1話:『後編』
「鳩が喋ってるぅぅぅ‼」
「むっ、失礼な。僕は鳩なんかじゃありません。僕にはガブリエル! 天使っぽ‼」
絶叫に近い私の声なんて無視して、鳩は文字通りの鳩胸を宙に浮いたまま張った。
「え、え、え、何これ、どういう仕組み⁉ 手品⁉」
今度は隣にいたマルコまで、興奮して、鳩に興味津々でじろじろと、いろんな角度から鳩を見つめまくった。
「手品じゃないっぽ‼ あと、そんなにじろじろ見るな‼」
怒る鳩。そこにずいっと、金髪の少年が割って入った。
「あ~。その辺にしてくれ。それよりも、おまえ達、この辺にパウロとかいう男が住んでいるらしいんだが…どこに住んでいるか知らないかい?」
金髪の少年を目にした途端、隣にいたマルコが目を輝かせた。
「い、イケメンだぁぁぁ‼」
「へ?」
思わず面を食らう金髪少年。すると、マルコは思い切り金髪少年の両手を掴み、口早に喋りまくった。
「君、何処の学校の子⁉ ヤバイ、タイプなんだけど‼ あ、私、天日馬可! マルコって呼んでね‼」
「へ、へ、へ?」
「私の、そこのバプテスマ学園の生徒なの! ねぇ、良かったらLINE交換しない⁉ 今度、一緒に遊ぼうよ‼」
「へ、へ…へぇ?」
「ちょっと、マルコってば! ごめんなさい、この娘、イケメンに弱いんです」
「は、はぁ…」
金髪の美少年はマルコの勢いについていけない、否、若干引き気味だ。まぁ、たしかに、マルコの言うとおり、端正な顔立ちだし、私からしてみても、タイプっちゃタイプな男の子だ。あぁ、落ち着いて見ていたら、こっちまでドキドキしてきた。
「それよりも…何を探してるって言いました?」
私は気になった。今、妙な言葉を聞いたような感じがした。
「あ、ああ。パウロっていう男の家を探しているんだ。え~っと、苗字は何パウロっていったかな…確か、長谷川…だったかな…?」
「…長谷川パウロは私の父ですけど?」
「「え?」」
ここで金髪少年と鳩が口をそろえてびっくりした。
「父に何か用ですか?」
「え、え、何々? ルカ、このイケメン君の知り合いなの⁉」
金髪少年と鳩は顔を見合わせると、ほっとした様子を見せた。
「ちょうど良かった。すぐにでも、おまえの家に連れてってくれ」
「へ?」
「親父に言われててね。今すぐ、パウロの家に行って、戦いの準備をしろってさ」
「へ? 戦いって?」
「さ、善は急げだ」
そう言うと、呆気に取られている私を無視して、金髪少年は私の手を握り、ずんずんと歩き始めた。
「ちょ、ちょっと待って!」
「あれ、こっちじゃないの? ってか、どっちに行けばいい?」
「ちょっと! 待ってってば‼」
ここで私は思い切り金髪少年の手を振りほどいた。
「はーはー、あなた、誰なんですか⁉ なんで父を探しているんですか⁉」
「ん? ああ、ごめんごめん。
俺の名前はメシア。こっちはガブリエル。これでいいか?」
そう、金髪の少年、メシアは爽やかに答えた。すると、隣の鳩、ガブリエルも「ぽっ」と返事をした。
「メシア? ガブリエル?」
「さ、自己紹介も済んだし、とっとと行くぞ」
「ぽっ」
「ああ! ちょっと待って‼」
呆気にとられるマルコをよそに、すっかりメシアのペースに乗せられた私。ずんずん進もうとしてーー
ドカーン
いきなり、遠くで破砕音が響き渡った。
「「「へ?」」」
再び呆気にとられる私達。すると…
街の中から豚の頭部が顔を出したのを私達は見逃さなかった。
「なに、あれ…」
思わず呟く私。すると、一匹目の豚に続き、二匹目の豚の頭部が顔を出した。そして、よく見ると豚二匹は人型で、西洋の甲冑をつけ、一匹目は剣と盾を持ち、二匹目は巨大な斧を持っていた。二匹とも、所謂、豚人間だ。
「…レギオン」
それを見たメシアが呟いた。
「へ?」
その呟きに、私は反応する。
