ルカとマルコの質問に凪紗は頬を引くつかせながらやってくる。

 「で、さ…メシア君さ、どうやって患者さんの怪我とか病気とか治していたの?」

 「…時と場合によって使い分けていたんだ。治せそうな怪我や病気は人間の新陳代謝を無理矢理上げて回復。無理そうなやつは“時”を巻き戻して」

 「「「“時”を巻き戻す(っぽ)(ガオ)?」」」

 全員がメシアに集中する。

 「ああ。昔からそういうことはできたんだ。親父ですらビックリしてた能力(力)だけどな。ただし、限定的なもので何年も前とかは無理だ。あくまで直近のやつしか巻き戻せない。巻き戻した後はその時点から固定した上でーー」

 「「「ーーそれ(っぽ)(ガオ)だ‼」」」

 「え?」

 全員の顔に活路が見えた。当のメシアはキョトンとしている。

 「メシア君! 病院も患者さんも、なんならレギオンも“時”を巻き戻して、元に戻してよ!」

 「そうっぽ! レギオンさえ浄化してしまえば、あとは自動的に元に戻るっぽ‼」

 マルコとガブリエルが詰め寄った。

 「え…でも、こんな大規模なヤツ、巻き戻したことないし…」

 「できるよ! メシア君ならきっとできるよ!」

 「ガオ!」

 今度はルカとミカエルが詰め寄った。しかし、当のメシアは浮かない顔だった。いや、不満がたらたらだった。

 「…仮にだぞ、仮に全部元に戻したとしたら、さっきの車椅子の女と理事長まで復活することになるよな?」

 「そうだけど?」

 ルカが首をかしげる。

 「…あ~、駄目だ駄目だ。あんなムカつく奴等、生き返らせたくねぇ」

 「「「なっ(ぽっ)(ガオッ)⁉」」」

 全員が驚く中、メシアは先程の事を思い出し、叫んだ。

 「だって、そうだろ! あいつらは“神”を、俺の親父を馬鹿にしたんだぞ⁉ おまけに聖書の御言葉通りの禁忌まで犯したんだ! 赦せねぇし、赦すわけにはいかねぇ‼」

 「そんな!」

 「メシア様! お気持ちはわかりますが、ここは寛大な慈悲をおかけくださいっぽ!」

 「でも、よ…」

 ルカとガブリエルが再び詰めよるが、メシアの顔は苛立ちと後ろめたさで一杯だった。

その時だ。


ほっと、胸をなでおろす一同。しかし、課題は残っている。

 「……これ、どうしよう?」

 マルコの呟きを合図に一同が病院の“跡”を眺めた。そこには本当に何も“無い”。

 「…ねぇ、いつもだったらレギオン倒したら元に戻るよね? どうして戻らないの?」

 ルカの言うことももっともだった。

 「それはレギオンを浄化した場合の話だ。今回みたいに対消滅の場合、元に戻らないことがわかった」

 メシアの言葉がある種のトドメとなった。一体、どうしたらいいのか全員が途方に暮れようとしていた。その時、ミカエルが閃いた。

 「そうガオ! 神様ガオ! 神様に頼めばいいガオ!」

 しかし、

 「だめっぽ。神様は基本、『命を生み出すこと』、『アドバイスをすること』、『天候を操ること』しかできない存在っぽ。だから、吹っ飛ばされた病院は勿論、死んでしまった人を生き返らせることはできないっぽ」

