2話:『後編』
放課後。
「ルカー、今日、どうしたの?」
一緒に歩いていたマルコが私の顔を覗き込んできた。
「ううん、別に…」
「なんかずっと上の空だったし、なんかあった?」
「だ、大丈夫だよ。ただ、なかなか返事が来なくって…」
そう言って、私は手の中のスマートフォンを見る。
そう、なかなか返事がないのだ。メシア君からの、否、正確には“神”様からの。
(本当は朝一番に聞きたかったんだけどなぁ…まさか、メシア君が寝坊するなんて予想外だったよ…)
そう、私が登校する時には彼は未だに夢の中。なので、彼越しでの返答が聞けなかった。
(答えがわかったらお父さんが連絡してくれるって言ったけどそれすらもないし…)
父もそう言ってくれたのだが、その父からも連絡がない。という事は未だにメシア君からの返信待ちなのだ。
「メシア君、何してんだろなぁ…」
思わず呟いたのをマルコは聞き逃さなかった。
「メシア君…?」
「え? あれ、今、私、何か言ってた?」
「言ってた言ってた! 今、メシア君って! やっぱり、あの子と知り合いだったんだ‼」
「え! え、知り合いっちゃ知り合いだけど…」
「ねぇ! メシア君とルカってどういう関係⁉」
「え⁉ えーっと……あー…そ、そうだ! コンビニ行ってアイス買おうよ‼ うん、そうしよう‼」
「えーっ、教えてよー⁉」
そう言って、私達はコンビニに向かい、ドアをくぐった。
それと入れ替わるように、二人の小学生女子がアイスを片手に、手を繋いで出てきた。
「涼音ちゃん、その味好きだよねー」
そう言うのは、歳は十歳くらいの、金髪がかかったツインテールの、黒いリボンをつけた女の子だ。金色に黒模様のワンピースを着ている。
「莉音ちゃんも洋ナシ味好きだよねー」
それに答えるのは同じ十歳くらいの、赤毛でセミロングヘアの女の子だ。ワインレッドと黒模様のワンピースを着ている。
「莉音と涼音のアイス、半分こしようよ!」
「いいよー。半分こー!」
そう言うと、二人はコンビニを後にする。
私は何故だかわからないが、妙にこの二人が気になった。二人を途中まで目で追いかけたが、
すぐにコンビニの中に目を戻した。それくらい、マルコの意識をそらすのに、頭がいっぱいだった。
一方、燦燦と太陽が輝く中、ルシファーはコンビニ近くの公園までぶらぶらと目的もなく、足を遊ばせていた。
見れば元気に遊ぶ子供ばかり。
「平和だなぁ~。実に虫唾が走る」
笑顔を張り付けたまま、ルシファーが呟く。
「さて…どこかに楽しいオモチャはないか…ん?」
ルシファーが笑顔を貼り付けたまま視線を泳がせーー公園の一角で、ベンチに座り、うなだれているスーツ姿の青年を見つけた。
「随分としょぼくれてるねぇ。あいつを使ってみるか」
そう呟くと、軽い足取りでその青年に近づいていく。
「あぁ…もうダメだ…疲れたよ…限界だ…俺、もう何処にも就職できねぇのかなぁ…」
青年が独り言のように、元気なく呟く。この声色を聞くだけで、死にそうな、気力が失われているのが手に取るようにわかった。それを見て、ルシファーがにんまりと笑みを作る。
「お困りかな?」
ふと、気付くとルシファーは青年に声をかけていた。それに気付いた青年が面を上げる。
「誰だ? アンタ」
「なぁに。君を自由にしてやりに来たんだ。どこも必要としてくれない社会なんて、壊しちゃえ。
『心の闇よ、顕現せよ! 出でよ、レギオン‼』」
ルシファーが青年に片手を突き付け、叫ぶと同時に、彼の手から黒い光が青年に浴びせられた。
「うわああああああ‼」
光を浴びた青年は一瞬でその姿を変える。
青年は身長は五メートルはあろう、頭は豚で、身体はスーツを着た異形の怪物へと姿を変えた。右手にはこれまた巨大なリクルートバッグを持っている。そして、
「レ~ギオ~ン‼」
豚の青年、もとい、就活生はその姿を露わにすると、公園全体に響き渡る、大きな声で叫んだ。
「はい! 莉音ちゃん」
「ありがと~涼音ちゃん」
公園は中央から少し離れたベンチで二人の少女がアイスを半分こしていた。
