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怪談演説  作者: 早見なつき(水無月龍那)
1.屋上の怪
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1.屋上の怪 3

 言葉が出ない僕に、彼女は「こんなの見せて済まないね」と袖を振って腕をしまう。


「でも、これで分かっただろう。私以外の誰かを、こんな目に遭わせたくないんだ。だから――帰ってくれるね?」


 彼女はそう言って僕を突っぱねようとするけれど。

 聞けば聞くほど、僕はそれを見逃せなくなっていた。

 性分、と言うわけじゃない。面倒ごとはできるだけ避けたい。静かに生きていたい。

 でも。ある条件下においては、そうしていられない。

 ある意味では、呪いのようなものかもしれない。


 でも、条件は揃ってしまった。

 ならば、できる限り動く。

 僕は、そういうものなのだ。


「だからこそ、だよ。僕が行く」

「は……?」


 彼女はひどく戸惑った顔をした。

 そうだろうな。僕も同じ立場ならそう言う顔をすると思う。


「いや。ここまで話したら普通は帰るだろう!? 私達にだってどうしようもない。こんなの、誰だって巻き込まれたく――」


 ごん


 突然の音に、二人とも言葉を止めた。

 その音は、屋上に続く鉄の扉からだった。

 何か、硬いものが当たる音。

 小石とかではない。


 ごん。


 もっと大きな何か。


「僕からひとつ……聞いても良い?」

「なんだい?」


 彼女の声は震えていた。


「屋上にある、怪異って何?」


 がごん。


「屋上には、靴が。揃えて置いてあるんだ」

 音がする。声が震えている。


「飛び降りた女子生徒の物だ。彼女はいつも学校を見下ろしていて。元気な生徒を見てて――皆と遊びたくて。それで……」「元気な人達を羨み始めたんだ?」


 継いだ僕の言葉に、彼女は頷く。


 がごん。

 一際大きな音がして、扉が揺れた。


「それは、放っておくとどうなる?」

「それは。■■■は……生徒に良くないものを。えっと。病気とか、気分が沈むとか、そんなのをばらまく」


 学校中を病ませるのなんて簡単だといつも言うよ、と彼女は言う。


「そいつを消せば、それは収まる?」

「……たぶん」


 その声はひどく小さく、歯切れが悪かった。


「――分かった」


 手を離して、僕は扉に向き合った。


「ちょっと、君!」


 話を聞いてたのかい!? という声に、文庫本を投げて寄越す。


「それ、ちょっと持ってて」

「えっ」

「図書室の本だから、汚さないでよね」

「いや、だから!」


 無視して扉を開ける。

 ごんっ、という重い音と共に、足元に何かが飛び込んできた。


 ごろりと転がったのは、人の頭――のように見えた。

 いや。これは人の頭を象った石だ。性別は分からない。身体は無い。見開いた目、小さな瞳孔。真一文字に引き結ばれた口。

 実に憤怒に満ちた表情でこちらを見て、すぐさまぐるりと回転する。

 その視線の先にあるのは階段、ではなく。恐怖で固まってしまった彼女だ。

 さっきまであんなに強がってた声は一体どこから出てたのかと聞きたくなる程青い顔で。僕が投げた文庫本を両手で抱きしめて。今にも後ろに下がりたい、けれども、という葛藤と恐怖にすっかり支配されていた。

 

 石が小さく震えたように見えた次の瞬間、石は彼女へ向けて弾け飛んだ。


「――っ、避けて!」


 僕の声で、彼女は反射的にその場を飛び退く。一瞬遅れて重い音が壁から響いた。

 床が僅かに揺れて、塗装がぱらぱらと剥がれ落ちた。

 すぐに首はごろりと転がって、こっちを――いや、彼女を見る。

 ぐ、っと力を溜めるような、僅かな振動。

 次の一撃より先に、ここから離れないと。少しでも広い所に行かないと。

 壁に背を預けてへたり込んでしまった彼女の腕を引き上げて、僕は屋上へと引っ張る。


 そして屋上へ出た僕は、それが間違いだったんじゃないかと一瞬後悔しかけた。

 