 「「「…」」」

 全員が改めて頭を悩ませた。もう、打つ手はないのか。そう思った時だった。


ほっと、胸をなでおろす一同。しかし、課題は残っている。

 「……これ、どうしよう?」

 マルコの呟きを合図に一同が病院の“跡”を眺めた。そこには本当に何も“無い”。

 「…ねぇ、いつもだったらレギオン倒したら元に戻るよね? どうして戻らないの?」

 ルカの言うことももっともだった。

 「それはレギオンを浄化した場合の話だ。今回みたいに対消滅の場合、元に戻らないことがわかった」

 メシアの言葉がある種のトドメとなった。一体、どうしたらいいのか全員が途方に暮れようとしていた。その時、ミカエルが閃いた。

 「そうガオ! 神様ガオ! 神様に頼めばいいガオ!」

 しかし、

 「だめっぽ。神様は基本、『命を生み出すこと』、『アドバイスをすること』、『天候を操ること』しかできない存在っぽ。だから、吹っ飛ばされた病院は勿論、死んでしまった人を生き返らせることはできないっぽ」

 「「「…」」」

 全員が改めて頭を悩ませた。もう、打つ手はないのか。そう思った時だった。


 「あの…一つ聞きたいんだけど…」


 その声に、一同が振り向いた。するとそこには木炭と化した草葉の陰から凪紗が出てきた。

 「凪紗君…」

 「いつからそこに?」

 「いやぁ…マルコが変身した時からかな…あははは…」

 ルカとマルコの質問に凪紗は頬を引くつかせながらやってくる。

 「で、さ…メシア君さ、どうやって患者さんの怪我とか病気とか治していたの?」

 「…時と場合によって使い分けていたんだ。治せそうな怪我や病気は人間の新陳代謝を無理矢理上げて回復。無理そうなやつは“時”を巻き戻して」

 「「「“時”を巻き戻す(っぽ)(ガオ)?」」」

 全員がメシアに集中する。

 「ああ。昔からそういうことはできたんだ。親父ですらビックリしてた能力(力)だけどな。ただし、限定的なもので何年も前とかは無理だ。あくまで直近のやつしか巻き戻せない。巻き戻した後はその時点から固定した上でーー」

 「「「ーーそれ(っぽ)(ガオ)だ‼」」」

 「え?」

 全員の顔に活路が見えた。当のメシアはキョトンとしている。

 「メシア君! 病院も患者さんも、なんならレギオンも“時”を巻き戻して、元に戻してよ!」

 「そうっぽ! レギオンさえ浄化してしまえば、あとは自動的に元に戻るっぽ‼」

 マルコとガブリエルが詰め寄った。

 「え…でも、こんな大規模なヤツ、巻き戻したことないし…」

 「できるよ! メシア君ならきっとできるよ!」

 「ガオ!」

 今度はルカとミカエルが詰め寄った。しかし、当のメシアは浮かない顔だった。いや、不満がたらたらだった。

 「…仮にだぞ、仮に全部元に戻したとしたら、さっきの車椅子の女と理事長まで復活することになるよな?」

 「そうだけど?」

 ルカが首をかしげる。

 「…あ~、駄目だ駄目だ。あんなムカつく奴等、生き返らせたくねぇ」

 「「「なっ(ぽっ)(ガオッ)⁉」」」

 全員が驚く中、メシアは先程の事を思い出し、叫んだ。

 「だって、そうだろ! あいつらは“神”を、俺の親父を馬鹿にしたんだぞ⁉ おまけに聖書の御言葉通りの禁忌まで犯したんだ! 赦せねぇし、赦すわけにはいかねぇ‼」

 「そんな!」

 「メシア様! お気持ちはわかりますが、ここは寛大な慈悲をおかけくださいっぽ!」

 「でも、よ…」

 ルカとガブリエルが再び詰めよるが、メシアの顔は苛立ちと後ろめたさで一杯だった。

その時だ。


「メシア…俺からも頼むよ」


 ここで、凪紗が口を開いた。一斉に、凪紗に全員の視線が集中する。

 「俺、コミュ力低いからなんて言えばいいかわからないけどさ…俺、昔は女嫌いだったんだよ。ホントに女なんて見るのも嫌でさ…ずっとゲームが恋人みたいなもんでさ。けど、なんだろ、俺、ゲームの中に召喚されて、そこで色んな女の子と出会ってきたんだ。で、色んな娘と出会っているうちに、気づけばハーレムまで作っちゃっててさ。で、気づいたら今まで女嫌いだったのが好きになっちゃってた。うん」