二人とも実に仲が良いようで満面の笑顔だ。
そして、二人は半分こしたアイスをかじりつくと、それが頭にキーンと爽やかな痛みを走らせた。
「「キター!」」
「やっぱ、夏はこれに限るよね! 洋ナシも良いけどソーダも最高っ‼」
「でしょでしょ。でも、洋ナシもかなりイケるよ‼」
「でしょでしょ」
「ねぇ、次、どこ行こうか」
「えー…じゃあ、遊園地行きたい!」
「莉ーちゃん、それは難しいよ。大体、お金ないし」
「じゃあ、プール‼」
「それなら行けるね。早速、水着取ってこようか」
「うん! ん? なんか、騒がしいね」
「行ってみようよ」
「レ~ギオ~ン、レ~ギオ~ン」
スーツ姿のレギオン…もとい、就活生レギオンは公園の中で遊具に、ベンチにと、色々なモノにカバンを、拳をぶつけまくり、暴れまわっていた。
「あははは…いいねぇ。もっと暴れなよ。こんな公園、滅茶苦茶にしちゃえ」
「メシア様! メシア様! 起きてくださいっ‼」
「う~ん…なんだ、ガブリエル。もう少し寝かせろよ…」
「レギオンです! レギオンが現れたっぽ‼」
「…何⁉」
ここでベッドで寝相悪くしていたメシアが飛び起きた。
「マジか⁉」
「マジっぽ! その証拠に、スマホの悪魔出現のアプリが鳴っているっぽ‼」
「なんで、おまえのスマホにそんなのが入っているんだよ…」
「とにかく、急ぐっぽ‼」
また、同時刻で。
「マルコの、私より大きいアイスだよね」
「いいじゃん。別に」
そして、すぐ近くで破砕音が鳴り響いた。
「え、なになに⁉」
きょろきょろ首を振るマルコ。
「これって、もしかして…!」
嫌な予感がする。続いて次々と逃げ出してくる子供や保護者達の群れ。出所から察するに、どうやら近くの公園のようだ。そして、案の定、その声は公園の方から聞こえてきた。
「レ~ギオ~ン」
「「…」」
思わず顔を見合わせる私達。
もしかして。いや、もしかしなくても、昨日の怪人だ。二日続けて暴れているなんて予想だにしていなかった。昨日の今日だから、きっと大暴れしているに違いない。
(ど、どうしよう…間違いなく暴れてるよね…でも、まだ、戦うって決めてないし…)
その時、ふと、昨日のメシア君の姿が脳裏をよぎった。
変身するメシア君。
で、果敢に挑んでぼこぼこにされるメシア君。
そして、目の前を走り去ってーーって、えぇぇっ⁉
「こっちっぽ‼ この辺りにーーって、ルカ⁉」
「ルカ‼」
こちらに気づく一人と一羽。なんでこんな逡巡している時に会うんだろうか。
「ちょうど良いところに! おい、レギオンが出たぞ‼」
「一緒に来るっぽ‼」
「え、え、え⁉ ちょっと待ってよ! 私、まだ戦うって決めた訳じゃーー」
「良いから来い‼」
「ひゃあっ⁉」
メシア君が怒鳴ると同時に、私の手をひん掴み、昨日と同じように無理矢理、走り始めた。当然、私も足をもつれそうになりながらも、メシア君に強引に連れていかれた。
「あ、ちょっと……なんなの、あれ…」
視界の端で昨日同様、呆然とするマルコが見えた。
また、同時刻で。
「マルコの、私より大きいアイスだよね」
「いいじゃん。別に」
そして、すぐ近くで破砕音が鳴り響いた。
「え、なになに⁉」
きょろきょろ首を振るマルコ。
「これって、もしかして…!」
嫌な予感がする。続いて次々と逃げ出してくる子供や保護者達の群れ。出所から察するに、どうやら近くの公園のようだ。そして、案の定、その声は公園の方から聞こえてきた。
「レ~ギオ~ン」
「「…」」
思わず顔を見合わせる私達。
もしかして。いや、もしかしなくても、昨日の怪人だ。二日続けて暴れているなんて予想だにしていなかった。昨日の今日だから、きっと大暴れしているに違いない。
(ど、どうしよう…間違いなく暴れてるよね…でも、まだ、戦うって決めてないし…)
その時、ふと、昨日のメシア君の姿が脳裏をよぎった。
変身するメシア君。
で、果敢に挑んでぼこぼこにされるメシア君。
そして、目の前を走り去ってーーって、えぇぇっ⁉
「こっちっぽ‼ この辺りにーーって、ルカ⁉」
