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04話:前半


「ふんふふんふふ~ん」

 上機嫌で電気街を歩く少年がいた。目が、特に左目が隠れるくらいに前髪を伸ばした少年で、紺のロングTシャツに、その上から左右にロザリオの刺繡が入った白のパーカーを羽織っており、龍のアクセサリーをつけている。ゴールドのチェーンがついたズボンを着用した足取りは軽く、今にも天に昇りそうだった。

 「新作のギャルゲー『金色ラブリッチ・ゴールデンタイム』がやっと手に入ったぜ。さ~て。とっとと帰ってやるとするか」

 少年はウキウキしながら歩いていき、やがて、横断歩道の前まで来た。そこで立ち止まる。

 と、そこにもう一人の少年がやってくる。金髪のツーブロックに白いシャツ、細身のビンテージジーンズに茶色の革靴。そして、真っ赤なテーラードジャケットを着用していた。そして、金髪の少年の手にはスマートフォンが握られ、何に夢中になっているのか、画面にくぎ付けになっていた。

 その隣には紐付きスマートフォンを首からぶら下げた、雪のように白い鳩がパタパタと滞空している。

 「メシア様、歩きスマホは危険です。お止めください」

 と、鳩が喋った。

 「大丈夫だってガブリエル。流石の俺でも危険には気付く」

 メシアと呼ばれた金髪の少年は特に気にもすることなく、スマートフォンをいじる。

 やがて、信号が青になった。二人は歩き出す。横断歩道を歩く二人はやがて、歩道の三分の二位を渡り、向こう岸まで後ちょっと、というところだった。


 そこに大型トラックが突っ込んできた。トラックの運転手は半睡状態で、俗にいう「居眠り運転」だった。


 「え」

 それにいち早く気づいたのはガブリエルだった。気づいた時にはもう、トラックがすぐそこまで迫っていた。

 「ぽっぽぉぉぉ‼ メシア様! 横、横ぉぉぉ‼」

 「「え」」

 メシアがその声に気づき、同時に、黒髪の少年もその声を合図にトラックに気づいたが、もう遅い。次の瞬間、

 ドォン‼

 メシアと黒髪の少年は吹っ飛ばされていた。

 運転していたトラックの運ちゃんもやっとそのことに気づき、急ブレーキをかけた。

 「ぽっぽぉぉぉ‼ メシア様ぁぁぁ⁉」

 ガブリエルの絶叫が響き渡る。それと同時に、周囲にいた通行人も、通りかかった車達も立ち止まり、運転を止め、大騒ぎになった。

 「ぽぽぽぉぉぉ! 救急車! 救急車‼」

 「きゃあぁぁぁ‼」

 「子供が二人引かれたぞぉ‼」

 「誰か、誰かぁぁぁ⁉」

 吹っ飛ばされた二人の少年は朦朧とする意識の中で、人々の悲鳴を聞いた。

 (あー、痛ってぇぇぇ…何がどうなっ…ガクッ)

 (せっかく買った俺の新作ゲームのディスクが粉々だ…買い直さなきゃ…せっかくの特典のフィギアも粉々だぁぁぁ…推しのリオちゃんのフィギアがトラックのせいで手と足がなくなっちまったぁ‼ どうしてくれるんだよぉぉぉ…ガクッ)

 二人の意識はそこで途切れた。


それから、どれくらいの時間が経っただろうか。

 「……はっ‼」

 頭に包帯を巻きつけ、点滴をされ、入院用の寝巻にいつの間にか着替えられた黒髪の少年は唐突に目が覚めた。目の前に飛び込んできたのは清潔感あふれる室内の天井だ。

 「ここは…何処だ…病院か?」

 周りを見渡すと、どうやら病院の大部屋らしい。老若男女問わず、様々な患者が寝っ転がり、或いはお見舞いに来た身内と談笑したりしていた。

 ここは病院の大部屋か…? なんでこんなところに俺はいるんだ?