「何ですか、それ…」
自分でも、なんでそんなことを聞いたかわからなかった。
「レギオン…悪魔の力で巨大な怪人になった人間の事だ」
「早く、浄化しないと大変なことになるっぽ!」
「…行くぞ!」
「ぽ!」
メシアとガブリエルはそうつぶやくと、二匹の豚の怪物の所へ全速力で駆けだしーー
「あ、そうだ。面倒だおまえ達も来い‼」
「あ、ちょっと‼」
いきなり方向転換したメシアは無理矢理、私の腕をひん掴むと、思い切り私を引っ張り、駆けだした。
「ちょ、ちょっと待ってーーあ、行っちゃった」
取り残されたマルコは呆然とそこに取り残された。
「レ~ギオ~ン」
「レ~ギオ~ン」
人々の悲鳴が響き渡っていた。それを背景に二匹の豚の騎士、レギオン達が暴れていた。彼等が剣を、斧を振り回すたびに、街が、建物が壊されていく。
ビルの上からそれを見て、笑う悪魔達。
「憎い~憎い~」
「あははは! 暴れてる、暴れてる‼」
「ふふふ…」
「…」
正確には二人と一匹だが、無口なルシファーも笑顔を張り付けているので上機嫌のようだ。
「きゃああああああ‼」
「うわああああああ‼」
「あははは! もっと暴れろ、暴れろぉ‼」
人々の悲鳴を聞きながら、ベルゼブブは男らしい哄笑をあげ続ける。と、
「おや…あれは…」
ここでベリアルが遠くからレギオン達に駆けだしていく二人の人物と一羽の鳩を見つけた。
「命知らずが現れたようですね」
「ちょっと! 危ないってば! ってか離して‼ ってーー」
「ーーそこまでだ、レギオン‼」
ここで、メシアと、無理矢理連れてこられたルカが暴れる二匹のレギオンの前に立ち塞がった。それに気づいたレギオン達がぎろりと睨み、向き直った。
「あわわわ…」
ルカが全身を震わす。
「おまえは下がっていろ」
「は⁉ 勝手に連れてきておいて⁉」
ルカが抗議の声を上げる。しかし、メシアにとってはどうでもことらしい。
「ガブリエル‼」
ここでメシアが大声で叫んだ。すると、名前を呼ばれたガブリエルが宙に浮きながら、どこから取り出したのか、銀のロザリオをメシアに投げてよこした。それを素早く受け取ると、メシアがロザリオをレギオン二体に突き出した。
「哀れな悪霊共。おまえ達に神の力を見せてやる」
メシアが大声で言い放つ。刹那、銀のロザリオがその場にいた全員の、それも、遠くでそれを見ていた悪魔達の網膜すらも破らんばかりに輝き、閃光を放った。それを合図に、それは起こった。
「veni,Sancte,Spritusu(ヴェ二・サンクテ・スピリトゥス)‼」
メシアがありったけの大声で叫ぶや否や、メシアの姿が変わった。着ていた赤いジャケットが一瞬のうちに一枚布の長袖で裾の長い服に変わり、白い腰布が巻かれた。続いて、どこから出てきたのか、紫の大きなローブが出現し、ばさりと音を立て、メシアの肩にかかる。そして、ローブが身体を包み込むと同時に、頭部に茨の冠が出現したのだ。そして、銀のロザリオはメシアの首にかかった。
「な…な…」
その変容にそれを見ていたベリアルが驚きの声を上げた。
やがて閃光は止み、新たな装いになったメシアはありったけの大声でレギオン二匹に言い放つ。
「神の子、メシア、見参‼ 『喜べ、神の国は近付いた!』」
そう、言い放つや否や、思わずーー
「ええええええええええええ‼」
ルカは叫んでいた。
「え、何々? 何が起こったの⁉」
顎が外れんばかりに口をあんぐり開けるルカ。
「さぁ、行くぜ‼」
ルカの悲鳴を合図に、メシアが駆けだした。
まずは剣と盾を持ったレギオンだ。メシアはそう判断すると、思い切りストレートを放った。だがーーその拳は楯によって阻まれた。
ゴォン‼
拳が楯に直撃する。しかしーー
ーー楯はびくともしなかった。代わりに、
「痛ってぇぇぇぇぇぇ‼」