「ルカ‼」
こちらに気づく一人と一羽。なんでこんな逡巡している時に会うんだろうか。
「ちょうど良いところに! おい、レギオンが出たぞ‼」
「一緒に来るっぽ‼」
「え、え、え⁉ ちょっと待ってよ! 私、まだ戦うって決めた訳じゃーー」
「良いから来い‼」
「ひゃあっ⁉」
メシア君が怒鳴ると同時に、私の手をひん掴み、昨日と同じように無理矢理、走り始めた。当然、私も足をもつれそうになりながらも、メシア君に強引に連れていかれた。
「あ、ちょっと……なんなの、あれ…」
視界の端で昨日同様、呆然とするマルコが見えた。
「何これ何これー‼」
「特撮だよね‼ 目の前にいるってことはCGじゃないよね⁉ ってか、カメラマンどこ⁉」
破砕音が響く中、そう言いながら、二人の少女はスマートフォンのカメラ機能を使って、興奮しながら暴れ狂う就活生レギオンの動画を撮っていた。周りはすっかり逃げ出してしまっていて、残ったのは涼音と莉音の二人だけだった。
「莉ーちゃん、莉ーちゃん! 私のスマホ電池ヤバイから、後で動画送って!」
「いーよー!」
すっかり撮影に夢中になっている少女二人を見つめる影が一つ。
「へぇ…昨日といい、今日といい、今の人間界は命知らずが多くなったみたいだね」
暴れまくる就活生レギオンのすぐそばにいたルシファーは、呆れとも怒りともつかない表情を浮かべると、スマホを向け続ける二人に近付いてーー
「そこの君達」
「「え?」」
ルシファーの声に二人が首を回した。そしてーー
「見物料は命だよ。出でよ。『picem, gladio』」
次の瞬間、ルシファーの手にどす黒い剣が出現。そのまま二人に襲い掛かろうとしてーー
「Veni,Sancte,Spritusu(ヴェ二・サンクテ・スピリトゥス)‼ か~ら~のーーバリア‼」
間一髪だった。二人とルシファーの間に滑り込むように、変身したメシアが出現、右手を突き出し、バリアを展開させた。右手から出現した金色の壁は、ルシファーの黒い剣にぶつかるや否や、相手の刃をはじき返すことに成功したものの、ガラスが割れる音と共に砕け散り、霧散した。
「はぁ…はぁ…危なかった」
「なんだ、昨日の雑魚か…」
肩で息をするメシアに対し、ルシファーは冷めた目を向けた。
「おい! 二人とも無事か⁉」
急ぎ、安否を確認しようと、メシアが二人に振り向いた。とーー
「「……す、すっげぇぇぇ‼」」
二人は目を輝かせ、メシアを見つめて感嘆の声を上げた。
「え」
「何⁉ 今の、どうやったの⁉ 手品? 手品だよね⁉」
「莉ーちゃん、莉ーちゃん! 今の撮った⁉」
「あー! 電池切れてる‼ お兄ちゃん! もう一回やってー‼」
そこにガブリエルまでやってきた。
「メシア様! ご無事ですか⁉」
「……うおぉぉぉ! 今度は喋る鳩だー‼」
「すっごーい‼」
「ぽぽ⁉」
カオス。もうカオスだ。何が何だか、メシアもガブリエルも、あろうことかルシファーすらも困惑している。
「お、おい‼ おまえら、これは手品なんかじゃねぇ‼」
「そうっぽ‼ とっとと逃げーー」
「ーーレ~ギオ~ン」
ガブリエルが言い終わらない内に真横から就活生レギオンがカバンを横薙ぎに振り、襲い掛かった。カバンはものの見事に涼音と莉音、ガブリエルに直撃し、二人と一羽を真横に吹っ飛ばした。吹っ飛ばされた二人と一羽は地面に身体をこすりつけ…完全に目を回してしまった。
幸い、公園が広い場所だったので遊具も遠くにあったから良いが、これが狭い公園で、遊具が多かったらぞっとする。
「おい! おまえら‼」
「レ~ギオ~ン」
「っ‼」
メシアがガブリエル達の方から目を戻すと、そこに、就活生レギオンが殴りかかってきた。それに対しバリアを展開させようとしたが既に遅く、メシアはそのまま殴り飛ばされてしまった。ガブリエル達のいる方向と正反対の方に地面に身体をこすりつける。
「やれやれ…レギオン、トドメを刺せ。やるのはどっちでも良いぞ」
「レ~ギオ~ン」
ルシファーの命令に、就活生レギオンはのしのしと方向転換を開始、涼音と莉音、ガブリエルのいる方へと歩いて行く。