 混乱する頭は状況を整理しようとし始めた。

 確か、電気街で『金色ラブリッチ・ゴールデンタイム』の初回限定版を購入して、上機嫌で歩いてたらトラックに跳ねられて、それで…

 はっ、ゲーム! 俺の『金色ラブリッチ・ゴールデンタイム』は何処だ⁉

 そう思い、きょろきょろと見回すと、隣のベッドにいたその少年を見つけた。

 金髪のツーブロックの、同い年くらいの少年だ。同じく、入院用の寝巻に身を包み、不機嫌そうな顔で天井を見上げている。あれ、確かこいつは跳ねられた時に一緒にいた…

 「よう、気が付いたか?」

 金髪の少年が話しかけてきた。

 「あ、ああ…」

 思わず、黒髪の少年は答えていた。何だ、事態がまだ読めない。

 「何だ、何か探していたのか?」

 「…はっ! そうだ、俺の『金色ラブリッチ・ゴールデンタイム』は⁉」

 「…おまえの探しているその金色なんちゃらはそこだぞ」

 そう言われ、左隣の棚の上を見ると…ビニール袋に包まれた、しかし、明らかにひしゃげた形の、ゲームとフィギアが入っていたであろう厚紙でできた箱がそこにあった。灯台下暗しとはまさにこのことだった。黒髪の少年はすぐさま、そのビニール袋に飛びつくと、中を確認。見るも無残に破壊されたゲームと特典フィギアを目にして愕然とするのだった。

 「俺の『金色ラブリッチ・ゴールデンタイム』がぁぁぁ‼」

 一言一言かみしめんばかりの、しかし、絶望と落胆を含んだ叫び、否、慟哭に、周りの患者もなんだなんだと注視し始めた。しかし、との本人は勿論、メシアも気にはしない。むしろ、メシアに至っては冷めた目で右横の少年を見つめていた。

 「何だ、自分の命よりゲームが大事なのか。おめでたい奴だな」

 その台詞に、黒髪の少年はきっと睨みつけた。

 「おまえに何がわかる! これ、数量限定版なんだぞ⁉ 喉から手が出るほど欲しかったもんなんだぞ⁉ 少ない小遣い貯めて、やっと手に、しかも、推しのフィギアまでついた限定商品が一瞬でぶっ壊れた俺の気持ちをおまえなんかにわかってたまるか‼」

 「あー、はいはい」

 メシアはめんどくさそうに答えた。


「あのトラックめ…絶対、許さなん! 絶対、弁償して、いや、命をもって償って貰う‼」

 ふつふつと湧き出る負の感情とオーラをにじませながらぶつぶつ呟く少年。

 「おい! 運転手は⁉ あと、警察はどこだ⁉ 絶対にーー」

 そして、そのまま立ち上がろうとして、いきなり強い吐き気とめまいに襲われた。ぐらりと傾く身体をなんとかベッドに引き戻し、そのままベッドにドスンと大きな音を立て、倒れ込んだ。

 「おい、大丈夫か?」

 流石に心配そうに呟くメシア。

 「か…は…何が…」

 「おまえ、脳震盪なんだとよ」

 「は、はぁ⁉」

 「そうだ。だから絶対安静だ」

 「え…じゃあ…ゲームできないのかよ⁉」

 「…ああ」

 「マジかよぉぉぉ…」

 完全に呆れかえったメシアに対し、黒髪の少年はまるでこの世の終わりだと言わんばかりの絶望と落胆を顔に浮かばせた。そして、枕に顔をうずめる。彼は泣いているのか、どうか判別が難しかった。

 「はぁ…」

 それに対し、メシアは深くため息をついた。隣の患者がめんどくさい馬鹿とわかった今、どうにかならないかと思っていた。まぁ、自分の場合、右足が思い切り骨折しているだけなので、隣の少年に比べれば軽いといえば軽いが。