メシアが痛みのあまりに絶叫した。思わず、後方にジャンプする。
「痛てぇぇぇ! なんて硬さだ‼」
「え、え、え…ってか、弱っ‼」
思わずルカが二度目の叫びを上げる。
すると、楯で防いだレギオンが二人めがけて剣を振り下ろした。
「「う、うわぁぁぁぁぁぁ」」
急いで逃げる二人。二人のいた場所に大きな亀裂が走った。
「くっ、まだまだ‼」
そう言うと、メシアは再び駆けだした。そして、思い切り、飛び蹴りを放つ。今度はレギオンの顔面だ。メシアの蹴りはレギオンの顔面に吸い込まれーー
ーー当のレギオンはびくともしなかった。
「……あらぁ…」
素っ頓狂な声を上げるメシア。そして、着地した。
すると、今度はそれを見ていたルカが別の意味で口をあんぐり開けた。
「ま、まだまだぁ‼」
その後、メシアは手を変え、品を変え、次々と、レギオンに挑みまくったが、当のレギオンはびくともしない。
「何ですか、あれ…」
「一体、何を見せつけられてるの…?」
それは遠くで見ていた悪魔達もあんぐり口を開けていた。
やがてーー
「はぁはぁはぁ…」
メシアは息切れしまくっていた。だが、何の変化も見られない。で、
「うおぉぉぉ‼」
メシアが再度殴りかかりーー
そこを剣を持ったレギオンが剣の腹で思い切り薙ぎ払った。剣は綺麗にメシアに当たり、メシアは吹き飛ばされ、街の一角、ブティックのガラスを突き破り、身体を沈めることとなった。
「ちょ、ちょっと‼ 大丈夫⁉」
ルカがメシアのいるブティックに駆け寄った。すると、メシアはふらふらと幽鬼のようにブティックから姿を現し、そのままばったりと前のめりに倒れかかった。それをルカは思わず、抱きとめた。
「へへへ…こんなの、かすり傷…」
いや、明らかにかすり傷じゃないだろう。
レギオンはそのままのしのしとメシアに近付いてきた。
「あわわわ…」
ルカが全身を震わせる。このままだと二人ともやられる。そう判断したルカはメシアをその場に突き飛ばすと、ありったけの勇気をふり絞り、そしてーー
「うわぁぁぁぁぁぁ‼」
レギオン目掛けて殴りかかった。その背後で、突き飛ばされたメシアが悲鳴を上げる。
「このこのこの‼」
レギオンの足にルカのぐるぐるパンチがさく裂した。しかし、当然の如く、レギオンはびくともしなかった。
それを見ていた。メシアが叫んだ。
「もういい! とっとと逃げろ‼ おまえじゃ勝てない‼」
どの口が言うんだ。そう、心の中で突っ込みながらも、ルカは叫んだ。
「そうはいかない!」
「え…?」
「目の前で人がやられてるのに、逃げることなんてできない‼」
ルカの精一杯の強がりと、慈悲からくる叫びだった。
しかし、そうは言うが、レギオンはびくともしない。
やがて、それに苛立ったのか、レギオンは思い切り、ルカ目掛けて剣を振り下ろそうとした。
「危ない! 逃げろ‼」
メシアが叫んだ。
「きゃああああああ‼」
ルカも両腕で顔を防ぎ、叫ぶ。
レギオンの刃がルカに襲い掛かり、当たる寸前、
奇跡は起きた。
カッ‼
突然、ルカとメシアの近くにいたガブリエルの胸が強烈な閃光を放ち、ルカ、メシア、レギオンの目を眩ませたのだ。
「な、なんだ⁉」
目を右手で覆うメシア。レギオンも同様に目を瞑る。とーー
「二本目のペンテコステが反応してるッポ…」
ガブリエルが思わず呟いた。
すると、ガブリエルの身体から銀のロザリオが出現し、宙に浮かび、ゆっくりとルカに近付き、ひとりでにルカの右手に収まった。ロザリオの閃光は止まらず、光を放ち続けている。
それに気づいたガブリエルが叫んだ。
「そこのあなた! そのロザリオを使って“変身”するっぽ‼」
「え、え⁉」
「良いから! 僕の言葉に続いて、変身するっぽ‼」
「な、なんだかよくわからないけど…わかった‼」