「う…ん…あれ、すず! 豚の怪物がこっちに来てるよ⁉」
「ふぇ?」
「ぽ…ぽっぽぉぉぉ⁉」
近付くレギオンに気づいた二人と一羽。顔面蒼白のガブリエルに対し、二人は何故か上機嫌だ。
「「きゃ~こわ~い‼」」
「もう、終わりっぽぉぉぉ‼」
わざとらしく怖がる振りで悲鳴を上げる涼音と莉音、頭を押さえるガブリエル。
絶体絶命。
その時だった。
「そこまでだ‼」
凛とした声が響き渡る。それに気づいたレギオンと、涼音と莉音とガブリエル。が声の主へと振り向く。
そう、そこにはルカが険しい表情でレギオンを見つめていた。
「…もう、あったまきた。さっきまで悩んでいたのが馬鹿みたい‼ ってか、メシア君が吹っ飛ばされるまで悩んでたんだけどさ‼」
全くだ。優柔不断もここまでくると尊敬に値する。
「メシア君はともかく、そんな小さい子供にまで手を上げるなんて、許せない! 私がぎったんぎったんにしてやるんだから‼」
「ぎったんぎったんって…えげつな…」
起き上がりながらメシアが呟いた。それを無視して、ルカは銀のロザリオ『ペンテコステ』を就活生レギオンに突きつけた。
「さぁ、いくよ‼ ヴェ二……なんだっけ?」
ここでメシアとガブリエルがずっこけた。
「「Veni,Sancte,Spritusu(ヴェ二・サンクテ・スピリトゥス)(っぽ)‼」」
メシアとガブリエルが叫ぶ。
「オッケー!
変身! Veni,Sancte,Spritusu(ヴェ二・サンクテ・スピリトゥス)‼」
その言葉を合図に、ルカが変身した。ロザリオから放たれた閃光の中で、髪型は黒髪ロングヘアから金髪のハーフツインアップに、着ていた学生服はカラフルな魔法少女服に、そして、何処からか出現した大きな白いベレー帽と、少し大きめの白衣がそれを包む。そして、それを合図に手にしたロザリオが巨大化、大きな十字架の形をした杖へと変わる。そして、閃光が止むのと同時に、露わになるのは新しい姿。
それを見つめる一同ーー特に、涼音と莉音にとっては衝撃的で、目を逸らせずにいた。そう、まるで本物の、ヒーロー、いや、魔法少女を見ているようで。
「おねぇちゃんすごーい‼」
「え、え、何々⁉ どうなってんの⁉ 魔法少女だよね⁉ そうだよね⁉」
「え…えーっと……う~ん、ま、まぁ…」
「「名前! 名前教えて⁉」」
「え…」
遠くからでも目を輝かせている涼音と莉音に、流石にルカはバツが悪い。ここで否定するのも何かがおかしいと思った。そしてーー
「わ、私は…私はぁ~……ル、
ルカ! 魔法少女ルカ‼ ここに見参‼ 『さぁ、悔い改めなさい‼』」
と、完全にやけくそになって叫んでいた。それを見ていた全員が、
「「「おお~」」」
と感嘆の声を上げた。その反応だけで、もう、死にそうなくらいに恥ずかしい。ってか、とっとと帰りたい。ので、最初っからクライマックスで行くことにした。
「は、はあぁぁぁぁぁぁ‼」
ありったけの大声と共にルカは駆けると、そのまま就活生レギオンの横っ腹に拳を叩きつけた。ぶん殴られたレギオンは「かはっ」と息を漏らすと、そのまま吹っ飛ばされる。ルカは更にそこに追撃をかけることにした。レギオンが公園の植木に叩きつけられたと同時に、間髪入れずに疾走、距離を詰めると同時に連続パンチをお見舞いする。図体のでかいレギオンを吹っ飛ばすくらいの拳のラッシュなのだから、レギオンとしてはたまったもんじゃない。レギオンは一瞬でぼこぼこになってしまった。
そして、
「これで終わりだ! 背負い投げー‼」
ぼこぼこになったレギオンの胸倉を力任せにひん掴み、背中にその体重を乗せて、一気に地面に叩きつけた。レギオンは目を回し始めた。
「いまっぽ‼ 必殺技っぽ‼」
「オッケー! ター…なんだっけ?」
ここで再びメシアとガブリエルがずっこけそうになる。が、そこをあえて踏ん張ると、思い切り叫んだ。
「「Tace,ut,ex.hoc.homine(っぽ)‼」」
「Tace,ut,ex.hoc.homine‼」