 「…何が言いたいんだ?」

 「えーっとさ、俺が女の子を改めて好きになったのはさ、相手の良いところ? 可愛い部分が見れたから、見つけられたからなんだよ。だからさ、その車椅子の女の子? に何言われたかは知らないけれど、きっと、その娘にも良いところはあるんじゃないかな? で、それを見つけられたら、きっと、メシアもその娘のこと好きになれるんだと思う。何なら、もう一人の男だってそうだよ」

 「…」

 「なんか、親父さんの事を馬鹿にされた上に法律みたいなものまで破ったから怒ってるんだろ? そりゃ怒って当たり前だけどさ…けどさ…なんていうか…あ~もう、とりあえず、どんな人間にも良いところと悪いところがあるんだ! だから、その良いところに免じて治してやってくれよ‼」

 凪紗が頭を下げる。

 「……何が言いたいがよくわからないが、とりあえず、人間の良い部分に免じてって言うのはわかった」

 そう言うと、メシアは肩を鳴らし、両腕をぐるぐると大きく回し始めた。

 「今回だけだぞ。あ、成功するかどうかはそれこそ“神”に祈っててくれ」

 その言葉に、一同はぱっと明るくなった。そして、ミカエルが元気いっぱいにエールを送る。

 「大丈夫ガオ。聖書にはこう書かれているガオ。


 『正しい人の祈りは、大きな力があり、効果をもたらします(新約聖書 ヤコブの手紙 五章十六節)』


 って。」

 「……ふん」

 そういうと、メシアは両手を病院の“跡”に向けた。さぁ、緊張の瞬間だ。

 「行くぞ。一言祈りましょう。愛する天のお父様、どうか“全て”が元に戻りますように」

 そう言うと、メシアの両手が光りだす。そして、そこから網膜を破らんばかりの閃光が放たれた。すると、ちょっとずつ、しかし、ゆっくりと吹き飛ばされる前の病院、環境にビデオの逆再生のように戻り始めた。

 「く…」

 しかし、その作業はかなり大きな力が必要らしい。使えば使うほど、メシアの顔から脂汗が流れ、苦悶の表情を浮かべ始めた。

 「「メシア君、頑張ってー‼」」

 「「メシア様ー! 頑張ってください(っぽ)(ガオ)‼」」

 ルカとマルコ、ガブリエルとミカエルの声援が響く。それに応えようとメシアがさらに力を加える。その度に、病院とその周辺の環境がどんどん元に戻っていく。

 「いっけぇー! メシアー‼」

 凪紗が思い切り叫んだ。その声援が鍵となりーー

 「うおおおおおおああああああ‼」

 メシアがありったけの大声で叫んだ。刹那、


 病院が半壊した直後に戻った。


 「や…」

 「「「やったぁー(っぽ)(ガオ)‼」」」

 全員が歓喜の声を上げた。ルカとマルコは飛び跳ね、凪紗はガッツポーズを取る。力を使い果たしたメシアは肩でぜぇぜぇと大きく息をしていた。やはり、疲労感が半端なかったらしい。

 そして、もっとありがたいことにーー

 「あ、レギオンが目を回してる‼」

 「倒した直後に戻ったんだね! ラッキーじゃん‼」

 ルカとマルコが更に喜んだ。これでいちいち戦う羽目が無くなったわけだ。

 「よ、よし…ルカ、浄化しちまえ。それ終わったら俺が何とかする」

 「うん‼」

 ルカは大きくうなずくと、杖を高く上げて叫んだ。

 「Tace,ut,ex.hoc.homineターチェ・ウ・テクス・ホ・ホーミネ‼」

 今度はルカが放つ網膜を破らんばかりの閃光。光は辺り一面を包み込み、スーツレギオンと車椅子レギオンは勿論、半壊した病院を飲み込んでいく。そして、病院の修復と、怪物化した二人を完全に修復した。