「さぁ、いくよ⁉ せーの、veni,Sancte,Spritusu(ヴェ二・サンクテ・スピリトゥス)‼」
「ヴェ…ヴェ二…サンクテ…」
「veni,Sancte,Spritusu(ヴェ二・サンクテ・スピリトゥス)‼」
「ヴェ、veni,Sancte,Spritusu(ヴェ二・サンクテ・スピリトゥス)‼」
ルカが訳も分からずありったけの大声で叫んだ。刹那、ルカの姿が変わった。髪型は黒髪ロングヘアから金髪のハーフツインアップに、着ていた学生服は滅茶苦茶カラフルな魔法少女を思わせる服装に。そして、何処から出現したのか、大きな白いベレー帽と、少し大きめの白衣が現れ、ルカの身体を包み込んだ。それを合図に、手にした十字架が巨大化、大きな十字架の形をした杖へと変化したのだ。
やがて閃光が止み…“変身”したルカが姿を現した。
それを見てメシアも、ガブリエルも、自分の眼が信じられない様子で、ルカにくぎ付けに夏た。
驚愕の表情を浮かべる二人をよそに、当のルカもまた…
「え、ええええええええええええ⁉」
ルカが大絶叫を上げた。
そりゃあそうだろう。いきなりこんな姿になったら、誰だって悲鳴を上げる。
「な、何これ⁉ なんで私、こんな格好に⁉ 白衣⁉ ベレー帽⁉ 超カラフルな服⁉ ん? ああああああ! 私のお気に入りの黒髪が金髪になってるぅぅぅ⁉」
戸惑いと混乱がその場に木霊した。それを見てガブリエルが呟く。
「すごいっぽ…二人目の神の戦士の誕生っぽ‼」
「は、はぁ⁉ 何それ⁉」
ルカがガブリエルに叫んだ。
「さ、さぁ、レギオンと戦うっぽ‼」
「は、はぁ⁉ なにそれ、意味、わかんない‼」
と、ここで、再度、ルカ目掛けてレギオンが剣を振り下ろした。
「う、うわぁぁぁぁぁぁ‼」
ルカが悲鳴を上げ、後方にジャンプした。避けられた場所に亀裂が走る。
「レ~ギオ~ン」
レギオンがぎろりと睨んだ。
「あわわわ…」
ルカが震えだす。
「た、戦うっぽ! 君ならできるっぽ‼」
「そ、そんなこと言ったって…」
今度はレギオンの剣が横薙ぎに振るわれた。
「ひっ…え…」
悲鳴を上げようとした直後、ルカはあることに気づいた。そして、気づくや否や、思い切り、ジャンプした。ルカは身体が羽のように軽くなり、思い切り高いところまでジャンプしたのだ。
「う、嘘…」
思わず呟くルカ。そして、空ぶったところを着地すると…
「い、一か八か! う、うおりゃあぁぁぁ‼」
ルカは再度、勇気をふり絞ると、全速力でレギオン目掛けて駆けだした。そして、思い切りレギオンの腹部にに渾身のストレートをお見舞いしたのだ。
するとどうだろうか、パンチを受けたレギオンが勢いよく吹き飛んだ。吹き飛ばされたレギオンはズサササっと地面に背中をこすりつけることとなった。倒れたレギオンは目を回し…その場で気絶した。
「え、嘘…噓ぉぉぉ‼」
びっくりするルカ。
しかし、間髪入れずに、もう一体のレギオンがルカ目掛けて襲い掛かった。二体目のレギオンは斧を思い切り振り下ろす。しかし、
ルカはそれを見切り、後方にジャンプ。避けることに成功したのだ。
それに憤慨したのか、二体目のレギオンはぶんぶんと闇雲に斧を振り回しまくった。しかし、
「すごい…見える、見える! 相手の攻撃が全部見える‼」
ルカは次々と襲い来る斧を避けて避けて避けまくった。次第に体力を使い果たし、ぜぇぜぇと、二体目のレギオンは息を切らす。
ルカはそれを見逃さなかった。息切れをし、相手が動かなくなった瞬間を狙い、思い切りジャンプすると、
「てやあぁぁぁぁぁぁ‼」
思い切り飛び蹴りを顔面目掛けてお見舞いしたのだ。
二体目のレギオンはその場でたたらを踏むと…ばったりと倒れてしまった。
「や、やった…やったー‼」
ルカが歓喜の声を上げる。するとそこに、
「さぁ、今のうちに浄化するっぽ‼」
ガブリエルがやってきて叫んだ。