ルカがありったけの大声で叫んだ。刹那、昨日と同じく、ルカの持っている十字架の杖が銀色の閃光を放ち、辺り一面の網膜を潰さんばかりに照らし出した。
思わず目を瞑る一同。すると、昨日同様、就活生レギオンの身体から黒い影が滲み出て、空へと吸い込まれていった。それに合わせ、レギオンの姿も見事に変わり、スーツを着た青年に戻った。
やがて、閃光は止み、これも昨日同様、レギオンが壊した遊具も、えぐった大地も、ビデオの逆再生のように元に戻り、まるで最初から何もなかったかのように、その姿を取り戻した。
「「「や、やったー(っぽ)‼」」」
その場にいた全員が歓喜の声を上げた。
ルカは昨日の今日だから安堵のため息だ。
しかし…
「っ! あの悪魔がいない‼」
メシアがいるはずの人物が消えていることに気づいた。
「「「ええっ⁉」」」
全員が辺りを見渡すが、やはり、ルシファーの姿は見えなかった。
「くそ、逃げられたか…‼」
悔しがるメシアの遥か頭上の空に、件の人物が “空の上に立って”、足元であわてふためく一同を睥睨していた。
「集まれ。マイナスエネルギー」
ルシファーの命令が響く。すると、どうだろうか。先程の就活生レギオンの身体から出た黒い影が彼の持っている黒いクリスタルに吸い込まれていった。やがて、全ての影がクリスタルに吸い込まれ、妖しく、どす黒い宝石は光を放った。
「まぁ、いいさ。次がある」
そう言うと、ルシファーはクリスタルを懐にしまうと、すっと、消えた。
「とりあえず…あの人を助けようよ」
「そうですね。メシア様! お願いしますっぽ」
「あ、ああ」
ルカとガブリエルに促されるままに、メシアはうつぶせに倒れる青年の下に歩み寄ると、仰向けにして、額に手を置いた。
「さぁ、おまえを救おう」
その言葉とともに、メシアの脳裏の、青年のビジョンが飛び込んできた。
「これで五十社目…俺は後、何回受ければいいんだ…このままだと、本当に何処にも就けなくなる…」
「おいおい、おまえ、まだ内定貰ってねぇのかよ!」
「俺なんて二社どころか三社も受かっちまったぜ?」
「いいなぁ…なんで、なんで俺は何処にも就職できないんだ…?」
「ああ、手が痛い…何枚も何枚も同じ内容を書かなきゃいけないのかよ…」
「本社の志望動機をお願いします」
「僕がこの会社を志望したのは~…」
「学生時代に頑張ってきたことは?」
「僕が頑張ってきたのはアルバイトです! バイト先では~」
「…今日の面接も駄目だったこれで百社目…今回も祈られた…疲れた、疲れたよ…俺の何がいけないって言うんだ…辛いよ、苦しいよ…」
もう、雇ってくれる所ならどこだっていい…どこだっていいよ…
だから、頼む、働かせてくれ…
メシアの脳裏からビジョンが消えた。
「そうか。これがこの青年をレギオンにさせていたんだな…おまえ、働こうとしているだけ立派だよ。でも、おまえは自分を追い詰め過ぎだ。聖書にも『思い煩うな』って書いてあるのに…」
そう呟くと、メシアは青年に手を置いたままメシアは言う。
「浄化する前にこの言葉を送ってやる。
『探しなさい。そうすれば、見つかる。門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。だれでも、求める者は受け、探す者は見つけ、門をたたく者には開かれる(新約聖書 マタイによる福音書 七章 七~八節)』」
そして、静かに“祈り”の言葉を紡いだ。
「一言祈りましょう。愛する天のお父様。どうか、この迷える子羊に自分らしく働ける、理想の仕事を与えてください」
メシアが祈るや否や、青年は温かい光に包まれた。やがて、光は収束し、消え去った。
「起きなさい。もうじき良い知らせが来る」
その言葉を合図に、青年のズボンのポケットからスマートフォンの着信音が響いた。それが聞こえたのか、青年が目を覚ます。
「あれ…俺…あれ、君達は?」
「俺たちのことは良い。それより鳴ってるぞ?」
「え? う、うん…」
そう言うと、青年はポケットからスマートフォンを取り出し、ボタンを押した。