「あ~」

 病院の庭のベンチでメシアは本当に、精魂尽きた状態でぐったりと空を眺めていた。見上げる空は青く、雲一つない。

 「乙」

 そこに、凪紗がやってきた。手には缶コーラが二つ握られており、身体には黒のボディバックが背負われていた。

 「お~」

 「はい。これ。やるよ」

 そう、凪紗は缶コーラを一本メシアに差し出した。メシアはそれを力なく受け取ると、けだるそうに開けて、ぐびぐびと飲み始めた。

 「病院と患者治しまくって、その報酬がコーラか。こんな事なら安易に治しまくるんじゃなかった」

 「あははは」

 凪紗もまた、コーラを飲みながら、メシアの隣に座る。そして、二人は空を仰ぎ見た。

 「なぁ、メシアはなんであの時、俺は勿論、他の人も治しまくってたんだ?」

 「調子に乗ってた。それしか言えない」

 「というと?」

 「俺はな、自慢したかったんだよ。おまえを治した時にピンときた。俺にはこんなすごい力があるんだぜって。で、皆の羨望を集めて悦に浸ってたんだ。ついでにいや、俺が人を治すたびに親父の、“神”の信仰と迷信も手に入る、一石二鳥だって。でも…病院でそんなことすりゃ、ああいう事態も招いちまうってことを忘れてたんだ。だから…ある意味自業自得さ」

 「そっか」

 「…なぁ、おまえはこれからも女の子を好きでい続けるのか? 世の中、性格のいい娘ばかりじゃないんだぞ?」

 「それでもさ。だって、どんな女の子にだって可愛いところはあるって、ゲームの世界に放り込まれてから気づいたんだ。で、好きになったんだ。女嫌いの俺がだぜ? だから、これからも女の子を愛しまくるさ」

 「そうか」

 しばしの間。全く持って中身のない会話だ。でも、何か、この二人には分かり合えた、絆のようなものが生まれていた。余談ではあるが、凪紗は男が嫌いだ。だけど、どのような理由であれ、傷を癒し、自分のくだらない言い分を聞いて全てを元通りにしてくれたメシアにシンパシーのようなものを感じていた。もしかしたら、凪紗にとって、数少ない、否、初めての同性の友達ができたのではないかとすら思っていた。

 そう思った瞬間、凪紗は気づけばボディバッグから“ソレ”を取り出し、メシアに差し出していた。

 「コレ、やるよ。コーラのついで」

 「…なんだこれ?」

 「ライトノベル。面白いぜ」

 メシアは差し出された文庫をしばし見つめた後、手に取り、パラパラとめくり始めた。彼にとっては聖書以外の、初めての“本”だった。

 「ありがと。読んどくわ」

 その一言に、凪紗はにっと笑い返した。

 「さて、と。御礼も済んだし、そろそろ行くわ」

 凪紗は立ち上がる。そして、自分の“道”を歩き始めようとしていた。

 「なぁ」

 「うん?」

 「また、会えるよな?」

 メシアの一言に凪紗は振り向き、笑って見せた。

 「ああ」

 ここ一番のかっこいい返し方だった。


 半年後。


 「おいっす。メシア、会いに来たぜ。どうだった俺のラノベ」

 「…んだよ、これ、いかがわしい内容とご都合主義のオンパレードじゃねぇか‼」

 「そこがいいんだよ。ってか、幼女好きだろ?」

 「興味ねぇよ‼」


 ※尚、今回のエピソードに登場した凪紗はKEN-KUNさんの作品からコラボ企画として登場させていただきました。

 最後の、半年後の会話のシチュエーションですが、それは読者の想像にお任せいたします。


後半パート了

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