「浄化って?」
「レギオンを人間に戻すっぽ!」
「どうやって?」
「じゃあ、僕に続いて! 『Tace,ut,ex.hoc.homine』‼」
「う、うん! タTace,ut,ex.hoc.homine‼」
ルカが大声で叫んだ。
刹那、ルカの持っている十字架の杖が銀色の閃光を放ち、辺り一面を網膜が潰れんばかりに照らし出したのだ。
思わず、目を瞑るルカとガブリエル。すると、どうだろうか。二体のレギオンから黒い影が滲み出て次々と空へと昇っていったのだ。それに合わせ、レギオンたちの身体は見事に変わっていきーー二人の少年へと姿を変えた。
やがて、閃光が止むと…今までレギオンが壊していた建物もビデオの逆再生のように次々と元に戻り、まるで、最初から何もなかったように、その街並みを取り戻した。
「や、やったっぽ! これで全て元通りっぽ‼」
「ほ、ほえええ…」
歓喜の声を上げるガブリエルをよそに、ルカは未だに今の出来事が信じられないといった様子で一部始終を見届けていた。改めて思う、何が何だかわからなかった。
「なんなの、あいつら…」
ここでもまた、戦いの一部始終を見届けた者達がいる。
悪魔達だった。
ベルゼブブの悔しそうな呟きに、残る二人と一匹も苦々しい表情を浮かべていた。
「神に選ばれた戦士、か…まぁ、いい」
ルシファーがそう言うと、懐から大きな、どす黒いクリスタルを取り出した。そして、
「集まれ。マイナスエネルギー」
ルシファーの命令が響く。すると、どうだろうか。かつてレギオンだった、宙に浮かぶ黒い影が黒いクリスタルに吸い込まれていく。やがて、全ての影がクリスタルに吸い込まれると、ルシファーは薄く笑みを浮かべた。
「前哨戦にしては上出来だ。後はこの調子でエネルギーを集めまくり、サタンを蘇らせよう」
「「「だな」」」
二匹と一匹が同意すると、悪魔達はその場から姿を消した。
「ん? あの子たち、倒れたままだよ?」
「ホントだ。どうしてっぽ?」
レギオンだった少年達を見て、ルカとガブリエルが呟いた。確かにそうだ。先程、浄化したのだから、そろそろ起き上がってもいいはずなのに、未だに沈黙を続けていた。
と、そこへーー
「レギオンの残り香だ」
傷だらけのメシアがそこに現れた。
「あなた、大丈夫なの⁉」
「俺は平気さ。それよりも、あの子供達をここに連れてきてくれ」
「え?」
「いいから」
メシアに促されるまま、ルカは二人の少年をメシアの下に抱きかかえ、連れてきた。
すると、メシアはしゃがみこみ、二人の少年に手を置いた。
「さぁ、今からおまえ達を救おう」
そう言うと、静かに目を閉じた。
刹那、メシアの脳裏に、二人の少年のビジョンが飛び込んできた。
「何⁉ この成績は‼」
「え、だって…」
「だっても何もない‼ なんでこんな簡単な問題も解けないのよ‼ おまえは本当に馬鹿なんだから‼ お父さんみたくなって良いの⁉」
「…なんで、なんでさ、なんでいつもお父さんの悪口言うのさ…お父さんだって、頑張ってるんだよ…?」
「頑張る? はっ、あんな安月給しか稼げない男が頑張ってるですって⁉ 笑わせるんじゃないわよ‼」
「…」
「…いい? 健太。この世は学歴が全てなの。たくさん勉強して、いい学校に入れれば、いい仕事に着けて、幸せになれるの。健太にはいっぱい勉強して、いい成績をとって、国立の大学に入ってもらいたいの。その為には遊んでる暇なんて無いの。もっともっと勉強して、国立大に入るしか、おまえの幸せはないのよ? わかった?」
遊びたいよ。皆と遊びたいよ…国立大学なんて入りたくないよ…
「健太‼ また、塾をさぼったわね⁉ なんでお母さんの言う事が聞けないの‼」
「だって…だって…」
「どうして…どうして、勉強してくれないの? どうして…」
ガシャン‼