「もしもし…」
諦めと緊張が青年の顔を強張らせた。しかし、数秒後…
「それって……内定ってことですか⁉ え、マジっすか⁉ ありがとうございます! ありがとうございます‼」
暗い顔が歓喜の顔になった。それはただの喜びではない、今までの苦労が報われた、心からの笑顔だった。
「はい! はい‼ ありがとうございます! では、よろしくお願いします‼」
ここで、青年は電話を切った。
「就職おめでとう」
「あ、ああ‼ 誰だか知らないが、ありがとう! じゃあな‼」
そういうと、青年は起き上がり、心も軽やかに、喜びながら帰っていった。
「あんま、無理すんなよー」
そう、小さくなり始める背中にメシアは投げかけた。
「人間って大変ですね…」
「ああ。戦争が無いだけマシだが、無ければ無いで苦労するからな…」
メシアとガブリエルは青年を見送り…青年が寝ていた場所に光の球体が残っていることに気づいた。
「そうだ、こいつを忘れていた」
メシアが光の球体を手に取る。それに気づいたルカが聞いた。
「何、それ?」
「これか? これはプラスエネルギー。人間の前向きな気持ちだったり、道徳心だったり、と、文字通りの正のエネルギーさ。で、こいつをーー」
そう言うと、メシアは光の球体を自分の胸に当てた。すると、光の球体はすっとメシアの身体の中に消えていった。
「これで、このエネルギーは俺と、俺とリンクしている親父…神の力になった。こうやって、人助けしまくって、神の力を蓄えていくのさ。いつでも悪魔とドンパチできるようにね」
「ドンパチって…」
若干、引くルカ。
「それよりも、だ…決心はついたか?」
その問いに私は面を食らった。
「決心って…戦う事?」
「ああ。ここから先は、間違いなく、命のやり取りが絡む、危険な戦いの始まりだ。それでも、おまえの力が必要なんだ。ルカ」
「そ、それは…」
ここで思わず口をつぐむ。安心した途端、急に緊張感がぶり返してきた。
「やっぱり私ーー」
「ーーおっと、やりたくない、って言うのは無しだぜ? さっきは乗り気だったんだから」
「へ?」
メシアの発言にルカは素っ頓狂な声を上げた。何を言っているかわからない。
「ほら、『魔法少女ルカ』~って。ぷっ」
その意図に気づいた瞬間、ルカは顔から火が出るくらい真っ赤になった。
「な、な、な、な! あれはそういう意味じゃないの‼ 私はただ子供達をいじめる悪魔? レギオン? が許せなかっただけよ‼」
「いやぁ、良かった良かった。戦士として戦ってくれるようで」
「違う! 断じて違う‼ 私は魔法戦士も魔法少女もやるつもりは無い‼」
「「え~、やめちゃうの~?」」
ここで涼音と莉音が口を挟んだ。それもわざとらしく。どうやら、今までの会話の流れで事情が大体、わかってしまったようだ。
「お姉ちゃん、めっちゃカッコよかったよ‼」
「そうだよ! もったいないよ‼」
「え、あの…」
「お姉ちゃん、これからも魔法少女続けた方がいいって‼ 莉ーちゃんもそう思うよね⁉」
「そうそう! これからもあの豚の怪物から皆を守ってよ!」
「え、え…」
「こう言ってるぜ?」
「~~っ‼」
やがて、根負けしたルカが叫んだ。
「だぁぁぁ、もう! 続ければ良いんでしょ! 続ければ‼ これからも応援よろしくお願いしまーす‼」
ルカの叫びにメシアとガブリエル、涼音と莉音の三人と一羽がにんまりと、いたずらっ子のように笑みを浮かべて見せた。もう、下知は取れた。それも、神様の息子の前で。
まさか、昨夜の重い話からこんな、軽い決断になるなんて思いもしなかったルカだった。
余談として。
この数年後、涼音と莉音の二名が魔法少女の格好をして、ノリノリで動画配信をすることになるのはまた、別の話。
-後半-了
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※尚、今回のエピソードに登場した涼音と莉音は。
〇KEN-KUN作品:「俺とカノジョだけが攻められるんだが!?」とコラボ作品して登場させましたーっ!