 屋上は薄暗かった。

 いや。天気はいい。青空だ。白い雲がうすく流れていて、実に爽やかだ。

 だと言うのに、まるで重い雲が覆ってるような圧迫感。

 灰色の霧が立ちこめているような息苦しさ。

 手足にもやが絡み付くような重さ。

 足元はうっすらと水が張っていて。ぴちゃぴちゃと気味の悪い音を立てる。

 何かの低いうめき声が絶え間なく聞こえる。

 そこに居るだけで胸に重しを置かれているような。後味の悪い話を読んだ後のような、嫌な気分だ。


「……気分悪い」


 思わず零す。このままここに居たら本気で病気になりそうだ。さっさと校舎内に戻りたい。


「でも、仕方ない。ここしか無いんだし……広さは十分だし、どうにかなるかな」

「――君は」


 ぽつりと声がした。


「ん?」

「君は、どうして私を助けるんだい?」

「どうしてって」


 答えるより先に、彼女の言葉が零れていく。


「だって、君はただの生徒だ。普通の人だ。人間だ」


 その目は必死だった。


「私とは違う。なのに。どうして!」


 どうして自分を見捨てないのかと、全力で訴えてくる。


「今すぐ、私をここに置いて……。今すぐこの屋上から出て」

「行かないよ」


 僕の言葉に彼女の目が丸くなった。言葉の続きを見失って、口がぱくぱくと動く。


「なんで……」

「なんでって……」


 ごつん、と鉄の扉に固いものが当たる音がした。

 入り口で逆さまになった首がこちらを凝視している。


「約束したから」


 首がこっちに向かって弾け飛んでくる。

 彼女を突き飛ばし、その反動で僕もその場から離れる。

 床に転がると制服がべったりと濡れた。


 ごとり、ごとりと音を立てながら、水浸しの屋上を重そうに転がる首は、僕の方をじっと見ている。

 獲物を横取りされたとでも思っているのだろうか?

 僕から視線を逸らさないよう、転がっていく。

 僕も目を離さない。膝を突いたまま、様子を窺う。

 

 どうしたらこの石頭に勝てるだろう?

 案をいくつか考えて、その内ひとつを選んでみる。

 あんまり使いたくはないんだけれど、きっとそれしか方法が無い。仕方ない。


 石がぴたりと動きを止めた。

 また飛びかかってくるか。けど、その前にはいつも予備動作があった。

 そこを押さえ込むことができれば――。


「後ろ!」

「え」


 振り向こうとした瞬間。背中に衝撃が走った。


「ぐ――っ」


 背中を思い切り殴られたようなそれに、呼吸が詰まり、地面に叩きつけられる。

 苦しい。口を開けば、ひどく不味い水が入ってきた。

 背中の上に乗っていた重い何かはすぐに無くなった。呼吸が楽になったと息を吸った瞬間、次は横からの衝撃。転がされて息をつく暇もなくもう一撃。

 運動なんて得意じゃない僕の身体が受け身なんてとれるはずもない。あっさり転がされてフェンスにぶつかる。その拍子に眼鏡がどこかに飛んでいった。

 どこかで隙を見つけないと。視界の隅で何かが動く。次の一撃が来る。

 身構えて備えたけれど――その衝撃が来ることはなかった。


 代わりに聞こえたのは何かが滑り込むような水の音。

 それから小さな呻き声。


 目を開けると、そこにあったのは転がっている彼女だった。

 横に、薄いもやでできた人影のような物が立っていた。さっき僕を転がしていたのはアレなのだろう。


「ちょっ――げほっ」


 声を上げようとしたら咽せた。胸がぎしりと痛む。

 僕の前に、もやでできた影が立っている。ゆらりと腕を振り上げたところで。


「ねえ」


 彼女の声がして。

 ぴたりとその動きが止まった。

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