「いい加減にしやがれ!」
「それはこっちの台詞よ‼ 一体、いつまで我慢しなくちゃならないのよ‼」
「我慢だと⁉ 誰のおかげで飯が食えてると思ってんだ‼」
「それはお互い様でしょ⁉ 私だってパートを頑張ってるのよ‼」
「ママ…パパ…もう喧嘩はやめてよ‼」
「「うるさい‼ おまえは引っ込んでろ‼」」
「…」
「大体、おまえがーー」
「あなたがーー」
「ぐすっ」
もう、こんな家にいたくないよ…
メシアの脳裏からビジョンが消えた。
「そうか。これがこの子達をレギオンにさせていたのか…」
メシアはそう悟り、呟くと、二人の子供達に手を置いたまま、静かに“祈り”の言葉を紡いだ。
「一言祈りましょう。愛する天のお父様。どうか、この二人の家に平安が訪れますように」
メシアがそう祈るや否や、二人は温かい光に包まれた。光はやがて、消え去った。
「起きなさい。そして、家に帰りなさい」
その言葉を合図に二人は目を上げ、起き上がった。
「あれ、俺達…」
「どうしたんだっけ…」
二人が呟いた。刹那、
「「健太ー! 健太ー‼」」
「「茂ー! 茂ー‼」」
遠くから二組の夫婦の声が聞こえてきた。やがて、その声は連呼し、近付いてくる。
「お母さん! お父さん!」
「ママ! パパ!」
「「健太‼」」
「「茂‼」」
夫婦たちはルカとメシアを押しのけると、それぞれの子供達を思い切り抱きしめた。
「よかった、無事だったのね!」
「心配したんだから!」
「お母さん、お父さん…俺…」
「ごめんね、健太…無茶な事ばかり言ってごめんね。私、健太のこと、何にも考えていなかった…」
「お母さん、俺…」
「もう、お父さんの悪口は言わないわ。勉強もほどほどでいい。おまえさえ、おまえさえいてくれれば、私達は幸せよ…」
「茂…ごめんな、いつも喧嘩ばかりしていて…」
「ごめんね、茂…もう、喧嘩なんてしない。お父さんとずっと仲良くなれるように努力するからね…」
「「うん…」」
少年二人の顔が涙で滲み始める。すると、二人の少年の身体から光の球体が出現し、メシアのそして。
「「「「さぁ、お家に帰ろう」」」」
二組の家族はそう言うと、その場を後にした。
それをルカは呆気に取られていた。ますます、何が何だかわからなかった。
「何? 何が起こったの…?」
当然の、反応に、メシアは立ち上がり、言う。
「レギオンの残り香…まぁ、二人をレギオンにさせた原因を解決したのさ。ただ浄化するだけじゃ、彼等は元には戻らない。だから、彼等の悩みを俺の力で解決させた。
俺が“祈ると”大概の悩みは解決する」
「え、チート過ぎない⁉」
思わずルカが叫んだ。
「まぁ、その代わり、戦闘能力はからっきしになるがな」
そうメシアは自嘲気味に笑う。
「さて、ひと段落着いたところで、早速、おまえの家に連れてってもらおうか。ええっと…おまえ、なんて言うんだ?」
「そうでしたね。あなたの名前、聞いていませんでしたね」
改めてルカと向き直るメシアとガブリエル。そうだった。自己紹介をすっかり忘れてた。
「私?私はーー」
「ルカ‼」
突然、名前を呼ばれた。そこには自分の父親が立っていた。
「お父さん‼」
パウロがルカに駆け寄った。
「心配したぞーーって、なんだ、その恰好は」
パウロの当然の反応にルカは困った顔を浮かべて見せた。
「え、え! えーっとこれはね…」
どう説明したらいいかわからない。答えあぐねていたその時、
「へぇ。おまえ、ルカっていうのか」
そこでメシアがにんまりと笑ってみせた。
「えーっと…そちらの少年は?」
パウロが怪訝そうな顔で聞く。
「えっと、この子はねーー」
「初めまして。神の子、メシアだ」
その言葉に、パウロの眼が限界まで見開かれた。
この少年が、神の子…。
そして、神の子はルカに振り返る。
「よろしく、ルカ」
後編-了-