 その時だった。

 「「失礼しまーす」」

 そこに黒のセーラー服を着用した二人の少女と…パタパタと羽をはばたかせるガブリエルが

病室にやってきた。

 一人は黒のロングヘアに青い瞳の美少女だ。顔立ちから察するに明らかに外国、もしくは海外の血を引いているのが一目でわかる。

 もう一人はやや水色がかかったショートウルフカットヘアのそこそこかわいい少女だ。まぁ、隣の美少女に比べれば特段、特徴はないのだが。

 「メシア様ぁぁぁ‼」

 ここでガブリエルが人目もはばからずに叫び、寝っ転がるメシアの胸に飛び込んだ。これまた、何事かと患者の眼がメシア達に集中する。

 「心配したっぽ! 心配したっぽぉぉぉ‼」

 「大げさだなぁ、ガブリエル。俺は見ての通り、骨折だけだ」

 「それでも心配だったっぽぉぉぉ‼」

 涙を流しながら、胸にすりすり身体をこすりつけるガブリエル。

 それに続くように、二人の少女も口を開く。

 「そうだよ、心配だったんだから」

 「いきなり、ガブリエルからトラックに跳ねられたって聞いてびっくりしたんだから」

 「ルカ…マルコまで…困った奴等だ」


そして、すっかり脅えたルカを抱きしめ、マルコが叫ぶ。

 「なんなの、なんなの、なんなのアンタ⁉ いきなり言い寄ってきて気持ち悪い‼」

 「そうっぽ! まさに、女の敵っぽ‼」

 それに対し、凪紗はむくりと身体を起き上がらせる。

 「だって、だって、こんなにかわいい女の子だったら口説かない方が失礼じゃないか」

 「なに言ってんのアンタ! 意味わかんない‼」

 「あ、なんなら、君も一緒に遊ぼうよぉ、俺と良いことしない? 楽しいよぉ」

 ちょっとゲヘっと嗤う凪紗。それに、ますます、一同はドン引き、否、震えあがった。最早、恐怖の対象でしかない。

 「あー、ちょっと良いか」

 ここで一部始終を見ていたメシアがそこに口を挟んだ。

 「凪紗と言ったな。おまえ、退院する気はあるか?」

 その質問に、凪紗は答える。

 「は? あるに決まってるだろ。とっとと退院して、彼女達と遊ぶんだ! ね~?」

 そう振り向く凪紗。その言葉に美少女二人と一羽は戦慄する。マルコはますますルカを抱きしめ、ルカは脅えまくった。ガブリエルに至っては全身をぶるぶる震わせている。

 「よし。俺の力でおまえを治してやる」

 「「「は、はぁ⁉」」」

 美少女二人と一羽がメシアの一言に驚きの声を上げる。

 「ちょっと、メシア様!」

 「メシア君、何考えてるの⁉」

 「そうよ! こんな危険な奴、一生、病院暮らしにしといた方が良いよ‼」

 次々と抗議の声が上がる。しかし、メシアは落ち着き払って答えた。

 「まぁ、待て。おまえらの気持ちもよくわかる。だが、このままにしとくのも病院の為にならん。それに最終手段だ。俺が親父の力を借りてこいつの心も変えてやりゃ良い」

 「え、そんな事できるの⁉」

 驚くルカ。

 「何、言っている。俺は神の息子だぞ。人間に干渉する事なぞ朝飯前だ。ただし…凪紗、おまえにもう一つ、聞きたいことがある」

 「なんだ?」と凪紗。

 「おまえ、“俺”を信じるか?」

 どうも意味深な質問だった。何故、こんなことを聞くのだろうか。

 「お、おう」

 凪紗もまた、そう答える。すると、メシアはにやりと笑った。

 「本当に本当だな?」

 「ああ」

 「…よし。凪紗、ちょっと俺の所に来い」

 そう言われた凪紗はメシアの下にやってきた。そして、そのままメシアの目の前に腰掛ける。

 すると、メシアは凪紗の頭に手を置き、また、同時に自分の骨折した右足にも手を置いた。

 

 「一言祈りましょう。愛する天のお父様。俺とこの者の怪我を治してください。この者の情欲を改めてください。そう、あれかし」


 そう祈った瞬間だった。メシアが祈るや否や、少年とメシア自身は温かい光に包まれた。キラキラと輝く二人。やがて、光は収束し、消え去った。


「どうだ?」

 と、メシア。すると…

 「え、え、えええ⁉ 頭痛が、めまいが消えてる‼」

 「ついでに俺の脚もだ」

 そう言うと、メシアもまた立ち上がり、う~んと伸びをしたのち、ぶらぶらと脚を振った。

 「おい、この女達を見て、どう思う?」

 その言葉に、凪紗は、

 「いや、確かにかわいいと思うけど…なんか、そんなに押し倒したいとかは…」

 「思わない、か。今度から紳士になれよ」

 メシアはふぅ、と安堵の顔を浮かべた。と、ここで、メシアは彼等に気づいた。

 その光景を見ていた患者達の注視の視線だった。当然だろう、目の前で病が言えた光景を見たのだから。

 呆気にとられる患者達に向かい、メシアは言い放った。

 「ついでだ。おまえらも治してやる。治りたい奴は並べ」

 その一言が、第二の騒動の始まりだった。


 -前半了-

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